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外伝 無垢なる君と拈華の宴 3


「見ての通り、これは20日前の新聞です。箱の封印が間違いなく20日前に成されていると証明できるでしょう。そして予言の紙はこちらに、誰も手を触れていないことをご確認ください」


そして、もう一枚の紙片を広げる。


「予言の言葉は大火。豪雨。そして玉座に混乱あり」


おお、と、湧き出す清水のような感嘆の声。


「本来であれば、その大火を防ぎたかった。もし、もっと具体的に予言できていれば、シュテンからの出火であると分かっていれば、命を賭してゼンオウ陛下に進言していた。私の予知の限界を恥じるばかりです」


ぱたりと箱を閉じ、忸怩たる思いを全身の震えとして表す。


「私の力はまだ道半みちなかば。やがてはもっと正確に、もっと多くの人を救える予言に至るべきと思っております。予言は多くの目にさらされてこそ磨かれる力なのです。そして皆さんと一緒に高め合うこともできる。貴方がたと私の力とで世界を変えていければと思っています」


「ふーむ、まあ単純にトリックじゃろ、何とでもなりそうじゃ」


ユーヤは舞台を注視しつつ、背後の雨蘭ウーランのつぶやきや、他の観客の様子にも気を配る。舞台上で行われていることが、この世界の常識とどのぐらい違っているのか知ろうとしている。


「我々は高みに登りつつある。1ヶ月前よりも、1日前よりも力は高まっております。皆さまの信じる心こそが超能力を育てるのです」


観客は大きな声は上げない。静かながらも、地の底から響くようなどよめきが続いている。


「む、ユーヤよ、タオがおったぞ」

「ああ見えてる。最前列にいる。おそらくスタッフなんだ」


言われて雨蘭ウーランも目を凝らす。タオらしき後頭部は見つけたが、それが何をしているのかは見えない。


「なぜスタッフと分かったのじゃ?」

「正確に言うと最前列より前・・・・・・に等間隔に人が並んでる。おそらく観客を整理するためのロープを持ってるんだ。このあと物販もやるだろうから、その売り子でもあるのかも」

「物販?」

会場ハコの収容任数に比べてスタッフが多い。このあと物販があるからだ」


ユーヤは周囲を見ながら当たり前のように言う。雨蘭ウーランが見るところでは外で何かを販売していた様子はないし、今もそのような告知は見当たらない。


「ユーヤよ、そんなものがあるなら普通は開場する前から」


「クイズにも」


司会者の声。びくり、と、雨蘭ウーランが伸ばしかけた手を引っ込める。ユーヤの背中が急に岩のように強張った気配がある。


「我々の超能力は手を伸ばすでしょう。どのような問題も予言できる。出題者の心が読める。それはクイズの価値を失墜させるでしょうか? いいえ、これこそが新しいクイズの世界。クイズをもって我々は高みへ昇ることを証明できるのです」


ぞわり、と、ユーヤのうなじの毛が逆立つのが分かる。背中でも明らかなほどユーヤは高ぶっていた。何事にも興味の手を伸ばす雨蘭ウーランであっても、今のユーヤの顔を見たいとは毛ほども思わない。


「知というものは個人の頭の中にあるのではなく、精神感応により共有されるべきなのです。一人よりも二人、二人よりも大勢。超能力で結ばれた我々がクイズの新しい地平を切り開くのです」


雨蘭ウーランルウと一緒に外へ出ていてくれ」

「う、うむ、分かった」


ユーヤは前方に向かう。先ほど全身を硬直させてたのが信じがたいほど脱力し、するりと人波を抜けて前へ前へ。


タオ、ここにいたのか」


彼女の肩をつかむ。その肌に触れる一瞬。綿のような柔らかさと火のような熱を幻視する。

振り向くその顔は、先日の大学封鎖の時とはまるで違っている。目元がくっきりした化粧と、濡れた宝石のようにべにをひいた唇。そして挙体異香、香りが色を持つかのような鮮やかな香り。


「! ゆ、ユーヤ、さん、どうして」

「ここでバイトしてるって噂を聞いたんだ。学生課が緊急の用だって呼んでたぞ。仕事中すまないが抜けられないか」

「あ、あの、私」

「なによタオ。あなた学生だったの」


スタッフの一人が言う。前列にいたのは女性が5人。みな強めの化粧をしていて、ユーヤの言ったようにロープを持っていた。


「……は、はい」

「しょうがないわね、こっちはいいから抜けなさい。虎牢フーロウさんたちには言っとくから」

「で、でも」

「来てくれ」


ぐい、と手を引く。実際にはユーヤの力では強引に引っ張るとはならなかった。左右のスタッフがさっと間隔を詰めてきて、タオを押しのけたのだ。


そのような動きをユーヤは観察する。イベントの途中でスタッフが急に抜けて良いはずがない。おそらく周りのスタッフは、なるべく多くの仕事を引き受けたいのか。タオが抜ければそのぶん誰かの覚えがめでたくなるのか。


