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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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遠回りな情熱3

 審判の合図で試合が始まった。


 間合いを詰めた両者は互いに槍で牽制して、有効打を避けている。攻撃を仕掛けて距離が近づくと、互いの竜はそれぞれ噛みつこうとしたり、前足で引っ掻くような仕草を見せた。もし覆いをつけていなければ、確実に流血している勢いだ。


 このまま膠着状態かと思われたとき、相手が大きく後ろへ動いた。ディートリヒが追いつく前に竜が地面を蹴って飛翔する。助走せずに飛ぶのは、脚力と翼が強くないとできない。


「先に上を取ったほうが有利ってのが一般論だ」


 クルトは飛んでいるほうの竜を見て言った。


「いま戦ってる相手は、上空からの奇襲が得意な人だったはずだ。だから普通は自分が先に飛ぶか、飛翔させないように攻撃しないといけない」

「じゃあ勝つのは難しい?」

「いや、対抗策はある」


 上昇した竜がのけぞって姿勢を変えた。翼を折りたたみ、ディートリヒがいる地点へ落ちてくる。ディートリヒは落ちてくる竜を見上げたまま、槍を構えた。


 ディートリヒが騎乗している竜が脚を曲げる。相手が槍を投げる動作に入ると、大きく伸び上がった。落ちてくる槍はディートリヒの体の近くを通過していく。黒い竜は一度も羽ばたかず、相手の竜に体当たりをした。


 槍を投げた後は再び上昇する予定だったのか、翼を広げて落下速度を殺そうとしていたところに追突されて、姿勢を崩されてしまう。そこへディートリヒの槍が騎士に当たり、体が竜の背中から投げ出されてしまった。


 相手の竜は主人を助けようとしていたが、ディートリヒと竜が邪魔をして降下できないでいる。


 対戦相手は地面に叩きつけられる直前で、ふわりと体が浮いた。見えないクッションに守られるように、相手が降り立った。


 続いてディートリヒたちが地上へ戻ってくると、審判がディートリヒの勝ちを宣言した。


「あの迎撃が難しくてさ。竜の脚力が足りないと、相手に組み付く前に逃げられるんだよ。そうでなくても、自分に向かってくる槍をぎりぎりでかわして飛びつくとか、勇気がいるんだけどね」


 盛り上がる会場とは逆に、クルトは苦笑していた。


「あいつの竜、規格外なんだよ。良くも悪くも戦いに向いているっていうか。普段が人懐っこい性格だから分かりにくいけど」


 試合を終えたディートリヒは竜を飛翔させて、入ってきたところとは別の開口部から出て行った。エレオノーラが座っている席の近くを通ったとき、目が合った気がする。


 笑いかけてくれたように見えたのは、エレオノーラの自惚れだろうか。


 試合を終えた竜の多くは、興奮してなかなか出て行こうとしない。そんな竜に対し、乗り手である騎士は背中をなでたり、声で話しかけたりしていた。それでも効果が薄いときは、他の選手の邪魔にならないよう、闘技場の壁よりも高い所で旋回してから退場するようだ。


 竜の中には歌うような鳴き声を発している個体もいる。西の砦でも似たような鳴き声を聞いた。カサンドラに尋ねると、興奮した感情を鎮める効果があるという。


「たいていは仔竜のころに聞いた子守唄よ。歌っているうちに気持ちが紛れて、落ち着くんでしょうね。他にも嬉しいことがあれば皆で歌っていたり……声で感情を表現しているみたい」


 鳴き声の種類も竜によって賑やかだったり寡黙だったりと、実に個性豊かだ。


 その後、ディートリヒは何度か試合をしたが、どれも余力を残して勝ち進んでいった。


「ここまでは順調ね。でも決勝の相手も優勝候補らしいじゃない」

「俺たちが新人だった頃の教官です」

「ある意味では因縁の相手ってことか」


 カサンドラは愉快そうに笑って、どちらが勝っても不思議じゃないわと言った。


「あんなものを腕に巻いてるんだから、勝たないと格好悪いけどね」

「まあ、負けた時は盛大に馬鹿にしてやりましょう。下手に同情するよりも慰めになります」


 それぞれの部門の決勝は、一組ずつ行われる。試合に使用する範囲も、会場全体に広げられた。


 新人戦から始まって、ディートリヒの出番がくる頃には、観客の声援も盛大になっていた。


 ディートリヒの竜が相手の竜へ威嚇するように吠えた。尻尾で地面を叩き、翼を広げる。ディートリヒは左手で手綱を強く引いて、たしなめていた。


「ずいぶんと攻撃的じゃない」

「元教官ですからね。訓練でさんざん叩きのめされたことを、何年経っても覚えているんですよ。竜は」


 ディートリヒも覚えているだろうが、恨むには至っていないようだ。


 両者が開始位置について向かい合ったとき、会場全体が静かになった。皆が注目している。無数の視線が向けられていても、彼らに緊張している様子はない。


 合図の旗が下され、試合が始まった。二人とも距離をあまり詰めようとしない。最初から全力でぶつかることなく、槍で牽制しつつ隙を狙っている。膠着状態が長いと、審判に試合を止められて最初から仕切り直しになって、注意を受けてしまう。この注意の数が多いと判定にもつれこんだときに不利だ。


