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第三十三話


「人格を、ねじ込んだ……」


ズシオウが震えを残しつつ言う。以前から何度か会っている人物だが、今は眼の前の人物がそれ・・としか見えない。

背格好も顔立ちも違うはずなのに、記憶は彼を本人・・だと認識している。


「そうです、クロキバだけではありませんよ。ウズミにとって他者の模倣は技能のひとつ。彼らは何者にもなれるのです。剣の達人であろうと、世に二人といない智者であろうと」


そう語るクロキバに、隠密が二人ほど近づいて話す。


「首領、豪族とその配下の拘束は終わりました」

「城内も抑えております。あとはズシオウ様を担ぎ出せば良いかと」

「ご苦労」


担ぎ出す、その言葉にユーヤが反応する。


「何をする気だ……」

「フツクニの大大名、クマザネ様は乱心を起こし、実の子を手に掛けようとした。神の力がそれを防いだ」


ユーヤがはっと気づく。自分を押さえていた一人が、銀色に輝く妖精を持っている。


銀写精シルベジア……。ズシオウを将軍の座につかせる気なのか、傀儡かいらいにするために」

「ほんの短い間です。フツクニの実権は我々が握る。ヤオガミもまたたく間に統一してみせましょう」


ユーヤは奥歯を強く噛んで気を張る。クロキバに呑まれそうになる中で、無理矢理に己を奮い立たせて耐えんとする。


「そのために、そんなことのために、クマザネ氏をそそのかしたのか」

「違いますね」


背後の将軍には目もくれず、心外だと言わんばかりに憮然として言う。


「この国を操るなど簡単なことです。傀儡にするのはクマザネでもズシオウでも、他の豪族でも良かった。私はただ消したかったのですよ。お察しでしょう。私が消したいのは、この世界にあるこの世ならざる力の全てです」

「この世ならざる……力」

「クマザネという人物は愚かで小物ではありましたが、善良さはあった。誠実さや実直さも持っていた。この世ならざる力に触れなければ、私の囁きがあっても最後の一押しは無理だったでしょう。力は人を狂わせる。この世界の形を異なるものに見せてしまう。もし善良な市民が、眼の前の人間をひと睨みで殺せる力を持ったら? その人物は長い人生の中で数え切れぬほど殺すでしょう。些細な恨みで殺し、ちょっとした正義感で殺し、よく知りもしない問題に首を突っ込んで殺す。分かりますかユーヤさん。超常なる力とは、ただ存在しているだけで猛毒なのですよ。人が触れて良いものではない。そして触れてしまった人間は消えてもらうしかないのです」

「だから自滅させたというのか! クマザネ氏を暴走させたのは君だ! 鏡が邪悪なものだと言うなら、どこかへ隠してしまえばいいだろう!」

「ふ……鏡ですか」


クロキバは、そこで皮肉げに笑う。目を伏せ、不自然なほど口の端を吊り上げて。


「何が言いたい」

「いえいえ……鏡の処分は考えましたが、安心できる方法はありませんでした。あなたも見たでしょう。かのハイアードキールでの戦い、どこからともなくセレノウの鏡が出現したことを」

「あの場に、クロキバも……」

「観客席におりましたよ。それだけではない。とある倉庫にて、シュネスの王とが戦っていた場所にもね。私はクロキバという男を飼いならし、私のすべてを見せていた。クロキバはハイアードキールの戦いのあと、急ぎ帰国してクマザネにすべてを報告しました。そして先々さきざきより準備されていた、この国を掌握する計画を実行段階に移したのです」


