第五話
翌日。
錦の籠に揺られて登城。外国人が用いるという専用の門から入り、案内人の若い侍に連れられて城内へ。
外国人は城の人間と会いにくい構造になっているらしく、何人か立番の侍の脇を通り過ぎたのみである。
通されるのは畳敷きの間。飾りなどは無く、奥側が一段高くなっているほかに装飾もない。ごく私的な面会の間であるという。
「……ところで君ら、そのスカート丈で座って大丈夫なのか?」
と、割と純粋な心配事として尋ねるユーヤ。
しかし双子はなぜか胸をそらして流し目を寄越す。
「ふふん、素人はこれじゃから困る。よいかユーヤよ、パルパシアにおけるフォーマルとは股下の丈ではない。生地の伸縮性で決まるのじゃ」
「? というと」
「つまり、足をこう上げるとする」
「?」
「このポーズでもパンツが見えぬのがフォーマルじゃ」
「いらん知識が増えてしまった……」
「お客人。遠路はるばるよう参られた」
背後に太刀小姓を引き連れ、どすどすと畳を踏み荒らして入ってくるのは壮年風の人物。
年齢は40代半ばであろうか。頭は髷を結い、鼻の下でヒゲを鋭角に整え、着物の上から袖のない肩衣を着て、紺色の袴をはく、つまり裃の装いである。
どかりとあぐらを組み、頬杖をついて三人に向き合う様子は若々しいと言うより無作法な印象を思わせた。好奇心なのか品定めなのか、遠慮のない視線が三人に注がれる。ユーヤ達もそれぞれ腰を下ろす。
「大陸の西端、文化と飽食の国パルパシアの双子の王、聞いておる通りに華美にして洒脱、大陸の文化の極みというだけはある」
「クマザネどの、お初にお目にかかるのう」
「国主でありながら若くして戦場を駆け巡り、多数の武功を挙げたる剛の者と聞いておる、噂通り野性味を感じるお人じゃのう」
「くはは、誉め言葉と受け取らせていただこう。若くして将軍の名代を受け継ぎ、まだ礼儀も知らぬ若輩ゆえ、不調法は許されよ」
ユーヤは少し違和感を覚える。若輩者をアピールするには眼の前の人物はさすがに歳を重ねすぎている。
それはクマザネ氏の性格というより、駆け引きの一種に思えた。この場で格式張った挨拶など交わしたくない。あくまで私的な会合。パルパシアと一対一の付き合いをするつもりはないという構えにも見える。
「ところで先触れにより聞いているが、そちらの御仁がセレノウのユーヤどのか」
「そうじゃ。まだ世間には公表しておらぬが、セレノウの第二王女エイルマイルどのと婚姻を結んでおる。王家に入る前の外遊として、各国を回って見聞を深める旅をしておる」
「まあ、婚姻と言っても書類上でちょっと交わしただけじゃし、今のところ婚約に過ぎぬわけじゃ、セレノウが明日爆発して消えぬ保証もないし」
ユゼがほとんど聞こえない声でつぶやいている。
ユーヤはというと、顔から表情というものを抜いていた。脱力した様子でかるく頭を下げるのみである。
「しばらくの間、ヤオガミを見て参りたく思います。あくまで個人的な外遊のため、セレノウを代表して何かを申し上げることはありません」
「ふむ」
クマザネは長い指を顎に這わせる。節くれだって太い、武人の指である。
「ヤオガミに各国の首脳級が訪れるなど珍しきこと。非公式の外遊にとどめておくのは勿体ないが、希望とあらば公的な話を交わすことは控えよう、だが」
ずい、と上半身をせり出して言葉を続ける。
「せっかくの機会だ、ひとつ教えを乞うとしよう。ヤオガミの雷問の様子を見て、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
「ほう、雷問をのう」
「しかし、ごく単純な早押しクイズと聞いておるが」
「案内はこの者に任せよう、入ってくるがいい」
すす、と襖が開けば、そこに座っていたのは白の着物。霧のように重さを感じさせず、空気をまとうような自然な着こなし。顔の上半分を木彫りの面で覆った人物。
「――ズシオウ」
「ユーヤさん、ヤオガミを訪れていただいたのですね、大変嬉しく思います」
ズシオウは一度うやうやしく礼をすると、たまりかねたように膝を伸ばして立ち上がり、ユーヤのそばに滑り込むように座る。
「いつぞやお頼みしたことを覚えておられたのですね。ヤオガミに来てクイズの指導をしていただけると」
