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番外編 無月の城と満月の王 3


「ユギか、ユゼかクイズ……ですと?」


満月王は溶けた餅のような頭で周囲のメイドを見る。メイドたちは顔を見合わせるばかりだ。


「……お聞きいたしましょう、どのようなクイズなのですか」

「言葉のままだ。双王が一人で写っている写真を提示し、それがユギなのか、ユゼなのかを当てる」

「む……なるほど」


そのようなクイズ自体はないわけではない。生まれてくる子供の6割が双子と言われるパルパシアである。双子当てクイズはイベントの際にもしばしば行われた。


しかし、それはあくまでイベントの賑やかしとしてのクイズである。それに真剣に取り組む者など聞いたこともなく、そのようなクイズのみを扱う大会も行われていない。


満月王はしばし考えに沈むようだったが、やがて額の汗を乱暴に拭うと、顔面をひきつらせるように笑う。


「つまり……私とユーヤどのが両方で同じ問題に取り組み、先に外したほうが負け、というクイズでよろしいか」

「そうだ、サドンデス方式、先に外したほうが敗北としよう。ただ一つ気になる点があるが」


と、脇の写真集に目を落とす。


「双子は悪戯好きだから、こういう公の仕事でも戯れに入れ替わってる可能性があるが」

「いいや、その可能性はありません」


満月王が断言するのを受け、ユーヤは不思議そうに彼を見る。

そこへ後ろにいたカル・キがささやく。


「双子の入れ替わりはパルパシアにおける禁忌タブーだからです。古き神である樹霊王バズマの呪いを受けると言われています」


パルパシアで聞いた話である。ユーヤは一応、小声で念を押しておく。


「僕はユゼが自分をユギだと言っているのを見たことがある。大丈夫なのかな」

「それはパルパシアの国外での話ですね? 少なくとも国内でのお仕事では入れ替わりはないはずです。それに双王は多くの人間に囲まれています。仕事での写真撮影なら現場で誰かが気づくでしょう」

「そうだな、わかった」


ユーヤは己の感覚よりも、この世界の人々の証言を信用することにしている。入れ替わりはないと考えるのが妥当だろう。


「はっ……ユーヤどの。いくら双王が双子と言えど違いはあるもの。私がどれほど双王を見てきたと思っているのです。間違えることなどあり得ない」

「そこのメイドさんたち」


ユーヤは満月王の意気込みを受け流し、話をどんどん先に進める。


「そこの三人で問題作成にあたってくれ。ユギかユゼが単体で写っている写真を問題とし、できれば確実にどちらであるか裏付けがあるものを」

「かしこまりました」

「問題に難易度をつけていく。メイクや服の印象が強い写真、横顔や後ろ姿などだが、他にも問題を難しくする要素はあるから、後で紙に書いて渡そう。全部で100問ほど用意してくれ。その用意には48時間かけること。交代で休憩も取ること」

