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【書籍化&コミカライズ】呪われ竜騎士様との約束~冤罪で国を追われた孤独な魔術師は隣国で溺愛される~  作者: 佐倉 百


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思い出の在り処2

 カサンドラは夕食前に帰る予定だと言っていたので、一緒に彼女の竜がいる厩舎へ来た。厩舎が見える前から、竜には近づいてくるカサンドラが分かっていたようで、頭を出していた。


「カサンドラさんの竜は薄い緑色なんですね」

「綺麗でしょう? 力が強いから、物資の運搬で活躍してるわ」


 竜の色と能力に相関性はないそうだ。黒い竜から白い竜が生まれたこともあるらしく、卵の世話や注ぐ魔力によって変化するという説が濃厚だった。


「卵はどこから取ってくるのですか?」

「野生の竜が育児放棄した卵よ。竜は一度に複数個の卵を産むけど、なぜか全ては育てないの。たぶん強い個体になりそうなものだけを選んで育てるのでしょうね。竜の生態は不明なことが多いんだけど、卵に魔力を注いで『温めて』あげないと孵化しない特性があるわ」


 卵は魔力がなければ成長も腐敗もしない。稀に自然界の魔力を吸収して生まれる個体もいたりと、謎が多い。


 竜の卵を調達してくる、専門の竜騎士もいるそうだ。育児放棄された卵は同じ竜であれば見分けがつく。そんな習性を利用して、彼らしか知らない狩場を巡って集めてくる。新しく竜騎士に任命された者は、卵の中から自分の魔力に反応したものを受け取って、責任を持って育てるという。


 年に一度、皇都にある城で行われる儀式だとカサンドラは言う。

 一回の儀式で諦める者がいれば、毎年のように相性がいい卵を求めて儀式に参加する者もいる。


「竜騎士と一言で言っても様々でね。自分だけの竜がいる人と、彼らを支える人に分かれているの。反応する卵があれば竜に騎乗するようになるけれど、そういった前線での仕事が苦手で、後方支援に従事する人もいるわ。物資の運搬にも竜が必要な場所もあるから」

「でも竜って長生きするんですよね? 竜騎士に先立たれた竜はどうしているんですか?」

「それがね、人間の魔力で育った竜は野生のものより長生きしないのよ」


 だいたい人と同じ寿命か、竜騎士が亡くなってから近日中に体調を崩して死んでしまうそうだ。


「竜騎士と竜の間に特別な回路があるって聞いた? たぶんその回路から魔力が流れてこなくなったら、生きていられなくなるのかもね。もしくは仲が良すぎた反動で」


 寂しくて、生きることを止めてしまう。可哀想な生き物だと思うのは、エレオノーラが部外者だからだろうか。


 カサンドラは自分の竜に鞍をつけた。


「どんな生き方が幸せなのか竜にしか分からないけれど、本来なら捨てられて、生まれてくることがなかった子たちなのよ。私たちは自分だけの竜を望んで、この世に孵化させた。だから愛情で育てるの。生まれてきたことを後悔してほしくないから」


 馬のように装具を全てつけた竜は、空の一点を見上げた。カサンドラも同じように見上げて、もうすぐ帰ってくるわと告げる。


「ものすごい勢いで飛んできてる。よっぽど早く帰りたいのね……」


 重要文書を運ぶ伝令並だと教えてくれたが、まず基準の飛行速度を知らない。カサンドラが呆れるほど速いということは理解した。


「弟の竜は体力が有り余ってるのよ。力も強いし、長時間の飛行だって耐えられる。育てた人に似たのね、きっと」


 カサンドラは厩舎から竜を出してまたがった。


「じゃあ私は帰るわ」

「色々とありがとうございました」

「今度は町へ遊びに行きましょう」

「楽しみにしています」


 竜の羽ばたきで、ふわりと風が吹いた。優雅に飛び立った竜はあっという間に屋敷の上へ上昇し、進行方向から飛んできた黒い竜に近づく。二匹の竜はしばらく留まっていたが、やがて二手に別れた。


 黒い竜が厩舎の前に降りてきた。竜の足が地面につく前に、ディートリヒが先に着地してエレオノーラへ駆け寄ってくる。


「エレン。外にいて大丈夫か」

「うん。だいぶ元気になったよ。それにカサンドラさんも近くにいてくれたから」

「昔から面倒見はいいからな。危険なことがなくてよかった」


 カサンドラは新人の竜騎士を教育する仕事に就いているそうだ。


「今日の仕事はもう終わったの? お帰りなさい」

「エレン……」


 ディートリヒの感極まったような顔が見えた瞬間、間に黒いものが割り込んできた。放置されていた黒い竜だ。ゴロゴロと猫のような音を出しながら、エレオノーラに鼻先を近づけてくる。


