第七話
※
フツクニの都とはここ40年ほどで築かれた比較的新しい都市である。
群雄割拠の時代から頭ひとつ抜け出し、ヤオガミの盟主たる地位に手をかけた将軍家が、港の近くに遷都したものだという。
「とんでもなく広い道じゃのう。これは防火のために広いと聞いておるな」
「うむ、それに聞いてた以上に栄えておるな。クマザネどのはかなりのやり手じゃのう」
双王と連れ立って大通りを歩く。外国人は目立つ存在であり、相対的にユーヤが群衆に埋没している。
「大将軍クマザネ様の出自は隈実衆という刀鍛冶の集団です」
カル・キが解説する。そのように旅先で解説を受けるのもユーヤの責務だ。
やや古典的に見えるメイド服に、浮世離れした色白の美貌。しかし不思議なことに、2つが合わさると存在感がオーバーフローを起こすのか、ごく自然に街に溶け込んでいる。
「鍛冶師の集団がそんな力を?」
「ヤオガミの刀はとても性能がよく、優れた刀をいくつ持つかが大名の力の基準でした。刻刀、つまり固有の名を刻まれる刀は一振りが軍船の一隻、騎馬武者の百人に相当すると言われます。もちろん、その刀に相当する使い手も重用されます」
この世界に来たばかりであれば突拍子のない話に思えたかも知れぬ。
だが、かつて何度も見た神業の剣技。石の巨人を斬り刻み、他国の精鋭を物ともしない強さ、あれは確かに人智を超えていると思える。
「隈実衆は良い鉄が産出する山を持ち、独自の作刀技術をいくつも持っていました。やがて地方豪族として力を持ち、大名格となったのです」
「パルパシアにもいくつか輸入されておるが、国法の関係とかで刃渡り8リズルミーキ以上の刃物が輸出できぬのじゃ」
「うむ、じゃが切れ味は確かに凄まじい。軽く撫でるだけで真鍮製のコインを斬りよった」
双王の歩く後ろからはたくさんの子供がついてくる。夜会服を着たパルパシアの側の騎士がそれとなく追い払っていた。
「さ、ユゼよ、そろそろ仕事の時間じゃぞ」
「何じゃもうか、もう少しフツクニを見て回りたかったのに」
「すでにけっこう押しておる。写真集の衣装合わせもあるし、「福寿」のスイーツを食べてレビューを書かねば」
「しょうがないのう、ではユーヤよ、また宿で落ち合おうぞ」
と言いつつ、なぜか横歩きでユーヤに近づくユゼ。
「ちなみにユーヤよ、面積がけっこう際どい感じの水着を想像するがよい」
「? はあ」
「そ、れ、よ、り、細いぞ」
「……そう」
声帯が死んでる感じの声が出た。
※
「謹慎? ベニクギはロニだろう、王と対等な存在と聞いてるが……」
白桜城の天守にて、ユーヤが疑問を込めたつぶやきを放つ。
「私がいけないのです」
しょげかえるのはズシオウである。木彫りの面が落ちるかと思うほど顔をうつむかせる。
「謹慎を申し渡されたのは私なのです。理由はシュネスにおいて鏡を奪われかけたこと。そしてシュネス王家の問題に介入したことです」
かつて砂漠の国、シュネスで起きた事件である。
先王カイネルと、黒太子アテムの骨肉の争い。ズシオウは外遊としてシュネスに滞在していたが、確かに問題に介入する形になった。
「あれは不可抗力というもんじゃろ」
「そうじゃそうじゃ、結果的にシュネスに恩を売れたことじゃし」
「ともかく、私はそのカドで100日の閉門を言い渡されるはずでした。ですがベニクギが、騒動はすべて自分の責任であると申し出たのです」
その事件において、カイネルに雇われていた傭兵がいた。ベニクギと並ぶ使い手であり、かつてロニの座を争ったと言われる達人。
その人物がヤオガミを出奔した理由に、確かにベニクギも関わっている。しかしベニクギだけが責任を負うべき問題でもなかったはずだ。
「結局、私とベニクギ、双方が30日の謹慎となりました。そのようなわけで私は城にとどまっています。本当は、贅月での早押しクイズをユーヤさんにお目にかけたかったのですが……」
「ベニクギは贅月でも名手なの?」
「もちろんです」
ぱっと、ベニクギについて語る時のズシオウはいつも目を輝かせる。
「シラナミも達者ですが、ベニクギのほうがずっと上だと思っています。ロニは剣技だけではなく、雷問の腕も卓抜でなければいけないのです」
そういえばベニクギとロニの座を争った人物、彼女も剣と雷問の二つの勝負にこだわっていた。
「なるほど……」
それはともかく、牢に繋がれたわけでもなさそうだ。ユーヤはことさら何事でもないように言う。
