第二十三話
「ルール追加型クイズ……」
「司会進行は私、普請奉行寄改方、グンベツと申します。では説明させていただきます」
グンベツと名乗った侍は少しだけ背を反らし、居並ぶ観客を一度見渡してから声を飛ばす。
「戈とはラウ=カンにおける古代の武器です。長柄の先に振り下ろしに特化した穂先がついており、武芸者の決闘にも用いられました。そして双戈儀という決闘において、双方は一つずつ条件を追加することが許されておりました。防具をつけるか否か、決闘の時間帯は、片方が戦闘不能になれば終わるのか、それとも命を奪うことを絶対の条件とするのか、などです」
観客は黙って聞いている。城内に無制限に観客を入れることは不可能なため、2回戦の観戦には四分金16枚という観戦料が設定されていた。
およそ8万ディスケット、それをぽんと払えるのはさすがに裕福な者だけであり、一回戦よりも落ち着いた客層である。
だが長屋住みながら二つ返事で支払い、最前で観戦している大工などもいる。宵越しの銭は持たぬというのはフツクニの庶民の美学である。
「試合は現在のところ50問を予定しております。試合開始時に双方からルールを一つ設定し、反映させていきます。お手付き誤答には特にペナルティは儲けておりません。その問題での回答権を失うのみです」
「ほう、するってーと……ど、どういうことだい、大家の旦那」
「だらしないねマサさん、こりゃあ自分に有利なルールを提案できるってことだよ。ジャンルを絞ったり、お手付きの罰を厳しくしたりね」
「なお、ルールは正答した側がその都度追加する権利を得ます。ただし、ルールを追加すると相手側に1ポイント入ります」
ざわざわ、と周囲で声が飛び交う。
「ここまで、よろしいでしょうか」
「質問させてくれ……変更や削除はルールの追加に含まれるのだろうか。つまり、今まで説明したルールも、双方からのルール追加によって変更が可能なのか?」
ユーヤの質問に、司会進行のグンベツは頷く。
「左様でございます。これまで説明したルールは仮のもの。双方からの提案で変わっていきます。なおどの瞬間からルールの変化が適用されるかが問題になることもあるでしょう。私の想定といたしまして、「ルールを追加した場合、相手に1ポイント追加」というルールを「削除」した場合、その提案によるポイントの追加は行わないのが適当と考えます」
「どんなルールでも対応可能なのか?」
「いいえ」
普請奉行寄改方というのはユーヤの知らぬ役職名だが、やはり優秀な人物なのか、そのあたりは想定問答のうちであった、という冷静さで答える。
「ルールを採用するかの裁量は、不遜ながらこのグンベツに一任していただきます。大抵のことであれば許容いたしますが、あまりにもクイズとしての興を削ぐもの、明確に片方に有利になりすぎるものは受け入れられません。また、「贅月を用いないクイズを」というルールも受け入れられません。問題のご用意もありませんし、必ず贅月を用いるというのが大殿のご下知にございますれば」
「提案したルールが却下された場合、その場で他のルールを提案しても良いのだろうか」
「……はい、しかし何度も繰り返されては進行に支障をきたします。常識の範囲内で、とだけ申し上げておきましょう」
グンベツはユーヤを注意深く見る。予選を圧倒的な強さで勝ち抜け、剣聖とも言われるイシフネを破った。それがセレノウの人間となれば、注意しておくのは当然だろう。
「ははは、いやいや、なかなか慎重なことだねえ」
と、突然に空気をかき乱すのはユーヤの対面。髷は結っておらず、香料をまぶした髪をふわりとかき上げる。
目にも鮮やかな総絞りの羽織、黄金と宝石の拵えの脇差しを持つ人物。
伊達と言うより華美の極み、どぎついとすら言えそうな絢爛豪華な刺繍である。舞台役者かと思うものもいた。歯は白磁のように白いが、これは専門の医師に磨かせているものだ。
「セレノウのユーヤさんと言われましたか? これは双方の提案によって千変万化の様相を見せるクイズ。あまり微細を追求してはそれこそ興を削ぐというものじゃないか。何よりやってみるのが一番、観客の皆さんもそう思っておられるさ」
