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間話 西の砦の竜騎士たち

 あの隊長が女性を連れて帰還してきた――この衝撃的な知らせは、瞬く間に砦全体を駆け巡った。




 食堂に集まった非番の者は、それぞれ酒を片手に一つの話題で盛り上がっていた。ろくに娯楽がない最前線の砦では、些細なことでも暇つぶしになる。


 特にここ数日は、ディートリヒが生死の分からない状態で行方不明となり、緊張が続いていた。その反動と、話題の本人が最大級の衝撃をもたらしてくれたものだから、いつも以上に賑やかになっていた。


「聞いたか?」

「ああ。最初は嘘だろって思ったけど――」


 どの席でも同じ話題ばかりだ。


 クルトが酒の入ったジョッキを片手に空席を探していると、目ざとい隊員が片手をあげて合図をしてきた。他に空席はない。拒否する理由もないので、ありがたく座ることにした。


「よく来た副官どの。で、ここへ来たということは、詳細を教えてもらえるんだよな?」


 さっそく素直な要望が飛んできた。


 クルトはディートリヒと同郷で、竜騎士となったのも同じ時期だった。なぜか腐れ縁が続いて、今ではディートリヒの副官をしている。隊長の不在間は砦に詰めて彼の捜索と隊をまとめる仕事に追われていた。無事にディートリヒが帰還してくれたので代理の隊長業務からは解放されたが、今度は加熱しそうな隊員たちを静かにさせるために、食堂まで顔を出さなければならなかった。


「詳細と言われてもな……」

「まず外見から」


 クルトは真っ黒な竜が降りてきた時のことを思い出しながら、嘘にならないよう慎重に言った。


「金髪で珍しい赤い瞳。歳は隊長よりも下だと思うが、たぶん成人はしてる。体型は聞くなよ? 隊長に殴り殺されたくない」


 瞳が赤いと聞いて、好意的な感想があがった。この国では初代皇帝が従えていた竜が赤い目だったことから、同じ特徴を持つ者は人気が高い傾向にある。


「隊長の特別な人ってことでいいんだよな?」


 いつの間にか周囲にいた全員が耳を傾けている。むさ苦しい男ばかりで泣きたくなるが、クルトは我慢して続けた。


「本人から直に聞いたわけじゃないが、たぶん合ってる。だって、あの『氷の騎士』なんてあだ名をつけられた奴が、微笑んでるんだぞ? 俺、あいつが人間の、それも女性と親しげにしてるところなんて初めて見た」


 ディートリヒは基本、無愛想だ。竜には笑顔を向けて世話をしているが、人間にはあまり心を動かされない。ただ恵まれた外見の良さのおかげで、女性たちから慕われていた。


 口下手ではない。どんな美女に言い寄られようとも、恋の相手をしないだけ。特別な相手がいるという噂もない。つれない態度からついた名が『氷の騎士』だ。誰がディートリヒを落とすのか、社交界では注目されている。


 俺たちが同じことをやったら、ただの社会不適合者だよな――別の同期の言葉が身に沁みる。


「隊長が微笑む……?」

「きつい訓練でも顔色ひとつ変えない人が?」

「表情筋ついてたのか」


 現場を目撃していない隊員から、どこの隊長の話だと疑問が噴出している。気持ちは分かるが、お前らの隊長だよと言って酒を飲んだ。


「でも連れてきて良かったんですかね。この国の生まれといっても、色々な手続きをすっ飛ばしてますが」

「それについては本人から説明してもらったほうが早いな」


 クルトは食堂の入り口へ向かって手を振った。気がついたディートリヒが、まっすぐこちらへ来る。噂の人物の登場に、食堂内はにわかにざわめいた。


 気を利かせた一人が席を立ち、クルトの隣にイスを置く。ディートリヒはいつもと違う雰囲気を訝しんだものの、導かれるままに腰を下ろした。


「ようこそ噂で盛り上がる食堂へ」

「明日の出発について打ち合わせをしておきたかったのだが……」

「仕事の話は真相を明らかにしてからどうぞ」

「真相?」


 クルトが連れてきた女性のことだと言うと、ディートリヒはおおむね理解したようだ。


「最初に話した通り、敵国で我が国の民間人を保護した」

「一行に要約しすぎて、逆に分からんよ」


 仕事中ではないので、クルトは敬語を使うのをやめた。ディートリヒも特にとがめてこない。自他ともに厳格で有名なディートリヒだが、意外と柔軟に対応してくれるところもある。


