表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/59

間話 対照的な二人

 なんで私が前線に送られなきゃいけないのよ――ヨハンナは親指の爪を噛んだ。


 家に帰ったヨハンナを待っていたのは、味方をしてくれない家族と、よそよそしい使用人たちだった。


 溺愛してくれる母親は泣いて同情してくれたものの、父親の決定に逆らうそぶりすら見せない。兄と姉はヨハンナのことを馬鹿だの要領が悪いだの、さんざん罵ってくる。弟は軽蔑している目で、ただニヤついているだけだ。使用人に至っては、巻き添えをくわないように黙って己の仕事だけをしていた。


 父親は帰ってくるなり、ヨハンナに赴任先が決まったと言って、追い出しにかかった。自分の政敵が嗅ぎつけてくる前に、ヨハンナを追放する魂胆らしい。


 ――滅多に家へ帰ってこないくせに!


 仕事のことしか考えておらず、妻や子供たちは己が成功している証としか考えていない。だから不良品と判断したら、簡単に切り捨てられる。


 皆は嫌がるヨハンナを荷馬車に乗せ、功績を上げたら帰ってきてもいいと宣言した。ご丁寧に逃げられないよう、魔術で拘束まで施して。


 どんなに叫んでも、声は魔術の膜で消されてしまう。ヨハンナの魔術は腕に埋めこまれた腕輪に吸収され、魔力だけ体に戻ってくる。まるで罪人扱いだ。


 そうやって連れてこられたのは、国境近くの軍事施設だった。アリの巣のように地中に建設されており、竜の侵入を防ぐために通路は限界まで狭くしてある。ヨハンナが暮らしていた屋敷とは対極の環境だ。


 掃除も洗濯も、自分でやりなさいと言われた。やりかたを知らないと言ったら、呆れた顔で説明された。誰もヨハンナの代わりにやろうとしないから、自分でやるしかなかった。


 ヨハンナは優秀だから、すぐにできるようになった。だが手が荒れて水がしみる。乾燥を防ぐクリームは屋敷に置いてきてしまった。使用人が適当にヨハンナの荷物をまとめたせいで、入れ忘れたのだろう。


 お気に入りの香水もない。

 気が利かない人間ばかりだ。


 唯一、料理だけは専門の人間が作っていた。だが器に入った料理は自分で運んで、空いている席で食べないといけない。一つの皿に料理を全て入れるなんて、いかにも平民らしくて嫌になる。


 ――エレオノーラちゃんのせいよ。こんなの、正しいわけないもん。


 ヨハンナは常に愛されていた。家族の中で最も魔力が多く、初めて魔術を使ったのは四歳のときだ。家庭教師からたくさんの魔術を教えてもらった。得意だった炎の魔術を極めて、たくさんの人に褒められたのに。全てエレオノーラに関わったせいで、失ってしまった。


 彼女さえいなければ、今も楽しく暮らしていたはず。そう思うと、余計にエレオノーラが嫌いになった。


 ヨハンナは会議室の端から、隊長だという男を視界に入れた。偉そうに命令してくるから嫌いだ。到着したばかりのヨハンナを労るどころか、迷惑そうに、せいぜい頑張れと言うなんて失礼だ。その上、腕輪を制御する方法まで知っている。


 今のヨハンナは他人には攻撃できない。木の板に落書きしただけの的にしか、魔術を使えない。


 あの男はヨハンナが炎の魔術を見せてあげたのに、全く驚かなかった。それどころか使い所が難しいから嫌だと感想までつけてくる。


 敵を殲滅できるんだからいいじゃないと反論しても、集団戦には向かないとか、わけの分からないことを言う。


 敵なんて魔術で薙ぎ払えばいいのに。難しく考えるから、戦いが長引くのだ。


 ――助けてくれって言われても、絶対に助けてあげないんだから。


 隊長は最後に研究所から派遣されてきた魔術師を紹介した。竜騎士に効果がある薬を開発して、実用性を確かめるために前線までやってきた物好きだ。


「え……ルーカス先輩?」


 あの陰険そうな顔は間違いない。同じ研究所で働いていたのに、ヨハンナは新人の兵士待遇で、ルーカスは顧問魔術師だ。


 不公平だ。不愉快なことが増えたと爪を噛んだヨハンナだったが、面白そうなことを思いついて微笑んだ。


 精神教育という名のつまらない話が終わって解散すると、ヨハンナはルーカスの後をつけた。彼は生意気なことに個室を与えられて、そこに滞在しているらしい。


 扉を叩くと、すぐにルーカスが出てきた。


「先輩」

「ヨハンナ? なぜここに」

「そんなことは別にいいじゃないですか」


 ここにいる理由なんて、ルーカスには話したくない。ヨハンナは不貞腐れて帰ってしまおうかと思ったが、今は我慢してあげることにした。


「いいこと思いついたんです。先輩、エレオノーラちゃんを気に入ってたでしょ? 取り戻すのを手伝ってあげようかなって」

「……必要ない」


 ルーカスは扉を閉めようとした。ヨハンナは閉められる前に体で割りこんで邪魔をした。


「待ってください。先輩、ずっとエレオノーラちゃんを狙っていたでしょ? 知ってるんですよ。でも竜騎士に誘拐されちゃったって聞きました。取り返しに行かないんですか?」

「取り返しにって簡単に言うが、敵国だぞ。孤立無縁で生きて帰れるはずがない」

「先輩、私が誰か忘れたんですか? 隣の国のこと、よく知ってますよ。だって私の家には、地図とかいっぱいありましたから。それに先輩、エレオノーラちゃんがどこにいるのか、探す魔術を使えるじゃないですか」


