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外伝 無垢なる君と拈華の宴 11





虚構の存在になることと、眠りに落ちることは似ている。


雪男に、宇宙人に、南米のチュパカブラに囲まれたセットの中で、七沼は自分自身を忘れ、虚構の世界に己を投じる。


「ミス・エリザベスは、あなた達の超能力はトリックであると言っています」


スーツを着て、大きめのサングラスで顔を隠す。通訳兼ボディガードに見えるようにスーツに綿を仕込んでいる。


番組には激震が走っていた。

春谷と泥川は順調に超能力を披露していたが、テレパシーを行う段になって、急に調子を崩したのだ。


二人とも青ざめた顔になり、うまく行かない理由は星の巡りだとか、この場に超能力を信じない人間がいるだとか、お定まりの言い訳を並べていた。


「エリザベスさん、トリックだと言われましたが、我々から見るととても手品には見えませんでしたが」


司会を務める芸人はそのように言い、棚黒葛ことミス・エリザベスは七沼の方に顔を向け、そっと耳打ちする。


「私はニューオリンズに住む超能力者からテレパシーを学びました。あなた方のテレパシーは、私の知る正しい技術と違っています。無線機を利用していることは明らかです」


棚黒葛は何かの直訳のように話しており、七沼はそのままの形で伝える。

言及されている超能力者、春谷と泥川は憮然とした顔。呼吸を整え、全身から感情の表れを消そうとしている。


再度、棚黒葛がささやく。七沼は一瞬顔を強張らせるが、そのまま伝える。


「もし番組がそれを許すなら、私は本物のテレパシーを見せて差し上げることが可能です」


七沼がスタッフの方を意識する。誰も何も言わない。この奇妙な展開に誰もが乗ろうとしている。


果たしてそんな事があり得るのか、かつてはあり得たのか、何もかも虚構のような記憶。今となってはもう思い出すこともできないテレビの時代。


「あなた方がテレパシーと主張するものを封じることは簡単です。私は数多くの超能力者と出会い、それを技術として学んできました。あなた方が隠し持っている無線機はclairvoyance、失礼、透視で見つけています。そしてそれはtelekinesis、念力で破壊しました。あとは私と、こちらの通訳でテレパシーをお見せしましょう」


春谷と泥川が怪訝なというより、強い警戒の目を向ける。


この番組には進行に綿密な打ち合わせはないが、大学教授の小月おづきが来るとは聞いていた。


その代わりに現れたのは謎の人物。FBIに協力する超能力者を審査する存在との触れ込みだが、オカルトの世界にも通じている春谷と泥川である、そんなものが実在しないのは理解しているだろう。


いったいこの女は何者なのか、番組がどこへ向かおうとしているのか、もしかすると自分たちは巨大な罠にはめられようとしているのか、気になって当然だろう。


この時代、超能力者として名を馳せた人物がそのトリックを暴かれ、権威が失墜するという事象が何度も起きている。


それは時代の暴力性。カメラの力で超能力を暴くなどということがなぜ許され、なぜ超能力者たちはそんな番組に出たのか。まったく見当違いのトリックを語られていた人物もいた。


しかし超能力者とは有り体に言えばマジシャンでもある。その推理は間違っている、本当のトリックはこうだ、などとは口が裂けても言えるはずがない。そうやって表舞台から消えていった人間すらいたのだ。


もはや逃げることなどできない。

この場の全員が時代の暴力性に、虚構という焼けた鉄板に乗せられたと感じる。視聴者という形のない怪物が、我々を骨までしゃぶり尽くすまで終わらないのだとーー。







新たな会場となる場所は地下都市游星郭ユウシングオの南の片隅。空き倉庫の一つである。


奥行きは30メーキ、天井の高さは2.5メーキほど。先ほどの場所と比べると半分もない。


奥行きのある細長い空間。その中間部分に仕切りがある。格子状に組まれた木枠にガラスがはめ込まれており、空間を二分しているのだ。その奥に椅子と机が4組ある。


「この短時間で、よく用意してくれた」

「うふふ、お安い御用ですわあ」

「ここが游星郭ユウシングオで良かったよお、物資がたくさんあったからあ」


2人のメイドは何事でもないように言うが、やはりそれも神業に違いなかった。


ユーヤの希望は「屋根のある密閉された空間。観客席と実験を物理的に切り離す仕切りが欲しい」というものだった。メイドはそれに応え、理由を問うこともない。ユーヤが話さないのだから、聞くべきではないのだろう。


