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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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包んで 解いて 元通り

 滞在している皇都の本邸にディートリヒが帰ってきたと聞いて、エレオノーラは会いにいくことにした。決勝戦と夜会で疲れているかもしれないが、どうしても今日の間に言っておきたいことがある。


 夜中にディートリヒの部屋を訪問すると聞いたベティーナとリタは、含みのある笑顔を浮かべた。意味が分からなかったが、言及している時間が惜しい。彼女たちはディートリヒの部屋まで案内した後に、ごゆっくりと言い残して去っていった。


 廊下から呼びかけると、ディートリヒは驚いた様子で出てきた。


「エレン? こんな時間に……とりあえず入って。廊下は冷える」


 迎え入れてもらった部屋は暖炉に火が入っていた。あまり燃える勢いは強くないが、暖かくて心地よい。本邸にいる使用人が、ディートリヒの帰宅予定時間に合わせて用意したのだろう。


 ディートリヒは暖炉で手紙でも燃やしていたのか、白い封筒が炎に飲みこまれていくところだった。


 暖炉に程近い小さなテーブルには、酒の瓶とコップが置かれていた。コップには氷の塊と琥珀色の液体が入っている。


 ――そっか、大人だもんね。お酒ぐらい飲むよね。


 なぜかディートリヒには飲酒をしている印象がなかった。夜遅くに会うことはなかったので、彼がどんなふうに夜を過ごしているのか知らない。


 ディートリヒは制服の上着を脱いだだけの格好だった。くつろぐためか、襟元のボタンは外してある。服を着崩している姿など見たことがなかった。部屋の薄暗さも相まって、いつもと雰囲気が違う。


 ――夜中に異性の部屋を訪ねるのはマナー違反だっけ? 婚約者だからいいの?


 今更ながら緊張してきたエレオノーラは、二人がけのソファに座った。すぐ隣にはディートリヒがいる。悪いことをしているわけでもないのに、気持ちが落ち着かない。


「俺が帰ってくるのを待っていたのか? 先に休んでいてくれてもよかったのに」

「優勝おめでとうって、どうしても今日の間に言っておきたかったの。表彰式が終わったあと、会えなかったから」

「竜騎士団の団長やら上層部を訪問する予定があったからな。それが終わったら、夜会に連行されて……」


 ディートリヒはそこで言葉を切った。あまり楽しくなかったのか、表情がすぐれない。


「疲れてるよね。押しかけてごめんね」


 ゆっくり休んでと言って立ち上がると、ディートリヒに腕を掴まれた。迷っている顔でエレオノーラを見上げていたが、やがて手を離す。


「……ごめん、なんでもない」


 エレオノーラはソファに片膝を乗せ、横からディートリヒを抱きしめた。


「ディー、無理しちゃ駄目だよ。仕事のことで悩んでた? それとも別のこと? 私じゃ頼りないと思うけど、一人で抱えこまないで」


 このまま客室に戻ったら後悔する。ずっと強くて頼れるところしか見ていなかったから、余計に心配だ。


 ディートリヒはエレオノーラを優しく引き離し、なぜか横抱きにして自分の膝に乗せた。エレオノーラが混乱している間に、さっと頬にキスしてくる。さらにエレオノーラの肩に頭を乗せて、しっかりと抱きしめてきた。


「今の俺に足りないのは、エレンだな。やっと分かった。疲れが取れないわけだ」

「……睡眠じゃなくて?」

「寝て解消できるのは体の疲労だけだ」


 目を閉じて笑っているディートリヒは幸せそうだった。


 沈黙していると雰囲気に流されそうだ。適当な話題を探していると、酒の瓶が視界に入った。


「お酒、飲んでたんだ」

「まだ。コップに注いだところでエレンが来た」

「邪魔しちゃったね」

「特に飲みたかったわけじゃない」

「飲みたくなくても開けたの?」

「今日は予定が多くて疲れた。手っ取り早く眠ろうと思って」

「眠りたいのに私と話しててもいいの?」

「エレンとの密会を取り上げないでくれ。心の栄養源なんだ」


 今度は手を握られた。指同士を絡ませる、より親密な繋ぎかただ。


「じゃあ、もう少しだけ一緒にいるね」


 言いたくなったら自分から喋ってくれるだろう。エレオノーラはしつこく聞き出すのはやめて、ディートリヒのしたいようにさせた。



***



 レイシュタットに戻ったエレオノーラは、竜騎士向けに守護の力を付与した品を作っているところに就職した。仕事内容に雑用が含まれているのは隣国にいたときと同じだが、少しずつ作業を教えてもらって商品を手がけるようになったところは違う。


 自分の仕事を押し付けてくる人はいない。平民だからと馬鹿にしてくる人もおらず、快適だった。


 特に自分が作ったものが店先に並んでいると、達成感がある。今のエレオノーラが任されているのは、効力が低く安価なものだ。だが目の前に成果物があると次への意欲が湧いてくる。


 まだディートリヒの鞍につけるような強力なものは作れないが、職場の人たちに相談したら、練習させてもらえるようになった。ただし仕事の手を抜かないことが条件だ。


 何をしても認めてもらえなかったときに比べると、破格の条件だと思う。


 雪が積もる庭に出ると、吐く息が真っ白になった。石が敷いてある小道は雪かきがしてあるので、滑る心配はなさそうだ。それでもディートリヒは心配なのか、さりげなく手を繋いできた。


