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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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離れていても変わらないもの2

 西の国境付近で両国の軍が衝突するかもしれないと聞いたのは、ディートリヒが休日を返上して職場へ行ってから三日目のことだった。空を飛ぶ竜の隊列を見たリタが、訓練へ行くにしては物々しいと感じたらしく、知り合いのツテを使って情報を手に入れてきた。


「いったいどこから聞いてきたの? こういうことって、秘密にしているのに」

「出入りの業者によると、騎士団が食料品を追加で発注してきたそうです。それも長期保存に耐えられるようなものを。さらにディートリヒ様が指揮をしておられる部隊が西へ飛行していきました。訓練の予定は入っておりませんでしたので、おそらく西側で緊急を要する動きがあったのではないかと」


 物静かなメイドは淀みなく答えた。


「もちろん相手側がこちらの戦力を測るための威力偵察に、過剰な反応をしてしまった可能性もありますが……」

「あまり期待しないほうがいいね」


 最悪の事態は考えたくない。


 ディートリヒがいないことで、エレオノーラの気持ちは中途半端にぶら下がったままになっていた。

 自分の気持ちを認めてしまうのが怖い。もしディートリヒが帰ってこなかったら、心を正常に保てる自信がなかった。


「憂鬱に片足を突っ込んでるエレオノーラ様へ朗報でーす」


 どこかへ出かけていたベティーナが帰ってきた。ついでのように茶器を乗せたトレイを見せて、お茶の時間ですよと告げる。


「あらベティ。姿が見えないから、遊びに行ったのかと思っていたわ」

「ちゃんと仕事してましたー。リタちゃんばっかりずるいから、私も主関連の情報を探ってたんですぅ」


 ベティーナは得意げだった。トレイを小さなテーブルに乗せて、手際よくカップに茶を注ぐ。


「ディートリヒ関連の情報って?」


 エレオノーラが待ちきれずに尋ねると、ベティーナはにっこりと笑った。


「明日、出撃する騎士たちを家族が見送るらしいです。非公式なんで、こっそりと。匂い袋(サシェ)とか刺繍入りのハンカチを作って、渡すと言ってる家族もいました。だから主に会えるかもしれませんよ?」

「私が行ってもいいのかな。近親者だけなんでしょ?」


 家族にしか知らされていないことなら、部外者のエレオノーラが入っていい場所ではない。せっかく教えてくれたベティーナには悪いが、大人しく待っていようと考えていると、二人は不思議そうに首を傾げた。


「え。そこで遠慮するんですか? 婚約者と名乗って、堂々と入りましょうよ」

「対抗戦でディートリヒ様に大切な女性がいらっしゃることは、広く知れ渡りました。臆することはありません」


 さあ決断をと迫る二人の勢いに、エレオノーラは気圧されそうになった。


「堂々と名乗るかどうかはともかく、会える機会があるなら行くわ」


 自分ができることなんて限られているけれど、ただ待っているのは疲れた。言いたいことがあるなら、自分から動かないと何も変わらない。


「その意気です。お世話を任された私たちも、本領を発揮するといたしましょう」

「久しぶりのお出かけだね。可愛い系にします? それとも清楚なお嬢様風? 主ならどっちも気にいると思いますよ」

「に、似合うほうで……」


 二人は目線だけで合図をして、にっこりと笑った。


「つまり、おまかせということですね。掌握いたしました。明日の朝までに、いくつか候補を選んでおきましょう。ディートリヒ様の好みは存じ上げませんが、何を着ても賞賛するのは間違いありません」


 なぜかリタの笑顔が怖い。今まで抑圧されていたものが、表に出てこようとする直前のような危うさがある。


「エレオノーラ様の部屋に飾る花を、自ら選んで生けるぐらい心酔してるよね。花瓶を持った主と遭遇したときは、思わず二度見しちゃったよ」

「花って、本当に? あなたたちが毎朝、花瓶ごと持っていって、ディートリヒに渡していたの?」

「はい。主は出勤前に枯れそうな古い花を取り除いて、新しいものを足してますね。丸ごと入れ替えたりもしてます。安心してください、主はこの部屋に一度も入ってませんから」


 気になったのは、そこではない。屋敷はディートリヒのものだから、エレオノーラに許可をとることはないと思っている。


「以前から花を生けたり……していないのね」


 二人の表情で察した。


「エレオノーラ様との再会がきっかけで、新たなことに挑戦なさっておられるのでしょう。物よりも言葉を尽くせと思いますけれども」

「主の愛情表現は重くて見てるこっちが胸焼けしそうだけど、悪い人じゃないから……たぶん」

「どうして二人とも目を逸らすの……?」

「そんなことよりも明日の準備をいたしませんか?」


 露骨に話をそらされてしまった。


「じゃあ、マーサさんたちへの根回しは私が。護衛と経路の確認をしてきますから、また外出してきますね。リタちゃん、あとは頼んだ」

「ええ、こちらは任せておいて」

「経路?」


 ベティーナは人懐っこい笑みのまま、職場までの道ですよと答えた。


「絶対に守れと主から命令されているんです。だから経路上の危険な箇所と避難経路を下見しておこうかなと。心配しないでください。たとえ襲撃されたとしても、私とリタちゃんが責任を持って安全地帯へお連れしますから」


