離れていても変わらないもの3
ベティーナの手引きで、会議室まで入ることができた。周囲には竜騎士とその家族が会って談笑している。悲壮さは表に出していなかったが、どこか落ち着きがない。
「主は最後の作戦会議に参加しているようですね」
適当な騎士を捕まえてディートリヒの居場所を聞いていたベティーナは、建物の入り口まで迎えに行くと言って会議室を出ていった。リタと二人で残されたエレオノーラは、渡す予定のサシェを取り出した。
二種類の布を組み合わせて作ったが、質素すぎたかもしれない。対抗戦の姿が忘れられずに赤いリボンを使ったら、リタから瞳と同じ色ですねとからかわれた。出来上がってから、独占欲を丸出しにしているようだと気がついて、渡してもいいのだろうかと葛藤している。
自分の行動が裏目に出ているような予感が拭えない。
もう少しで、ディートリヒは西端の砦へ行ってしまう。それが仕事だから仕方ないと理解していても、心は全く追いついてくれなかった。
――もっと、色々なことができたら良かったのに。
じっと座って待っていることに耐えられなくて、エレオノーラはサシェの表面を撫でた。
強力な守護はまだ作れないけれど、気持ちを形にすることはできる。無事に帰ってきてほしいと願いながら作っていると、いつもとは違う魔力の流れを感じた。サシェに刻んだ印が仄かに発光している。
「……エレン?」
会議室の入り口にディートリヒが来ていた。エレオノーラが作ったサシェを見ている。まだ光は続いていて、魔術を使ったことが明らかに分かる。
ここは竜騎士が多く駐屯している場所だ。当然ながら警備は厳重で、部外者が魔術を使えば警戒されてしまう。
「ち、違うの。怪しい魔術じゃなくて、守護の付与をしたかったんだけど、あの、こんなに光るって思わなくて」
焦って説明すると、余計に混乱してくるらしい。自分への叱責よりも、ディートリヒに迷惑がかかる気がして冷静でいられない。
ディートリヒはサシェがよく見えるように、エレオノーラの手を引き寄せた。
「これをエレンが?」
「うん」
「いつの間にここまで上達したんだ。無理な練習はしていないよな?」
「ちゃんと休んでるよ」
「エレン」
やはり疑われてしまった。エレオノーラが付与したものは、今まで作った中で最高の出来だ。自分でも驚くほど完成度が高い。
「本当に、無理はしてないの。私は待つしかできないから、せめて役に立つものを作りたくて……あのね、ディーのこと、考えながら作っていたら、こうなった」
ディートリヒが手に力を入れた。痛くはないが、見つめ合って手を握っているので恥ずかしい。自分の言葉も途中から途切れがちになっていく。
「だからね、受け取ってくれる?」
ほぼ無表情だったディートリヒが、柔らかく微笑んだ。いつも見ている顔だ。
「ありがとう。大切にする」
ディートリヒは制服の内ポケットへ大切そうに入れた。
受け取ってもらえた安心か、肩の力が抜けた。緊張が解けると、周囲のざわめきが耳に入ってくるようになった。
「……え。隊長が笑っただと?」
「うそ? 見逃したわ」
「皮肉の笑みじゃなく、普通に笑ってやがる……」
「おい、雨具の用意しておけ。空が荒れるぞ」
すっと表情を消したディートリヒは、声の発信源を特定すると低く響く声で言った。
「……お前たち、暇そうだな。出発前に槍の素振りでもやるか?」
「もう一回、点検してこようかなー」
「あっ俺も」
さっと目を逸らした騎士たちは、それぞれ適当な言い訳を口にして去っていく。彼らの背中を見送ったディートリヒがため息をついた。
「せっかく来てもらったのに悪いが、そろそろ戻らないといけない」
「うん。隊長だから忙しいよね」
ディートリヒは周囲の誰も見ていない隙を狙って、エレオノーラの額にキスをした。
完全に不意打ちだった。いたずらが成功した顔で笑うディートリヒが憎い。自分の顔全体が熱っぽく感じるし、動悸が治りそうにない。
エレオノーラはディートリヒの袖を掴んだ。
「帰ってきてね」
「もちろん」
「生きて帰ってきて。待ってるから」
「早く帰れるように、全力で片付けてくる」
「……部下の人たちに無茶させたら駄目だよ?」
「問題ない」
何がどう問題ないのか全く分からないが、とりあえず約束はとりつけた。
しばらくして竜の隊列が西の空へ飛んで行くのを見送っていると、泣きたい気持ちになってきた。心細くて下を向くと、リタとベティーナが両側からハンカチを差し出してくれた。
家に帰るまで我慢しました。