そして多数の観客。


色の薄い長衣の男たち、体の線が浮き出た服と、濃い化粧の女性たち。倉庫に全員は入りきれず、大半は外にいる。


彼らは氷のような視線をユーヤに向けている。複雑なようで単純な、直線的に見えて全身のすみずみに注がれるような、遠慮のない視線。


そういった視線を飄々と受け流し、雨蘭ウーラン言う。


「のうユーヤ。あの二人の精神感応を妨害するんじゃろ、もう仕込みは出来ておるのか?」

「破壊する手段はいくつかあるんだ。だけど乱暴なものが多くて……ルウに頼んだものが、届けばいいんだけど……」

「頼むから、あの連中に袋叩きになるような方法は選ぶでないぞ」

「善処する……」 


おそらく荷は届かないだろう。ユーヤは半ば諦めている。自分が運に恵まれているとは欠片かけらも思っていない。それを苦々しく思う。


しかしそれもまた、ユーヤの錯覚に過ぎない。


「おーい」


声が聞こえて、弾かれるように振り向く、学朱服のルウが手を振りながら走ってくる。


ルウ!」

「なんとか手に入ったぜ、貴重なもんらしいけど、保管場所が焼け落ちてて廃棄する予定だったらしくてよ」


持っているのは金属製の樽。頑丈そうな蓋が付いている。


「よくこれを……高価なものだろうに」

「シュテンを守った人が欲しがってるって言ったら分けてくれたよ。この容器一つで50万ぐらいするんだってな、気前のいい教授だよな」

「とにかくよかった。じゃあルウ、頼まれてほしいんだけど、僕たちの立会人としてステージに……」


ひとしきり言いおいて、言い終わる頃にちょうど声がかかる。


「お二人とも、そろそろ準備はよろしいか」


虎牢フーロウ虎鏈フーリェンの二人が現れる。背後に大量の人間を引き連れているが、すでに建物にはかなりの観客がいるため、明らかにこの全員は入りきれない。


虎鏈フーリェンは髪に手を当て、そこを飾る金属の棒をかりかりと引っ掻く。


「これが新しい会場というものですか」

「そうだ、余計な邪魔が入らないように建物の半分から向こうをガラスで仕切っている。その向こうで実験を行う」

「ボディチェックはされますか」

「僕たちからは求めない。君たちが僕に求めるなら」

「皆さん」


と、十数人の人間がわらわらと出てきて目隠しとなり、手がユーヤの体をまさぐる。

雨蘭ウーランの方はもちろん女性が行っているが、雨蘭ウーランはされるがままにして眉一つ動かさない。元々メイドなどに身だしなみを任せる身分である。体を触られるのは慣れているのか。


「何も持っておりません」

「こちらの女もです」

「……わかりました」


虎鏈フーリェンはずっと会場を見ている。何も道具を持っていないなら、会場に仕掛けがあるのか。しかし超力開発団の人間がさんざん調べているはずだ。


「ボディチェックが済んだなら、奥に移動しよう」

「……いいでしょう」


格子にガラスのはまった仕切り、その右端に木戸があり、4人はそこから入る。立会人としてルウと、そしてタオも。


倉庫とは言え完全には密閉されていない。奥側の壁は上下に換気用の穴があり、その向こうにも人の気配がある。超力開発団の関係者がぐるりと取り囲んでいるのだ。


ユーヤたちはそれぞれの机に着座する。観客から見ると、手前側にユーヤと雨蘭ウーランが、その向こうに虎鏈フーリェンたちが体の側面を見せて向かい合う形になる。


「ルールを確認しよう。これはコンビ戦に近い。僕たちと君たちの2人ずつ、計4人が同じ問題を受けて回答する。ペア同士の答えが同じならば得点になる」


「質問者はどなたが?」

「そこのあなた、やってくれ」


ガラス越しに、観客の一人を指さす。指名された人間は急に指名されて戸惑った顔になる。


「僕たちに質問したいことを文字にして、ガラス越しに提示するんだ。僕たち4人がすべて答えを書いた後で、観客にも質問を見せてくれ。そこのメイドさんから黒板を受け取るといいだろう」

「わ、わかった」

「ただし……先ほども言ったが、精神感応とは本来非常に繊細で難しいものなんだ。複雑なことを聞くのは避けて、5歳の子供でも分かるような質問にしてくれ」

「5歳の子供……わかった」

「……なぜ、あの人物に?」

「彼が君たちの信奉者だからだ」


事もなげに言う。


「君たちの超能力を純粋に信じている。だからイカサマなど仕込めない」

「……実は違う、と言いたいのか」

「そうだ、君たちのやってることは小ずるいトリックに過ぎない。僕たちの使う本当の精神感応、本当の超能力とは違う」

「……まあ良い、我々が勝てば20億ディスケット、間違いなく払っていただく」

「うむ、それはパルパシア王家の名において約束しようぞ」


虎鏈フーリェンは周囲を見る。これまでの流れを一つ一つ思い出す。特段、承服しかねる部分はない。


そこで初めて、警戒の色を見せる。


自分たちの精神感応には何の問題もない。何一つその技を妨げるものはない。


では、この二人は。


どのようにして自分たちに勝つ気なのか。そもそも、よほど特殊な質問でもない限り、自分たちが異なる答えを書くことはないのに。


「一つ提案したい。勝負が始まったら、余計な音を出すことは一切禁止する。意図的に音を出したと認められる場合は敗北とする」

「……承知しました」


(ということは、音でもない……)