口を開いてみれば爽やかで人懐っこい印象もある。女性客などは熱っぽい視線を送っている。
「うん……そうだね、その通りだ」
絶対に負けられない戦いではあるが、ユーヤはやはりクイズに隷属する者、イベントとしての楽しさを無視できずにいる。
「では双方、追加すべきルールをご提案いただきたい。まずは汨州のカナナギどのから」
「そうだねえ、じゃあ早書きはどうかな。黒板に答えを書きあげたところでボタンを押すんだ」
グンベツはうなずく。
「可能です、黒板は用意ございます」
九十六枚の衾、その一角が開く。
見た目は衾に囲まれた空間だが、いくつかが別の部屋に通じているようだ。画板サイズの黒板を持った小姓が出てくる。
ユーヤがさっと目を走らせれば、隣の部屋にはいろいろと小道具の用意があるようだ。グンベツなる役人の優秀さか、それとも興行師の仕事か。
「ではセレノウのユーヤどの、ルールの追加を」
「……問題を、なるべくゆっくり読んでほしい。通常の半分ほどの速度で」
「承知いたしました」
そしてクイズが始まる。
暗鬱な気配をまとう黒衣の男と、若く才気を振りまく華美な男。観客たちが思うようなクイズ戦士の姿ではないけれど、どちらも余人とは異なる気配がある。唯一無二の人生を送ってきたであろう気迫が――。
「第一問、体内に千の花を蓄え/ることから」
白墨が走る。ユーヤの手が勢いよく動き、そしてボタンを。
「ラウカンでは胃花園とも」
ぴんぽん
「セレノウのユーヤどの、お答えをどうぞ」
黒板が示される。
【仙人様イチジク】
「正解です! ユーヤ様に1ポイント先取にございます」
「ユーヤさん、さすがです」
300人あまりの観客の中に、ズシオウとベニクギもいた。
ユーヤの背後に周り、視界に入らないよう気をつけている。ユーヤがかなり集中しているのを見て取って、邪魔にならないようにとの位置取りである。
「そうでござるな、しかし……」
ベニクギは少し思うところがあるようだ、ズシオウはそんな緋色の傭兵に問いかける。
「ベニクギ、何か気になるのですか?」
ちなみに言えばズシオウは着物を男物に変えて、木彫りの面ではなく打ち覆いという垂れ布で顔を隠している。よほど高貴な身分の方かと囁く声もあるが、興味の大半はベニクギに向いているようだ。
「ユーヤどのの提案は理解できるでござる。早押しポイントを正確に把握しているならば、問題はよりゆっくり読まれたほうが有利。しかし、相手方はなぜ筆記での早押しを提案したのでござろうか」
「あ、そういえばユーヤさん、ヤオガミの文字は書けるんでしょうか」
「それは問題ないでござる。贅月は共通語版のほうがむしろ一般的でござるし、この試合の筆記も共通語で回答可能でござろう」
ラウ=カンとの国交が開かれて80年あまりだが、実質的な言葉の往来は古来よりあった。
ヤオガミ独自の言葉は共通語との融合を見せ、今では方言や一部の語彙などに名残がある程度である。
会話が成立しないほどかけ離れた言葉を使っているのはフォゾス白猿国の一部や、コーラムガルフ山系に住む少数民族など。
大乱期において大幅な言語の統一がなされたという意見があるが、その時代のことは、黙して語られぬことが常である。
「第三問、談納山/仗天院にある」
ががが、と双方が白墨を走らせる。
「珊軸とはすなわち」
ぴんぽん
蛇を打ち上げるのはカナナギ。そして示される黒板は。
【大海老朱墨】
「正解です!」
わっと歓声が上がり、円形の空間で称賛の声が乱反射する。
「! 今のは……!」
「ズシオウ様、気づかれてござるか」
ズシオウはぎゅっと拳を握る。
「今のは、書き始めたのはユーヤさんが先でした。でも、押したのは相手でした。ど、どうして……」
「そうか……理解したでござる。あのカナナギという男、抜け目がない」
「どういうことですか?」
「思い出したのでござる。金毛塾、富羊一刀流とはラウ=カンに端を発する一派。その極めんとする道には剣とともに書もあるとか」
「書……?」
問題は進んでいる。そして何度も同じ現象が起きている。
毎回ではないが、ユーヤが先に書き始めているのに、カナナギに追い抜かれるという事象。
