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第六十一話 エピローグ3


「……異能が生まれなくなる?」


タケゾウは言葉の意味が飲み込めないのか、ただ単純に問い返す。


「人の世には稀に異能の持ち主が生まれます。力が強い、足が速い、記憶力に優れる、形容しがたい霊感がある、などでしょうか。彼らは人の世を導くこともあれば、災厄を振りまくこともある」

「それがどうしたと言うのかのお」


ツチガマはけして気を許さぬように構えている。話術で取り込もうとする気配があるなら、そう察知した瞬間に手首を返すと心に決める。


「異能とは神の力とは思えないでしょうか。刀に刻刀のあるように、人の世にも神の力は散在している。その力が濃く固まったときに異能が発現する。分かりやすい例ではフォゾスの大族長。あれは先祖代々、人の域を超えた狩人が生まれるという」

「ええっと、つまり神さまが死ぬとそういうのが生まれなくなるってことか?」


タケゾウの言葉に、クロキバは沈黙をもって首肯する。


「では、妖精はどうでしょう。妖精の力は社会の隅々にまで入り込み、もはや妖精のいない生活など考えられない。妖精はあまりにも人に干渉しすぎている。これは、人の進化を奪っていると捉えることもできる」

「人が堕落すると言いたいのかのお」

「かつて、大陸は50あまりの国に分かれていた。剣戟の止むことなく、戦火は収まることなく、酸鼻はとどまるところを知らなかった」


と、一見すると関係のなさそうな話をする。


「ですが、旧支配者は確認されてるだけで七柱、なぜそれだけしかいないのか? かつて大陸にあった国には神はいなかったのか。シュネスで今も信仰されている多くの神は、ヤオガミにおける冥府の神、月の神などは想像上だけの存在なのか」

「はっ」


ツチガマが鼻であしらうように笑う。


「神々が殺し合ったとでも言うのかのお」

「神は永遠不滅ではなく。かつてあった国の数と神の数がそぐわない。そして異能の持ち主とは神の力を受けた人間である。王は神と一つ・・・・・・とも言われます。莫大な量の書物から、あの御方は推測を重ねていました」

「何が言いたいのかのお」

「わかりません」


唐突な言葉に、ツチガマもしばし言葉を失う。


「何じゃあ……?」

「私はあの御方ではない。推測はできません。ただ一つだけ述べるなら、妖精王グラニムが旧世界のシステムを終わらせるか、少なくとも変えようとしている。王の身柄を求め、神の力を削いで、人々に妖精を貸し与える。それにひと繋がりの動機があるならば恐ろしいことです。そして……」


クロキバは、己の首に吸い付くような刀をわずかに見て、その刃紋を愛おしむような目つきで言う。


「人間は旧時代を忘れつつある。もはや大きな戦争は過去のものとなり、戦争が何かしらのシステムの一部であった可能性をも忘れてしまった。ヤオガミはまさにその過渡期にあった。あなた方は恐ろしくはありませんか。刀を捨てた社会を。異能が必要とされず、平々凡々たる人々で埋め尽くされた凪の海のような社会を。その世界で、剣客たるあなた方に居場所はあるのでしょうか」


三人の間に、朝露で湿った風が吹く。


タケゾウにとって、クロキバの言葉はあまりにも気宇壮大。理解は難しかったが、それでも何か大きな示唆があると感じた。


世界は変わる。


世界が経験する初めての変化が訪れようとしている。


それを座して眺めてもいいのか。変化した先で自分はどうなるのか。戦乱を捨てると言ったフツクニの名代は、どんな時代をもたらすのか。


「はっ」


ツチガマがわらう。

足元を這い回る不安の獣を踏みつけるように。


「刀が無用となるなら、筆を持つまでの話よ」

「……」

鍋釜なべかまでもいい。算盤そろばんでもよかろうよ。クイズが剣に通じるなら、剣もまた万象に通じるのよ」

「師匠、字もうまいのかすげーな」

「これでも二つか三つの流派で免許皆伝よのお。タケゾウ、わしの弟子を名乗るなら書も叩き込んでやるからのお」

「うぐ、苦手だな……」

「それにのおクロキバよ、異能などあらゆる分野におるわ。それは神の力など関係ない、人の世に自然に生まれて来るものよ」

「そんなことを誰も証明できない」

「いいや」


にやりと、口の端を歪ませる。


「少なくとも一人、知っておるのお。あれもまた異能。生まれ持った天才というわけでもない。生涯をかけて研ぎ澄ましたすえの異能よ。人間の真の恐ろしさとは、ああいう男の中に宿っておるのよ」

