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外伝 無垢なる君と拈華の宴 9 +コラムその23





クタマチスという人物がいる。


パルパシアの上級メイドであり、ユービレイス宮に仕えるようになって2年と少し。今はユゼ王女に付き従ってシュネスからラウ=カンと同行している。大きめに編んだ三つ編みが特徴であり、これは実は行く先々でプロに編んでもらっている。前髪のひとすじにも油断はない。


「はあ」


その人物は多少、やきもきしていた。


「ユゼ様、ユーヤ様を押し倒す気とかないんでしょうか」


街の陰に、家具の横の暗がりに、パルパシア側の使用人たちがいて、頭の動きで同意を示す。彼らは水着審査と歌唱審査を勝ち抜いた美男美女ばかりであるが、そこはプロの侍従であり、けして目立とうとしない。


「というかスカート長いよな」

「普段ならもう少し……2リズルミーキぐらい短くしてるはず」

「香水とかもウッドの落ち着いたやつ」

「髪も冒険しなくなっちゃって……」


どこの国よりも洗練された文化を持つと自称するパルパシアの人々である。ユゼ王女の今のファッションがあまりに大人しいことは感じ取っている。

というより、双子の片割れと離れていることがほとんど初めての事態なので、その時点でいろいろ察してはいるのだが。


「ユーヤ様だろ、エイルマイル様と結婚してるからなあ」

「あら関係ないでしょう、パルパシア人が気にすることじゃないわ」

「ユーヤ様ってスケスケが好みでしたよね、ご用意はあるんですけどね、完全に透明なやつとか」

「いやあ色仕掛けはダメだろ、それより弱みでも握れないかな」


「弱み……」


クタマチスはしばし考える。ユーヤという人物は別に完全無欠の豪傑ではないが、多少の弱みでは動かせないイメージがある。


「異世界人ですから肉親もいないでしょうし、外堀から埋めるなんてこともできませんね……。仕方ありません。我々はひたすらに機会を待って、いざ弱みを見せたらしっかりと掴んで、脅して、支配できるように動かなければ」


よく考えなくても最悪なことしか言っていないが、さほど悪意があるわけではない。これもまたパルパシアのお国柄というものだろうか。


「なあ、というか」


燕尾服を着た侍従が言う。


「いま弱み握れんじゃね?」


使用人たちが一斉に黙って。


そして数秒後、一斉に口を開く。


「あ」





地下歓楽街、游星郭ユウシングオには大小さまざまの飲食店もあり、映画館などもある。ユーヤたちは映画館の一つに入り、やはりレンタル専用の映写室にて作戦会議となる。


先ほどの地上の店とはだいぶ雰囲気が違う。まず薄暗く、キングサイズベッドのような座席が3つほど散らばっている。ソファーのようにふかふかだったり、革張りだったり、籐家具のように蔦を編んで作られたものは座面が湾曲している。


「マニーファ、モンティーナ」


メイドたちを呼ばわると、二人が中に入ってくる。二人とも裾と袖の長い長衣を身につけて、髪をフードの中に収めて男装していた。先ほどは観客の中に紛れていたらしい。


「録画できたかな」

「はい、こちらに」


ガラスの立方体に銀メッキした記録体。ユーヤはその造形を見るたびにQRコードのようなデジタライズなものを覚える。


「まだ再生しなくていい。できれば僕だけで見たい」

「? なんでじゃ?」


雨蘭ウーランが首を傾げる。


「……それは」


肩にかかる重力。ユーヤの言葉が糊にまみれたように重くなる。


言えぬ理由は、通信機器の存在。


この大陸、ディンダミア妖精世界と呼ばれる土地にはまだ通信機器が生まれていない。学者はどこまで研究しているのか知らないが、ユーヤの知る限りでは相互通信式の電話も、導線を使った電信もない。妖精によるラジオがあるだけだ。


それはおそらく、妖精の王。


その存在は様々な妖精を世界に与えたが、通信手段になるような妖精だけは与えなかった。そこに何かしらの意図を感じざるを得ない。


あの超力開発団が通信機器を発明している可能性は低い。だが公開実験を検証する上で、ユーヤが電波の存在を示唆するわけにはいかない。少なくとも今のところは。


「うむ、まあ言えぬなら仕方ない。事情もあるのじゃろ」

「……すまない」


ユーヤは己の責務として、気づいたことや自分の経験についてなるべく包み隠さず説明しようとするが、時々どうしても口ごもる場面もある。雨蘭ウーランはあまりそこには踏み込もうとしない。


