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第四十七話



浮遊する牛車、ハリネズミのように矢で埋め尽くされ、天守からの重量物でいくつも部品が脱落している。


それが天狼の間に至る時、内部より放たれる剣気。


「――圓相えんそうの型、流燕りゅうえん若螺じゃくら


斬閃、ものの見事に牛車を左右に分かつ。

縦に横に。一瞬で十あまりの部品に解体され、内部を補強していた角材や鉄板は落下していき、そしてベニクギはユーヤを抱えて跳躍。


綿毛のように屋根瓦に落ち、再度の跳躍。欄干を飛び越えて天狼の間へ。


ヤオガミを一望する空の楼閣。天井は巨大樹の一枚板。ベニクギらを包囲するのは十あまりのウズミと、刀を構える侍たち。


「……よしなさい、もういい」


さっと手を振るのはクロキバ。彼は濃紺の裃を着て、まげを結って月代さかやきを剃った姿。つまり武士の格好となっていた。


「何人か乗っているかと思いきや、ユーヤさん、あなたとベニクギのみですか」

「そうだ」


ユーヤはベニクギの腕から離れ、体のほこりをはたく。

肩口から少し出血していた。牛車の内部はかなり頑丈に補強されていたようだが、それでも侍たちの放つ剛弓は防ぎきれなかったようだ。

けして頑健な体を持つ人物ではないが、苦痛を精神の力で押さえつけることには長けている。ユーヤの表情は凪の海のように静かである。


一触即発の気配ではあるが、ユーヤはベニクギより数歩前に出て、クロキバの前に立つ。


「クロキバ、君は鋼鉄船の引き渡しを求めていたらしいな。あの隠れ港のある島も明け渡せと」

「あの島はフツクニの守りの要なのです。裏を返せば喉元に突き立てられた刃ともなり得る。放置するわけには行かないのですよ」

「船は渡せない。だが君と僕とでクイズで勝負するなら、互いに相応のものを賭け合える。君は僕に勝って、フツクニの支配とヤオガミの統一に弾みをつければいい」

「船が渡せないなら、賭けを行う理由がありましょうか」


かるく肩をすくめて言う。


「もはや金子も刻刀もさほど必要ない。ベニクギやツチガマを賭けるつもりならお断りしましょう。彼女たちはとても御しきれない。英雄と言えば聞こえはいいが、国家として見れば駄馬でしかない。強すぎる個人など不安要素にしかならない」

「鏡を賭けよう」


ユーヤは抱えていたものを示す。それは桐の箱だ。四角く薄く、高価な皿でも入っていそうな上等のもの。クロキバはユーヤの筋肉の動きを見て、内部にそれなりの重量物が入っていると察する。


「はっ……鏡など尚更必要ない。ご存知でしょう。私はそもそもそれが嫌いなのです。ヤオガミの鏡はさほど魅力的な効果とも言えない」

「違うな」


ユーヤが挑発的な響きを乗せて言う。互いに制空権を奪い合うような、静かな戦いが展開されている。


「これは、パルパシアの鏡だ」

「何……」

「パルパシアの双子都市、あの街で君が狙わせた鏡だ。僕が推測するに、パルパシア王家の鏡は死者を蘇らせる力がある。君もおそらく同じ推測に至っただろう」

「確かにそうです。私は膨大な記録と情報からその可能性を見いだした」

「僕が勝てば、君にはこの鏡を使って消えてもらう。そして生き返らせるのは……」


虚空を見る。

遥かに広がるフツクニの都、どこかノスタルジアを秘めた街を。できればすべての義務から開放され、この美しく懐かしい街に消えてしまおうかと、そんな一秒にも満たない葛藤。


それは刹那ではあったが、ごく一瞬、ユーヤという人物の制動から外れていた。行動のすべてを統制下に置くようなこの人物であっても、その言葉を恐れるのか。生と死を人間の意思で左右することに躊躇いがあるのか――。