「……セレノウのユーヤ」


ぱちり、と音がする。


いつの間にかツチガマの刀は鞘に収まっていた。彼女は踵を返して歩き出す。


「無駄話をしたのお。辺鎖州へざしゅうまではまだまだ長い、はよお歩けえよ」


三人はまた歩き出す。


タケゾウは、今の話をじっくりと思い出しながら歩く。


世界のこと、時代のこと、この若者にはあまりにも大きすぎる話だったが、それでも何かを考えるきっかけとなる気がした。


風景の果てへと視線を伸ばす。

遥か遠く、白妙山の山体が見えた。


世界が姿を変えたとしても、山は変わらずそこにあるだろうか。


己は山のように、変わらずあり続けられるだろうか。そんなことを考えた。





歌声に混ざる酒香。


フツクニより早馬で4時間の距離、軍事の要であり禁踏地である隈実衆の里であるが、この日は祭りの気配があった。


工房から職人が出てきて酒盛りをしており、カナヤゴの歌と呼ばれる里の歌を踊りながら歌っている。


「ふむ、飛行船だとあっという間じゃのう」

「将軍であろうと手続きを踏まねば入れぬ里と聞いておるぞ、だいぶ聞いてた話と違うようじゃが」

「里を外の世界に開放しました」


ズシオウは先に立って歩いている。その周囲には里の老人たちが付き従って、彼らの質問にズシオウはあれこれと答えていく。


「隈実衆の里はいくつかの法で縛られていましたが、今後は里の自治権を大きく拡大し、人の出入りは自由とし、生産物を自由に販売できます。輸出も可能です。実は正月以外にお酒を飲むことも禁じられてたんですが、その法も撤廃しました」


この浮かれ騒ぎはそのためか、と双王は周囲を見る。宴会に興じる者もあれば、飲み屋の軒先で何かを議論していたり、早くも工房の軒先に刀を並べている者もいた。


「ふむ、どれも良さそうな刀じゃのう。みやげに百本ほど買って帰るか」

「しかし大丈夫かのう。軍事バランスを大きく崩すことにならぬか」

「私は、他の鍛冶衆の里にも解放を呼びかけようと思っています」


見れば刀だけではない。包丁や鍋、農具に置物などの鉄製品が並んでいる。どれもつやつやと光って質が良さそうに見える。


洞炉ほろ衆、南慈なんじ衆、裏散花うちかばね衆、そして隈実くまざね衆の四大衆が手を結べば、ヤオガミの工業力は格段に高まると思うんです。同時にハイアードから機械製品を輸入し、技術者も招聘し、その技術を学んでもらおうと思ってます。そうなれば、争い合っている暇などないはずです」