「……ああ、そうだね」
「雷問は専用の教練場にて行われております。ユーヤさんにもぜひ見ていただきたいです」
「こらズシオウ、我らには何かないのか」
「え?」
と、ズシオウは双王を見て、鼻の穴を覗き込むようにしげしげと眺めてから言う。
「あ、双王さま」
「わざとらしいわ!」
「冗談です。双王さまも来られたのですね。いつぞやのハイアードでの祭り以来ですね。もう何年も前のことのように懐かしく思います」
「うむ、農産物の輸出国であるパルパシアとしては、ヤオガミは最大の開拓地であったからのう」
「いずれ大きな交易路を結び、大陸を北回りで回る直接交易のルートなども開きたいと思っておった。我々がその先駆けとなろうぞ」
「さすが双王さまです。ヤオガミもできる限り真摯に交渉させていただきます。そうですよね父上」
明るい顔を向ける。大将軍クマザネは朗らかに笑い、頷いてみせる。
「もちろんだ。今日明日にとはいかぬかもしれんがな。私からヤオガミの商人たちに声をかけておこう」
「感謝するぞクマザネどの。パルパシアではかねてより海運に力を入れておるが、実は陸路の整備も進めておるのじゃ。その舗装技術などを輸出できぬかと……」
「……」
ユーヤは。
黒い着物に身を包んだ奇妙な人物は、油断なく観察を続けている。
(……クマザネ氏、まるで感情が読めない。表情を消す訓練を積んでいるな)
大将軍クマザネ。この人物についてユーヤの寸評は豪胆で不遜、それでいながら計算高く慎重、自分で自分を完全に統制できる強い意志の持ち主、そんなところだ。
そして一つだけ間違いないことは、双王に対する拒絶である。
それは双王も察しているはずだ。表面的には友好的に挨拶を交わしているが、その実、間にガラスの壁を一枚置くような気配がある。
だが、それは双王の推測のうち。
先日、宿にて検討した通りの流れである。
※
大量の藁半紙の山。鎖摺と格闘を初めて数時間が経過したが、ユーヤはやはり、異世界人としての限界を感じつつある。
これまでも何度かあったこと。ユーヤは自動翻訳によりこの世界の本や新聞が読めるが、そこに記述されている以上の情報を引き出すことができない。連想の根が張られていないのだ。
例えば要人の死亡記事があったとして、それが政治経済にどんな意味を持つのか、社会にどのような影響を与えるのかがまるで分からない。歯がゆい思いがつのる。
「……大将軍クマザネ氏はほとんどニュースにならないんだな。式典に出席したとかそのぐらいか。子息としてズシオウがいることは知られてないのかな……」
言葉に反応が返らないので、ちらと視線を上げる。
双王が畳にうつ伏せになり、妙に真剣な様子で鎖摺を読んでいる。口を真一文字に引き結んで、いくらか書き込みもしている。
「双王……?」
「鉄の相場がじわじわと上がっておる」
ユギが指摘する。いくつかの新聞を並べると、たしかに少しずつ数字が上がっている。
「那岐州の造船所がニュースに出なくなったのう」
「杭州の鉱山が閉鎖されたのもひっかかる。産出量はまだ十分あるはずじゃ」
「地方豪族のナナビキ氏が外国船を入手していたという記事も気になるのう。なぜ続報が絶えておる?」
「二人とも、何か分かったのか?」
「うむ」
双王は少し真剣な響きを乗せて言う。
「よいか、ヤオガミは縛国政策というものを採っておる。必要以上に諸外国と関わらぬという政策じゃ。そのため外国人の往来は制限されておる」
「古来より関係の深いラウ=カンは例外的に国交がある。そして近年、ハイアードとも交流が持たれておった」
ユーヤはかつての七日七晩の祭り、ハイアードキールの街を思い出す。あの街の国屋敷にはヤオガミの人々がかなり集まっていた。他の国であれほど集まっている様子は見たことがない。
「ハイアードは名実ともに大陸の雄であったから、ラウ=カンの次に国交が開かれるのは自然なこととも言える」
「しかし、鎖摺を読む限りではヤオガミに国交を広げようという考えはほとんどないのじゃ。むしろすべてのことを国内で完結させることこそ美徳と考えておるフシがある」
「すべてを、国内で……」
では、なぜハイアードとは国交がある?