「君がこうして僕に会えてるんだし、ベニクギも客に会うぐらい許されるんだろう? 彼女を訪ねたいんだが」
「ベニクギに会われるのですか?」
「ああ、大事な用があるんだ」
「そうですか……彼女はフツクニの西側、絽台の街の……」
※
「こちらです」
双王と分かれてしばし、共連れは彼女だけとなったカル・キが言う。
だが左右にどこまでも広がる白壁があるだけで、屋敷などは見えない。
「壁しかないんだけど……」
「謹慎中の家ですので正門が封鎖されています。そこの木戸口から入ります」
確かに木戸がある。白く塗っているので壁に溶け込みそうだ。
戸をくぐると一気に視界が開ける。
かつて旅行で訪れた大名家の庭園か、あるいは兼六園や偕楽園を思わせる広大な庭。丘に沿ってうねる道が、いくつかの建物を結んでいる。
門の内側には庭師の老人がいた。ハサミを動かす手を止めずに会釈を寄越す。
「何ここ」
「珠羅の屋敷です。広さはおよそ40万平方メーキ。普段であれば庭園が観光地として開放されています」
庭師の老人は木戸にかんぬきをかけている。どうやら話は通っているようだが、誰も何も言ってくれないのでさすがに不安になる。謹慎者を預かった家とはこうなるのだろうか。
そこから少し歩けばさまざまな建物が見えてくる。明らかに庶民の家とは格が違う大邸宅に、博物館との看板が出ている箱型の建物。歌舞伎でもやっていそうな劇場に、三階建てで広告が多く出ている商店もある。
「ベニクギの実家というのは……」
「珠羅はヤオガミでも最大の呉服屋です。反物の大問屋でもあり、生地の製造から縫製、販売まで一手に手掛けます。生地は小物や、大陸風の衣装に仕立てられて輸出もされています」
大勢に踏みしめられていそうな硬い土、芝から人間の残熱を感じる。今は庭師の他に誰もおらず、デパートにすら思える巨大な商店にも臨時休業の垂れ幕が出ていた。カル・キは使用人の一人に話しかける。
「あちらの離れにおられるとの事です、ユーヤ様お一人でと」
「僕だけで? わかった」
案内もされぬ奇妙な時間。ユーヤは離れに向かい、中から多少の人の気配を感じつつ踏み込む。
来客用の宿舎という印象だが、広間には衣紋掛けにかけられた着物が並んでいる。華美にして繊細。ユーヤの感覚なら百万は下らないと思われる見事な着物。広間の端から端までずらりと並んでいる。
「……?」
ここで販売してるわけでもなさそうだが、なぜこんなに大量の着物があるのか疑問符を浮かべる。そして人の声。
「こちらの紫紺も……」
「はい、では……」
廊下を通って奥の部屋へ。
そこにベニクギがいた。
普段の赤い裳裾ではなく、もう少し華やいだ柄の袖のある着物を着ている。手鞠に薄桃色の花というのは少女らしいとすら言える。
脇には女性。やや年かさであり髪を小さくまとめる形で結い上げている。ベニクギがふかぶかと頭を下げる。
「ユーヤどの、よくぞ訪ねてくだされた。このような謹慎中の姿をお見せするのは心苦しかれども、のっぴきならぬ用件がござると察したる次第にござる」
ごく当たり前のように挨拶する。長めの振り袖が畳に擦れていた。
「ベニクギ、そちらの方は」
「失礼ござった。こちらは私の母上、ベニフデにござる」
「まあまあ、あなたがユーヤさんね。お噂はかねがね伺っております」
その女性は確かにベニクギに似て長身ではあるが、物腰はずっと柔らかかった。顔全体で朗らかに笑って、手にした反物をぽんぽんと叩く。
「どうかしらユーヤさん。こちら珠羅の新作の七彩染めですのよ。柄は手描きで半年がかりで仕立てられますの。思った通りベニクギによく似合うわあ。ささ、ほら立ち上がって、ユーヤさんにお見せして」
「は、はい、でござる」
ユーヤの目から見ればはっきりと似合っていない。
手毬の柄があまりにも子供らしすぎるし、色も明るすぎる。何よりサイズが少し小さいのだ。足をもじもじさせているのはくるぶしから下が露出しているからだろう。いつも足の甲にかかる程度の裾丈だったので、ベニクギにとっては膝上丈ぐらいの感覚になるのだろうか。
「あら可愛い、うふふ、やはり猫児紅がよく似合うわあ。じゃあこっちもきっと似合うわね」
見れば、部屋の隅には脱ぎ捨てられた着物が山になっている。おそらく一着で一財産になりそうな高級品ばかりが。
(ベニクギはここで、ずっと着せ替え人形にされてたわけか)
さすがに見かねて、ユーヤが助け船を出す。
