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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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短編 たとえば こんな未来

 自宅の庭に降り立つと、子供と妻の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。今日は天気がいいから、庭で遊んでいるのだろう。


 竜の背中から鞍を外している最中に、自分を呼ぶ声がする。黒くて大きな竜は目立つ。父親が帰ってきたことに気がついた子供が、一目散に走ってきて抱きついてきた。


 自分と同じ黒髪の子供は、顔立ちも似ている。金の瞳が赤みがかっているのは、きっと妻由来の色だ。見ているだけでも愛おしいのに、満面の笑みでおかえりと言ってくれるのだから、全力で甘やかしたくなる。


 子供を抱き上げてやると、今度は竜の鼻面を叩いてはしゃいでいた。幼児の腕力などたかが知れているし、相手は頑丈な竜なので痛くもなんともない。


 もともと己の体より小さな生き物が好きだった竜は、子供のことが大好きだ。生まれたばかりの子供を見せたとき、あまりのか弱さに及び腰だったくせに、今では年長者ぶって子守りまでやるようになった。種族は違っても兄弟のように戯れている。


 遅れて追いついた妻が、いつもの光景を見て微笑む。そろそろ腹の膨らみが目立つようになってきた。


 ――名前は決まった?


 そう聞かれて、まだと答える。候補が多すぎて決められない。上の子と同じように、生まれた顔を見てから決めることになりそうだ。







「――という夢をみた」


 机に片肘を乗せて頬杖をつき、遠くを見つめているディートリヒが言った。


「……お前がお嬢さんに早く会いたいと思っているのは分かったよ」


 クルトは投げやりな気持ちで感想を述べた。愚痴に付き合わされそうで本当は相手をしたくなかったが、部下たちから『隊長が落ちこみすぎてて見ているのが辛いです』と泣きつかれ、仕方なく話し相手になってやっている。


 どうして無表情のくせに落ちこんでいる雰囲気が醸し出せるんだとか、たまにはお前たちが聞きに行けよとか、言いたいことは沢山ある。考えていることの全てを表に出せないのは、社会人の辛いところだ。


 魔獣討伐に駆り出され、今日で二日目。もうすでにディートリヒは禁断症状が出始めているらしい。夢の中で幸せな未来を描いて精神面の安定化を図るのはいいが、少しばかり早すぎる。こんな調子で帰るまで保つのだろうかと不安だ。


「魔獣が見つからない限りは帰れないんだから、どうしようもないだろ。アルマがやたらと張り切ってたけど、こう捜索範囲が広いとなぁ」


 今回は猿に似た魔獣の討伐だ。普段は険しい山岳地帯に生息しているが、冬になって食べるものが少なくなると、近くの町や村へ下りてきて貯蓄している作物を食い荒らしていく。最近では鶏やうさぎにも手を出したので討伐対象になった。放置しておくと人間の子供をさらっていく可能性があるからだ。


 雪が積もる険しい山の中を、人間だけで移動して討伐するのは難しい。竜の飛行能力と獲物を見つける探知能力が頼りだった。


「アルマなら意地でも見つけるだろうな」


「彼女に何かした? ディートリヒとお嬢さんを早く会わせたいから頑張るって言ってたんだけど」

「何も。あえて挙げるとするなら、俺の立ち合いのもとで謝罪の場を設けたことぐらいか。エレンがアルマを許したことに恩義を感じて、エレンの利になるように動いているだけだ」


「根がクソ真面目なんだから、働きすぎて体を壊すんじゃね?」

「労働のしすぎで倒れたらエレンの迷惑になるから、適度に休めと言ってある」

「そんな言葉で従うあいつが怖えよ」


 つまりアルマはエレオノーラを信奉するようになったのかと、クルトは解釈した。贖罪の気持ちから発生したのだろう。エレオノーラと接触せず、陰ながら支えることが生き甲斐になりつつある。


「……あ。思い出した」


 アルマの話題がきっかけになり、他にも聞きたかったことが意識に浮かんできた。


「あいつらはどうなったんだ? 隣国から侵入してきた魔術師。お前に熱烈な告白したらしいけど」


 ディートリヒは心底、嫌そうな顔になった。


「女のほうは、大した情報を持っていなかったと聞いている。高位貴族の令嬢らしいが、あれを使って隣国と交渉しても旨みはない。下手に取引をして帰国させれば、魔術師を増やす要因になるだけだ」

「強制的に魔術師の夫婦を作って、能力が高い子供を誕生させるってやつか。えげつないことするよなぁ」


 もしエレオノーラがそんな境遇に陥っていたら、目の前にいる同期は隣国が滅びるまで武力介入するのではないかと想像が働いた。普通の人間なら無理だと一蹴する話だが、竜騎士となると事情が違ってくる。


