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第三十九話





豪族ナナビキとユーヤは並んで座椅子にかけ、使者であるウズミを出迎える。


「我らが首領よりの信書にございます」


巻物を紐解き、双方の中間点に線を引くように広げる。


「掻い摘みまして主だった内容を申し伝えます。クロキバ様は鋼鉄船十隻の引き渡しを要求しております。さらにはこの島は即刻明け渡し、速やかに南方へ退去されたしと」

「そうか」


ナナビキは憮然とした顔で肘掛けに体重を預け、使者を見下ろように首を反らす。大模様の羽織は、そのように座った時に体格をさらに大きく見せる。


「断ったらどうなる」

「良からぬ結果となりましょうな」


このウズミは名乗ることもなく、またナナビキも名を問わない。忍者とはそのような存在なのかとユーヤは思う。


「お前たちの首領について、私が憤慨してないとでも思っているのか。クマザネは死んだ」

「やむを得ぬ結末でしたな」

「あれのことは生まれた時から知っている。先々代から続くフツクニとの和議、それは人と人との付き合いなのだ。あれのことは後見人のように見守っていた」

「ナナビキ様、あなたは南方にて八百やおの船を率いる水群衆のおさ。ヤオガミの海を知り尽くす大人物ですとも」


そして笑う。唇の端をかすめるような笑み、ユーヤにはそれが戦略的な笑みだと分かる。


「あなたの存在もまた、クマザネ様の背負いたる重圧の一つだったことでしょう」

「クマザネを追い詰めた共犯とでも言う気か」


声に怒気が混ざる。今にも太刀持ちを呼びつけそうな気配が流れる。


「あなたもクマザネ様の開国論にあきれ果てていた。それは当然です。クマザネ様は捨て鉢になっていたのですから。あなたはクマザネ様の危うさを察してやれなかった」

「勝手なことを! そもそもはクロキバが洗脳じみた手法でやつを操っていたためだろう!」

「賢くなられるが良いでしょう。もはやクロキバ様を阻む障害は何もない。数年のうちにズシオウ様という傀儡すら必要なくなる。真にヤオガミの国主と」

「計算でそう出たのか?」


口を挟むのはセレノウのユーヤ。ウズミの言葉を断ち切るようなタイミングで割り込む。


「こう行動すればこういう結果に至るはずと考える。小賢しいというより浅ましいな。人の世界はそんなに単純じゃない」

「セレノウのユーヤ様、あなたも知っているはず、かのハイアードの王子の力を」

「よく覚えてないな、僕に負けて妖精の世界に送られたことは覚えてるが」


ふ、と、今度は演技らしくない笑いが漏れる。


「ユーヤ様、ご無理を続けておられるようですが、いつまで続くものでしょうか。あなたはまるで綱渡りをする軽業師かるわざしのようだ。一度でも落ちればすべてを失う。綱を降りることも、後戻りも許されない、そんなことを何度繰り返す気です」

「君に心配されるいわれはない」


斬って捨てるように言う。言外に、お前では交渉役には不足だとの色を滲ませる。


「危うい橋を渡ってるのはクロキバの方だろう。ズシオウを傀儡にする? 国を手に入れる? そんな計画をやり遂げられると思っているのか。クロキバがどれほどの力を持っていても……」


二分の一秒ほどの想起。

脳の奥底、禁忌の領域にあって触れずにいた、かの王子の姿を。


「……一個の人間に過ぎない。あの王子とは違う」

「違いませんよ。我らの首領もまた異能の極み。王子の植え付けた人格は切っ掛けに過ぎない。やがてヤオガミ八十八州に君臨するお方だったのです」

「もういい」


ナナビキが、眉間を指で押さえつつ言う。


「交渉決裂だ。船は渡さぬ。もともと後払いの約束で我らのカネで調達した船だ」

「フツクニと敵対することになりましょうが」

「我々は自由に動かせてもらう。もとより我らは水軍を主とする傭兵集団、フツクニの家臣でもなければ契約もない。金さえ積めば働いてもやるが、クロキバなのかハイアードの王子なのか、とも定かならぬ怪物に雇われることは御免こうむる」


ナナビキがそう言いつのる横で。

ユーヤは、じっとウズミを観察している。


船一つで乗り込んできた男である。ひとかどの人物なことは間違いない。


だがやはり、この忍者は異能とまでは言えない。ナナビキと話し続けていると、次第に格の差というものが露呈してくる。


(そんなことはクロキバも承知の上だろう。この男は交渉役ではなく、ただのメッセンジャーに過ぎない)


