第六話 +コラムその19
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教練場とは城の第三層あたりにあり、百畳近い広さのある畳敷きの大広間である。
裃を着た五人の若い侍が並び、読み手が朗々とした声を放つ。
「問題、「盾儀四節とは建築物における壁の役割を表す言葉ですが、完温、防鼠、遣水に加え、やがて土に還ると」
ちりん、と一人が手元の鈴を鳴らす。
「はいミズモトどの」
「自壊でございます」
「正解です、おみごと」
そのようなやり取りをする一団が、数十組もずらりと並んでいる。早押しボタンではないのは呼び出す手間とコストを考慮したものか。
「いかがですか、これがヤオガミの雷問、その正式な姿です」
ズシオウは目を輝かせ、喜ばしいものを共有しようとするように明るく笑う。
「うーむ、これが……」
だが双王は複雑な表情であった。彼女たちにしては控えめに問いかける。
「のうズシオウどの。6400問というのは確かに多いが、毎日こんな風に練習しておっては、やがてすべての問題を覚え尽くしてしまわぬか?」
「そうじゃそうじゃ。それに、たとえばガーターベルトの問題が一つしか含まれておらんかったら、ガーター、と言った時点で押せてしまうではないか」
「下着の問題があるかはともかく、疑問はごもっともです。では隣の部屋をお目にかけましょう」
と、ユーヤの手を引いて案内する。
今度は板張りの広間であり、長机が並んでいるため部屋全体が縞模様に見える。机には若い侍たちが並んで、一心に何かを書き記していた。
彼らの脇には問題集である贅月、そして参考書らしき本がいくつがある。
「これは何じゃ?」
「贅月はあくまで基本です。出題の際、出題担当の方は問題をいくつか写すのですが、その際には自分の言葉で書き直すのです。語順も変われば細かな言い回しも変わります。答えの単語だけは変えてはいけませんが、いかに正確で、かつ姑息さのない問題文を書けるか、それが教養となるのです」
侍たちは脇目もふらずに書きものを続ける。正確には双王が脇を通るときはちらと目が動くが、特に誰も指摘はしない。
「ふーむ、しかし問題が決まっておるというのは……」
「贅月十六節の中には「時世」もあります。つまり時事問題ですね、毎年400問ほど入れ替わりますよ」
「ユーヤはどう思うのじゃ」
「素晴らしいと思う」
ユーヤの答えに、仮面越しでも分かるほどズシオウの顔が輝く。
「みんな真剣に取り組んでるし、教養を得る手段として役に立っている。クイズ文化をそのまま取り入れるのでなく、ヤオガミなりの形にしている。それが何より素晴らしい部分だ」
「ありがとうございますユーヤさん。では次はこちらを」
またズシオウに手を引かれる。今度は階段を登って一層上。ある部屋の前に至る。見張りらしき侍が体を向ける。
「ズシオウさま、そちらが大陸よりのお客人ですか」
「はい、通してあげてください」
「今は試合中なれば、息を沈めて観戦されますよう」
そっと、ほとんど音を立てずに襖が開かれる。
中にいたのは三人。向き合って座る二人と、読み手らしき高齢の人物。
そして早押しボタンもあった。紫晶精。妖精が変化した姿である。
「問題」
岩が話すような重々しい問い読み。
「羽々州の名産であり、収穫されたばか/り」
ぴんぽん。
押すのは左の人物。それは見事に剃り上げた頭を持つ若者。ぴしりと背筋を伸ばして答える。
「湯リンゴです」
「正解です」
問題が終わると、その人物がつと手を挙げる。
「中断をお願いいたします」
「結構です」
すると部屋の空気が弛緩して、三人の人物がこちらに向き直る。
「ズシオウさま、わざわざ足をお運びいただき、このシラナミ喜悦の至りにございます」
「お邪魔してしまい申し訳ありません。こちらがセレノウのユーヤさま、それとパルパシアの双王さまです」
