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第五十一話





「ズシオウ様、そろそろ参るでござる」


勝負開始の15分前、ベニクギがそう呼びかける。


「ユーヤどのは先に下に行き、メイドに着つけを任せるそうでござる」

「分かりました、では私たちも」


廊下へと出て、階段を下っていく。

フツクニが天下太平とはいえ白桜城は戦乱の時代を生きる城、大勢が一気に登れないように階層ごとに階段は異なる場所に配置され、廊下は何度も直角に曲がっている。


城内には驚くほど人がいない。皆、勝負を見ようと下層に集まっていたり、余計な緊張状態を避けるために登城を控えているのだとか。


(不思議な感覚……白桜の城がこんなに広かったなんて)


普段は見ぬ人々もいる。大振袖でしずしずと歩く奥殿おくどの、すなわち後宮の女性たち。

さすがに一般客と同じ場所で観戦はできないが、バルコニーのような場所から遠眼鏡で下方を見下ろしている。


「……」


ズシオウの目が感傷を帯びる。木彫りの面の下の丸い瞳、誰かを探すようにゆらゆらと動く。


「ズシオウ様、どうされたでござるか」

「いえ……」


(おかしな事ですね)


未練だと感じる。


己は白無粧しらぬじ。性別も秘され、手足を晒すこと許されず、走ることも学を示すことも許されない定まらぬ存在。


すべてを秘されるとは、すなわち己を生んだ者すらも。


(探そうにも、顔も知らないのに……)





ふ、と、かすかにわらう声がする。


「滑稽なことです。クイズで世界を変えるなどと」


向かい合っている解答台、彼我の距離はほんの3メーキほど。

クロキバの顔は柔和さが失われ、一分の隙もない鋭利さが宿っている。今はハイアードの王子の人格が彼を満たしているのか。


「セレノウのユーヤ。あなたも気づいているはず。トウドウはあえて民草を焚き付けている。侍たちも、豪族も、クイズですべてを決めるという世界観で場を塗りつぶそうとしている。かの妖精の王のように」

「そうは思わない」


周囲ではあられの降るような人の声。そんな中にあって二人の声だけが行き交う。


「クイズは人生を変える。人と人との関係性を変える。ならば世界すら変えるだろう」

「あなたは夢を見ているだけです」


嘲弄と挑発。さげすみを混ぜた眼光が向けられる。


「幸福な夢から出られずにいる。いつまで眠っているのですか?」

「自分の生きている世界を夢と断ずるのか。現実を受け入れない子供のようだな。妖精の王は虚構の存在じゃない。この場で実在が不確かなのは君ぐらいだ」


ユーヤには己の首をかすめる刃が見えた気がした。常人ならば立っていられないほどの殺気。それを意志の力で受け止める。


「ではルールの説明に移る!」


トウドウの声が輪郭を持つ。二人の前には蛇の木板と早押しボタン。そしてラジオに似た箱が置かれる。


「出題は贅月より行う! ルールは100マル100バツ。すなわち勝利のノルマは100の正答であり、お手つき誤答は99回まで許容される!」


膨大な量の湯が湧くようなどよめき。およそヤオガミの常識にはないルールである。


「その箱には拡声の妖精が入っている! 回答は箱に向けて行うべし! なお、この勝負において一切の不正や妨害行為は許されぬ! 双方心せよ!」


クロキバとユーヤだけでなく、もっと広い範囲に呼びかけるような声量。トウドウはさらに全身に気力を巡らせ、手元の出題用紙に目を落とす。


(……)


ユーヤは周囲を見る。

それは勝負のさなかに気を散らさぬためであった。おそらくは全身全霊を振り絞るほどの集中が求められる勝負、周りの様子は一度で確認しておきたかった。


(ズシオウは……ベニクギと一緒にいるな。問題ないか……)


