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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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黒い影と追跡者

 戦勝記念の祭りで、主要な大通りは盛大に賑わっていた。ここレイシュタットは竜皇国の西部で最も大きな都市だ。住民だけでなく近隣の町や村から人が訪れているためか、普段よりも混雑していて歩きにくい。


 エレオノーラはディートリヒの腕を掴んだ。手を繋いでいるだけだと、人の流れに押されて離されてしまいそうだ。そんなエレオノーラを邪険にすることなく、ディートリヒが繋いでいる手をしっかりと握り返してくれた。彼にしてみればエレオノーラの歩調に合わせていたら、なかなか前へ進めないだろう。それでも気遣ってくれるところが嬉しくて、温かい気持ちになる。


「疲れてないか?」

「まだ平気」

「もう少しで広場に出る。そこで休もうか」

「うん」


 すれ違う人の間から、出店のテントがいくつも見える。ディートリヒはその中から飲み物を扱っている店へ移動した。並んでいる客は、ほとんどが温かい茶やワインを選んでいるようだ。


「どれがいい?」

「じゃあ……ミルク入りの紅茶」


 それぞれ買った飲み物を持って、広場まで来た。ここも人が多い。なんとか空いているベンチを見つけ、ようやく座ることができた。


「祭りの時は、いつもこんなに混むの?」

「おそらく。俺もあまり祭りに来たことがなくてな」


 単に祭りには関心が薄かったそうだ。また建国記念日などの国が関係している祭りでは竜騎士も警備を担うことがあるので、さらに行事を楽しむことから遠ざかっていた。


 今日は戦争を終結に導いた功労者として、休暇をとるよう推奨されたと聞いている。せっかくだから遊びに行かないかと誘われ、外へ出てきた。


 買ってもらった紅茶を飲むと、蜂蜜とミルクの甘さが口の中に広がった。ほのかに生姜の味もする。冷たい外気にさらされた体には、心地よい温もりだ。


 ディートリヒはブランデー入りの紅茶にしたようだ。柔らかい酒の香りがする。


 季節は冬に入ろうとしていた。街路樹が赤や黄色に色づき、目の前を歩いている人々の服装も厚手のコートが目立つ。これから長い冬が訪れるにも関わらず、誰もが沈んだ顔をしていないのは、勝利の余韻がまだ続いているからだろうか。


「竜皇国では、どうやって冬を過ごすの?」

「そうだな……」


 ディートリヒは前を向いたまま答えた。


「白い綿毛のような虫が飛び始めたら、一週間後に雪が降り始める」

「うん」


 隣国も同じだ。冬は雪で閉ざされるから、食料の備蓄や暖炉に使う燃料が欠かせない。薪や炭は貴族から購入する。エレオノーラのような平民は、一日にどれくらい燃やすのかをよく考えないと、春まで持ちこたえられない。幸いなことにエレオノーラは貴族がいる研究所で勤務していたので、職場にいれば薪の心配をすることがなかった。


 食料品は塩漬けか乾燥させたものが多かった。だから春が来て雪イチゴという小さな果物が出回るようになると、今年も無事に冬を越えられたと安心する。


「雪が積もると、北方では雪像を作って遊ぶらしい」

「……うん?」

「西方はそこまで降らないが、氷が張った池を滑るのが流行っているそうだ」

「えっと、冬の備えは?」


 薪などの暖房について尋ねると、竜皇国では貴族による買い占めはないと、はっきり答えが返ってきた。


「物資の買い占めは禁止されている。それに薪以外にも部屋を暖める手段があるんだ。例えば、あの店」


 ディートリヒが指差した方角に、赤い旗が見えた。そのすぐそばにある出店では、小さな石のようなものを布で包んで売っている。購入した人はそれを両手で持っていたり、服の中へ入れていた。


「あの焦茶色の石は、魔力を込めると発熱する。大きいほど熱量が多くなるから、部屋全体を暖めることも可能だ」

「そんな便利なものがあったなんて……」


 製造法は国によって厳重に管理されており、扱っている店も国が認可したところでないと売ってはいけないそうだ。ディートリヒは詳しくは知らないと前置きした上で、植物系の魔獣が分泌する樹液ではないかと言う。


「竜皇国の建国神話の中に、白い毒を流す魔獣の話が出てくる。初代の皇帝がその魔獣を退治したときに、毒が塊になって琥珀のように変色したとある。皇帝が塊を浄化すると、凍えた大地から草花が芽吹いて春が訪れた。歴代の皇帝は、冬が訪れると国民が凍えないように、その塊を浄化する儀式をするそうだ」