(どうでもいい)


もう二度とここには来ない。タオもイベントに関わらせない。


自分がやるべきことはタオを連れ出すだけ。それが最善。それで完了。


だが、それだけでは済まないことになるだろうと、誰かが予言をしている。


セレノウのユーヤはこの件に関わらずにいられない。あの虎牢フーロウ虎鏈フーリェンの二人と、何らかの形で対決することになる。


それはユーヤ自身の予言。自分で自分に行う予言。


それが外れることなど、ありえるだろうか。





会場の外ではテントが組み立てられていた。三方の壁を暗幕で塞いだもので、中では数人が何かを陳列している。


雨蘭ウーランたちはそれを遠目に見ながらユーヤを待っていた。


「ふーむ、マジックショーというには妙な雰囲気じゃったのう。観客も熱気というか熱心さというか……それとあれは何を売っとるんじゃ?」

「さー? 俺も噂は聞いてたけど、見に来たことなかったしなあ」


「彼らはただの興行師じゃないと思う。いかがわしい商売をしている」


そこへ現れるのはユーヤ。手にはタオを連れている。


「おやユーヤよ、連れ出してきたのか」

「あ、あの、ユーヤさん。一人で歩けますから……」


連れられてきたタオは、陽の光の下ではますます色濃い姿だと分かる。濃い赤の服は体に吸い付くようで、左右のスリットが深くなっている。スリットのことを言うならあの紅柄ファンガンなどは体の側面がもろに露出しているのだが、なぜか今のタオの鋭角な切れ込みのほうが扇情的で危ういものに見える。


スタッフの制服ではない。スタッフはみなめかし込んでいたが、私服だった。


「おお……タオよ、そんな服も持っておったのか」

「こ、これは鈴鈴リンリンさんに貰ったもので……あの人、お客さんから服とかたくさん貰うので、私にもお裾分けを」

「そう言えばあの店に誘われておったのう」


「とりあえず養老院に戻ろう」


場はますます騒然としてきている。建物に客が詰めかけて、外にまではみ出してきているのだ。


タオ、何をやってたのか詳しく話してくれるね」

「は、はい……」


ユーヤは彼女の手を取って歩き出す。手はずっと握っている。

その後ろを雨蘭ウーランがついていく。顔がだんだんとしかめっ面になる。


「……のう、ルウ

「ん、なんだよ」

「おぬしあの二人の間に割り込んでこい」

「ん? いいけど」


ルウは小走りで二人の間に割り込み、繋いでいた手が離れる。別に隊列に変化などはなく、三人はそのまま歩く。


雨蘭ウーランは扇子で自分の頭を5回叩いた。





「私、は、あの二人……超力開発団というんですけど、そこに潜入していたんです」


タオという人物は話し出すとき、最初の二、三語がつかえるように思える。だがそれは内気というわけではなく、話すことの全体像をイメージしているとか、誰に何を言おうとしているのか正確に掴もうとしているとか、つまりは慎重な性格の表れのようだ。


「あそこは、若い、女性なら雇ってくれると聞いて、お化粧をして、貰っていた服を着て……」


その濃い口紅は部屋に戻ってすぐに落としていた。服はまだ替えていない。四人はタオの部屋で車座になっていたが、タオは腿のあたりが気になるのか、何度も座り直していた。


「あの、二人は、ラウ=カンの出身でもなくて、ハイアードかセレノウか、とにかく遠くから流れてきたらしいんです。ラウ=カンに腰を据えたのは4年前。占い師とか霊媒師のようなことをずっとやってて、1年ほど前から超能力者だと言い始めたそうです。それだけならいいんですが……」

「妙な商売を始めた」

「そう、なんです。病気を治すとか、不幸を遠ざけるとか言い出して、それを信じた人たちが高いお金を払って、お守りを」

「……軟玉の白い腕輪」

「! そ、そうです」


ユーヤのつぶやきを聞いてタオは驚き、横にいた雨露ウーランははたと思い至る。まだ廊下にいる老婦人。彼女が身につけていた腕輪である。


「ユーヤよ、なぜあの腕輪がそれだと分かったのじゃ?」

「……いや、これは本当に何となくだ。僕の世界にも似たような商売があって、霊験あらたかとか、パワーがあるとかいう触れ込みのものは似たような形になるのかな。直感でこれはと思った」

アンおばあちゃん、たちも、毎日じゃないけど公開実験に行くようになってしまって……でも、それだけじゃなくて、ヤン先生まで……」


桃は腿の上でぎゅっと拳を握る。言葉に悔しさがにじんでいた。


ヤン先生と言うのは?」

「あの、ですね、この養老院には私の先生も住んでたんです。ヤン先生という男性で、シュテンの現役教授です。お足が悪くなってきたので、家を引き払ってこの養老院に住んでたんです。私と一緒に「悪書」を学術的に研究するという活動をしていて、その過程で世の中にインチキな超能力者ですとか、怪しい予言者とかがお金儲けをしていることに憤慨して、それとの公開対決を行ってたんです」