 竜騎士は竜と性格が似ているところがある。回路で精神的に繋がっているから似てくるのか、それとも元から似たような性格の者が竜騎士に多いのかは分かっていない。


 竜は財宝を好んで貯めこむ性格だと物語で書かれることが多いが、一部は誤りだ。財宝を好むのではなく、好きなものへの執着心が強い。宝と決めたものを奪われそうになると、全力で守ろうとする。だからディートリヒのエレオノーラへの執着愛も、竜騎士なら理解の範疇だった。


 下手をすれば日常生活に支障をきたす可能性があるので、竜騎士は新人の時に徹底して自制を叩きこまれる。紳士淑女であれと教育をされて実践してきた精鋭だから、事件まで発展していなかっただけだ。


「じゃあ魔術結晶を作るために働かせるか、素直に従わないなら処刑になるのか? 隣国の貴族様が素直に働くのかね」

「生きた魔術師を欲しがっている研究機関あたりが、引き取りを希望するのではないかと思われる。実験動物扱いだろう。何をされるのかは知らんが、死ぬまで出られない」


 研究者も竜騎士とは違う方向で執着心が強い。厳重(たいせつ)に閉じこめておくだろう。


「男のほうは?」


 こちらは国境を越える転移をしたり、警備に見つからないままレイシュタットに潜入したりと、なかなか有能ぶりを発揮していた。隣国にとって失うには惜しい人材のはずだ。


「あれの知識は使える。今は記憶を引き出されている最中だ」


 ディートリヒは無表情で答えた。男への怒りが再燃したのか、いらついた様子で剣の柄に触れている。


 ――これは絶対に余計なことをやらかしたな。


 助け出されたエレオノーラは顔に怪我をしていたと聞いている。他にも男が逆鱗に触れることを言ったのかもしれない。自業自得だ。


「男のほうも返還させる気はない、か。帰国させたら魔術師が増えるだろうし、妥当だな。有能な魔術師は国が伴侶を見繕うんだろ?」

「相手がいても子孫繁栄など望めない体だがな」

「え?」

「潰した」

「お……おう、そうか」


 クルトは寒気を感じて腕を抱えた。


 そういえば男の魔術師は入院していたらしい。ディートリヒを本気で怒らせたほうが悪い。クルトはそう思うことにした。


「あらかた知識をさらったあとは、実験材料を与えて成果を搾取するのではないか? 特に竜騎士に呪いをかける魔法薬と、対抗策は急務だ。役に立たなくなったときが、あれの最後だろう」

「死ぬまで奴隷ってやつね。隣国には負けるけど、この国もなかなか黒いな」


 隣国と違うのは、真面目に働いて犯罪を犯さなければ、裏側を体験せずに済むところだろう。安寧を乱す敵には容赦ないが、普通の国民には優しい。


 心が荒みそうなクルトに、竜から伝言が届いた。ディートリヒも同様に受け取ったのか、素早くイスから立ち上がる。


「見つけたか」

「お。ようやく動けるな」


 早く冬の雪山から解放されたかった。天幕の中には発熱する結晶が置かれていたが、完全に寒さを防いでくれるわけではない。


 空には分厚い灰色の雲がかかっている。今夜は特に冷えそうだ。


 天幕を出たディートリヒは、コートの内側から淡い緑色の紙を出した。


「クルト。念の為に持っておけ。エレン特製の守護だ」

「いいのか? そういや俺もお嬢さんの力に助けられたんだよな」


 隣国との戦争で、クルトは危うく敵の攻撃で死ぬところだった。ディートリヒが分けてくれた守護がなければ、今頃は墓の下にいただろう。


「大量にくれたから、一枚ぐらい減っても問題ない」

「ああ、その紙束――って分厚いなオイ」


 何枚あるのか知らないが、クルトが仕事で使っている手帳と同じ厚さだ。


「それだけ作るのに何日かかるんだよ……」

「エレンは魔力量が多いから、日数はそこまでかかっていない」

「だからって、その厚み……」


 一番安い守護でも、大量に購入すればいい値段になる。ディートリヒのほうが愛情が重いように思えるが、実はエレオノーラもベタ惚れなんじゃないかと疑惑が出てきた。


 毎日飽きもせず好きだの愛しているだの言われて、染まってきた可能性も捨てきれない。


「魔獣の群れはこちらへ向かっているようだな」

「聞くのも馬鹿らしいけど、一応はお前の副官として聞いておく。お前が迎え討つつもりなんだな?」

「当然だ。ここで逃したら野宿続行だぞ。俺の人生の中でエレンに会える時間が減る」

「はいはい言うと思った。じゃあお前のところに到着するまでに隊員が倒したら?」

「第一発見者と討伐者には褒賞を与える予定だ。部下の成功は上官として喜ばしい」


 ディートリヒの意見を竜が伝え、全ての隊員に知れ渡った。あちらこちらから歓喜する竜の鳴き声が聞こえてくる。魔獣にはもう逃げ道はない。


「これで早く帰れそうだな。俺も、お前たちも」


 部下たちにやる気を出させて満足したのか、ディートリヒは騒がしくなった山を見上げた。

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