「お初にお目にかかります。クイズ指南役筆頭を努めておりますシラナミと申します」
「指南役……」
「はい、我ら「白羅院」は槍術の門家であり、先祖代々の将軍家武術指南役にございました。これより先の時代にはクイズが争いを制する鍵となりましょう。我ら白羅院流もこれまで培いましたる技を活かし、槍を早押しボタンに持ち替え、将軍家の助けとなっていければと愚考いたす次第です」
「……そうなのか」
ユーヤは特に感情を込めない返事を返す。この人物が初対面の相手に向ける態度はだいたいこんなものだが。
「では中断を長からしむことは礼を失する事。試合に戻らせていただきます」
「はい、頑張ってくださいね」
そして三人の侍はまた元の位置に向き直り、読み手が問題を読んで、回答者が早押しボタンを押し込む。
その様子を、ユーヤはどのように捉えたのか。翠のユゼ王女はちらりと、その顔を盗み見る。
その顔には、不思議な安堵のようなものが宿っていた。
自分のよく知っている世界。自分にとって好ましい世界が眼前に広がっている。そう読み取れる穏やかな顔に思えた。
ではユーヤは、やはりこの雷問を評価しているのか、肯定しているのか、ユゼはそのように受け止める。
(……まあ、確かにクイズの振興という意味では悪くないのかのう?)
平和な家庭を眺めるような、ユーヤの眼差し。
そこにはもっと何かがありそうだったが、ユゼ王女がいくら見ても、それ以上のことは分からなかった。
※
「シラナミさんはこの城でも一番の名人なんです。毎日何試合もしていますが一度たりとも負けていません。お手つきや誤答はほとんどなく、とても正確な押しをされるんですよ」
また別の部屋。今度の部屋は四角く狭く、中央に座卓が置かれている。個人的な会話を交わすための部屋らしい。
「ズシオウ、一つ聞きたいんだけど、いつぞや国屋敷で出された問題は……」
「あれはイベント用に国屋敷で作った問題です。海外に住まわれている方は贅月を知らないことが多いので、不公平が無いように新規に作りました」
濃いお茶をすすり、苦みを眉の形で表現しつつ双王が口を開く。
「ヤオガミが西方圏の問題を苦手としておる理由が分かったわ。問題が固定されておるからか」
「あれだと練習しておる問題しかできんじゃろ。妖精王祭儀のような大会はどうするんじゃ」
「残念ですが諦めています。あれはあくまで友好の儀。ヤオガミはまだ、積極的に優勝を狙いに行くべきではないんです」
ズシオウは落ち着いて話す。目を輝かせるばかりではない。はっきりと内に秘めた意思を感じた。曖昧にでもビジョンが見えていないと取れない態度だ、とユーヤは思う。
「ヤオガミは、いま黎明の時代なんです」
ズシオウは、心にずっと秘めていたことを打ち明けるかのように、芯の通った声で語る。
「ヤオガミは世の乱れること長く、多くの戦いが繰り返されました。今こそ転機なんです。争いごとの決着をクイズで決める、なんと素晴らしい文化でしょうか。それは市井の人々にも影響を与えるでしょう。みな武術ではなく学問とクイズで仕官を目指す時代になります。それに」
と、ズシオウは一気に喋って喉が枯れたのか、お茶をぐいと流し込む。
「ぷはっ、ええと、ヤオガミにも独自の文化はたくさんあります。それを大陸に輸出することもできるでしょう。クイズを共通項にできるとは思いませんか? 私はヤオガミを舞台にした紀行クイズの番組を考えているんです。それを映画にして輸出したいと」
「なんと!」
これには双王も色なして応じる。
「おぬしそんな事まで考えておったのか。伊達にお忍びで遊び回っておらんのう」
「遊んでませんよ。すべて大陸の文化を学ぶためです」
と、ズシオウはユーヤのほうに向き直り、その手をそっと取る。