「48時間……分かりました」

「満月王、あなたはあの3人のメイドと一切接触しないように」

「はっは! 小細工でもすると言いたいのですか。そのように心を砕かずとも、私の勝ちが動くはずはありませぬ」


満月王は部屋の天井、その一角を指差す。


「この方向に尖塔があります。私は勝負の時までそこに……」


びくり、とその球体の体で身をすくませる。

電気を流されたかのような急激な変化、肩幅が半分ほどに縮んで、びろうどのマントを前で抑えて震える。


「……? どうしたんだ?」

「い、いま、犬の声が……」


確かに今、犬が唸るような音がした。だがそれは風の音とすぐに分かったので、特に意識もしなかった。


「風の音だろう」

「む、そ、そうですな。失礼、ケモノは苦手なもので」


強がるような声を出すが、マントは前で合わせたままで、頭が胴体に埋まるほど首を縮めている。


ユーヤは眼球の動きだけで部屋を見回す。鉄の檻に封じられている大型の鳥や、豹に似た大型の獣、ヤスリのような肌を持つ爬虫類、それらを意識する。


「では48時間後に。ああ、そうそう、言い置いておきますが、メイドを懐柔しようなどと考えぬ方がよいでしょうな」

「分かっている」

「ごゆっくりおくつろぎを」


満月王は数人のメイドを引き連れて部屋を出ていき、後には勝負の熱が残される。


「ユーヤ様……」

「カル・キ、僕たちも部屋へ戻ろう」


カル・キは、己の主人の頬にわずかな赤みを見た。


ユーヤは必ずしも冷静沈着であるとか、泰然自若という人物ではないように感じる。


むしろ何かのきっかけで暴走し、勝負の熱に自らを焦がし、情熱のままに世界を書き換えようとするかのような、そんなはげしさも持っている。


すぐに無表情の仮面で覆ってしまったけれど、今、ユーヤは確かに興奮していたのだ。

それは灰の下で眠る熾火おきびにも似て、やがてこの城を飲み込む火の海にまで育ちそうな、そんな予感が――。





「ユーヤ様、隣の部屋が来客用の台所になっているようです。何かお作りしましょうか」

「ああ、せっかくだから見学しようかな」


隣の台所は10メーキ四方ほど。食堂と隣接しており、立派な一枚板のテーブルもある。

専用の食料庫があり、大口のかまどと天火もある。魔女がかき混ぜてそうな大鍋と、ずらりと並ぶ包丁。十数人での宴会にも対応できそうだ。


「しっかりとしたお食事になされますか?」

「いや、考え事をしたいから軽食で」


窓の外を見る。外はいつの間にか吹雪になっていた。風の唸る音とともに、雪が窓を打つ音もする。大勢が平手で窓を叩いている様子を幻視する。


(……疑問点はいくつかある)


(なぜ、この城はこんな雪山の中に建っているのか)


(なぜ、この城は深い堀に囲まれているのか)


(それに堀はあるのに水はない。この環境では水を張ると凍ってしまい、堀の意味が無くなるから当たり前とも言えるが……)


「これは「黄梅宮おうばいのみや」ですね。ヤオガミの高級な蜂蜜です。これを使いましょう」


戸棚には様々な蜂蜜が並んでおり、ざっとラベルを読む限りでは世界各国のものがあるように見える。


だがどことなくヤオガミのものが多いようだ。城の趣味が西方圏だから分かりにくいが、やはりこの城はヤオガミにあるのかと感じる。


「どんな料理なのかな」

「私たち雪の民の郷土料理ですよ。ブラハトーナ、共通語だと「盾を焼く」という意味です」


カル・キはまずかまどに火を入れる。小さめの薪から引き締まった木炭へと火を育てていき、煙は漏斗型の給気口から煙突へと抜けていくようだ。


そして取り出すのは一斤ほどのパン。コンロに金網を乗せてパンを置き、遠火の弱火で炙る。


黄梅宮おうばいのみやのような高級な蜂蜜は熱の侵食を防ぎます。これを少しずつかけながらパンを叩いていきます」

「……?」


言葉の通り、小さな木槌を使ってパンを叩いていく。20回ほど叩くと蜂蜜を回しがけて、また叩く。弱火とはいえじわじわとかまどの周囲が暑くなり、カル・キの白い肌に汗が浮く。


「蜂蜜はパンに浸透していき、反対側に抜けたところで直火にあぶられて固まります。温度で言うと160度から200度ほど、砕いたパンは粉の一つ一つが蜂蜜に包まれた状態になり、焦げにくくなります」


木槌を叩く様子は繊細になっている。慎重に素早く、角柱状だったパンは厚みが半分ほどになり、上半分にはザラメのように蜂蜜に覆われたパン粉が積もり、下半分はじりじりと熱を受けて黒ずんでいく。


と、ここで食事用のテーブルにも用意をする。金属製の平皿を用意し、何やら琥珀のような物体を置き、かまどの火を移して火をつける。透明に近い火がぼうっと燃えると同時に、甘さと酒香が漂う。


「これは……固形燃料のようだけど、まさかこれも蜂蜜」

「はい、シュネス産の「石金シルミド」ですね。蜂蜜酒ミードを作る時に樽の中にできる結晶です。強いアルコールを含んでいるので燃料として使えます。本来は小さな塊を水に混ぜて飲むものですが」