ユーヤは思い出す。ズシオウとベニクギはハイアードの一件の後、外遊としてシュネスに移動していた。そこで王子の仕掛けた策略により鏡を奪われかけたのだ。


その外遊はあるいはヤオガミから、ハイアードの国屋敷から二人を遠ざけるためではないか、そんな風にも思える。


どこまでが王子の計画であり、どこからがクロキバの機転なのか。計画は十重二十重とえはたえに仕組まれており、この世界のすべてを絡め取るかのようだ。


「セレノウのユーヤ、あなたはセレノウに行っていただければ良い」


言い含めるように告げる。


「あなたはもはやセレノウの王室に連なる者。おいそれと手にかけるわけにもいかない。セレノウに引っ込んで世界情勢と無縁であればいい」


そのクロキバの目。

美しく研ぎ澄まされていながら、誠実なものなど何一つ持ち合わせていないような氷の目。こうしている瞬間にも、忍者の刀が背中から突き通されるような殺気。


「……嘘がある」

「ほう、何でしょう」

「僕は本来の君を知っている。君は人間を超えた存在だった。いくら忍者たちが優秀でも、君の人格を完全にコピーできるわけがない」


周囲にいる忍者たちを見る。黒装束で個人の見分けがつかないが、一人がさっとユーヤから目をそらすのを見つけ出す。


「忍者たちの前に刻刀を放り投げた事がある。動揺して手を出しかけた男がいて、彼は強い静止の声を受けた。能力が統一されているなら、あんなことは起こらない」

「なるほど」

「おそらく……部分的にでもあの王子を模倣できたのはクロキバだけ。他の忍者は完璧にはほど遠い」

「その通りですね」


そこは食い下がる気もないのか、あっさりと認める。


「セレノウのユーヤ。あなたの技はウズミたちに学ばせましたが、再現できたと思える部下は一人だけでした。決勝を戦った彼です。しかもあなたはまだまだ底がありそうだ。まったく得体が知れない、不気味なことこの上ない」


靴先が触れるほどの距離に立ち、わずかに見下ろして言う。


「それにやはり、私はあなたも気に入らない」


笑う。

それは喜悦や嗜虐心サディズムの笑いではなかった。あえて言うなら感情と正反対の表情を作っている笑み。耐え難い苛立ちを塗りつぶすための人工的な笑い。


「あなた自身は割と好ましい人間です。あなたは働き者だ。理性の衣を片時も手放さず、社交性をも忘れない。あなたの知見はこの世界の将来に役立つと思っていた。だから一度は手を結ぼうともした」


左右で金属音がする。忍者たちが刀を抜いたのか。


「だが駄目ですね。あなたは地に足がついていない。あなたの使う技術は常識の枠を超えている。あなたが出会ってきたクイズ王とはどんな方々なのでしょうね。もしや腕が八本ある怪物なのでしょうか」


が、とクロキバの首元に手が伸びる。

周囲のウズミは微動だにしない。ユーヤにクロキバを締め落とせる腕力がないのは分かりきっている。


「殺すなら殺せばいいだろう。僕の見てきたものまで侮辱されるいわれはない」

「ユーヤさん、だめです、挑発しては……」

「そうしましょう」


背中側にひっぱられ、あっさりとクロキバから引き剥がされる。

その顎の下に、濡れたように輝く刀が渡された。


「せめてもの情けです。苦しまずに殺して差し上げましょう」

「く……クロキバ! やめなさい!」


ズシオウが駆け寄ろうとするが、両側から二人のウズミに持ち上げられる。白装束を乱しながらもがく。


「やめて! やめてください! お願いです!」

「セレノウのユーヤ、何か言い残すことは?」

「……」


左右に眼を走らせる。しかしベニクギが起き上がる様子はなく、他に味方になりそうな人間もいない。


逃げを打つにもズシオウを置いて逃げるわけにはいかず、階段の下にも忍者がいるだろう。そもそもユーヤの足で逃げられるわけもない。


言葉で引き伸ばす手はないか。引き伸ばしたとしてどうする。クロキバがユーヤとの交渉を望むはずもない。


すべて手詰まりに思える。

だが、まだ何かを探している。最後の一瞬まで。


「……ヒクラノオオカミはどうする、殺す気なのか」

「ふむ?」


時間稼ぎだと分かっている風であったが、何かしら説明の義務を感じたのか、クロキバは薄く笑って語る。


「ヒクラノオオカミは隈実衆の里では鉄の神とされています。しかし実際のところはあまり伝承の残っていない、ただ雄大にして悠久なる国産みの神。いくらかの文献から私が見出したことは、あれの権能は「同化」です」