 久しぶりだなぁとベティーナが歌いながら部屋を出ていった。明るい曲調のくせに、襲撃奇襲暗殺屠殺と物騒な歌詞が聞こえてくる。


「あら、ベティったら血が騒いでいるのね。羽目を外さないように注意しておかないと」


 愉快そうにリタは目を細めて優雅に笑う。


 ――良家に勤めるメイドさんって、護衛もできないといけないのね。凄いなぁ。


 二人ともエレオノーラとあまり歳が変わらないように見えるのに、積んできた経験は遥かに多いのだろう。改めて自分なんかの世話をさせてもいいのかと思ってしまう。


「エレオノーラ様、本日の練習はいかがいたしますか? もし明日、ディートリヒ様に渡したいものがあるなら、そちらを優先させるとよろしいかと」

「そうね。他の人たちは手作りのものを渡してるんだっけ。刺繍は苦手だから、サシェのほうがいいかな」


 図案から考案しなければいけない刺繍だと、明日までに間に合わない。リタと材料になりそうなものを選んで、さんざん悩んで寝る前には完成させた。


 翌日になると、朝から軽く緊張していた。久しぶりに会えるかもしれないという期待と、リタやベティーナが張り切って支度をさせているせいだと思われる。


「ベティ、やはりここは清楚さを表に出して攻めるべきだと思うわ」

「少ない露出で身を守りつつ、主の庇護欲を刺激する作戦だね」

「余計な装飾品を纏わせて、特別な格好だと強調してはいけないわ。着慣れていない服装は、滑稽に見えてしまうの」

「普段着っぽいけど、いつもとちょっと違う感じ?」


 エレオノーラよりも、二人のほうが気合が入っている。一応、マーサが暴走しないように見張っていてくれているが、今のところ動く気配はない。


「瞳の色が映える組み合わせにしないとね、リタちゃん」

「そうね、大切なことだわ」

「あの、目の色って、目立ってもいいんですか?」

「えっ」


 孤児院から研究所で勤務するまで、周囲には赤い瞳が嫌いな人が多かった。特に貴族階級に属している者は、その傾向が顕著だ。中には瞳の色を誤魔化せる目薬があると、こっそり教えてくれる親切な人もいたが、大半は同情か嫌悪に分かれていた。


「赤い目で見られたら、嫌だとか、気持ち悪いって思ったりしませんか」

「えっ……」


 ベティーナは困った顔でマーサがいるほうを振り向いた。リタは口元に手を当てて黙っている。


「エレオノーラ様、それは隣国での話です」


 マーサがエレオノーラのそばで膝をついた。イスに座ってうつむいたエレオノーラの顔をしっかりと見て、ゆっくりと話す。


「この国では、赤は吉兆や喜びの色です。嫌われるどころか、好意的に受け入れられていますよ。初めて竜を従えたと言われている初代の皇帝は、赤い目をした竜と共に国を平定しました。それゆえに赤い瞳には特別な想いがあるのです」


 そんな歴史があるとは知らなかった。竜皇国の歴史は学院で軽く習ったけれど、初代皇帝に関することは名前と国を興したことぐらいしか記載がない。


「隣国が赤い瞳を嫌っているのも、そのあたりに理由があるのかもしれません。何度か領土を巡って争った関係ですから。時の流れと共に、本当の理由は忘れられて、嫌うことだけが残ってしまったのではないでしょうか」

「そう、かもしれません。何度か王家の血筋が絶えかけて、継承者を傍系から迎え入れたと聞いています」


 瞳の色で嫌悪されることはないと確認できて安心した。町を歩いていてもあからさまに避けられたり、可哀想という目で見られない。なぜ赤目の女を連れているんだとディートリヒに喧嘩腰で絡む人もいないだろう。


「……ねえリタちゃん。今から隣の国へ行ってきてもいいかな? 研究所? にいる貴族とか二、三人ほど殴ったら、少しは気が晴れると思うんだ」

「あら駄目よベティ。私だって我慢しているのよ? それにね、今からディートリヒ様へエレオノーラ様をお届けする大切な役目があるわ。隣の国へ行っている暇なんてないわよ」

「そっか。残念」


 背後でベティーナとリタが何やら相談している。小声で聞こえなかったが、なぜかマーサの耳にはしっかり届いていたらしい。静かに立ち上がると、落ち着いた様子で二人を嗜めた。


「あなたたち、エレオノーラ様の身支度はどうなったの? 可憐な姿に仕上げてさしあげないと。ディートリヒ様が意地でも生還したくなる理由を作ることも、一人前の使用人としての勤めですよ」


 何かが少しだけ違う気がします――エレオノーラはわずかに違和感を感じたが、うまく言葉にできないまま、メイドたちに言われるがまま着替えを始めた。

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