そううまく行くだろうか、とは双王ならずとも考えること。


だが今は少なくとも、鍛冶の里は活気づいていた。この深く閉ざされた里は、外に開かれた喜びに打ち震えるかに思える。


「そうなんだ、今日は火の調子もやたらいいんだよ。火錬精ルビニスが普段の倍ぐらい火を吐いてくれて」

「ああ、そういや氷晶精ピチーティアも調子がいいって言ってたな、冷蔵庫が冷えすぎるんで造り直すとか」

「ヤオガミが良い方向に向かっておる証というものじゃ、ありがたや」


そのような会話が流れてくるが、誰もそれには言及しない。


「む、ところでユーヤよ、今日はいちだんとクマがすごいぞ」

「ずっとクイズの準備してたから……」


そのユーヤははっきりと足元がふらついている。

いつにも増して血色が悪く、まぶたが重そうである。三日も寝込んだことはもう忘れたらしい。


「エイルマイルが先に会場入りしてるはずだ、急がないと」


決闘が決まってから24時間。


ユーヤはメイドとずっと準備を続けており、エイルマイルはヤオガミでいくつかの公務を行ってから、別ルートでこの隈実衆の里に入っていた。


「会場の下調べじゃな、よし、我も先に行っておるぞ」


と、ユゼは走り去ってしまう。

残されたユギは何となく眼を三角にしてユーヤを見た。


「ユーヤよ、いったいどんなクイズなのじゃ? かなり長いこと準備していたようじゃが」

「これこそは究極のクイズの一つ。知力、体力、時の運、すべて兼ね備えたクイズ王のみが挑める深山幽谷の深淵」


やや棒読みである。用意していた言葉らしいが、読み上げる元気がないらしい。


「その名も」

「その名も?」


長めの溜めのあとに、一言。


「ユーヤクイズ」

「…………………は?」





「ユーヤ様をとことん知りたい」


里の集会場にて。

二つの解答台と一つの司会席。観客は里の鍛冶衆がちらほらと。


解答台の二人はそれぞれ正装してはいるが、会場がただの古びた集会場なので、決闘というよりは町内会のイベントのような空気が出ている。


銀髪に銀色リボンのメイドは、語尾をゆるゆると伸ばすように発音。


「クイズ、ユーヤの555のことー」


わあわあと、よく分からぬまま職人たちが拍手を送る。


「えーこれから行われますのは、ユーヤさまにまつわる555問のクイズです。回答者はセレノウ第二王女、エイルマイル様。そしてパルパシア第二王女、ユゼ様。では張り切ってまいりましょう」


と、辞書のように分厚い出題カードをめくる。


「第一問、ユーヤさまの身長は?」


かりかり、と二人が黒板にチョークを走らせる。


エイルマイル【170リズルミーキ】

ユゼ【170リズルミーキちょうど】


司会のメイドが腕を振る。そこには壁があり、銀写精シルベジアによる動画が映し出された。


「では解答はこちら」


壁に現れるのはユーヤ。彼はタキシードを着て、髪をかっちりと撫でつけて、人の顔ほどもあるブランデーグラスを揺らしながら話す。


――身長か、社会の重みに耐えかねて、いつも背中が曲がっている僕だけど、それでもたまには伸びをして遠くの景色を見たくなる。クイズの未来という景色をね、そんなときに僕の身長は170になる。


「なんじゃあの妙なキャラは……」


ユギが渋い顔で突っ込む。横にいる現実のユーヤはアンニュイな顔つき。


「このクイズってユーヤ様のことが答えなんですか? ユーヤ様の生まれた土地の地名とか、そういうのは分からないと思いますが」

「固有名詞を問う問題はないよ」


「第15問、ユーヤさまがこれまでで一番泣いた映画とは? 「1.恋愛映画」「2.スポーツ映画」「3.悲劇の映画」「4.コメディ映画」」


「なんかスポーツ映画が浮いてねえか、怪しいな」

「あの男は恋愛映画で泣くタマには見えねえぞ、というか泣くのかな」


観客たちもあれこれと話をしているが、そもそもユーヤとは誰なのか、このクイズが何なのかという疑問はずっとそのへんを飛び回っている。この里にはまだ御前試合の噂が届いていない。


「あの、ユーヤさん、これ555問って何時間かかるんですか?」

「テンポよく進めて八時間半かな」

「はちっ」


八時間と聞いて、観客の何人かが帰り始める。おそらく30分ほどで全員帰るだろう。


「それ全部収録したんですか……?」

「徹夜で頑張ったよ」

「ユーヤさんはもう……ほんとに……もう……」


道理でいつもよりクマが濃いと思っていた。この人物の無限の活力はいったいどこから湧いてくるのか。


義務感? 贖罪? それとももっと単純に、クイズが好きという気持ちからだろうか。何かに突き動かされるように見えた彼は、実は自分で自分を下り坂に放り込んでるだけかも知れない。ズシオウはそんなふうに思う。