「まず負傷した俺を治療してくれた。傷が癒えるまで世話になっていたところ、彼女が虐げられている現場を目撃した」


 奴隷に近い扱いだったとディートリヒが話すと、食堂内の空気がわずかに張り詰めた。


「冤罪で職場を休職になり、家に火をつけられた。行く宛てもなさそうだから、国の保護を受けるために連れてきた。これでいいか」

「放火だと」

「冤罪ってどういうことですか」

「そもそも、彼女はなぜ隣国に」


 次々と質問がくる。酒が入っていることもあって、より感情的になっていた。


「どうやら戦争の混乱で。詳細は分からんが、隣国の孤児院に拾われたそうだ」


 ディートリヒは彼女から聞いたらしい境遇を、淡々と話していく。声質の問題なのか、聞いている全員が話に引き込まれ、特に女児をもつ父親の隊員は他人事と割り切れず辛そうにしていた。


「以上の理由で放置できず、助けられた恩もあって連れてきた」

「むしろその状況で見殺しにしてきたら、竜騎士じゃないっすね」


 若い隊員の言葉に、皆は同意して頷いている。保護したことについてはクルトも賛成だ。


「で、明日は彼女を連れて移動でしたっけ?」

「ああ。彼女が生きていることを行政に届け出ないと」


 いや、お前が行方不明になった経緯を上に報告するのが最優先だろ――クルトはそう思ったが、空気を読んで黙っていた。


 周囲の酔っ払いどもは彼女の境遇を聞いて、変に肩入れし始めている。ディートリヒはいつも通りの態度に見えて、どこか落ち着かない様子だ。この状況で仕事のことを持ち出すと、周囲にいる全員が敵に回りそうだった。


「あ。じゃあ隊長、彼女さんが寒くないように、コートとか貸してあげたほうがいいんじゃないっすか? 上空は冷えますから」

「それもそうだな。予備のコートで大きさが合うものがあればいいが」


 助言をしてきた若い隊員は、酔った勢いなのかとんでもないことを言い出した。


「何を言ってるんですか。隊長のを着せないと。小柄な彼女さんが、男ものの大きなコートを羽織るのが最高なんですよ」


 すっと食堂が静かになり、あちらこちらから賛同と感動の声が上がった。さらにコート以外に何を着せるのか、論争の波が広がっていく。


 こいつら馬鹿ばっかりだ。クルトは生ぬるい気持ちになった。


「だいたい、どこの誰が着用したのか分からないコートを、大切な人に着せても平気なんですか?」

「駄目だな」


 ディートリヒは真顔で即答した。もうこの一言で、ディートリヒが彼女のことをどう思っているのか丸分かりだ。それでも彼をからかう人間が一人もいないのは、人徳か、細かいことを気にしない隊員が多いのか。


 ――ディートリヒが気にかけている人がいるのは知っていたが、まさか見つけだして連れてくるとは。


 彼女のことが公になったら、きっと騒ぎになる。だが無愛想な友人なら、きっと障害になりそうなものを丹念に潰していくのだろう。そんな予感がしていた。


 ――あいつ、絶対に初恋を拗らせてるしな。そうじゃなきゃ、休日のたびに生死すら分からない女を探し回るなんて面倒なことしねえよ。


 勝手に幸せになれと心の中だけでつぶやいて、クルトは新しい酒を求めて席を立った。

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