孤独な雑用魔術師1
職場では敵の竜騎士を落としたというニュースで持ちきりだった。なんでも新しく開発した魔法薬が活躍したとかで、エレオノーラがいる調薬部門が注目されているらしい。
「またルーカスの一人勝ちかよ」
「まあまあ、あいつのお陰で予算が増えてるんだから文句言わない」
愚痴をこぼしつつも、先輩たちは嬉しそうだ。
ここ数年は質の高い薬を納品し続けていると評判になり、回される予算が増えた。実験に使えるお金にも余裕がでて、ますます結果を出せるようになるという好循環がおきている。特にルーカスという先輩が作る魔法薬は、国境付近で働く騎士たちから絶大な人気を誇っていた。
エレオノーラは運んできた箱から、濡れた試験管を出した。水気を切って、そっと専用の箱に入れる。風で乾燥させるために窓辺に移動させると、雑談していた先輩たちが振り返った。
「おい、俺が頼んでいた資料は?」
「貸出中でした。第二部署の主任が借りていったみたいです」
「なんだよ、使えねえな」
エレオノーラのせいと言わんばかりに、先輩はため息をついた。
「私の実験で使う素材は出してくれた?」
「それなら専用の箱に入れて、実験室に」
「追加の素材も探してきて。これ、リストね」
今度は別の先輩が、紙切れをひらひらと見せてきた。かなりの癖字だが、なんとか判別できる。
――これ全部、別々の保管庫にあるやつだよね。
管理人に許可をもらって、鍵を開けてもらわないと持ち出せないものもある。取りに行くのが面倒なものは、よくエレオノーラに頼んでくるので、保管場所を覚えてしまった。
「じゃあ今日もクビにされない程度に働くか」
「しばらくは大丈夫でしょ。だってルーカスがいるし。このテーブル、片付けておいて」
先輩たちはエレオノーラの返事を待たずに、それぞれの仕事を始めた。彼らの中ではエレオノーラが引き受けることは確定している。出来の悪い後輩が、活躍する機会を作ってやったという認識でしかない。
押し付けられた雑用を拒否したところで、役立たずだと馬鹿にされるだけだ。エレオノーラは飲んだまま放置された紅茶のカップを、洗い物用のカゴへ入れた。どうせこのカップも自分が洗うことになるのだろう。先輩はもとより、同僚が洗っているところは一度も見たことがない。
広げたまま放置された新聞を畳んでいると、一面に大きく書かれた見出しが目に入った。
魔術開発部の新兵器でついに敵国の竜騎士一騎を撃墜――先輩たちが話していた話題だ。下の記事には、竜騎士の行方は不明と書いてある。
「竜騎士か……」
「エレオノーラちゃん、新聞が読みたいの?」
ふと漏れた呟きに、やたら弾んだ声が返ってきた。
綺麗なオレンジ色の髪に緑色の瞳が印象的な同僚だ。上流階級の生まれだが平民にも分け隔てない自分を目指しているらしく、身分なんて関係ないという意味の発言が目立つ。そのためか、やたらとエレオノーラの世話を焼きたがるところがあった。
「もしかして、読めない言葉があるとか?」
「ヨハンナ、違うのよ」
「隠さなくてもいいよ! 知らないのは恥ずかしいことじゃないんだから。孤児院育ちとか関係ないからね!」
ヨハンナの面倒なところは、エレオノーラの発言を切り取って吹聴したり、彼女なりの解釈をするところだ。先ほどの言葉も意味が分からなくて言ったわけではないのに、彼女というフィルタを通過すると、無知ゆえの発言に変化するらしい。しかも孤児院の出身だと強調してくるので、今ではエレオノーラの出自を知らない者はいなかった。
「ヨハンナ。いま出勤してきたの?」
弁解をしていたこともあったが、余計にこじれて酷くなるので、今はもう諦めて話題をそらすことにしている。
ヨハンナはあからさまに悲しげな顔を作った。
「だってぇ、昨日の夜はどうしても外せない夜会があったのよ。家同士の付き合いがあるから、断れなくって」
「もう昼が近いよ。もうすぐ主任に研究のレポートを提出しなきゃいけないんだよね? 間に合うの?」
「もぅ、そんな怖い顔しないでよ。間に合うように、ちゃんとやってます!」
子供のように頬を膨らませて、ヨハンナは不機嫌だと主張してきた。だが仲良くしている先輩が部屋に入ってくると、すぐに笑顔になって近寄っていく。いつものこととはいえ、変わり身の速さに圧倒されてしまう。
――私にいじめられたって言われるよりはいいか。
エレオノーラは畳んだ新聞をテーブルの端に置き、頼まれたリストの品を探しに保管庫へ向かった。