表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/59

思い出の在り処5

「私ね、お父さんみたいな職人になる。一人前になったら、ディーが使う鞍を作ってあげるね」

「いらない。別に竜騎士になりたいわけじゃないし」

「なんで?」

「なんでって……危険な仕事なんだぞ」

「うん。みんなを守ってくれてるんでしょ? 国境が近いから戦場になりやすいって、おじさんたちが言ってたね。怖いの、やだな」

「泣くなよ……まだ戦争になるって決まったわけじゃないだろ?」

「だって」

「……仕方ないな、じゃあ俺が守ってやるよ」

「ほんと?」

「竜を授からなくても文句言うなよ?」

「うん」

「たくさん訓練しないといけないから、何年もかかるぞ」

「うん。あのね、空飛びたいな。乗せてくれる?」

「願い事が増えてるぞ」

「ダメ?」

「わ、分かったよ。約束する。その代わり、エレンも約束を果たせ。下手くそな鞍だったら、絶対に使わないからな」





「上手になるまで見せないって言ったんだっけ……」


 エレオノーラは天井を見上げたまま夢の続きを思い出していた。


 忘れていた過去が一気に押し寄せて、めまいがしそうだった。時系列など関係なく、印象深い断片から現れては移り変わっていく。最も苛烈な炎の記憶は、別のことを考えていても、すぐに出てきてしまう。心の浅いところで燻って、エレオノーラを焼き殺そうとしているかのようだ。けれどもエレオノーラに燃え移る前に、ディートリヒとの思い出が徐々に出てくるようになった。


 エレオノーラの心を守るように。

 温かいものに包まれているようだった。


 怖くて動けなかったのに、また外へ出てみたくなる。大丈夫だと言ってくれた人がいるから、嫌なことばかりではないと信じたくなった。


 客室のベッドから起き上がったエレオノーラは、薄暗い窓の外を見た。


 どれだけ時間が流れたのだろうか。屋敷にいると言うことは、ディートリヒと一緒に帰ってきたと思われる。


 どうしようかと鈍っている頭で考えていると、扉が小さくノックされた。返事をしなければと考えているのに、声が出ない。まだ夢を見ているようで、面白くなってきた。


 音の後にマーサが入ってきた。エレオノーラの様子を見にきたのだろう。マーサは起きているエレオノーラを見つけると、安堵の笑みを浮かべた。


「お加減はいかがですか?」

「水を、もらえますか」

「すぐに用意いたしますね」


 マーサは他のメイドを呼んで身の回りの世話を始めた。カーテンを引いて明かりを灯し、反応が鈍いエレオノーラに代わって何を求めているのかを聞いてくれた。マーサに言われてから、そういえばお腹が空いているとか、シャワーを使いたいといった要求が出てくる。今までにない経験だ。


 全てがぼんやりとしているのは、治療薬の影響だとマーサが教えてくれた。目が覚めたエレオノーラが、混乱して暴れないよう使ったそうだ。


 ほとんど喋らずに甘やかされながら過ごしていると、廊下が騒がしくなった。様子を確認しに行ったメイドから、ディートリヒが帰ってきたと告げられて、会うかどうか尋ねられる。


 名前を聞いた途端に懐かしくなった。

 無性に会いたくなってきた。


 言いたいことがたくさんある。待っている間に何から言おうか悩んでいたけれど、どれも大切で順番が決められない。


 メイドが伝言を伝えに行ってすぐ、ディートリヒが部屋にきた。珍しく髪の一部が乱れている。職場から帰宅してすぐなのだろう。制服を着たままだ。


 マーサたちは気を利かせて退室していった。


「エレン、調子はどうだ?」

「うん。大丈夫。マーサさんたちが、かなり甘やかしてくれたから」


 エレオノーラは迷った顔をしているディートリヒに近づいて、自分から抱きついた。


「エレン!?」

「ディー。ありがとう」


 ディートリヒはぎこちない動きでエレオノーラの背中に手を回した。


「思い出せたよ、全部。ごめんね、攻撃して傷つけたよね」

「エレンが自分を守るためにやったことだ。謝らなくてもいい」

「部屋は大丈夫だった? 壊してないといいんだけど」

「水浸しになった程度だな」


「あの女の人は?」

「騎士団の規則に違反して民間人に危害を加えたことは、紛れもない事実。相応の罰則が与えられる。本人は罪を認めて、反省しているようだ。エレンが個別に罰を与えたいなら受け入れると彼女は言っているが、どうする?」

「私ね、怖かったけど、むしろ感謝してるの。楽しかったこととか、辛かったことも、全部含めて『私』だから。忘れたままだと自分が存在していないみたいで、不安だった。だからね、思い出すきっかけをくれたんだと思ってる」