「面白い話だね。昔から熱源に使われていたの?」

「そうらしい。産出量が増えたのか、大きな塊が流通するようになったのは、ここ数年だな」


 店で売っている石は、魔力を補充して使うたびに小さくなり、最後は粉状に崩れてしまうそうだ。それでも火以外に暖をとれる手段があるのはいい。


「エレンが使っている部屋には、暖炉にあれを置こうか。小さいものなら、寝る前のベッドに入れておくと快適に眠れる」


 ものすごく魅力的な提案だ。ディートリヒはエレオノーラが火を恐れていると知っている。それに冷たいベッドで眠らなくても済む。


「でも高くないの?」

「実は薪と同じぐらいだ」

「本当に?」

「……本当は薪よりも、少しだけ高い」


 問い詰めると、ディートリヒは正直に白状した。


「あまり甘やかさないでね。火は苦手だけど、暖炉ぐらいなら慣れたから」

「無理だな。エレンを甘やかすのは、俺の趣味だ。諦めてくれ」

「明らかに今、思いついた設定よね?」


 ディートリヒは面白そうに微笑むだけで、はっきりと言わない。肯定しているも同然だ。

 二人で並んで座っていると、ここだけ時間がゆっくり流れているような感覚になる。お互いに何も喋らなくなっても、隣にいるだけで満足だった。


 ――今なら言えるかな。


 この先も、一緒にいる時間が欲しい。


 自分に向けられる好意に絆されただけかと悩んだこともあった。だが、この国で暮らしてディートリヒのことを知るうちに、どうしようもなく惹かれていった。この人のために自分には何ができるだろうかと、心から思えるような人ができた。


 離れている間は不安だったのに、顔を見ただけで元気になれるなんて、単純な自分がいたことにも驚く。

 もう出会う頃には戻れない。


 同じ気持ちだと知っているから、自分の気持ちを打ち明けることは怖くなかった。


「ディー」


 カップが空になった。


 ようやく決心がついて言おうとしたとき、広場が騒がしくなってきたことに気がついた。催し物への歓声とは違う。追い立てられるような恐怖と、事態を確認できずに戸惑う喧騒だ。


「エレン」


 ディートリヒはエレオノーラを立たせた。持っていたカップはディートリヒが二つとも灰にして消す。


「行こうか。何かがおかしい」


 騒ぎの中心を見たまま、ディートリヒが言う。


「すぐに警備兵が来ると思うが……」


 赤黒い炎が人混みの中から上がった。逃げまどう群衆の勢いが、さらに加速する。炎による怪我人はいない様子だったが、楽観視できる状況ではないことは確かだ。


「エレオノーラちゃん、みーつけた」


 もう二度と聞くことはないと思っていた声がした。甘ったるい声音なのに、なぜか背筋に悪寒が走る。


 頬に熱さを感じた。魔術の予兆だ。エレオノーラが頼りない防壁を展開するよりも速く、ディートリヒに抱きしめられた。


 体のすぐ近くを炎が渦巻いて、霧散していく。


「エレン、下がって」


 ディートリヒは上着の袖から短い棒状のものを取り出した。全体が黒く、表面に模様が彫られている。軽く下へ向かって振ると、まっすぐな刀身の細剣に変化した。


「王国の魔術師か。よくここまで見つからずに侵入できたな。ただの能天気な女だと思っていたが」

「いや、能天気で炎しか使えない無能だ」


 エレオノーラの背後で声がしたとたん、誰かに捕まえられて口を塞がれた。ディートリヒへ向かって手を伸ばしても、後ろへ引きずられて届かない。


 すぐに口を塞いでいた手が離れたが、叫ぼうとしても声は出てこなかった。喉に不快なものがまとわりついている。魔術で強制的に沈黙させられてしまった。


 エレオノーラを捕まえたのはルーカスだった。魔術に精通した彼なら、誰にも見つからずに入国することも、エレオノーラたちに近づくことも可能だろう。


「エレン!」


 ルーカスが地面に種を投げつけた。落ちた衝撃で殻が割れ、中から蔓性の植物が出てくる。助けに来ようとしていたディートリヒに襲いかかった。


「ルーカス、彼女を放せ!」

「この前のお返しだ。そっちのバカと仲良く相討ちになってくれよ」


 さらに同じものを撒き散らし、ルーカスが笑った。どんなに暴れても、彼の腕はエレオノーラをしっかりと捕まえている。


「さあ、エレオノーラ。帰るぞ。君は俺の助手になるんだ。君にかけられた疑惑は、俺が冤罪だと証明してやった」


 やっと自分らしく生きられると思ったのに、また隣国へ戻される。


 ――嫌だ。


 また一日中、働かされて。使えない奴だと罵倒される。誰も助けてくれず、何をしても認めてくれない。


 視界が黒く塗りつぶされた。

 幸せが遠のいていく。


 最後に聞こえたのは、エレオノーラを呼ぶディートリヒの声と竜の咆哮だった。

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