「剣の道は書の道に通じる、そう語る達人は多いでござる。しかし金毛塾は特に流麗にして洒脱、ひとまとまりの連綿たる筆致を求める私塾にござる。おそらくユーヤどのよりも書く速度が数段速い」
「そんなことが……!」
「問題、武家の石垣に用い/られる様式であり、獅子の顔を……カナナギどの、お答えをどうぞ」
【異獣霊蹄積み】
「正解です、これにて5対8……続いて」
ふ、という声がする。
それは不思議な存在感を持っていた。司会者もふと声が止まる。
セレノウのユーヤ、彼が笑ったのだと場の人間が理解するのに数秒かかった。
カナナギが発言する。
「ははは、どうしたかなユーヤさん。少し押されているようだが、まだ余裕のご様子だねえ」
「驚いているんだ。この現象は確かにありうると思われていたが、ほとんど検証されることはなかった。さすがは遠い異国、僕の知らない文化を持つ土地だ。経験したことのないクイズの世界がある」
「ふふ、お分かりですか。我が金毛塾は祐筆にて身を立てたる一派ですからねえ」
「そうだ、ユーヤさんからルールを変えるよう提案するんです。書き問題から口頭での回答に戻すように」
ズシオウが小声で言い、周りの観客もその発言に頷く。
「そうでござるな……しかし」
ルール提案は相手に1ポイント。だがそんなことは問題ではない。
何となく、ユーヤはルールの削除は提案しないと思われた。相手にまた同じルールを追加されるとか、無粋であるという理由もあるが、もっと根本的なこと。ユーヤという人格が興を削ぐことを許さない、そんな気がする。
「さあて、じゃあそろそろルールを追加しましょうか」
カナナギが手を挙げる。
「結構です、どのようなルールを?」
「ルール変更の際に相手に渡されるポイント、3ポイントに増やそうじゃないか」
ざわざわ、と羽虫が飛び回るようなざわめき。
「先ほど申しましたが、そのルールを追加する場合、直後にユーヤどのに3ポイント渡すのが適当と考えますが」
「ええ、構いませんとも」
これで5対8から8対8へと変化する。カナナギのリードから同点になった形であるが、書き問題のルールを維持することを重視したか。
問題は進む、次の問題はユーヤが取った。得点は9対8となる。
「ルール追加だ」
ユーヤが手を挙げる。周りは再度ざわめく。
「相手に3ポイント渡りますが宜しいですね? どのようなルールを」
「ルール変更の際、相手に追加されるポイントを」
ユーヤの目はやや伏せられており、グンベツを見ていない。畳に水をこぼすように発音する。
「10ポイントに」
ベニクギの背が総毛立つ。
観客のざわめきが遠く聞こえる。ユーヤという人物の放つ独特の不穏当さ、鎌首をもたげた蛇のような恐ろしさが感じられる。
「……ユーヤどの、それは事実上、ルール追加を禁止するということ。このクイズの趣旨から大きく離れていると考えます。認められません」
「む、そうか……」
そこでユーヤは少し気恥ずかしそうに鼻の頭をかく。少なくともそのような動作をする。
「ではジャンルを削るか。算法(数学)、薬草学、様態学(自然科学)からは出題しないでほしい、理系が苦手なもので」
「はい、それならば結構です」
「ベニクギ、今の意図は何でしょうか」
「……分かりませぬ」
10ポイント云々は明らかにハッタリだ、通るとはユーヤも思っていなかった。
(しかし絶対に通らないとは言えない微妙な値でござる。つまり、ユーヤどのはルールが現状で固定されても問題はなかった? カナナギに10ポイントを渡してでも?)
次の問題はカナナギが取る。得点状況はユーヤが9に対しカナナギが12。そして華美なる若者が手を挙げる。
「ルール追加を、答えに数字が含まれる問題は出題しない」
「はい、結構です」
「何でしょう……急にルールが追加されています。二人の間にどんな思惑が……」
ズシオウは戸惑うばかりであり、ベニクギは必死に状況を見極めようとする。
(あのカナナギという男も只者ではない。何かを理解した上でルールを変えている)
(ユーヤどの、いったい何を考えておられるのか、そしてどのような勝ち筋を見ているのか……)
「では参ります、第20問!」