「お母さん、少しだけベニクギと話がしたいのですが、席を外してもらってもいいですか」
「あらあら、気づかなくてすいませんね。あらユーヤさんのお召し物もとてもよろしいわね。どちらのお店のものかしら? その黒はセレノウ風の趣味ですわね。もしかして手縫いかしら」
つらつらと話しながら、笑顔で退出していく。ベニフデなる人物ははっきりと浮かれていたが、やはり親子なのか、後ろ姿は瓜二つに思えた。
「ユーヤどの、5秒ほど目を閉じてくださらぬか」
「? いいよ」
目を閉じる。しゅる、という衣擦れの音。
「結構でござる」
目を開けると見慣れた深い赤の着物に変わっていた。よほどその着物がくつろげるのか、肺の底から息を吐き出す。
「お騒がせいたし申した。母上はその、帰ってくるといつもあの調子でござって」
「大変だね……」
だがベニクギに着せ替えを拒んだり、嫌がる様子はなかった。おそらく謹慎中という負い目のためと、彼女が剣士であるからか。嫌がったり恥ずかしがる態度を見せまいとしているのか。
ちらと着物の山を見る。子供向けの水色の浴衣とか、枝垂れ桜を模したカンザシなどもあった。あまり着ている姿が想像できない。
「それでユーヤどの、ご用件のほどは」
「……妖精の鏡のことなんだ」
「鏡……」
「ズシオウが身につけているもの……あれ以外に似たようなものの存在を知らないか」
「いえ、思い至らぬでござる」
いつもの着物になったためか、高潔な傭兵らしさを取り戻しつつ言う。
よく見れば顔が少し色白になってる気がする。ということは今までずっと赤面していたのか。そんなことを指摘するユーヤではないが。
「では、鏡の効果、過去に使われた噂、なぜズシオウがあれを持っているのか……」
通り一遍の質問をぶつけてみるが、回答ははかどらない。そもそもあれが真にこの世のものではない、と判明したのはほんの一か月前なのだ。何かを知っている方が不自然だろう。
ユーヤも己の見てきたことを告げる。
「ラウ=カンの仙虎がそのようなことを……」
「あの神は少し精神の安定を欠いていた。だから語っていることが正しいとは限らない。何も無ければそれが一番いいんだが」
ユーヤは一度思考を整理するように沈黙し、そしてふと思い出す。
「そういえば双王が言っていた。フツクニは軍事力の増強を測っているのでは、と」
「双王が……さすがの慧眼にござるな」
共感する部分があるのか、正座の姿勢で膝のあたりの布地をぎゅっと握る。
「確かに噂はござる……近海八十八州より刀鍛冶を集めているとか、富豪より名のある刻刀を買い求めているとか」
(また刀……)
原料である鉄、世に出回っている名刀、そして刀鍛冶。
この三つを押さえれば着実に他国の戦力を削ぐことができる。つまり軍事的優位が目的だろうか? その予想は短絡的すぎる気もする。
「しかし白桜城はむしろ文門に力を入れてござる。城ではかつて武道場だった広間で雷問の教練をしてござるが」
「うん……それは見た」
(そうだ、それは奇妙だ)
(軍事力増強は何より人がいてこそだろう。雷問に力を入れる意味は何だ?)
(シラナミなどは槍を早押しボタンに持ち替えるとまで言っていたのに……)
「ユーヤさん」
声に視線を向ければベニフデがいる。顔だけを襖からのぞかせていた。気が若いというより、はしゃいでいる動きである。
「お食事でもどうかしら。「と奈」から職人さんをお呼びしてるのだけど」
「いえ、もうすぐ帰りますので、それよりもう少しだけベニクギと話を」
「そーお? せっかく上等のお寿司なのに」
「寿司」
「ベニクギは昔からお寿司が好きだったものねえ。子供の頃はお寿司屋さんになりたいって漉き紙で砂を包んで巻きずし、なんて遊びをしていたわねえ」
「寿司」
ベニクギはというと少し膝を浮かせて声を上げる。
「母上、お客人へのお心遣いは感謝いたし申すが、今は大事な話が」
「じゃあご馳走になります」
「ユーヤどの!?」
ユーヤは真面目ぶった顔になって、真っ直ぐにベニクギに向き合う。
「とりあえず確認すべきことはしたし、後は食べながら話せば思いつくこともあるよ。あ、お母さん職人さんが来てるのは向こうですか」
「うふふ、きっとお気に召しますよ」
ベニフデが浮かれた足取りで歩き、ユーヤはやや小走りでついていく。
ベニクギは顔のパーツがすべて違う感情になったような絶妙な顔で、その後を追った。