どおん、と太鼓が打たれる。


直径2メーキを超える七尺太鼓。空気を引き締め、良からぬものを祓い清める響き。


雑音は遠ざかり、円形の観客席も遠ざかり、世界にはクロキバと己と、出題者のトウドウのみ。


ユーヤは解答台に前傾になり、肘を思い切り曲げ、親指をボタンの膨らみに引っ掛けるように構え――。



「問題、サメのK/A


ぴんぽん


「セレノウのユーヤ!」

「桜わさび」

「正解、サメの皮などを使って泡立つようにすりおろす、余州の名物である赤わさびのおろしを何という、正解は桜わさび」


観客の驚愕の声。押す速さはもちろん、居合を抜くような手の動きにも。


「あれは、N式!」


円になった観客席の最上段、一般客とは分かれたエリアでベニクギが言い、ズシオウもぎゅっと拳を握る。


「ハイアードでガナシア様に伝えていた技ですね、究極の早押しとか……」

「しかもガナシアどのよりも動きが鋭利でカミソリのごとく……さすがはユーヤどの」


「問題、大量のまきをぞ/く(俗)」


ぴんぽん


「クロキバ!」

狸市場たぬきいちば

「正解、大量の薪を俗に鰯山いわしやまというが、これは何という昔話から来ている、答えは狸市場」


再びのどよめき。


それは速さだけではない。双方が、まったく同じ構えを見せたためだ。


「! クロキバもあの構えを!」

「やはり習得していたでござるか。しかも拙者の見る限り、ユーヤどのと寸分たがわぬ。まさに完成形のような鋭さ」


ぴんぽん


「……ミョウバン」

「ユーヤどの、不正解だ、答えは樟脳しょうのう


ぴんぽん


「朝顔算」

「クロキバ、不正解だ、答えは「算見題さんけんだいの事始ことはじめ」」


「おい、なんかやけに誤答が多いじゃねえか」

「そりゃそうだよオヤジさん、これは100マル100バツなんだから、限界まで攻めた押しをするだろうさ」

「そうかあ、雷問って誤答はふつう出ねえからなあ、これもまた新しい時代ってやつなのかね」


誤答がありながらも両者ポイントを積み上げていく。現在の得点は。



ユーヤ:8点 お手つき誤答7

クロキバ:6点 お手つき誤答3



「ベニクギ! ユーヤさんがリードしてます!」

「……そうでござるな」


だが、何かが。


ベニクギの武人としての感覚が、この点数に意味を見出そうとする。


(ユーヤどのの方が誤答が多い……あまり油断はできぬが、原理的に正解よりもお手つきが少ないならば問題ないでござる)


(ただ……何でござるか、この違和感は)


(ユーヤどのの押しが……攻めているというにも早すぎる時がある。答える気がないかのような……)


「問題、世に名筆と/」


ぴんぽん


「セレノウのユーヤ!」

「象牙」

「不正解だ! 正解は菱墨ひしずみ!」


「ふ、なるほど」


クロキバが笑う。ごくわずかな唇の動き、おそらく観客席でそれを読み取ったのはベニクギぐらいであろう。


「浅ましいことです、そんな手を使うとは」

「……」

「しかし弱点があらわになってしまいましたね。では、策には策といきましょう」


観客にはほとんど聞こえなかっであろう会話、ベニクギが眼尻に力を込める。


「策には策……? どういう意味でござるか」


「問題!」


トウドウが声を張る。


「山に/」


ぴんぽん


「うお……く、クロキバ!」

「彩雲」

「不正解だ、正解は大根の泥漬け」


ぴんぽん


「水密鍵」

「不正解! 答えはざんじぶ背嚢はいのう


ぴんぽん


「六分儀」

「不正解、答えは……」


異様な光景が展開されている。


クロキバの押しがあまりにも早い、観客の全員が贅月を熟知する訳では無いが、それでも非常識なほど早いのは明らかである。


正解もあったが、明らかに偶然と思われるものだった。その結果を受けての得点状況は以下の通り。



ユーヤ:11点 お手つき誤答9

クロキバ:9点 お手つき誤答28



「そうか……!」


ベニクギが目を見開く。


「ベニクギ、どうしたんですか」

「恐ろしい駆け引きが展開されてござる。まずユーヤどのが誤答が多かった理由は、相手に先に押されそうな問題を切り捨てていたため」

「切り捨て……」

「ユーヤどのはこの世界の人間ではない……いくら贅月を研究しても、この世界の広範な知識を持っていないのでござる。だからユーヤどのはそれ・・を調べた。この世界の人間のほうが有利になる問題を調べ、把握し、極端な早押しでそれを潰す作戦」