「お前、空気を読め。邪魔するなよ」


 手綱を引いたディートリヒが抗議するが、竜の巨体は動かない。


「この音は?」

「甘えたいときに出す音だ。できれば撫でてやってくれないか」


 ディートリヒがやっていたように竜の鼻から額を撫でてやると、もっとやれと言わんばかりに目を細めて額を押しつけてきた。体は大きいけれど仕草は猫のようだ。


 竜の体は硬いけれど温かい。こんな巨体が空を飛べるのが不思議だ。


 厩舎に竜を入れるとディートリヒが言うので、エレオノーラもついていった。出入り口から一番近い房へ入った竜は、ディートリヒが鞍や手綱を外す間、大人しくしている。全ての装具が外されると、竜は乾燥した藁の上に伏せた。


 ディートリヒは壁にかかっていたブラシで、竜の首や背中を丹念に擦っていく。全身にブラシがけをしながら、体の状態も点検しているらしい。特に翼の関節あたりを気にしていた。ここを痛めてしまうと、飛べなくなるからだろう。


「おい、足を隠すな。爪を見せろ」


 竜は爪の手入れが嫌いらしく、ディートリヒが専用のヤスリを持つと、体の下に足を隠した。そのまましばらく沈黙していたのは、きっと回路で話し合いをしていたに違いない。やがて竜は横に寝転び、諦めた顔で足を出した。


 ――爪を削られる感触が嫌なのかな?


 ディートリヒは苦笑しながら、手早く作業を始めた。目を閉じてぐったりとしている竜が、早くしてと言っているようで可愛い。


 作業を邪魔しないよう、エレオノーラは房の反対側にかかっている装具を見学していた。よく使いこまれた鞍の隣には、傷ついた古いものがある。手入れはされているようだったが、ところどころに黒いシミがついていた。鞍の縁には、赤い革で装飾を兼ねた補強がされていたようだ。ちぎれたのか、途切れている箇所が多い。


「それは俺の父親が使っていた装具だ」


 作業を終えたディートリヒが隣にきた。


「もしかして、私のお父さんが作った鞍?」


 カサンドラから両親のことを聞いたと話すと、そうかと穏やかに言った。


「裏側に工房の焼印がある。エレンが持っているメダルと同じ紋章だ」


 壁から外して見せてくれたところに、ずっと由来が分からなかった模様があった。指先で触れると、そこだけ硬くざらついている。


「そっか。こんなところにあったんだね」


 メダルをディートリヒに見せたとき、彼には分かっていたのだろう。父親が使っていた鞍についている模様だと。


 エレオノーラはようやく、自分が何者なのか分かったような気がした。孤児院にいたころは自分の名前しか知らず、親に捨てられたのだと思いこんでいた。魔力の多さを理由に学院へ入ったときは、当たり前のように家族がいる同級生が羨ましかった。家族の愚痴を言っている人には、そんなに不満ならいつでも代わってよと思っていた。


「ありがとう。ディー。私ね、この国でも頑張れそうな気がする」

「……良かった。やっぱり隣国へ戻りたいと言われたら、どうしようかと思った」

「戻っても研究所勤務はもう嫌だなぁ」


 狭い世界で働き詰めになるのは、十分過ぎるほど堪能した。


「次はもう少し、自由な時間がある仕事がいいな。見つかるといいけど」

「え?」

「いつまでもディーに頼っていられないでしょ? そうなると、住みこみの仕事がいいのかな。それとも寮があるところ? 明日から探さないと」

「何を言っているんだ」


 ディートリヒはエレンの肩を掴んだ。その姿勢でしばらく迷っていたようだが、口を開いて慎重に言った。


「まだ、恩返しは終わっていないぞ」

「魔術で殺されそうになったところを助けてもらって、産まれた国へ連れてきてもらったのに? 着替えとか全部、買ってくれたのに十分じゃないの?」

「俺の気が済んでいない。金額の問題じゃないんだ」

「お付き合いしている女性とかいたら、迷惑になるし」

「そんな女はいない」

「女って」


 よほど嫌な思い出でもあるのか、ディートリヒは疲労が色濃い顔で言いきった。


「仕事を探すと言うが、土地勘がなくて知り合いもいないところで、まともな職にありつくのは難しいぞ。この町は比較的安全だが、治安が悪い地区はある。そんなところに迷いこんで、女衒に目をつけられたらどうするんだ。いや……あらゆる可能性を想定して清掃してくるか……? 治安維持は推奨されているし、要は俺だとバレなければ……」