「フツクニの元首であった人物。大将軍クマザネ。彼を生き返らせてもらう」

「……」


クロキバは、口元を拳で覆って考えに沈む。


二人の腹芸は止むことなく交わされている。互いに相手の思惑を読み、ぎりぎりの交渉を行おうとする、苛烈なる戦いが――。





「持ってきておらぬ」


隠れ港の突堤にて、双子の王が口を揃える。


「そうか……」

「これでもあの一件から反省しておるのじゃぞ」「あれは燃え盛る火にも似た劇物。持ち歩いてよいシロモノではない」「ユービレイス宮の宝物庫の奥、誰にも手出しできぬように安置しておる」「大臣クラスが二、三人集まったぐらいでは扉に手もかけられぬ、そういう仕組みを作ったのじゃ」


その回答に、ユーヤはいくぶん安心したようだった。


「いや、それでいいんだ。あの鏡は封印しておくのが一番いい」

「パルパシアの鏡を交渉に使うのかの?」

「実物はなくてもいい。箱の中に石でも入れて、これはパルパシアの鏡だと言えばいいさ」

「ふむ……」


双王はじっとユーヤを見る。舌で卵の表面を撫でるような観察。この異世界人が考えてることを読み取ろうとしているのか。


そんな視線を受けて、ユーヤは説明の義務を感じたのか、ゆっくりと話し出す。


「……僕がこの国に来てから今までの出来事。数多くのことがあったが、それはクロキバがこの国を手に入れるという方向性に収束している。多少のアクシデントがあっても最終的には一つの結果に収束していくような、そんな計画だ」

「うむ」

「その中で、クマザネが死ぬことは必然とまでは言えない気がする」


ユーヤは何度も思い返している。  

あの一幕。ズシオウに矢を射ったと思いきや、己の腹から矢を生やしたクマザネの姿を。


「この世界には白亜癒精ジンクキュリアもいる。矢傷だって急所を外れれば死にはしない。ズシオウに矢を射ったという事実があれば、乱心の証拠には十分だ」

「それはそうじゃが、結果として死んでしもうたわけじゃし……」

「クロキバは幼少の頃から将軍の警護を務め、将軍は彼を側近として重用していたらしい」

「ふむ?」

「クロキバとクマザネには……それなりに友情があったんじゃないだろうか。互いを思いやる気持ちが……」


あおあおの二人は、やや困惑をにじませて顔を見合わせる。


「つまり……できれば死んでほしくなかったはず、じゃと……?」

「あの王子は実に計算高い。勝っても負けてもある程度の成果を得られるような構造を用意してくる。では、仮に負けてもクマザネが生き返る可能性があると示せば、勝負に乗ってくるかも知れない」

「……理屈としては分かるが」


双王は触れ合う肘から意思を交わすかのようだった。二人の間を言語化されない言葉が行き交い、そしてユギが発言する。


「ユーヤよ、分かっておるのか。かつてハイアードでも見たことじゃ。鏡の使用を賭けての勝負では、その約束が力ずくで履行される可能性がある」


うむ、とユゼも言葉を継ぐ。


「この世界において、口約束であっても鏡を使うという宣言は重いのじゃ。妖精は我らに鏡を使わせたがっておる。敗北を嗅ぎ取れば、必ずその場にパルパシアの鏡が現れる」

「そうだね……」


ユーヤは悲しげな目をしている。この人物が何か重大な決断をするとき、そこには必ず悲壮があった。身を切るような痛烈な覚悟が。


双王はさらに言いつのる。


「鏡を使った影響は、パルパシアの鏡に紐づいておる旧支配者、おそらく棺の蝶エイルコートの消耗。それだけではない」


双王は、それはユーヤも分かっているとは思っていたが、あえて明確にするために言う。


「クマザネどのが仮に生き返ったとして……その後、彼にどこで、どのように生きよと言うのじゃ」「すでにその死は大々的に報じられ、国喪も行われた。いや、そんなことはどうでもよいが、いくら操られていたとしても、一度はズシオウを射ったのじゃぞ」「生き返ったという事実によって、鏡のことが広く知られてしまう恐れも……」

「歓迎できる死が無いように」


ユーヤは言う。

それは日本人として染み付いた甘さなのか。みっともない生命への執着なのか。


できれば犠牲者など生みたくないと、これだけの事件の中でまだそんなことを考えるのかと、自分に毒づく。


「……歓迎されない生も、あるべきじゃないんだ」

「ユーヤ……」


枝分かれしていくであろう勝負の趨勢、その中でクマザネが生き返る結末など百に一つだろう。


だがそれでも、生き返ることを覚悟せねばならない。すべての責任を負う覚悟を持たなければ――。





「馬鹿馬鹿しい……」


クロキバはそう答える。


「今さらクマザネを生き返らせて何の意味があるのです。使うならヤオガミの鏡で良いでしょう。生み出されるのはヤクを他者に押し付ける器物。国主の守りとして十分に役立ってくれる」