(ここまでの流れは、おそらくクロキバの想定通り。あとはシナリオに沿って、条件を提示するだけ、か……)


それを証明するかのように、黒装束の男はにこやかに笑う。


「では、クイズで決めるのはいかがでしょう」

「クイズだと」


ナナビキは虚を突かれた顔になる。いくらクイズと妖精の支配する世界とはいえ、賭けごとに結果を預けられる問題ではないはずだ。


「雷問にて勝負を行いましょう。そちらの代表者と、クロキバ様との勝負です。我らが勝てば先程の要求の通り鋼鉄船の引き渡しと、この島からの退去を。そちらが勝てばズシオウ様をお渡ししましょう」

「馬鹿な、ことはヤオガミの未来を左右する。いくらなんでもクイズでは決められぬ」


ナナビキは一秒ほどユーヤを見る。もしそこに100%勝てるとの自信を読み解けば話は変わっただろうか。

だがユーヤは意図的に目を伏せた。話にならない、という意思を示す。


「明日の朝、もう一度伺います。色よい返答を聞かせていただければ……」


そして。


使者の帰ってしばし後、ナナビキとユーヤは薄暗い広間にて言葉を交わす。


「ユーヤどの、あれは要するに降伏勧告だな」

「そうだと思う」


なぜクイズの勝負を持ちかけるのか、それはもちろん、万全の自信があるからだろう。

勝負に乗ってくればよし、乗ってこなければ実力行使もやむなしの腹積もりと推測する。


「御前試合の様子は妖精の記録で見たが、ユーヤどのに確実に勝てるとは思えぬが、クロキバにはさらに何段階も先の強さがあると言うのか……?」

「負けてもズシオウを失うだけだ。問題ないと読んだんだろう」

「フツクニの都ではすでにズシオウの即位が発表されているらしい、白無粧しらぬじの明けを早めるとか。今ズシオウを失うのは問題ではないか」

「……ズシオウの素顔はほとんど知られていない。常に着ている白い着物は丈が長めで、体格が分かりにくくなっている」

「む……」


つまり、たとえズシオウを引き渡したとしても、いくらでも身代わりを立てられる――。


「そしてこの事は……暗に、ズシオウという個人は絶対に必要なものとは言えない、という脅しになっている」

「そういう事か……!」


どん、と肘置きを殴る。


「やはり決戦しかあり得ぬか、南方から水軍衆を呼び寄せて……」

「待ってくれ、もう少し検討すべきだ」


と、ユーヤが止める。


その瞬間、ナナビキは長年の経験から察する。ユーヤという人物は生来的に荒事を好まないのだと。

フツクニと、他の豪族たちとの大戦おおいくさが始まる。それはこの人物にとって最悪の結末なのだと理解する。


つまりセレノウのユーヤは、ウズミと同時に自分とも交渉せねばならぬのだ、と。


「……ユーヤどの。そなたが望むなら雷問の勝負を受けてもよい」

「え……」

「だが鋼鉄船は渡せぬ。今や、あれは我ら水軍衆の地位を担保する船だ。勝負の条件については交渉せねばならん」

「……わかった」

「今日はひとまず休まれよ。また明日、あのウズミを交えて話をしよう」





あてがわれている家へと向かう。時刻は宵の口であろうか。島内にある民家には明かりが漏れているものも多い。


妖精が封じられた提灯は蛍光灯のように明るいが、そのために地面の凹凸が見えにくという側面もある。やや慎重に歩く。


「戻ったら少し贅月の検討をしたいな。カル・キに夜食を頼もうか……」

「あー、ユーヤ!」


と、現れるのは蒼のタイトワンピース、ユギ王女。

もう夜中だというのに一人で歩いてくる。


「あ、ユギ、いま島の近くにウズミたちの船が来てるから、出歩くなら人を連れて……」

「うわくっさ! おぬし臭いぞお!」


審査員がいたら0点の札を上げそうな演技でそう言う。演技や嘘は得意なはずのユギだが、何やら複雑な感情がうごめいているようだ。


「え、そ、そうかな? さっき体拭いたんだけど」

「ちゃんと風呂に入らぬか! おお丁度良かった! この島には温泉があるらしいぞ! ちょっと行ってこい!」

「温泉?」


ユーヤが首をひねる。


「島についての資料を見たけど、井戸はあっても温泉なんて」

「いいから行ってくるのじゃ! 早く行かんと夜中にお前の家の前でえっちな映画見るぞ!」

「地味に嫌な脅し方……」





「ほんとにあるとはなあ……」


露天風呂からは入江が見える。岩山に囲まれた窪地にある隠し港。そこを中心に建物の並ぶ村があり、妖精の明かりが舞っているのが見える。忍者たちの船は島を離れたが、念の為に明かりを増やして警戒してるのだろう。