「それより勝負についてじゃ。我は何をすればよいのじゃ」

「僕と雨蘭ウーランでクイズに挑むことになる。先ほどの公開実験に近いものだが、僕たちはこれをアベッククイズとか、カップルクイズとか、自分クイズとか呼んでいた。一つの質問に対して、カップルが同じ答えになるよう考えるものだ。本来は択一問題ではなく、カップルの記憶を問うものが一般的だった」

「ふむふむ、そういうクイズなら我らにもあるぞ。初めてデートした場所とか、夫婦なら結婚記念日とか答えるやつじゃな」

「そう、それが自分クイズ。これはそのバリエーション。2人の人間が、互いにどんな答えを書くかを推理し合うものだ。こういうクイズはメディアではあまり行われなかった。推理の過程が第三者に分からないし、偶然が支配する世界と思われていたからだ」

「なんだかよく分かんねえ……」


ルウは座席の上であぐらを組んでいる。


先ほどの公開実験は、超能力としては意味があるかも知れないが、クイズではないと思う。推理の余地があるとしても、やはりゲームに近いものだ。この奇妙な人物はそれにも通じているのだろうか。


「マニーファ、モンティーナ、あとで細かい指示を出すから、会場を確保して舞台を設営してくれ」

「はーい、わかりました」

「ふふ、了解しましたわあ」


そしてユーヤは、場の全員に向けて言う。


「あの公開実験だが、僕の知る限り、あの状況からでも行える手法がいくつかある」


いくつか・・・・というのはユーヤの感覚ではかなり少ないことを意味する。あの実験は厳密なものであり、トリックがあるとすれば、針の穴を通すような手法であろうか。


「僕の知る奇術の世界では、あれは思考の伝達(Thought Transference)と呼ばれるものだ。トリックとしては事前に打ち合わせる方法と、何らかの手段で相方に信号を送る方法があって……」