 にっこりと笑いかけると、ルーカスは嫌そうな顔になった。


「ストーカーみたいな言い方をするな。追跡の魔術だ。あれは対象の個人情報がないと」

「ええっ。先輩、あんなにエレオノーラちゃんに固執していたのにぃ? 魔力の情報は研究所にあるじゃないですかぁ」


 絶対にルーカスは話に乗ってくる。ヨハンナには予感があった。本当は今すぐ取り戻したいと思っているくせに、理屈をこねて動こうとしない。魔術を犯罪に使ってしまうかもしれないと恐れている。


 いまさら正義の騎士を気取るつもりだろうか。それとも正攻法でエレオノーラに会いに行けば、彼女が好きになってくれるとでも思っているのだろうか。


 馬鹿ねとヨハンナは心の中で嘲笑った。


 帰り支度をしているエレオノーラに残業しなければ片付かない雑用を申し付けたり、厳しく接するだけで褒めたことがないルーカスなんて、嫌われる理由しかないというのに。


「先輩はエレオノーラちゃんが要らないんですか? 私の知識と先輩の魔術があれば、潜入して連れ戻せるのに。なんなら、私が陽動してあげましょうか? その間に先輩はエレオノーラちゃんと逃避行するんです。もしかしたら愛が深まるかも?」


 うんざりとしたルーカスは、短くなぜだと尋ねた。


「俺に協力する見返りはなんだ。君はエレオノーラを殺そうとしていたじゃないか」

「これでも心を入れ替えたんですっ。前線で生活して、ようやく自分が酷いことをしたって自覚しました」


 ヨハンナは嘘をついた。


「謝っても許してもらえないことは分かってます。でも! 自分にできることって、エレオノーラちゃんを助けることだけだから。きっと外国で心細く暮らしていると思うんです。だから」

「……完全に君を信じたわけではないが、そこまで言うなら作戦ぐらいは考えているんだろうな?」


 ようやくルーカスが関心を持った。


「もちろんです。簡単ですよ。さっきも言いましたけど、私が囮になりますから、その間に先輩がエレオノーラちゃんを捕まえるんです。でも私、この腕輪のせいで魔術が使えないから、あまり役に立ちませんけど」

「腕輪は俺が対処できる。まず大まかな方向を探るから、まだ何もするな」


 ルーカスは冷たい声で言ってヨハンナを押しのけると扉を閉めた。


 ――よっぽどエレオノーラちゃんが好きなんだ。


 ルーカスはもうエレオノーラを取り戻す気でいる。彼女のことを想うあまり、ヨハンナの提案に乗ってきた。


 これでエレオノーラが戻ってくる。

 ヨハンナは自分に運が回ってきたと感じた。


 エレオノーラが全ての元凶だ。彼女さえいれば、ヨハンナには元の生活が戻ってくる。

 だから邪魔なトカゲ使いが立ち塞がったとしても、全て焼き払えばいい。




* * *




「降格と停職だけ? なぜですか。だって、私」

「被害者が刑法に則った処罰を望んでいる。それに私刑は明確に禁止されている。君に罰を与えるために違反せよと?」


 ディートリヒに呼び出されたアルマは、もっと重い処分が下されるものと思っていた。


 アルマは後悔していた。誰かを守りたくて竜騎士を志したはずなのに、その誰かを殺すところだった。どうすれば償えるのか、被害者は無事なのか、そればかり考えていた。


 ――彼女に温情をかけられた? でも、どうして。


 うっすらと見えたエレオノーラの記憶が頭から離れない。辛いことを追体験させてしまったのだから、彼女が望む通りに罰せられるべきだと思っていた。それなのに肝心のエレオノーラが極刑を望んでいない。


「エレオノーラの事情は、記憶をのぞいた君なら知っていると思うが」


 感情を削ぎ落とした顔で、ディートリヒが言った。


「君の荒療治で、彼女は記憶を取り戻した。きっかけとなったことについては、感謝していた。だから法律外の処罰は求めないそうだ」

「そう……ですか」

「俺自身は思うところがあるが、彼女の意見を尊重する。感情に任せて左遷などの冷遇はしないから、君もそのつもりで行動するように」

「わかりました」


 優しいようで、実は違う。いっそ怒鳴られたほうが楽だった。ディートリヒが仕事と感情を切り離しているのは、アルマを冷遇することが罰になると知っているからだ。


 罪を意識させ、罰せられることは、アルマにとって一種の救いになる。贖罪する方法を示されて盲目的に従うことで、いつか許されるという希望を抱いてしまう。


 自分で償いを考えて行動していると、それが本当に正しいのか疑問がつきまとう。


 また似たような過ちを犯しているのではないのか。

 自分が償いと思っていることは、被害者の神経を逆撫でにする行為ではないだろうか。


 誰も教えてくれない。

 正解がないから、苦しい。


 ディートリヒは本気で怒りを感じているから、アルマに終わらない苦しみを与えることを選んだ。


 ――私はそれだけのことをしてしまった。


 直接、エレオノーラに謝りたかった。


 けれど、それは不快にさせるだけだろう。アルマはエレオノーラを傷つけた本人なのだから。関わろうとすることで、再び傷つけてしまう。


 どうすればエレオノーラに償うことができるだろうか――アルマは暗闇の中に落とされた気持ちで、ただ彼女の幸せを願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Niμ novels にて書籍、コミカライズしました。

詳細は活動報告または Xの投稿で。



書籍表紙はこちら Xの投稿 html>
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