背後には丘があり、少し明るくなっている気がする。どこかで大工仕事をしている者でもいるのだろうか。


実際にそれはきちんとした風呂になっていた。5メーキほどの楕円型。底には丸石の砂利が敷かれ、40度ほどの湯が鉄管から流れてくる。脱衣場もあって鏡台もあり、なぜか温泉卵まで置いてあった。細部には自然な「汚し」が加えられ、とても建てられたばかりとは思えない。


「ふう……」


実際に、その湯がユーヤに抗いがたい弛緩をもたらしたのも本当であった。薄黄色に染まった湯はどことなく高貴な香りがして、全身をこれでもかとほぐしてくる。


「お、おおー……そこにいるのはあー↑」


と、そこに現れる人物。


「あれ……もしかして双王?」

「き、きききぐうじゃのーおう。我もはは、入ろうとおもってお↑ったあ↓ところじゃあー」


審査員がいたらマイナス50点の札を上げそうな震え声とともに、ざぶざぶと湯に入ってくる。湯は薄黄色に染まってはいるが、底の砂利が見えるほど透明であり、上空にいくらか妖精が飛んでいるため非常に明るい。


「……あれ、ユゼ、だよね。何で」

「き、きき気にするでないわあー、パルパシアではあー、こんっ混浴などあたり前じゃあー」

「いやそうじゃなくて……」

「なな何じゃあー、恥ずかしいのかのおー、うぶなやつよのおー」


ざぶんと湯の中に座り込み、早くも顔全体を真っ赤に染めているユゼである。


ユーヤは頭上に疑問符を飛ばしていた。


自由な国風のパルパシア、破天荒な双子の王、そんな双王ならば、タイトワンピースを着たまま・・・・入浴することも、ギリギリありえるだろうか、と考える。


丘の上。遠眼鏡で見ていたユギ王女は、地面に頭突きするほどずっこけた。





「なかなか良い湯だよね」

「そそそうじゃのおー」


服を着てるのに何をテンパっているのか、上等な生地が台無しだろうが、せめてバスタオルとかにしろよ、と丘の上ではツッコミの大合唱であるが、ユゼ王女は温泉の温度以上に体温を高め、頭から湯気を上げつつ距離を取る。

ちなみに言えば髪もまとめておらず、ボリューミーな毛先が思いきり湯に浸かっている。


(うう、駄目じゃ、何もできん)


さすがに自分で自分が情けなくなってくるが、どうしても体が動かない。泣きたくなる気分で水中で砂利を握る。


「……そう言えば、言っておかないといけなかった」


ユーヤが口を開く。円形の湯船で、ユーヤはユゼ王女に背を向けている。


「な、なな何じゃ」

「申し訳なかった。ズシオウのことだ」

「え?」

「君たちが白桜城から救い出してくれた時に、忠告の通りパルパシアに連れて行くべきだった。この国の様子がおかしいことには気づいてたんだ。だけど思い切った手を打つ度胸がなかった。結局、ズシオウを巻き込む事になってしまった」

「な、何じゃそのことか」


ふん、と湯船の中で胸をそらす。座ったままなのでめちゃくちゃな体勢になっている。


「ふ、ふん、じゃから言うたじゃろう。我らは常に先の先を読んでおるのじゃ」

「そうだね……御前試合の時も助かったよ。君たちが助けに来てくれなければ、どうなってたか」

「ふ、ふはは、もはやツチガマも我らの部下じゃぞ。ナナビキどのから勝ち取ったのじゃ」

「勝ち取ったというと……」


ばしゃ、と顔に湯を当てつつユーヤが問う。


「まさかクイズで?」

「勿論じゃ。相手はツチガマ。我らは銀写精シルベジアを用いたパネルクイズで戦い、あやつに勝ったのじゃ」

「パネルクイズ!」


ざば、とユーヤが立ち上がり、水中をざぶざぶと進む。


「パネルクイズって! あのツチガマを相手にか!」

「そ、そそそうじゃ、こら近づくでない、ぎゃー」

「あ、ごめん」


どぶん、とまた身を沈める。


「信じられない……ねえ、よければその時の話を聞かせてくれないか」

「ふ、ふふうん、いいじゃろう、ありがたたたく聞くがよいぞー↑」


そしてしばし語られる、鬼神のごときクイズ戦士との戦い。


丘の上ではまだツッコミが続いていた。


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