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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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思い出の在り処6

 エレンをメイドたちに任せたあと、ディートリヒは厩舎へ向かっていた。一旦、彼女の様子を確かめるために帰宅しただけで、まだ仕事は残っている。戻りたくない気持ちはあるものの、足取りは軽かった。


 エレンが予想に反して元気だった。まだ心の傷は完全に癒えていないようだ。だが自分との思い出が支えになったと聞いて、救われた思いがする。


 彼女から抱きつかれたときは焦って挙動不審になりそうだったが、なんとか冷静さを維持できた。エレンはディートリヒの理性を試しているのだろうか。危うく告白しそうになって踏みとどまった自分を、誰か褒めてほしいぐらいだ。


 精神的に疲れているであろう女性に、交際を迫るような獣になってはいけない。まずディートリヒはエレンの信頼を得るところから始めないといけないのだ。


 ――頼る人がいなかったエレンなら、不調があっても大丈夫だと言ってしまう。


 自分の力だけで解決するしかなかった。だから人の手を借りることを思いつかない。そんなエレンから頼られるようになるには、まだ時間がかかりそうだ。


「エレンが可愛すぎて辛い」


 ふと心に浮かんだ言葉をつぶやくと、厩舎係から残念なものを見るような、生温かい目で見られた。反対に、竜はディートリヒの言葉に同意してゴロゴロと音を出した。こいつは自分より小さいものは可愛いと思っているふしがあるので、あまり信用できない。


 すっかり陽が沈んだ空を移動して、また職場へ戻ってきた。何度も移動した竜は疲れて拗ねるどころか、仲がいい竜を見つけてはしゃいでいる。警備の交代勤務についている部下の竜だ。二頭で楽しそうにしているので、放っておいても問題はなさそうだ。


 執務室へ入るとすぐに、クルトがやってきた。隣の事務室から持ってきたカップをディートリヒの机に置く。中身は熱いコーヒーだった。


「どうだった?」


 意識が戻ったと伝えると、クルトは安堵したようだ。


「異常はなさそうだった。治療薬の影響もあるが、精神面は安定している。アルマの伝言を伝えたが、特に厳罰は望んでいないらしい。よって規則通りに対処する」

「じゃあ、降格が妥当か。相手が民間人だったことを考慮して、停職も加算。規則の範囲内で処置しろと言われるのは助かるが……ディートリヒはそれでいいのか?」


 口をつけようとしたカップを持ったまま、どういう意味かと尋ねる。


「危険を犯してまで連れてきた人を、部下の勘違いで失うところだったんだ。アルマに思うところがあるんじゃないかと」


 つまりディートリヒがアルマの処分をより重いものにするよう、働きかけたりしないのかと聞きたいらしい。


 竜騎士が治安維持を目的に取調べをすることは妥当だ。アルマが確固たる証拠もなしにエレンを取調べた結果、傷つけてしまったことは罪に問える。だがスパイを炙り出すために自白と記憶を調べる魔術を使ったのは、合法の範疇だった。ただしエレンの健康状態が著しく損なわれていた場合は、また別の罪が加算される。


 クルトの提案は、罪から判断される罰則の中で、最も重いものだった。


 ディートリヒはコーヒーの黒い水面を眺めながら答えた。


「己の感情よりも優先すべきものがある、というだけだ。エレン自身が騎士団法に則って処罰されることを望んでいる。それに、もし俺が私情でアルマに罰を与えたとする。その結果が問題視されて、エレンの保護を別の人間に任されることになったらどうするんだ。エレンに会えなくなるだろうが」


 そんな事態になったら、死んでも死にきれない。絶対にディートリヒは規則を破るわけにはいかなかった。


「お前、本当にブレないな。そんなに好きか」

「俺の人生の全てを捧げても惜しくない」

「重すぎるわ。本人が知ったら逃げられるぞ」

「知られなければいい」


 好意の押し付けにならないよう気をつけてはいるが、最近は少し自信がなくなってきた。どこまで好意を表に出してもいいのか手探りをしている状態で、常に気を使う。だがその緊張感でさえ、相手がエレンなら楽しい。


 とりあえず、手を繋いでも嫌がられないことは確認した。


 エレンの体調が落ち着いたら、町へ連れ出してみようか。上空から遊覧飛行をするものいい。その前に不穏な地域の一掃が先かと、計画すべきことが浮かんでくる。


「……帰りたい」

「職場に来たばっかりで、なに言ってんだよ。ため息をつくな」


 クルトは司令部から回ってきた文書を出して、いくつか変更されたと言った。


「もうすぐ行われる竜騎士の対抗戦。急遽、今年は皇族が観覧することが決まったんだとさ。部隊長同士の試合があるだろ? 確認しておいたほうがいい」

「優勝者には観覧に訪れた皇族と祝賀の晩餐会に参加する栄誉を与える、だと? 面倒だから出たくないな。もし勝ち進んでしまったら、準決勝あたりで棄権するか」


 紙面を一瞥したディートリヒは、イスの背もたれに背中を預けた。試合に出ることは嫌いではないが、高貴な人々と交流をするのは性に合わない。断れない会食が待っているなら、出席できない理由を自分で作るしかない。


「いや、出ろよ。部下に示しがつかないって。それに、あのお嬢さんにいいところを見せる絶好の機会なんだからさ」


 少し、心が動いた。


「大勢の観客の前で、優勝する姿を見せたくないのか? お前自身に興味を持ってもらうきっかけになるかもしれないのに?」

「なる、のか……?」

「なるって。たぶん。ちょっと試合して、二時間程度の食事会に耐えたら、お嬢さんから、この先ずっと尊敬される名誉が待ってるんだぞ」


 竜が戦っている姿を見て、エレンが怖がらないかという懸念はある。だが彼女は竜を見ても怖がっていない。殺し合いならともかく試合なんだから大丈夫だというクルトの言葉に後押しされ、棄権を選ぶのは保留にしておいた。


「終わったら、最速で帰るか。この終了予定時間なら、寝る前にエレンと会う時間はとれるはず」

「清々しいぐらい、お嬢さんしか見てないな……どの皇族が観覧に来るのか、聞きもしないのか」

「興味ないな」

「竜皇国一の美人と名高い、ローザリンデ様だぞ。皇国の白薔薇に会える絶好の機会になりそうだと、みな盛り上がってるというのに」


 ディートリヒは本気で興味がなかった。誰が訪れようと、エレンに会える時間が減ることは間違いない。


 ――優勝したら喜んでくれるだろうか。


 念の為に、エレンには戦う竜を怖いと思うか、尋ねてみようと決めた。もし観戦を嫌がるようなら、結果だけ知らせればいいだろう。

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