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冤罪4

 切羽詰まった鳴き声と、頬を叩く感触で目が覚めた。起きて最初に感じたのは、テーブルに伏せていた痛みと、物が燃える不快な臭いだった。


 日が沈みかけて、家の中が薄暗い。さらに周囲を漂う煙が、視界を悪くしていた。


「火事!?」


 答えるように黒トカゲが鳴いた。テーブルの上に置きっぱなしだったメダルを口にくわえ、エレオノーラに見せる。


 受け取ったエレオノーラは無くさないように、首にかけて服で隠した。


「逃げないと……」


 息苦しくなってきた。煙が充満しかけているのもあるが、大きな火事を連想させるものが苦手だ。財布が入っているカバンを持って、玄関の扉に手をかけた。


 ――伏せろ!


 若い男の声が頭の中に響いてきた。耳で聞くよりも早くエレオノーラに伝わり、とっさにその場へしゃがんだ。

 頭の上を燃え盛る炎が飛んでいく。開け放った玄関から中へ入り、テーブルにぶつかると弾けるように広がった。


「今の、魔術……どうして?」


 明らかにエレオノーラを狙った攻撃だった。


 また黒トカゲが鳴いた。逃げろと言っている。急に繋がりが強くなって、黒トカゲが考えていることが際限なく流れてきた。


 使えそうな避難経路、研究所までの道、人通りが多い商店街に、薄暗い路地裏。エレオノーラが考えるよりも速く、風景が移り変わる。


「だ、駄目。他の人は巻き込めないよ」


 黒トカゲにそう言うと、出会った裏道の光景が浮かんできた。


「そこに行けばいいの?」


 繋がりが弱くなって、何も見えなくなった。一時的に強化されただけのようだ。


 エレオノーラが外へ出ると、火事を察して集まってきた人たちが見えた。同じ建物の住人も避難し始めている。裏道を目指して走りだすと、誰かがエレオノーラの名前を呼んだ。


 足元に火の矢が降ってくる。騒ぎが大きくなり、逃げ惑う人々でなかなか前へ進めなかった。


 ――右、建物の中、通り道に。


 細切れに声がする。言われた通りに右側の建物へ入って中庭を通ると、反対側へ出られた。

 ようやく裏道へ入ると、後ろから追ってくる足音がする。


「先輩、あそこにエレオノーラちゃんがいますっ!」


 逃げる前方で炎の柱が上がった。熱さで近寄れず、エレオノーラは立ち止まるしかない。


「ヨハンナ……?」


 炎は彼女が得意な魔術だ。

 ヨハンナは職場の先輩たちとエレオノーラを囲んだ。


「ひ、酷いよエレオノーラちゃん。私を攻撃してくるなんて」


 涙目で睨むヨハンナと、敵意を向けてくる先輩たち。いつもの光景と違うのは、それぞれ攻撃用の魔術を用意していることだ。


「してない。急に攻撃してきたのは、ヨハンナじゃないの?」

「私ね、説得しに来たんだよ。エレオノーラちゃんがちゃんと罪を認めてくれたら、減刑されるように頼んであげるからって。それなのに」

「まず私は何もやってない。周りを火事にするような魔術も使えないのよ」

「でもっ!」

「火の魔術は一つも使えないの。怖くて。普通の火だって、料理なんてしたくないぐらい苦手よ」

「う、嘘! また嘘ついて、ダメだよっ」


 ヨハンナがわずかに動揺したせいか、周囲の先輩たちが困惑していた。何人かはエレオノーラが火に関する魔術が使えないと知っている。実験や薬の作成で、火が関与する工程は多い。だからさんざん役立たずだと言われたことがあった。


