離れていても変わらないもの5
ディートリヒを見送ってから、一週間が経過した。新聞には隣国と開戦したことと、竜皇国が優勢ということばかり書いてある。あまり変わり映えのない記事ばかりが掲載されるので、同じ日を繰り返している気分だ。
付与の技術だけは格段に上達していた。ディートリヒに作ったことがきっかけなのは間違いない。あとは暇を持て余して作り続けていたら、日を追うごとに上手くできていくのが自分でも分かった。
「これは……ずいぶんと見違えたわね」
提出した課題を点検したフリーダは、感心したように言った。
「来月に付与職の資格試験があるんだけど、受けてみない? 今の腕なら中級を狙えると思うわ」
「本当ですか? じゃあ受けます」
他にやることもない。暇になると後ろ向きな考えしか出てこないので、フリーダの提案はありがたかった。
「私の生徒も、何人か受験する予定よ。願書は私から出しておくわ」
フリーダは端切れに付与した守護を全て消して、同じ大きさに切りそろえた紙を出した。
「受験会場で配られる紙に、出された課題を付与するの。それから筆記もあるわよ。付与職に関する法律について聞かれるけれど、あまり数は多くないから今から勉強しても間に合うわ」
この国の法律をほとんど知らないエレオノーラが間に合うのだろうか。フリーダは法律を抜粋したものを一覧にしてくれたが、そこそこ量が多い。
授業が終わってフリーダが帰ったあと、リタが封筒を持ってきた。
「エレン様。お手紙が届いております」
どうしても敬称を付けて呼ばれることに慣れず、呼び方を変えてほしいとお願いをしたところ、愛称に様をつけるところに落ち着いた。呼び捨てでも構わないのだが、それだとディートリヒに叱責されるらしい。
「私に?」
差出人はディートリヒだった。ただ封筒が分厚い。中に何枚の便箋が入っているのだろうか。開ける前から怖くなった。
「厚い……」
「愛ですね」
リタは笑顔で即答した。
この国では手紙の厚さは愛情表現の一種なのだろうか。とてもついていける気がしない。
ナイフで封を切ってから取り出すと、予想通り便箋が詰まっている。紙自体が分厚いのもあるが、今まで貰った手紙の中で最も枚数が多いだろう。
本文は簡単な挨拶から始まって、エレオノーラが暇を持て余していないかと心配する内容が書いてあった。何度かに分けて書いたのか、ところどころ走り書きになっているところもある。
最後に、サシェに付与した守護が壊れてしまったことを謝罪する文章で終わっていた。
――壊れたってことは、危ない状況だったの?
手紙には戦況について一言も書いてない。教えられないことが多いのだろう。辛いなんて言葉もない。ディートリヒの心情を吐露している部分は、エレオノーラに会いたいと素直に綴られている文章のみだ。
率直な言葉ほど心に効いてくるものはない。短くても大切にしてくれていると感じる。
遠く離れていても同じことを考えているのが嬉しくて、会えない現状が苦しい。
近くで控えているリタを見ると、そっと未使用の封筒と便箋を差し出された。
「こちらをお使いください」
「どこから出したの……?」
手紙を持ってきたときには無かったはずだ。
「明日の朝までに書いていただければ、砦へ向かう定期便に間に合いますよ」
「明日!? 新しい守護も作って送りたいけど、間に合うかな」
今はもう夕方だ。小さなサシェを作るだけでも時間がかかった。今回は、まだ何を送るかすら決まっていない。
「急ぎでしたら、染料に浸した色紙を使う方法もあります。戦場で出回っているものは、雑貨よりも薄い紙のほうが好まれるようですね」
制服のポケットや手帳に挟める大きさが、特に人気らしい。
紙は革よりも定着させやすい。端切れの革にも付与できるようになった今なら、時間をかけずに作れそうだ。
爽やかな空色の紙に願いを込めた守護を施し、手紙に取り掛かった。
「手紙って、検閲されるのかな」
他の人に読まれる可能性を考えたとたんに、手が止まった。もしそうなら、自分の気持ちを手紙で打ち明けるのはまずい。悩んだ末に、試験を受けようと思っていることを中心に書くだけにしておいた。
ディートリヒがくれた枚数には遠く及ばない。読み返してみると素っ気なくて、ディートリヒとの落差が激しかった。
――私も会いたいって書いておこう。
さっと書き終え、封筒へ入れると厳重に封をしておいた。
手紙を書くだけで浮かれた気持ちになるなんて、先が思いやられる。対面したときに、まともに会話ができるのか心配だ。
「リタ。手紙を出したいの」
「お任せください。必ずディートリヒ様へ届くよう、手配いたします」
手紙を預かって出ていったリタと入れ替わりで、ベティーナが黒い物を持ってきた。
「いま、町では竜のぬいぐるみが人気らしいですよ。国がやってる事業で、売上のほとんどは戦費にするそうです。それ抜きにしても、見た目が可愛いから売れてるみたいですね。主の竜にそっくりな子を見つけたので、よかったらどうぞ」
両手に乗る大きさのぬいぐるみだ。ずんぐりした体と大きな藍色の目が特徴的だ。体の割に翼が小さいのも、可愛さを際立たせている。
角がなければ羽トカゲに似ていると言えなくもない。
「……気に入らない部分は、リタちゃんに言えば修正してもらえますよ? 針仕事とか、得意なんで」
エレオノーラの考えを察したのか、ベティーナがこっそりと打ち明けた。
「あら、私の話ですか?」
リタが戻ってきた。エレオノーラが持っているぬいぐるみを見て、にっこりと笑う。
「……あの、目を、金色にできますか」
「ええ、もちろん。エレン様がお休みになる前までに、仕上げておきますね」
二人はきっとディートリヒと同じ色だと気がついている。微笑ましいものを見るような視線が、からかわれるよりも恥ずかしかった。
リタが目を変えてくれたぬいぐるみは、枕元が定位置になった。着替えるときだけ壁のほうを向けていたのは、きっと羽トカゲにされたディートリヒと暮らしていた名残だ。
あれからディートリヒからの手紙は来なかった。情報通のリタによると、作戦が大詰めになって返事を書く余裕がないのだという。
新聞は景気のいいことしか記事にしてくれない。
本当にエレオノーラが知りたいことは、全てが終わってから明らかになるのだろう。
手紙を送った数日後、竜皇国の勝利で終戦したと国中に報せが届いた。