ふと気づく、虎牢フーロウが不安げな眼差しで自分を見ている。それを強く睨みつけて黙らせる。


「……世界を」


ユーヤが、この不気味な人物が何かをつぶやいている。


「……?」

「世界を、不誠実に歩くことは、良くない。イカサマで多少の金銭を稼いでも、そんなものはいっときの夢、やがて人生のツケを払う時が来る」

「知ったような口を。優れた技術を持つものが人生を謳歌する、それは揺らがざる世界の真理。私と虎牢フーロウは余人の到達できぬ境地に至った。それだけのこと」

「多少の洗脳術、ただの小手先の手品、そんなものが境地などであるものか」


目を見開く。ユーヤの目には凄絶な光が宿っている。


「……?」


何か、違和感がある。

ユーヤの目は自分へ向けての殺気だけではないと感じた。何か、おそろしく精神をすり減らしている最中のような。不可解な表情。


「では実験を開始しよう。最初の質問を。これからは僕も完全に沈黙する」


指名された男に手刀を向ける、男はメイドに渡された黒板にかりかりと文字を書く。そして提示するのは。


【小さなものと言えば】


(小さなもの……問題ない、いつも通りの暗号で対応できる)


虎牢フーロウから合図が来る・・・・・。2つの数字で表現される簡易的な暗号文。虎鏈フーリェンはそれを受け取る。


(砂……砂粒ということか、わかった)


ちらとユーヤたちを見れば、静かに向かい合って目を閉じている。そしてある一瞬。ほぼ同時に2人が黒板を手に取る。


示される答えは。


虎牢フーロウ【砂粒】

虎鏈フーリェン【砂粒】


雨蘭ウーラン【針】

ユーヤ【針】


おお、と観客たちがどよめく。自分たちも超能力者だとの名乗りが、偽りでなかったことを驚く様子。


虎牢フーリェンは、ますます訝しんで二人を見る。


(どうやって情報をやり取りしている……我々と同じ手段を使っているようには見えない)


(いや、それ以前に、この勝負はいったいどのような展開を見せるというのだ?)


観客から見れば、いつもと同じような超能力実験。


しかし不穏な空気は感じている。


あの戦っている相手。あの男の放つ奇妙な気配をーー。





控え室に戻ると、棚黒葛はこう言う。


「あの二人の超能力はいわば本物なんです」

「何だって?」

「絶対にあばかれることのない不可思議な力、それは定義の上では超能力でしょう。たとえそれが機械の力でも」


機械。

やはり機械を使っているのか、しかし一体どこに。と七沼が問う。


「体内です。肛門の中に機械を隠しています」

「なーー」

「発信機は春谷の側、奥歯に仕込んであります。奥歯を強く噛み締めると電波が飛び、泥川の体内で機械が振動します。これを妨害するために、強力なデジタル無線機で電波を混線させて誤作動させました」

「体内に機械を……」

「これは、いずれ実際にも使われるでしょう。クイズの世界だけでなく、もっとお金になりそうな分野、例えば資格試験や、将棋などボードゲームの世界で使われるかも知れませんね。TOEICなどで利用できるなら、600点台の人が900点台を取ることも可能でしょう。そうなれば生涯年収に大きく影響します。体に機械を埋め込むこともいとわないほど、大きな誘惑でしょうね」


だから、排除します。


その言葉が、室内に現れた黒い斧のように思える。言葉と意思が密接に結びつくような感覚。


「あの手法はとても危険です。世界を壊してしまいかねない。あの二人にはここで敗北してもらう必要があります。あなたたちのやっていることを、見抜いている人間がいると示さなければいけません」

「見抜いていると……示す」


「さあ、行きましょう七沼さん」


手を取る。その手には親密さがあった。全ての指先で七沼の腕の筋肉を、骨の形を確かめるような握り。


棚黒葛とは何者だったのか。

何度思い出しても分からない。謎めいていて深淵で、七沼の理解を超えた力を示すクイズ王。


確かなことは二つだけ。七沼の記憶の中に彼女がいること。


「七沼さん」


そして永遠に、忘れないこと。




「世界を、守ってくださいね」


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― 新着の感想 ―
毎度の事、このクイズ王の異性関係グダグダすぎて好き
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