 竜が待っている厩舎に近づくにつれ、ディートリヒの足取りが重くなっていく。


「……行きたくないの?」

「しばらくエレンに会えなくなる」


 厩舎の中から悲しそうな鳴き声まで聞こえてきた。


 エレオノーラはコートのポケットに入れていた紙を渡した。温かみのある緑色で、無事を願いながら守護の力を付与してある。絶対に一枚では足りないだろうと思って作ったら、手帳のような厚みの束になってしまった。


「今度は魔獣の討伐だったよね。被害に遭っている人たちを安心させてあげて」

「わざわざ俺が行くほどの規模じゃないから嫌なんだ。国への求心力を上げるためだけに駆り出しているとしか思えない」

「すっかり有名になっちゃったからね」


 隣国の侵攻を防いだことのみならず対抗戦での優勝もあり、しばらくは新聞の紙面で名前を見ない日はなかった。さらに若くて容姿もいいのだから、人気が出ない理由がない。


 不思議なのは、エレオノーラには何の影響もないところだった。


 屋敷を出入りしているところを誰かに見られていないはずがない。休日はディートリヒと一緒に街を歩くこともある。竜に乗って出かけるとき、空で知り合いの竜騎士と挨拶することも珍しくない。それなのに、エレオノーラに関することが新聞に掲載されることはなかった。


 知らない人にディートリヒのことを質問されたり、記者と名乗る職業の人を見かけることもない。そのことをディートリヒに聞いてみると、悪質な記者は遠ざけているからという、曖昧な答えしか返ってこない。またリタは『主の愛です』としか言わず、ベティーナにいたっては『大掃除の成果だね』という解釈に困る返答をしていた。


 カサンドラに相談してみたところ、遠い目で『大丈夫よ、死んでないから』と意味が分からない言葉で濁された。


 最後の望みだったマリアンネは、他の人たちとは少し違っていた。穏やかな表情でエレオノーラの話を聞き、そっと自身の指輪をなでる。そして『そんなところまであの人に似なくてもいいのに』と憂鬱そうにため息をついていた。


 エレオノーラの知らないところで、知ってはいけない計画が進行して、気がつかない間に終息したことだけは理解した。きっと知らないままでいるほうが幸せなのだろう。たぶんこれは目を背けていることが、長生きの秘訣だ。


「結婚の話をまとめたいのに」


 立ち止まったディートリヒはエレオノーラと向かい合って、ぽつりとこぼした。


「私はゆっくり進めたいな。就職したばかりだから、いきなり休むことになったら迷惑になるでしょ?」

「結婚してから就職先を探すのは駄目だったのか?」

「それだとディーの名前を借りることになるから」


 いまディートリヒの名前は目立ちすぎる。就職するさいに必要だった保証人は、フリーダに頼んでやってもらうことにした。カサンドラに頼むことも考えたが、姓が同じなのでディートリヒと繋がりがあることがすぐに露呈してしまう。


「エレンの待遇が良くなるなら、いくらでも使えばいい」

「ものすごく期待されて、自分の実力が及ばないような大きな仕事を任されたらどうするのよ。私は公平に評価してくれるところで働きたかったの」


 冷遇されるのも辛いが、期待されすぎるのも同じぐらい辛い。


 今の職場は働きやすいから好きだと伝えると、ディートリヒは仕方ないなと納得してくれた。


「……どうせなら時間をかけてエレンが着るドレスを仕立てるか。宝石を取り寄せる手間もあるし……」


 何やら怖いつぶやきが聞こえてきた。エレオノーラを着飾らせることに関しては、ディートリヒとメイドたちのほうが熱が入っている。この前も、知らない間に冬用の靴や手袋が増えていた。


「ディー、今度は何を企んでいるの」

「何って、エレンの良さを存分に引き立たせる小道具について考えていた」

「ドレスが小道具……?」


 初めて聞いた。


「どうせ一度しか着ないんだから、そんなに手間をかけなくてもいいよ」

「一度しか着ないから、最高のものを用意するんじゃないか」

「甘やかさないでって、いつも言ってるのに」

「諦めてくれ。エレンを愛するのは俺の生き甲斐なんだ」


 ディートリヒは優しくエレオノーラを抱きしめ、軽いキスをしてから厩舎へ入っていった。


 鼻先をこすりつけて甘えてくる竜とディートリヒが飛び立ったあと、エレオノーラはふと寂しくなった。


 もっとディートリヒと一緒にいたい。二人でたくさんの思い出を作っていきたい。いつの間にか一人で生きられなくなっている。ずっと心を掴んで離してくれない。


 彼は思ったことをすぐ言葉にして伝えてくるが、エレオノーラは時間が経ってから心に言葉が浮かんでくる。変な時間差だと思うが、二人とも同じときに言葉にしてしまうと、ますます離れられなくなって困る気がする。だから今のままでいいと思うことにした。


 今度はいつ帰ってくるのだろうか。先が見えなくて心配になることもあるけれど、ディートリヒなら約束通りに無事でいてくれるはずだ。


 帰ってきたら真っ先に集団から離脱して、エレオノーラがいるところへ降りてきてくれる予感がする。


 エレオノーラは竜の影が完全に見えなくなるまで、粉雪が舞う庭で見送っていた。

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