「同化……」

「そう、ヒクラノオオカミは資源の乏しかったヤオガミの地に鉄を与え、その玉鋼たまはがねは無類の切れ味を持っていた。そしてヤオガミの地が栄えるごとにヒクラノオオカミも力をつけた。神がなぜ国を作るのか、それは人の栄えが神の栄えでもあるからです。ヒクラノオオカミはそれが直接的に現れている。鏡の力がヤクを押し付けるという形になったのは、何かしら皮肉なものを感じますがね」

「……神と人は、結びついていると言いたいのか」

「ひるがえって見れば他の神々も同じ。彼らは人なくしては生きられない。あるいは人が栄えることが彼らの利益となる。しかし人はそうではない。分かりますかユーヤさん。人が神に隷属しているのではない。神が人にかしずいているのです」

「……」


沈黙の後、ユーヤは舌先にそっと乗せるように静かに言う。



「そう信じたいのか」



ぴく、とクロキバのまなじりが動く。


「滑稽なことだ、君は冷静な人間だと思っていたのに、神を憎むあまりに計算もできなくなったか」

「その手には乗らない」


忍者がユーヤの顎に押し当てていた刀、それをぐいと下から押し上げる。


「分かっていますよ。敗れたとはいえ旧支配者たちの力は強大。妖精の王を殺す方策も立っていない。だからといって雌伏に甘んじる気はない」


顎から血が滴り、刃が1リズルミーキほど食い込んでも、まだ力をかける。


「質問に答えましょう。ヒクラノオオカミはまだ殺しませんよ。むしろ力を取り戻していただく。お気づきでしょう。ヤオガミで妖精の力が弱いのは神の権能が働いてるためです。私は手始めにヤオガミから妖精を排除する」

「う、ぐ……」

「さあ、もう結構でしょう。あなたは辞世の句を残すほどの粋人でもない、潔く散りなさい」

「あ、われな……」


顎の下から流血しながら、ユーヤは薄く笑う。

それは精一杯の強がりか、あるいは死のきわの皮肉か。

それともかつてまみえた好敵手への、せめてもの手向けの言葉なのか。


「クイズも、神も、君を憎んで、いない、のに……」

「……!」


ぞわり、とクロキバの髪が逆立つかに見えて。


「首を斬れ!」


言う瞬間。光が。


銀閃を走らせんとした刀が、弾き飛ばされる。

周囲の忍者たちがはっと振り向く。


怨樹おんじゅ辺獄へんごくうらみが根を張りゃそこは地獄」


西側から何かが浮上してくる。それは銀色の装甲板に覆われた小型飛行船。


そして一陣の風がユーヤとズシオウをよぎり、二人を囲んでいた忍者たちが吹き飛ばされる。


「何奴!」


クロキバが構える。


偽天ぎてん朧月ろうげつ、空がなれば月はおぼろ、定かならん地ですべてが誤りにするのみ……」

「君は……!」


「はーーーっはっはっは! ユーヤよ。ぎりぎり間に合ったようじゃのう!」


飛行船から凄まじい爆音。拡声の妖精を使ったようだが完全に調整を間違えている。天守閣全体が震えるほどの声が出ている。


「双王! 今までどこに!」

「そんなことはどーーーでもよいわ! 見たところ大ピンチのようじゃのう」「だが安心せい、我らがナナビキどのから勝ち取った助っ人をプレゼントしてやろうぞ!」


それは、濃緑のうりょくの裳裾。


際立って長い刀を背負うように、カエルのようにしゃがんだ姿勢で構える人物。


「ひ、ひ、ざまあないのうベニクギ。わしに助けられるとはなあ」



その顔には、ズシオウと同じ木彫りの面。陰影が濃く鼻の長い面が――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 釣り仕掛けの大道具(飛行船)から、かつての敵が助っ人となってやってくる、これには客席(城下)もやんややんやの大喝采。
[良い点] 幾度も書かせていただきました!(^^) 敢えて書くなら よっ!待ってました!!! [気になる点] フツクニでの緊迫した場では、文の運びがまるでお芝居のよう。素敵です! [一言] 乙!
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