 審判が止めようと身じろぎするのと同時に、ディートリヒは竜を飛翔させた。相手も後を追って上昇してくる。最小限の旋回で降下体勢に入ったディートリヒだったが、攻撃の途中で気が変わったのか、接触する直前で竜の向きを変えた。


「いい判断ね。あのまま仕掛けていたら、確実に反撃されていたわよ」


 二人とも槍の他に木剣も携行している。エレオノーラには見えなかったが、相手は竜の体と槍で隠しながら、剣を抜く準備をしていたらしい。


「教官は槍でディートリヒの攻撃をいなして、剣で決定打を与えるつもりだった。まあ俺もディートリヒも、何度か喰らってるからね。さすがに同じ手は通用しないさ」


 空中で接近戦が始まったが、どちらも有効な攻撃手段を出せずにいた。やがて審判の指示で最初の位置へ戻って再戦することになったとき、ディートリヒの竜が興奮して下がろうとしなかった。


 合図がなくても相手の竜へ襲い掛かろうとしている。ディートリヒは手綱を思いっきり引いて竜の首をのけ反らせ、槍の柄を使って自分の体に引き寄せた。いらついた竜が何度も尻尾を地面に叩きつけていたが、ディートリヒに諭されて大人しく位置につく。


 審判が何かを告げ、ディートリヒはうなずいた。


「ディートリヒの竜は、試合を中断されるのが嫌なんだよ。勝つまで戦いたい性格だから。実戦なら勇猛で頼りになるんだが、試合だと不利だ。さっきみたいに注意を受けたら、判定にもつれこんだときディートリヒが不利になる」


 試合が再開されると、ディートリヒの竜が弾かれるように一気に前へ駆け出た。相手の出方をうかがいながら戦っていた先ほどとは違い、ディートリヒも竜も積極的に攻撃を仕掛けていく。


 時間内に決着がつかなければ負けてしまう。


 相手の竜が先に飛んだ。遅れて飛んだディートリヒ側は体当たりをされてよろめいたものの、なんとか持ち堪えて飛翔に成功する。


 黒い竜が吠えた。相手よりも速く飛んで近づき、ディートリヒが槍で狙う。攻撃はかわされてしまったが、うまく相手の槍を引っ掛けて引き寄せた。


 相手の槍が落ちていく。武器を手放してディートリヒに引きずられるのを防いだ。教官をしていただけあって、判断が早い。


 対戦相手は剣を抜き、槍を扱いにくい間合いに入った。そのまま剣で応戦するのかと思われたが、相手の竜がディートリヒの竜にのしかかったように見えた。互いの竜は前足で相手に組みつき、落下していく。


 ディートリヒの竜が下だ。


「どうしよう、落ちる」

「大丈夫よ、エレオノーラ! ディートリヒの竜が相手の翼を掴んでるわ。あれじゃ飛べない」


 共に墜落するかに思われたとき、ディートリヒの竜が相手を踏み台にして離脱。黒い翼を力強く羽ばたかせて上昇した。相手も飛び立とうとしたものの、重力には勝てずに地面へ落とされた。


 落ちた衝撃で騎士と竜が離れる。

 審判の旗が上がって、ディートリヒの勝ちが確定した。


「すごい……勝った……」


 会場から響く拍手や声援で、自分の声すら聞こえにくい。


 負けた相手は、ディートリヒへ向かって左腕を叩いて合図をした。ちょうど赤い布が巻いてある位置だ。


 試合後に会場を飛んで一周したディートリヒが、エレオノーラがいる方向を向いて空中に留まった。あんなに興奮していた竜も大人しい。


 優勝したことが嬉しくて、エレオノーラはディートリヒへ向かって手を振った。


 ディートリヒは上へ向けていた槍の穂先を、エレオノーラに向ける。まるで礼をするようにすぐ上へ向けると、会場のあちこちから先ほどよりも大きな歓声が上がった。


 囃し立てるような陽気さに、秘密の告白をされたような、はずんだ声。それに少しの不満が混ざっている。


「絶対、やると思った」

「ええ、予想通りね」

「ある意味、期待を裏切らない奴ですよ、本当に」


 どういうことかと尋ねると、二人は苦笑していた。


「カサンドラさん、お願いします。俺だとうまく説明できません」

「仕方ないわねぇ。あのね、腕と槍に巻いている赤い布は、大切な人を表しているの。家族とか恋人とか……だいたい、その人の瞳の色に近いものを使うのが伝統。さっきの槍の動きは、何かを捧げるときにする動作ね」


 カサンドラはエレオノーラに微笑みかけた。


「どう見てもエレオノーラに向けていたでしょう? 布の色も、あなたの瞳と同じ。だから、エレオノーラのために戦って勝ちましたという意味よ」


 意味を深読みしてもいいのだろうか。


 エレオノーラは胸のあたりを押さえた。心臓が痛くなるほど早く鼓動しているのは、会場の熱気のせいだと思いたかった。

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