「……造船技術か!」
「そうじゃ、ハイアードキールは造船の街。鋼材や複雑な機械の生産なども優れておる」
「ここまで読んで推測は立った。フツクニがハイアードと交流を持ったのは何かしらの準備のためじゃ。大量の鉄を確保したのもその一環じゃろう」
「それに南慈衆、隈実衆などの刀工集団についての記事が不自然に少なくなっておる。これらの技術者集団をフツクニが囲い込んでいる可能性がある」
ユーヤは少し考え、推測が過大になってはいないかと警戒しつつ、慎重に問う。
「だが……記事にあったが、外国船舶の購入は国内法で禁止されているじゃないか。国内の造船業者を守るためとかの理由だったか……。ひそかに船を輸入していた地方豪族のナナビキ氏は、フツクニから強い抗議を受けたとか」
はっと気づく。双王は先ほど、そのナナビキ氏に言及していた気がする。
「おそらくフツクニとナナビキ氏は内通しておる」
「なっ……」
「うむ、フツクニが表立って外国船を買うわけにいかぬので、ナナビキ氏を窓口にしておるのじゃ。記者が偶然に船を見つけて記事にしたが、何らかの力で続報をもみ消しおったな」
ユーヤは、こみかみにじわりと汗をかくのを感じる。
予想よりも深刻な何かにぶち当たったと思われた。いま双王の語ったこと。ヤオガミに起こりつつあること。それを一言で言うなら。
「……軍事力の、大幅な強化」
「おそらく」
双王はふいに上体をそらし、羽根扇で胸のあたりをあおぐ。真剣な話はここで一区切りと示すかのようだ。
「明日、我らが通商路の開拓を持ちかけてみよう」
「クマザネ氏はユーヤの目で見定めるがよい、何かを隠しておるかどうか」
※
そして舞台は会見の場へと戻る。
ユーヤはますます気配を消し、畳の目の一つになるかのようだった。
(……フツクニが、軍事力の強化を目論んでいる)
(刀工の集団を囲い込み、鉄を確保し、地方豪族と手を結んで、ひそかにハイアードの船を輸入している……)
それらの推測が正しいとすれば、事態は己の身に余るのではないか、ユーヤもさすがにそう考えた。
自分はまだセレノウを代表する身分とは言えない。双王もわずかな側近しか連れていない私的な外遊である。下手に蜂の巣をつつくことはできない。
(……何か、関連しているのか?)
(僕が探ろうとしていることと、フツクニの内情が……)
観察は続けている。しかしクマザネ氏の表情に揺らぎはない。この人物は自己を統制することに長けている。
あるいは本当に清廉潔白、陰謀などカケラも無いのか――。
「ユーヤさん、早く行きましょう。私が案内します」
ズシオウに肘を引かれ、ユーヤは逆らわずに立ち上がる。
「……ええと、練習してるとか言ってたけど、そんなに盛んなの?」
「はい、ここ数年で一段と規模が増しています。毎日200からの方々が練習してるんですよ」
「セレノウのユーヤ。これを持っていくがいい」
と、クマザネ氏が何かを放り投げる。ユーヤが受け取れば、それは分厚い本である。ヤオガミの一般的な本が紐で閉じた和綴じ本なのに対し、全体がなめし皮で綴じられた重厚な本だ。
「これは……」
「贅月という。雷問の問題集だ。四季の移ろいに始まり武士としての道徳、本草学に理学、社会、歴史、言語、政治など十六節に400問ずつ」
「しめて6400問。すべての雷問は、この問題集から出題されるのだよ」