「ディー?」


 喋っている最中に、自分の思考へ入りこまないでほしい。名前を呼んで肩にかかっているディートリヒの手を握ると、ハッとした顔で現実に戻ってきてくれた。


「と、とにかく何も知らない状態で見つかる仕事なんて、まともじゃない。まだエレンのことを行政に報告もしていないんだ。担当者には話がついている。明日の午前中、会いに行こう」

「そっか。私、まだ何の手続きもしてなかったよね」


 危うく不法入国者になるところだった。ディートリヒが言う通り、まともな仕事が見つかるわけがない。そんな単純なことに気がつかず、行動しようとしていたなんて恥ずかしい。


 仕事で忙しいはずのディートリヒは、エレンに必要な手続きを受けられるよう、準備をしてくれていたというのに。


「明日は半日だけ休みを取れたから、俺が担当者のところまで連れて行く。おそらく手続きで午前中は潰れるだろうな。午後からは魔力を測定し直そうか」


 ディートリヒの職場には、入団する竜騎士の適性を調べる道具があるそうだ。彼の上司が好意で、検査をしてもいいと許可を出してくれたという。


「隣国とこの国では、魔術の体系が違う。エレンが魔術をあまり使えなかった理由は、おそらく隣国の魔術に適性がなかったせいかと」

「本当? 私に向いている魔術が見つかるかな。あっでも期待しないでおくね」


 駄目だったときに落ちこむのが辛い。しかし最初から期待値を下げておけば、あまり心を乱されずに済む。ディートリヒはエレオノーラに適性があると信じているようだったが、自分の心を守るやりかたは変えたくなかった。




* * *




 危うく出ていかれるところだった――ディートリヒは内心で焦っていた。


 なんとか言いくるめて留まってもらったが、そう何度も使える手ではない。

いっそのこと好意があることを正直に伝えようか。だがエレンはディートリヒのことを、ただの知り合いだと思っている。焦って気持ちを伝えても、断られるだけだろう。むしろ下心があるから援助をしているのかと勘繰られて、出て行こうとする気持ちを後押ししかねない。


 ――いや下心が全くないと言えば嘘になるが。


 今すぐどうこうしたいほど極限状態ではないということだ。


 エレンのことが大切だからこそ、手順を踏んで仲を深めていきたい。自分の行動一つで信頼関係が崩れてしまうと思うと、慎重にならざるを得なかった。


 ディートリヒは隣にいるエレンを盗み見た。大人しく座る竜に触れて、楽しそうに交流している。


 綺麗な横顔だ。ディートリヒにしてみれば、エレンを構成しているもの全てが美しいのだが、他人から見ても似たような評価に落ち着くだろう。金のことしか考えていないという孤児院の院長が、成長させて売ろうとしたことも納得できる。そんな彼女を一人で町に放置したらどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。


 ――女衒に売られるのは言い過ぎだったが、絶対に声をかける男はいる。


 隣国では、研究所の制服が彼女を守る役割をしていたのだろう。魔術師は性別に関係なく使う魔術と魔力量で脅威度が変わる。非力そうに見えても自分を焼き殺してくるかもしれない相手に、危害を加えようなどと思う者は稀だ。


 ところがここでは、エレンが魔術師だと知っている者はいない。


 もしディートリヒがいないところで、騙されて酷い目に遭ってしまったら――犯人を生かしたまま捕縛できる自信がない。


 不穏な思考を読み取った竜が、戦いへ行くのかと伏せていた頭を持ち上げた。ただの思考実験だと適当に返しておいた。


 ――どうしても手放したくないなら、慎重に行動しなさい。何も持っていないからこそ、身軽に、いつでも出ていけるのよ。


 別れ際に聞いた、姉の言葉が心にのしかかっている。


 今のディートリヒには、エレンを引き留める強い理由などない。到着したばかりだから、不慣れな場所だからと、もっともらしいことを言って不安を煽っただけ。


 彼女が留まりたくなる何かが欲しい。それがディートリヒに関することなら最高だが、些細なことでも構わない。時間を稼いでいるうちに見つけないと、エレンなら本当に出て行ってしまう気がした。



 夜中に出て行こうとしたら教えるよと、心強い言葉が目の前の相棒から届いた。

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