 罰は騎士団の規則にある通りでいいと言うと、ディートリヒは分かったと答えてからエレオノーラの髪に触れた。


「しかしエレン、それは結果論だ。心が壊れる可能性があったんだぞ」

「あなたが守ってくれたから平気」

「助けに入るのが遅れたのに?」

「遅くないよ。そばにいなくても、ディーは私を守ってくれた。約束したときのことを思い出したら、気持ちが楽になってきたから。一人じゃないって言ってくれたよね」


 エレオノーラはディートリヒの胸に頬を押し付けるようにくっついた。こうして触れていると、温かくて気持ちが落ち着いてくる。


 ためらいもなくエレオノーラがいるところへ駆けてきてくれた。昔から優しかった。エレオノーラが子供らしいわがままを言っても、一度も嫌な顔をされた記憶がない。


「あなたがいてくれて、よかった」

「それは俺のセリフだな」


 ディートリヒはエレオノーラからそっと離れ、ソファまで導いた。隣に並んで座り、自然と指を絡めて手を繋ぐ。先ほどまで抱きついていたのに、なぜか今のほうが恥ずかしい。


 手を繋ぐことも、並んで座ることも、初めてではないのに。子供の頃とは何もかも違う。


 エレオノーラは目を合わせられなくなって、ディートリヒの膝のあたりを見ていた。


「……父親は、いつも怪我なんてせずに帰ってきていたから、サンタヴィルに出兵したときも同じだと思っていた。戦死した報せが信じられなくて、棺に入った姿を見て、ようやく死を理解した」


 しばらく気持ちが塞いでいたが、ふとエレオノーラとの約束を思い出したそうだ。


「サンタヴィルの住人は、半数近くが亡くなったり行方不明になっている。エレンも遺体が見つからなかったから、どこかで生きていると信じたかった。再会した時に無様な姿なんて見せられない。だから約束通り竜騎士になって、痕跡を探していた。父親が戦死したことを乗り越えられたのは、エレンとの約束が支えになってくれたからだ」


 休日や訓練で遠出をしたときに、どこかにいるはずのエレオノーラを探し回っていた――そう語るディートリヒの言葉は暗い。


「意地になっていたんだろうな。何年も続けてきたことが、無駄だと認めたくなかった。さんざん探し回って、もしかしたら外国へ避難したのかもしれないと思うようになって……」


 そんな折、緩衝地帯へ赴くことになり、呪いを受けたという。


「呪われたときは最悪だと思ったが、エレンに会えた。運がいいのか悪いのか、どっちだろうな」

「本当だね。黒くて珍しい羽トカゲを拾ったと思ったら、人間だったから驚いたよ」

「エレンの現状を知ってから、どうやって国に連れて帰ろうか、そればかり考えていた。自分はトカゲで、飛ぶか鳴くぐらいしか特技がない。呪いは徐々に弱まっていたが、いきなり人間に戻ったらエレンが混乱する。俺がどんなに話しかけても、鳴き声にしか聞こえなかっただろ?」


 可愛い鳴き声だった。でも鳴き声以上に動作が分かりやすくて、あまり意思疎通には困っていなかったと思う。


「やけ酒を始めたときは、心配したんだからな」

「そっか、ずっと近くにいたんだよね。恥ずかしいなぁ。酔って色々なこと喋った気がする」

「お互いに必要な過程だったとしておこう。あれでエレンが隣国にいた理由が判明した」

「お菓子をやけ食いしたのも見てた?」

「体に悪いからやめておけ、と忠告はしていた」

「ごめんね、全部、可愛い鳴き声にしか聞こえなかった」

「ちゃんと鳴き声を使い分けていたはずなんだがな。通じなかったか」


 楽しそうに笑うディートリヒの声に釣られて横を向くと、少し寂しそうな表情だった。


「家に火をつけられて、エレンが研究所の魔術師から追い詰められたとき、今しかないと思った。森の中で、もしエレンが職場に戻ると言ったら、誘拐してでも連れて帰ると」

「どうして」


「殺されかけたことを抜きにしても、あんな環境にエレンを放置できない。上司は部下のことに無関心、自分の仕事を押し付けて手柄だけ奪う同僚、身分でしか判断できない無能な先輩たちと、好きな相手に素直になれない男。ろくでもない人材しかいなかったじゃないか」

「えっ……好き? 誰のこと?」

「ルーカス」


 ディートリヒは、エレンがあいつの好意に気が付かなくて良かったと、冷たく言った。エレオノーラはルーカスのことを思い出したが、好意があるとは思えなかった。いつも辛辣だったし、きっとディートリヒの勘違いだろう。


「俺は何度もエレンに助けられている。前を向くきっかけをくれて、呪いで死にかけたところを拾ってくれた。仕事で忙しいのに、弱い羽トカゲのために料理を振る舞ってくれたり」

「だからって、私を養ってくれるのは、やりすぎだと思うんだけど」

「すぐに見つけられなかった利子だ。存分に受け取ってくれ」

「十分すぎるほど受け取ってるからね?」


 どうやら今日は大勢の人から甘やかされる日らしい。中でもディートリヒは最も強引で、隙を見つけてねじ込んでこようとする。


 ディートリヒの行動を決めている感情は、エレオノーラが感じているものと同じだと思いたかった。


 優しくされるたびに、心の中でどうしようもなく育つものがある。もう少し大きくなってしまったら、自分では制御できそうにない。わがままで、独占的で、厄介だ。


 知りたいけれど、聞くのは怖い。勘違いだと知るのは、まだ怖かった。保留して、先延ばしにしている間に、解決していてほしい。


 落胆か歓喜か。


 ――感情が見えたらいいのに。


 もしくは竜と竜騎士のように、言葉がなくても伝わる回路が欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Niμ novels にて書籍、コミカライズしました。

詳細は活動報告または Xの投稿で。



書籍表紙はこちら Xの投稿 html>
― 新着の感想 ―
[一言] >それは結果論だ。心が壊れる可能性があったんだぞ そうだそうだ!アルマはもうエレンの視界に入らないでほしい。 それに、これまでディートリヒには近づけなかった女達から向けられる敵意にも敏感に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