10000pt到達記念SS エレン流味方の作りかた
読者の皆様へお礼をこめて
テレジアは料理長という仕事に誇りを持っていた。
若い頃に夫を亡くし、幼い子供を育てながら仕事をするのは辛かった。だが人生の逆風に負けず必死で働いたおかげか、料理の腕を認められてハインミュラー家の厨房を任されるまでになった。
子供たちはすでに成人し、自分のところから巣立っていった。さらに仕事に打ち込めると思った矢先、主人であるディートリヒが昔馴染みという女性を連れて帰ってきたのだ。
彼女に接した使用人たちの反応からすると、いずれエレオノーラは屋敷内のことを取り仕切る立場になるのだろう。新たな刺激になると内心では歓迎していた。それなのに、エレオノーラは料理に対して何も反応を示さない。
「エレオノーラ様。食事は口に合いませんか」
ある日、テレジアは食事を終えたエレオノーラに感想を尋ねてみた。
テレジアは新しいことに挑戦するのが好きだ。無理難題を出されてみたい。向上心の塊だと子供達に呆れられることもある。もっと珍しいものが食べたいとか、一部の食材を使わずに料理を作れとか、そんな理不尽な要望をこなしてみたい。
難しければ難しいほど良い。今まで忙しかった反動なのか、平穏な生活が続いて退屈していた。
エレオノーラは食事に満足した様子で、微笑んでいた。
「いつもおいしく頂いてます」
褒めてくれるのは光栄だが、いま求めている答えとは違う。
「……その、今まではどのような食事を?」
事情があって隣国で生活をしていたという情報は、すでに掴んでいる。自炊をしていたなら、好みの味付けぐらいは聞き出せるかもしれない。
「実は、あまり料理をする機会がなくて……」
「残業のせいで、家に帰る時間が遅かったからな」
横からディートリヒが補足した。
「料理をする機会どころか、食事をする時間が非常に限られていた」
「え……?」
研究所の食堂で手早く食べられるものか、惣菜を扱う店に通っていたと聞いて、テレジアは言葉を失った。
食事はテレジアにとって欠かせないものだ。ろくな仕事がなくて貧しかった頃でも、子供達にはひもじい思いだけはさせなかった。食べられることがいかに幸せであるか、教育もしてきた。生きるための基礎だと思っている。
「恥ずかしながら、肉を焼いたり簡単なスープを作ることぐらいしか……」
「なかなか美味しかったぞ。味付けがいいんだろうな」
「あまり貧相な料理を褒めないでね」
テレジアはエレオノーラのことを、高等教育を受けた貴族の子女だと思い込んでいた。ところが話を聞けば聞くほど、貧相な食生活しか出てこない。
悲しくて、なんとかしてやりたいという同情心がわく。
「食事といえば、昨日の包み焼きが美味しかったです」
エレオノーラがサンタヴィルの出身だと知り、試しに作ってみた郷土料理だ。基本のレシピは出回っているが、家庭によって食材と味付けが微妙に異なる。パイ生地で包むときに見た目が華やかになるように工夫したり、レシピにないこともやってみた。ぜひ感想を聞きたいと思っていた料理だ。
エレオノーラは尊敬の眼差しでテレジアを見上げた。
「お母さんが作ってくれていたものに味が似ていて、懐かしかったな。テレジアさん、凄いんですね」
「かふっ……」
心臓を掴まれた心地がした。
自分の子供は三人とも男の子だった。大切な我が子に違いはないが、やはり女の子もいたら楽しいだろうなと思ったこともある。子供達が結婚しているなら孫に期待するところだが、残念ながら三人とも独り身だ。
どこか物足りない人生というのが、テレジアの自己評価だった。だから刺激が欲しくて、無茶な要求を望んでいたのだろう。
そんな寂しい心を抱えていたから、エレオノーラの言葉が突き刺さってしまった。
懐かしくて好き。
久しぶりに帰ってきた娘に言われたような気持ちだ。
体の内側が温かいものに満たされていく。
かつて勤めた貴族の屋敷で、無茶な要求に応えてみせたときよりも。ずっと心地よくて、達成感があった。
「ディートリヒ様。サンタヴィル料理を学ぶために出張したいのですが」
「急にどうした」
今までは人から言われたことをやるだけだった。
だからつまらない人生なのだと気がついた。
ようやく自分の内側から出てきた『やりたいこと』を逃したくない。
「調理人たちには、しばらく私がいなくても料理の質が落ちないよう教育をしてあります」
「い、いや。それは構わないのだが、なぜ急にサンタヴィルへ?」
テレジアの考えていることは、まだディートリヒに伝わっていない。彼は納得できるだけの理由があれば、使用人の希望を受け入れてくれる。テレジアは回りくどい言いかたを避け、はっきりと告げた。
「ディートリヒ様はエレオノーラ様に、もっと美味しいものを食べさせたいとは思いませんか」
「よし、許可する」
即答だった。
目の前のやり取りについていけず、ぽかんとするエレオノーラを放置したまま、テレジアとディートリヒはしっかりと握手を交わした。