「でもエレオノーラちゃんが家を燃やしたってことは、変わらないんだからね! みんなを巻き込むなんて最低!」


 違うと反論しようとしたとき、炎の柱が掻き消えた。


「お前たちは何をしているんだ!」


 警備部から人を引き連れて、ルーカスが走ってくる。炎の柱を魔術で相殺したのはルーカスだろう。右手に魔術を行使したあとの粒子が漂っている。


「なぜ彼女の家が燃えている? 答えろ」

「エレオノーラちゃんが、怒って急に」

「君には聞いていない」

「酷いです先輩! いつも私のこと無視して!」


 ヨハンナの周りに炎が溢れ出て来た。急いで避難する先輩たちのことなど目に入っていないのか、辺り一面を炎の海へと変えていく。


「先輩はその人に騙されてるんです! だっておかしいじゃないですか。私じゃなくて、エレオノーラちゃんを助手にするなんて……私のほうが劣ってるってことですよね!?」

「いきなり何を……おかしいのは君だ。この状況で言うことが、それか?」

「なんで? 私には大切なことなのにっ」

「どう大切なんだ。だいたい冤罪でエレオノーラを貶めて、何を考えているんだ。まさかこの火事も君が?」


「冤罪? おいルーカス、どういうことだよ」

「エレオノーラは薬草の横流しなんてしていなかった。全てヨハンナが――」

「全部、悪いのはエレオノーラちゃんだから! 私、悪くない!」


 炎が地面を離れて渦巻いた。勢いに押されたルーカスたちは引き離され、壁際に追い詰められる。


「エレオノーラちゃんがいると、上手くいかないの! なんでいつも私の邪魔ばかりするの? 雑用しかできないくせに、私よりも目立つなんて!」

「くそっ……ひとまずエレオノーラを確保しないと」


 蛇の形になった炎が吠えた。ヨハンナの感情を表して真っ赤に燃え盛り、大きな口を開ける。

 エレオノーラの腕では、あれを防げない。ルーカスは炎の海から自身の身を守ることで精一杯だ。


 肩から降りた黒トカゲが前に出た。エレオノーラを振り返り、何かを訴えてくる。


「駄目よ、逃げて」


 せめて使役を解除しなければと繋がった回路を断ち切ろうとすると、逆に大きく広がって魔力が流れ出ていく。


 ――悪いな、少しだけ借りるぞ。


 またあの声だ。

 使い魔の契約が弾け飛んで、繋がっていた回路が閉じてしまう。

 黒トカゲが声の主だと、ようやく気がついた。


「ディー?」


 最後に聞こえてきた名前を呼ぶ。黒トカゲは金色の目を細めて、嬉しそうに鳴いた。


「なによ、その貧相なトカゲ。エレオノーラちゃん、そんな気持ち悪いものと契約してたの?」


 ヨハンナに見つかった。


 炎の蛇が黒トカゲへ襲いかかった。飲みこまれる寸前、黒トカゲを中心に黒い風が吹き荒れた。ヨハンナの炎を駆逐し、エレオノーラを守るように優しく包む。ヨハンナは風に叩きつけられて、気絶していた。


 魔力を枯渇しそうなほど奪われたエレオノーラは、立っていられなくなって座りこんでしまった。


「この国の魔術師は、気に入らないという理由で殺し合うのが礼儀なのか?」


 頭の中に響いていた声がした。


 黒を基調にした服を着た男が、背を向けて立っている。戦うことを専門にしているのだろうか。腰の剣に見合う、鍛えられた体格をしている。真っ黒な髪は短い。顔は見えないが、金色だという予感があった。


 彼は飛んできた氷の矢を、抜き放った剣で斬りつけた。


「そちらの男には世話になった。なかなか面白い呪いだったぞ」

「貴様、あの時の竜騎士か! なぜここにいる!?」


 いち早く反応したのはルーカスだった。男へ向かって氷の塊を飛ばし、次の攻撃準備に入る。


 男は適当に見える剣筋で氷を斬り落とし、詠唱に入っていた警備部の人間を昏倒させていった。


 先輩たちはとっくに逃げている。あの慌てぶりでは、衛兵に通報しているかどうか怪しい。


「なぜ? 暇だったから、お前たちを偵察していた。機密の一つでも落ちていないかと期待したが、偉そうに威張る貴族しか見つからん。しかもこんな路地裏で私刑とは。野蛮だな」

「トカゲ使いが偉そうに!」


 ルーカスが放った電撃の影響で、鳥肌が立った。エレオノーラがいる場所は、かろうじて避けてくれている。それでも動けば自分に当たるような怖さがあった。


 挑発されても男は冷静に攻撃を避け、刀身に左手を添えた。


「空を飛ぶ俺たちに、雷が通じると思うな」


 低く威圧するような声だった。電撃は全て剣に集約されていく。ルーカスに肉薄した男は、剣の腹が当たるように薙ぎ払った。


 接近戦に備えていなかったルーカスは、勢いよく壁に叩きつけられて苦しそうにうめいた。


 男はエレオノーラがいるところまで退がってきた。エレオノーラの首にはめられていた首輪に手をかけ、剣に纏わせていた電撃を流しこむ。首輪はあっけないほど簡単に外れた。


「立てるか?」


 心配そうに見つめる瞳は、保護していた黒トカゲと同じ金色だ。ここ数日、黒トカゲが精神的な支えになっていたせいだろう。迷いなく男が差し出した手を掴んだ。


「待て、エレオノーラから離れろ!」


 ルーカスが痛みを堪えて立ち上がった。


「断る! お前たちは彼女を使うことしか考えていない。このまま酷使され続けるぐらいなら、俺が貰い受ける」


 突然の宣言に、エレオノーラはついていけなかった。


 ――黒い羽トカゲじゃなくて本当は人間で、ルーカスさんと因縁がありそうで、さらに私を連れていくって、どういうこと?


 男は困惑しているエレオノーラを優しく抱き寄せ、剣先を地面に刺した。


 下から魔力が噴出してくるのを感じる。ただ今まで学院で習って、身近に感じていたものとは違う。エレオノーラには明確な違いは分からなかったが、種類の違いだろうかと思った。


 景色が歪み、一瞬の浮遊感のあと、聞こえてくる音が変わった。


 虫が鳴いている。

 炎で熱せられた空気から、涼しい夜の風へ。


 おそらく魔術で移動したのだろう。大掛かりな装置を使わなくても、瞬時に移動できる魔術など知らないが。


 男はエレオノーラから離れた。上を見上げてしばらく黙っていたかと思えば、上空から大きな黒いものが羽ばたきながら降りてきた。


「ようやく話せるようになったな。エレン」


 黒い塊――竜の額を撫でながら、男はそう言って微笑んだ。

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