「公開……対決?」


ユーヤが少しだけ寄り目になる。口はわずかに開いて息を肺で固め、首に力を入れてあごを下げる。


その一連の動きは「あまりの懐かしさに混乱している」というものだったが、周りにそうと分かる者はいなかった。


「はい、先生は、立派な方で、シュテンで長年教鞭を執っていましたが、いつも辞表を懐中におさめていて、もし超能力の実在が証明されれば辞表を出すと豪語して……ユーヤさん、どうしました?」


ユーヤは顔を真下に向けていたが、数秒固まってからぱっと顔を上げる。 


「何でもない、先を続けて」

「はい、それで、公開実験を行ったんです。そして、教授は……その、勝てていなくて、つまり、負けて」


「待つがよい。超能力者と対決しておるヤン教授は我も知っておるが、負けたなどという話は聞かぬぞ」


雨蘭ウーランがそう割って入る。ルウはというと車座に加わって聞いてはいるものの、話に参加していない。それを所在なげに思うでもなく、後頭部で腕を組んで揺れている。


「公開、実験は、まだおおやけになってないんです」


タオは話しながら耳が赤くなっていく。その玉の柔肌というべきか、卵の薄皮のような繊細な肌は彼女の感情の起伏を忠実に表すかのようだ。


「あの、二人は、言いました。すべて録画して構わない。1ヶ月のあいだ検討して、仮にタネが見つかればそちらの勝ちであると。そして1ヶ月後、また公開対決を行いましょうと」

「録画というと……妖精か。平面の録画と三次元的な録画があるけど」

藍映精インディジニア、です。最初から最後まですべて録画しました。それが、1ヶ月前のことで……」


引きずり出されたな、とユーヤは思う。

録画を許可するというのは、録画には何も映らないトリックだからだ。虎牢フーロウ虎鏈フーリェンはたっぷりと時間をかけ、ヤン教授を最大限に利用する気なのか。


「そのヤン教授はここにいるの?」

「それが、その……。三日前に親戚が亡くなったしらせが入ったとかで、遠方の田舎に……」

「なんじゃ、逃げ」


ぎろ、とユーヤの視線が飛ばされ、口をつぐむ雨蘭ウーラン


だが全員の間に共有されただろう。客観的に見れば、逃げたと思われても仕方ないと。


(……親戚の急逝についての真偽はこの際どうでもいいだろう。問題は、このまま二度目の公開実験の期日が来れば、ヤン教授の名は地に落ち、あの二人はそれを利用しておのが名声を高めるわけか)


「彼、らは、地下でも活動してるんです」


タオが言う。


「公開実験、ではない、もっと怪しげな場所で……。被験者、そう呼ばれてるんですけど、それを地下のイベントに招待して、個別に面談したり、みんなで奇妙な儀式めいたことをしたり……私は、なんとかあの人たちのトリックを掴もうと」

「分かった、僕がやろう」


え、とタオがぽつねんと返す。いまユーヤは何を了解し、何を引き受けたのか。


「僕が公開実験の検証を引き継ぐ。彼らのトリックを見破り、可能ならその権威を失墜させる」

「ゆ、ユーヤさん、に、そんなことをお願いするわけには」

「いいんだ……これは僕の仕事でもあるから」

「仕事……ですか?」


そう、とユーヤは言う。目には暗い炎が明滅している。


「……前提として、僕は超能力が実在しないとは断言しない。この世界には我々の知らない力の大系があり、才能か訓練でそれを行使できる可能性はあるだろう。それで病気を直したり、未来の不幸を予言して防ぐことだって、絶対にないとまでは言わない」

「……? で、では、どうして」

「僕は、クイズを守る人間だから」


その言葉は宣言であると同時に、強烈な義務感が背景にあった。ユーヤ個人がどう思おうと、自分は絶対にそう言わねばならないと。自分は世界においてその位置に立っているのだと、常に再確認し続けるような言葉だった。


「彼らは超能力をクイズに使うと言った。言ってしまったのなら僕は無視できない。僕はそれを否定しなければならない。彼らの使うという超能力をトリックの位置に落とし・・・、クイズの世界から追放せねばならない。それが僕の仕事だから」

「あの、ユーヤ、さん。大学封鎖のときもそうでしたけど、あなたはどういう方なんですか?」

「クイズの守護者だよ」


端的に言う。ユーヤ以外であれば掴みどころのない、煙に巻いた表現に聞こえたに違いない。


しかし、もはや誰もユーヤの言葉を軽んじることなどできない。

彼らは見てきたから。あの大学封鎖の数日間で起きたことを。ユーヤが関わったと思われる、奇跡のような勝負の数々を見たのだから。



「……クイズは、僕に守ってもらおうなんて、思ってないかも知れないけれど」


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