「そんなことが……!」


その推測は正しかった。


数多くのクイズに通じるユーヤなれば、誰よりも早い確定ポイントを見いだせた問題もある。

その逆に、ユーヤでは押し負けるであろう問題にも気付いていた。ユーヤはそのような問題を捨てるしかなかった。


ぴんぽん


「クロキバ!」

「舌下錠」

「正解!」


「しかし、これによってユーヤどのは不利を露呈してしまった。根本的にユーヤどのはクロキバに及ばない。クロキバのほうが早く押せる問題が多いのでござる。おそらく問題数が減るほどにユーヤどのに不利になる」

「不利……しかし贅月は6400問あるのですよ、50か100ぐらい問題が減っても……」

「拙者にもすべては説明しきれぬでござる。しかしクロキバが問題を減らしている、それが言わば証拠にござる」

「そんな……」


恐ろしい、とベニクギは思う。


ユーヤの立てた作戦は称賛すべきだろう。この100マル100バツが、己に有利な問題を引き寄せるためのものだとは。


だが、ほんの20問足らずでクロキバはこの原理に気づいた。そして問題数を少しでも減らし、天秤を己に傾けようとしている。


「……」


ユーヤが背筋を伸ばす。


肩を回し、深く息を吸って、視線は下げているがボタンは見ていない。


その視界に幻視が生まれる。


それはマンションの一室。

壁と言わず天井と言わず、短冊のようなものが貼られている。そのすべてにクイズが書かれている。


危険な何かを封じるような、あるいは封印の中にいるような眺め。


その部屋の主は、記憶力の王。


あらゆるクイズを記憶力でねじ伏せようとした人物。七沼遊也という男が出会ってきた王の一人。その人物は、ここにある短冊のすべてを記憶し、それを位置で覚えていた。


ユーヤの中で短冊は贅月の問題となる。すべての位置は完璧に記憶され、そして己の腕はどこまででも伸びる。この一室のすべてが己の支配圏。


「問題」


トウドウの声が、山を渡るこだまのようにいんいんと響く。


「あ」


感覚が引き伸ばされる。


脳に血流がほとばしる、全身の細胞を一気に燃やすような集中。

現実にはそのように一文字ずつ聞こえている訳ではない。極端な思考の単純化が実現する高速思考。周囲がスローな世界として認識される。


「め」


ユーヤの意識が部屋を絞る。それはダイニング、ソファの側面。


「ゆ/」


長い長い手が、短冊の一枚に。


――飴湯あめゆを啜るとは貧乏なことの表現、では金持ちが啜るのは何。


ぴんぽん


「セレノウのユーヤ」

鯉油こいあぶら

「正解!」


歓声の重奏。

それはまさに達人の一刀。極まった早押しが人々を熱狂させている。


「ふ、素晴らしい技です」


ユーヤの耳に、忍び込む声が。


「人の持つ記憶のうち、もっとも原初に近く重要なものが位置記憶。学習の際にも、言葉を位置と結びつけると覚えが良いという。今の技は脳内で立体的に問題を配置し、位置記憶を働かせることで思い出す時間を短縮する、という技ですか」


そしてクロキバは。


己もまた背筋を伸ばし、視線は下ろすがボタンは見ない構えを取る。



「その技もすでに、私のものです」


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― 新着の感想 ―
[一言] ついに始まった対決、感無量です。続きを楽しみにしています。 エイルマイル姫が大好きなので、次回登場がいつになるか……うう……
[良い点] N式…位置記憶…第一部のラスボスの分身を前にして、第一部で使った技がじゃんじゃか出てくるの、アツいですね
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