ーーこのような奇術は。



鼓膜の奥に、砂粒がひそむ感覚。


ユーヤはその幻覚を認識する。

部屋の隅、暗がりに潜んでいるのは上級メイドたちか、それともユーヤに語りかける誰かなのか。



ーーこのような奇術は、現在ではほとんど行われません。失われたものの一つです。


ーーその理由は、通信端末の進化。


ーー電波を使えば簡単にやれてしまう奇術は、魔法としての魅力を失ってしまったんです。


ーー奇術師たちが磨き上げたヴァーバル・コードもサイレント・コードも、歴史の彼方に失われてしまいました。


ーーだけど、私は。


ーー私たち・・・は、それを極めたいんです。



幻覚は遠ざかる。

突発的で逆らいがたく、古傷が痛むような幻覚。けして慣れることはなく、いつ訪れるかも読めない。ユーヤの心の中だけで生まれ、ユーヤだけがそれにさいなまれる幻覚。


「……彼らはかなり訓練を積んでる。僕の予想しているいくつかの手法の、どれかをやっているだろう」


だが、と、奥歯で何かを噛み潰すような表情。


「それらの手法は、いずれも証拠がほとんど残らない。とても洗練されたものだ。彼らは容易に証拠を見つけられないことを分かった上で公開実験を行っている」

「証拠がない……」


雨蘭ウーランは少し考えてからこう返す。


「あやつらの正解率は百パーセント。それと勝負して勝てるということは、つまり、妨害の手段はあるのじゃな」

「ある。いくつか方法はあると思うけど、実現可能なものかどうか……録画をこれから検証して、そのあたりを決める。その後は僕と雨蘭ウーランだ」

「うむ、要するに好きな動物は、とか聞かれてユーヤが答えそうなものを書けばいいんじゃろ、簡単ではないか」

「……僕の好きな動物わかるの?」

「え?」


ユゼはしばらくの間、何を言われているか分からないという顔をして。

そしてあっと口を開く。


「びっくりした、わからん」

「びっくりするのか」

「じゃが安心せい、これから知っていけるということじゃ」

「僕いま不安だったのかな」


そんなことを話している場合ではないと、ぱんと手を打つ。


「さあ、それじゃまず検証させてくれ。30分もあれば特定できると思う」

「ほんとに一人で見るのか、しょうがないのう」


使用人も王族も学生も、ぞろぞろと映写室の外へ。廊下に十数人が固まっているので奇妙な眺めになる。


「誰か、別の部屋を借りてくるのじゃ、閉め出されたみたいになってしまう」

「かしこまりました」


その中にいるルウは誰だこの人たち、という感情を顔で表現しているが、特に誰も説明しない。


そして隣の部屋へ、しばらくしてからユーヤが入ってくる。


「彼らのやってることが分かった。ルウ

「ん、どした?」

「頼まれてほしいことがあるんだが、大学に」


耳打ちする。


「え、あるかなそんなの、それにいまシュテンも大変だし、貸してくれるかな」

「それがカギなんだ。何とか手に入れてくれ」

「しょうがねえな、じゃあひとっ走り行ってくる」


ルウが退出し、次はセレノウ側のメイド2名に指示を、いざ動くとなれば早いのもこの人物の特徴であろうか。2人は粛々と退出する。


「さて、じゃあユゼ」


二人になったから、というわけでもないだろうが、本来の名前で呼ぶ。


「な、なんじゃ」

「僕たちは練習すべきことがある。公開実験、あの虎牢フーロウ虎鏈フーリェンとの対決に向けてだ」

「う、うむ……」

「向こうがやっていることは妨害できると思う。だけどその上で僕たちも正解を挙げねばならない。そのための手法は大きく分けて三つ、これを上中下とする」


上中下、では三段階あるということだろうか。段階というのは何を指してのことなのかよく分からないが、ともかく頷く。


「上、というのは、拈華微笑ねんげみしょう

「ねんげ……?」

「花をつまむという意味だ。ある徳の高い宗教家が、弟子から「悟りとは何か」と聞かれた。その宗教家は答えず、ただ近くにあった花をつまんで、柔らかくほほ笑んでみせた。言葉によらないコミュニケーション。ちょっとした動作や、笑いかけるだけで多くのものを伝える、という概念だ」

「ふむ……」


それは、何となく分かる。双子の片割れに感じていることだ。


何も言わずとも相手の意図が分かる。こちらが何を考えているのか伝わる。あるいは合図せずとも2人で同じ行動をして、常に同じことを考えている。そういう以心伝心の関係。


「これがアベッククイズの理想の形だ。以心伝心を完全に極めた2人ならば、精神感応など必要なく、すべての問いかけに二人が同じ答えを返せる。しかしこれは僕と君では不可能だ」

「ま、まあ、そうじゃな……」

「下、とは小道具を使ったトリックだ。虎牢フーロウ虎鏈フーリェンがやっているのはおそらくこれだ。確かに高度な技術が必要だが、誰にでもできるものだ、だから下とする。だけど証拠が残らないものとなると難しい。そういうわけで、僕たちが行うのは「中」だ」


え、とユゼは目をしばたたく。


まったく道具を使わないのが上。道具を使った小細工が下。


では、中とは?