「クロキバ」


ユーヤが彼を見る。


その目は不思議なほど穏やかだった。その穏やかな眼差しに、ふとクロキバも意識を惹きつけられる。


「君はクマザネの側近だったんだろう。彼が哀れとは思わないのか。君の策略にかかり、実の子供に弓を射かけた。そして罪人として水葬された。その事に何も感じないのか」

「この世に無意味な死などありふれている。クマザネが悲劇的に死のうと、それは彼が弱かっただけのこと」

「そうだな、だが……」


ユーヤは。

この不気味な異世界人は、わずかに瞳孔を絞る。それは彼が何かを察した合図であったが、それを悟られたことはない。


(……そうか、分かった)


(クロキバという人物、それを動かすためのキーワードは……)


「勝負を受けろ。クマザネが死んだことで計画は完全性を失った。この勝負はそれが招き寄せたことだ、君には勝負を受ける必然性がある」

「鏡の使用を約束するなど土台無理というもの。10年間、この世界から消える、たとえ極小の確率でも呑めるものではない」

「妖精の世界に消えることを恐れるのか。人生の10年を失うことがそんなに怖いか」

「ええ、あなたと違って、私は自分の身柄を賭けるほど愚かではない、それに……」

君は・・どうでもいい・・・・・・


そう告げる。周囲の忍者たちが一瞬、疑問符を示す。


「何を……」

「僕が聞いているのは君だ、クロキバ・・・・。君はどう思うんだ。僕に敗北して、鏡を使うことを恐れるのか。10年間、妖精の世界に行くことを恐れるか」

「は……何を言うかと思えば。クロキバという男の人格は私に上書きされている。ここにいるのは」「私は」


ふいに、クロキバから声音の違う声が放たれる。裃を着た彼は、一瞬何が起きたか分からず固まる。


「勝負を受けてもいい、鏡を使うことは、恐れない」「なっ……!」


口を抑える。その目にははっきりと焦りの色があった。


数秒、灼熱の眼でユーヤを睨みつける。

そして口元から手を離したとき、精一杯の作り笑いを貼り付けてみせる。


「驚きましたよ、クロキバが歯向かうとは一体何が起きたものやら。だが主人格はあくまでも私、勝負など」

「君は分裂しかけている」


ユーヤは嘲りを込めて言う。


「もっと言えば消えかけている。クロキバが自我を取り戻そうとしているんだ。には理解できないだろうな。しょせん君はオリジナルじゃない。クロキバに根付いたヤドリギ、ただのコピーに過ぎない。今度こそ永遠に消えるがいい」

「勝負を受けましょう」


脂汗を浮かべて、クロキバが言う。

その心中でどのような争いがあるのか。複雑であり深淵な精神の世界があるのか。それを必死に押し留めようとするかに見える。


「私は鏡の使用を、貴方には命を賭けていただく。やはり貴方は危険すぎる。この世界にとっての大いなる毒。今度こそ消さねばならない」

「毒か、そうかもね……」


周囲の忍者も、侍も困惑している。訳が分からないながらも、どうもこの黒紋付の男がクロキバを凌駕したのだと察せられた。


ハイアードの王子と、ウズミたちの頭目。人間を超えたとすら思える二人に、この不気味な男が楔を打ち込んだのだと。


「勝負の種目は何です」

「決まっているだろう、贅月を用いた早押しクイズ。そして……」


ユーヤもまた、覚悟の針を己に刺す。


勝てる算段など一つもない。贅月の研究において、早押しにおいて、クロキバは己と同等以上なのは間違いないと見積もる。


だが万に一つ、勝機があるとすればこのルールしか無いのだと。


死地に飛び込み、虎の尾を踏み、細い枝の先にて果実を手に取る覚悟はあるか。


そのルールとは――。



「勝負は、100マル100バツ」


本年の更新はこれで最後となります


ここまでクイズ王にお付き合いいただきありがとうございます

来年も頑張っていきますので、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです

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