「番組の話をしたのはユーヤさんが初めてです。まだ父上……将軍にも申し上げておりません。ユーヤさんはどうお考えですか」
「いい事だと思う」
ユーヤは、ズシオウの紅葉のような手をそっと握る。
「この世界の王様はみな立派だ。クイズ戦士というだけじゃない。事業家としての視線で国に貢献しようとしてる。ズシオウは目端が利くし、侍の人たちもみんな真面目で優秀に思えた。どんな計画でもきっとうまく行くだろう」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです。ユーヤさんにそう言っていただけて」
ズシオウは少し感極まっているようだった。涙が流れかけたのか、目の端を指で拭う。
「ところでユーヤさん……まだ聞いていませんでしたね。どのようなご用件でヤオガミに来られたのですか? 外遊をなされるとは聞いていますが、その一環でしょうか」
「それは……」
さすがに。
今このタイミングで、かの仙虎の言葉を、ラウ=カンで見てきたことを語る空気ではなかった。ユーヤは少し考えてから、ごまかすように言う。
「……とりあえずズシオウが元気にしてるか見に来たんだよ。それにベニクギも」
「そうなんですか?」
名前を口に登らせて、ふいにその緋色の傭兵が想起される。
「そういえばベニクギは? 彼女にも会っておきたいんだけど」
「ベニクギは……」
ズシオウは視線を部屋の端に投げて。
少し申し訳無さそうに、こう言った。
「彼女は、謹慎を申し付けられています」
コラムその19 大陸における印刷と出版
フォゾス白猿国、コゥナのコメント
「今回は大陸の印刷事情について説明してやろう。妖精の話もするぞ」
ラウ=カン伏虎国、睡蝶のコメント
「それぞれの国に独自の印刷技術があったけど、今はほぼすべて妖精に頼ってるネ」
・印刷技術と新聞
コゥナ「おもに印刷に使われるのは銀写精の亜種だ。自然界に存在する含有量の高い銀鉱石、または自然銀の結晶などで能力の高い妖精が呼べる。このような銀は宝石の井戸、玉井からは出てこないので大変に高価だ」
睡蝶「新聞社などが飼っている妖精は一日に十万枚の紙に印刷できるネ。妖精は平面的な紙に印刷するだけでなく、高く積み上げた紙すべてに一気に印刷することもできるネ」
コゥナ「新聞社が最も勢いがあるのはハイアードだ。あの国は百万部を超える新聞だけで4社あるからな」
睡蝶「それだけあると紙のゴミも大変そうですネ」
コゥナ「大丈夫だ。ほとんどの新聞は食べられる繊維でできており、妖精の印刷はインクなどを含まないからな。古新聞は家畜のエサにできるのだぞ」
睡蝶「それは素晴らしいですネ」
コゥナ「食べたいなら細かく切ってから軽く茹でて、ごま油をまぶして塩をふるとギリギリ食える」
睡蝶「おいしくないのですネ……」
・発禁本と国境
コゥナ「以前にも少し言ったが、雑誌や新聞などは記録体に収め、特別な伝書鳩を使って各国に届けられる。現地の印刷所で印刷するわけだな」
睡蝶「ただ国によってはご法度になってる雑誌などもありますネ。それでも個人輸入したがる人が多くて問題になってますネ」
コゥナ「特に厳しいのはラウ=カンとヤオガミだ。販売が見つかると懲役刑を喰らうぞ」
睡蝶「ラウ=カンでは高位の銀写精を使い、家の文書を丸ごと書き換えるという方法で悪書の排除が行われたことがありますネ」
コゥナ「うむ、家人に必要な本だけ外に持ち出させて、妖精の光で室内を照らす。どこかにご禁制の本があっても丸ごと書き換えられるわけだな」
睡蝶「ただ手間がかかるし、その作業の前に外に隠されると無意味なので廃れましたネ。悪書とされるものは地道に回収されていますネ」
コゥナ「本来は禁書は望ましくないがな、それもまたお国柄というものだ」
コゥナ「まあ国名は出さなかったが、問題になるのはほぼすべてあの国の本だ」
睡蝶「あの国おかしいですネ、特にポルノにかける熱量が」