「「中」の方法、僕の知る、ある王がたどり着いた技術というのは」


そして説明を聞き終わったユギ王女は、これ以上ないほど顔全体をこわばらせる。


「……そ、そのようなことが、人間にできるわけが……」

「できる、僕はこれができたクイズ王を知っている」

「あ、あと2時間も無いんじゃぞ!?」

「双王なら」


両肩を掴む。ユゼの背筋が鉄筋のように突っ張るが、ユーヤはそれには気づかずに続ける。


「君ならできるはずだ。君もまたクイズに愛されている人間だから。あらゆる感覚を極めんとする王だから」

「う、ううむ……」


ユゼはその手法の異常さに面食らうものの、自分ならできるのだろうか、ということも考える。


いや、やらねばならないのか。


かつてユーヤが見たという、その王に並ぶために。


「よ、よし、ではさっそく練習を」

「ユゼ様、ちょっと」


そこへ、背後からの声。

三つ編みのメイドである。パルパシア側のメイドは普段は物陰に潜んでいて表に出てこない。


「な、なんじゃ?」

「あのですね」


ひそひそと耳打ちがなされ。

振り返ったユゼの顔は、喜怒哀楽すべて混ざったような、踏まれた粘土細工のように歪んでいる。


そしてぎしぎしと、錆びた機械人形オートマータのように振り向く。


「……。ゆ、ユーヤよ。ところでおぬし、賭けの資金とか持っておるのか。20億……」


ぴしり、と、ユーヤが硬直。


「…………それは……その」


ユーヤは珍しく脂汗をかき、それはユゼ王女も同じだった。互いに目が泳いで視線が絡まらない。


確かに弱みを握れたようだが。

これからどうしようと、2人とも見失ってる感がすごかった。








コラムその23 各国の使用人事情


セレノウ蝴蝶国、ドレーシャのコメント

「セレノウのメイド長ドレーシャです! ここでは大陸のそれぞれの国について、メイドや執事、その他の方々の傾向を解説いたします!」


セレノウ胡蝶国、リトフェットのコメント

「メイドの副長を務めます、シュネス大使館勤務のリトフェットです。使用人にもいろいろありますが、特に特色が出ているのはメイドですね。それを中心に解説いたします」



・上級メイドとは


ドレーシャ「上級メイドという概念は実は1000年以上前から存在します! 使用人の中から突出した能力を持つ方が現れ、そういう人たちを国家として養成したり、強い権限を与えて大きな仕事ができるようにしたのが認証制度の始まりです!」


リトフェット「認証を与える機関は各国にあって連携をとっています。もともとはメイド同士の互助会のようなものでした。それが国家の垣根を越えて大きくなり、一時期は小規模な国を持つまでになったとか」


ドレーシャ「伝説のメイド国だよね。ほんとにあったのか不明らしいけど」


リトフェット「上級メイドが最も多いのはセレノウです。人口では最小の国なのに不思議なものですね。続いてハイアードとパルパシアが続いています。シュネスやラウ=カンにはあまりおらず、フォゾスの政府は認証制度を認めていません。突出した人材が人に仕えるべきではない、という考え方があるのです」


ドレーシャ「フォゾスって王宮とかないからねえ」


リトフェット「貴族制度もありませんからね。十字都フォゾスパルでは貴族のマネをしてる金持ちとかいるそうですが」


ドレーシャ「あれだよね、女の人はべらせて「吾輩の命令は絶対だおー」とかやるやつ」

リトフェット「そうです」

ドレーシャ「そうなんだ」



・メイドの傾向と権限


ドレーシャ「各国のメイドには大まかに以下のような特徴があります。あくまで参考程度で例外は多いですが」



セレノウ:

個人技重視、少数精鋭、個性が強い


ハイアード:

平均値高し、統一感を重んじる、人数が多く役割分担が厳密


パルパシア:

容姿端麗、仕事はそこそこ、メイドと執事で仕事の差が少ない


シュネス:

雇う人数が少なめ、男女とも露出多め、兵士を兼ねるため武器を帯びている


ラウ=カン:

小姓が多い、主人との身分の差が大きい、異性を召し抱えることに慎重



リトフェット「ちなみに礼儀作法にうるさい順で言うとセレノウ、ラウ=カン、ハイアードとなりますが、セレノウが頭一つ抜けて厳しいです。セレノウの貴族はメイドがいなければ毎日の身だしなみを整えることは不可能です。そのためにセレノウはメイドの権限が強いのです」


ドレーシャ「セレノウ本国のメイドさんって独特な子が多いからねえ。カル・フォウちゃんとかもすごく自由にやってるし」


リトフェット「……」

ドレーシャ「どしたのリトちゃん」

リトフェット「いえ別に」




・まとめ


ドレーシャ「簡単に言うとなんかタダモノじゃない感じなのがセレノウの人、美男美女なのがパルパシアの人、中間がハイアードの人って感じだよね」


リトフェット「そうですね、実のところ町でセレノウのメイドを見ることはほとんどないはずです。なので異国ではヤオガミの忍者と同じ感じに思われてます」


ドレーシャ「映画とかもあるよね、セレノウのメイドが実は特殊工作員だったーとか地下闘技場の格闘家グラップラーだったーとか」


リトフェット「セレノウのメイドにとって戦闘は慎むべきものです。あくまで創作ですね。ラウ=カン所属のマニーファとモンティーナは寺院の武僧出身という変わった経歴ですが、例外的です」




リトフェット「そういえばあの2人はなぜセレノウに帰化したのか……」

ドレーシャ「ん、なんか私にリベンジしたいからだって」

リトフェット「えっ」

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