「このクイズ、200問を過ぎたあたりから本当に面白くなってくる」

「そうなんですか?」

「400問を過ぎると笑いが止まらなくなってくる」

「ユーヤさんってけっこうタチ悪いところありますよね……」


「ちょっと待つのじゃ!」


と、壇上からユゼ王女の声。


「どうしたんだユゼ、まだ523問残ってるぞ」

「これ、もしかするとめちゃくちゃ過酷ではないか!?」

「もちろんリタイアしてもいいぞ。先にリタイヤした方の負けになるけどな。トイレと食事は申告してくれればタイムを取るから」

「そうではない!」


と、羽扇子を振りかざすユゼ。


「これだけの過酷なクイズを戦うのじゃ! 勝敗の取り決めとは別に、勝った方へのご褒美を要求する!」

「ああ、それは良いですね。やる気も出るというものでしょう」


エイルマイルも同意して、二人の目がユーヤへと向く。


「うーん、僕にできる範囲ならいいけど」

「よーし! では!」


ぱしん、と扇子を閉じて一言。


「我が勝ったら、ユーヤと我のパンツを交換する」

「…………は?」

「おお」


と、感嘆の声を漏らすのはユギの方。


「パンツ交換の儀じゃな。パルパシアにて多くの紛争や対立を鎮めてきた友好の儀式じゃ。光栄じゃのうユーヤよ」

「君らの言葉って基本的にウソくさい……」


「なるほど……」


と、なぜかエイルマイルは深く頷いて。


「では私もパンツで」

「は!?!?!?」

「カル・キ、次の問題を」

「わかりました」

「ちょっと待って勝手に進めないで!」


「ユーヤどの」


ばしん、と背中をどやしつけるのはベニクギ、背骨をずらす勢いで平手を打たれた。


「お覚悟めされよ。これはユーヤどのの将来を左右する決闘、ユーヤどのも関わるべきでござる」

「うう、嫌すぎる」

「ユーヤどの、嫌がるとしてもむしろ女子の方ではござらぬか?」

「そういう問題では……」


と、抵抗はそこまでだった。

しょせん、転がり始めたクイズを止められる男ではないのだ。ため息ひとつついて壇上に向き直る。


「しょうがないか……クイズの勝者は、何かを手にする権利がある、ってことで」

「ユーヤさんは、クイズが強い女性が好きなんですね」

「まあ、そうかな」

「私も、そのうち強くなりますよ。そうですね、たぶん5年後ぐらいには」

「?」


ユーヤは頭に疑問符を浮かべるのみである。


「ヤオガミはいずれ開国します。その頃には私も白無粧しらぬじを終えて、本当の私の姿で将軍の座に就かねばなりません。私はそれが怖くてたまらなかった。男か女か、どちらかに定まってしまうのが恐ろしかったのです」

「……」

「今は違います。本当の私に向き合う覚悟ができました。いいえ、本当の私など実はどこにもいない。真実はいつも揺らいでいて、曖昧で、それでも価値がある。真実を問い続け、真実とは何なのかを問い続けている。それがあるべき生き方なのだと知りました」

「……そうだね、その通りだ」


本当の自分、本当の人生。


そんな言葉に人は翻弄され続ける。


真実を暴かれることを恐れ、胸に秘めて隠そうとする。


真実に絶望しても、満ち足りなくても。


それでも、追い求めることをやめられない。


思い出すのは、早押しの王。


あの一瞬の早押しの中に、七沼遊也という男の人生があった。





ユーヤはわずかに笑う。


人生の真実、一瞬の早押しにまさることなかれと。





(完)




これにて完結となります、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


ユーヤの旅はもう少し続くようです、また間が空くと思いますが、次回作もよろしくお願いいたします。


今後の予定ですが、クイズ王5での外伝の構想があるのでそれをやりたいのですが、先に他の連載を進めると思います。


最後になりましたが、よろしければ評価ポイントや感想などよろしくお願いいたします。


ではまた、次の舞台にて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした [気になる点] ユーヤクイズがめっちゃ気になるんですけど!! [一言] あ...これ勝つのはエイルマイルだな…。 ユゼが勝ったらJKの下着を着用する陰キャをねっとり描写する…
[良い点] 毎回〆のクイズがヒドくて笑う、回答者はどっちもがんばれ。 今作はずっと抱えていた罪の意識にも似た葛藤や、 クイズの破壊者という呪縛からユーヤが救われて?よかった。 後の描写からするとズ…
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