「ワイン樽にできるロッシェル塩みたいなものかな、面白いね」


そしてアルコールの火が燃える上に、固形となったパンをそっと乗せた。


「火の通りやすいものをここで焼いて食します。不慣れなようでしたらすべて私がやりますが」

「一人用の焼き肉みたいなものだな……すごいな、上の方は金色に光るパン粉がたっぷり積もってて、見るからに美味そうな……」


手際よく用意されるのは溶いた全卵、薄切りのベーコン、葉物野菜、シシャモに似た小魚など。


ユーヤがそれをパンの焼き皿に投じれば、ザラメのようなパン粉がたっぷりと絡み、熾火で焼くようにじわじわと熱が伝わっている。

焼くための燃料も焼き皿も食材、それらが熱を受けて甘い香りを放ち、食堂全体を花畑のような華やかな香りが満たしていく。


「ううん、この世界の料理にはさんざん驚かされてるけど、ちょっとした軽食ですらこのクオリティが」


こんこん


「セレノウのユーヤさま、今よろしいでしょうか」


ごん、と己の額を拳で叩くユーヤ。カル・キが少し驚く。


「いいよ、入ってきて」


入ってくるのはやや幼い外見をしたメイドである。問題作成を頼んだ3人ではない。


「どうしたの」

「あの……私、ユーヤ様に協力できると思います」


ユーヤの目からさっと表情が消える。

カル・キはこの人物の入室を許したことを後悔した。まず自分が用件を聞くべきだったのだ。


「問題作成班の3人に接触して、答えを手に入れます。それをユーヤ様に」

「帰ってくれ、そんな話には乗れない」

「お、お聞きください。私たちは満月王に捕われているのです。この城で無理やりに」

「帰らないと君のことを満月王に報告する」


メイドは悲しげに顔を歪め、目に涙を浮かべんばかりだったが、何も言えずに退出した。


ユーヤが断るのは当然だろう。彼の気質を抜きにしても、まだ誰が敵か味方かも分からない段階なのだ。協力するふりをしてスパイを送り込むぐらいはあり得るだろう。


あのメイドはいかにも純朴そうで幼い印象だった。ユーヤに不正を持ちかけるにしても、あまりにも交渉下手と言わざるを得ないが、それも含めて怪しいと言えなくもない。


「申し訳ありません。まず私が取り次ぐべきでした」

「いいんだ……」


食卓には一気に重い空気が落ちてしまう。心なしか香りまで乾いた印象となった。カル・キは何か話題を投げかけるべきかと判断する。


「それで……ユーヤさま、双子当てクイズもお得意なのですか?」

「……まあね」


口ぶりが重い。クイズの話題は避けるべきかと思ったが、実のところ気を使ってるのはユーヤも同じだったようだ。ゆるゆると話し出す。


「双子でタレントという人は僕の世界にもたくさんいて、どちらがどちらなのかを当てるクイズは定番でもあった。そんな中で、このクイズに特化した王も存在したんだ」

「そのような方が……」

「人は、なぜ双子を見分けられないと思う?」


そんなことを問う。

外見が近いから、という答えがすぐに浮かぶが、カル・キもまた国家資格持ちの上級メイドである。気の利いたことを言えないかと頭を捻る。


「それは……当てるものではないからです。双子が名乗るのに任せるべきで、当てるものではないからクイズとして発展しない」

「いい答えだね。だが、王と呼ばれる何人かの人に聞いてきた結果としては、それは人間のバグ、欠陥だからというものだ」

「欠陥、ですか?」

「そう、ある意味では長所と言ってもいい。人間は他人の身体を観察するとき、その特徴を大雑把にしか捉えない。あまり詳細に記憶していると脳のリソースを食うからだ。他者と見分けられる程度にしか覚えない」

「確かにそうですね」


上級メイドであれば勤務先で何十人もの顔を覚える必要もあるが、そのために大雑把な特徴だけを捉えて記号化している。鼻が特徴的な人物は「鼻の人」と記憶し、耳の形などは覚えていない。


「だが、一卵性双生児であっても違う人間だ。実際には、僕たちが認識している以上に双子の顔は違うのではないか、と考えた者もいた。この世界で通じるか分からないけれど、見慣れない人種の人々は顔がみんな同じに見えるという、あの現象だね。その人種にたくさん接するようになれば、顔の違いも分かってくる」

「分かります。私ども雪の民や、フォゾスの森の民など、よく知らない人からは似たような顔に見えるそうです」


それは要するに、ユギとユゼをよく見ていればだんだん違いが分かってくる、という話だろうか。上級メイドとしてはおくびにも出さないが、何だか平凡な結論に思えてしまう。


「ある人物の精度は、常識を超えていた」


声に神妙なものが宿り、カル・キははっといずまいを正す。平坦な道だった話が、狭い隧道に迷い込んだかのようだ。


「ある双子タレントに対してほぼ100%の精度を見せた。顔だけではなく横顔や後ろ姿、手の一部、シルエット、そんなものですら当ててみせた」

「それは……素晴らしい技術ですね」

「そう思う……?」


そう思う、という言葉がふいに現れる。奇妙な姿をした飛行船のように、その場にふわふわと浮かんだのだ。


カル・キは言葉の意図が分からなかった。この話は何を秘めているのか。ユーヤが見たというその人物、その技術を、なぜ素直に称賛できないでいるのか。


メイドはふと職責へと立ち返る。この人物の語る話に呑まれまいとするように。


「ユーヤ様、燃料が燃え尽きる前にどうぞ……」

「ああ、分かった」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 犬が苦手……。 群狼国と何か関係するんかのう。 お猿さんが苦手なら次の行き先と直結してたのに。 手の形で人物当てをしたと言えばツチガマさんを思い出します。双子相手だとどうなんだろう。…
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