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第二十二話





「そうですか、ユーヤさんは幡随屋敷の会場に……」

「はい、実に見事な試合でございました」


白桜城にて、ズシオウは侍の一人から報告を受ける。


正午を過ぎる頃、ズシオウとベニクギは白桜の城に入っていた。


クマザネの存在を危うく思わぬ訳では無い。自分を鏡の生贄にしようとしている、などという話をもはや荒唐無稽とは思えなくなっている。


しかし、もし本気で自分を拿捕しようと考えるならヤオガミのどこに逃げても無駄だろう。それよりは城にいて、動かせる侍から情報を得たほうが良いと考えた。


ベニクギはズシオウのそばを離れない、ほとんど常に脇にいる。


「あのイシフネどのを下したのは大変な栄誉でございます。……それと、なぜか大殿が、イシフネ様の刀を折ってしまわれました」

「イシフネどのの刀を……」


ベニクギは沈痛なる思いで話を聞く。イシフネの持つ刀と言えば朱鷺色ときいろ耶壱やいちであろうか。世に二つとない名刀である。


報告する侍にも苦々しい感情が見えた。御前試合を含め、あらゆることが侍たちの預かり知らぬ所で進んでいる。クマザネに振り回されている格好になるのを嫌がっているのか。


「ありがとうございます。また何か噂を聞きましたら教えてくださいね」

「承知いたしました。ああそれと二回戦の会場ですが、もうすぐ大門の近くに貼り出されるとか」


そして侍は去っていき、ズシオウは脇の傭兵を振り返る。


「どうしましょうか……応援に行きたいのですけど」

「何があっても拙者がお守りいたす所存。参りましょう」

「そうですね」


と、ベニクギの腰のあたりを見る。いつもの琉瑠るる景時かげときではない。おそらく珠羅じゅらの家にあった刀だろう。


刀が変わったことでそこまで弱くなるとも思えない。ベニクギへの信頼はそんなことでは揺らがないが、やはり、落ち着かない感覚はぬぐえない。


「ベニクギ……それは刻刀ではありませんね。私の権限でもっと良い刀を用意させましょうか」

「いえ、これで問題ないでござる。蜻蛉とんぼ取りの網を選ばずと言うにござれば」

「そうですか……」


その時、にわかに城内が騒がしくなる。

耳をすませばすべて御前試合の噂である。二回戦の会場が発表されたのか。


ベニクギが一つの単語を聞きとがめる。


「! 蛇畳へびだたみの間、民間人を入れて……」

「まさか……あそこは白無粧しらぬじが明ける儀式にのみ使う部屋です。これまで民間人が立ち入ったことなど一度も……」


言って、ズシオウはその感覚は古すぎるのだろうかと思い直す。


あらゆるものを変えていくというクマザネの開国論。何もかもが激変する。白無粧しらぬじの法すらも例外ではないのか。


「……行きましょう。ユーヤさんの戦いを見届けなくては……」





一方その頃。


「おい、今すれ違ったのは奥殿おくどのの側室じゃないのか」

「ああ、御前試合の観戦を許すとかで、けっこうな数が奥殿を出てるらしいぞ」

「さすがにお美しいな……何だか異国人のようにも見えたが」

「奥殿にはラウ=カンの娘もいるし、シュネスやハイアードの人間も居るというぞ、この機会に目の保養にあずかろう」

「そうだな、お、いまの二人はもしかして双子か、そっくりだったな」

「ほんとだな、そう言えば知ってるか、大陸の方には生まれてくるほとんどの赤子が双子という国があって」


「うーむ、奥殿の着物はなぜこんなに重いんじゃ。動きにくいではないか」

「そうじゃのう。重ね着もすごい、いざというときさっと脱げんではないか」


そう言葉を交わすのはユギとユゼ。七宝細工のように色彩豊かな着物で回廊を歩く。


奥殿とはいわゆる後宮であり、側室たちは滅多なことでは外に出られない。

その側室たちから着物を拝借して城内をうろつく、どんな手練手管を使ったものか、女忍者でもやれない豪胆さであるが、二人を呼び止める侍などはいない。

奥殿は将軍と女たちの聖域であり、医師と将軍以外の男が入れない場所である。畢竟、側室たちの顔を知るものも限られている。


「む、そこのおぬし」


ユゼが侍の一人を呼び止める。その人物は真鍮製の望遠鏡を持っていた。


「え、私でしょうか?」

「その望遠鏡なかなか良いものと見た。ハイアードからの輸入品じゃな、我らにくれ」

「えええっ!?」


貸してくれではなく、くれという要求にのけぞって驚く。


「だ、ダメですよ。これは僕が天体観測のために発注した特注品なんです。18万ディスケット……9両もしたんですよ!」

「嘘じゃのう」


え、となぜか硬直する侍。


「城下の娘たちの水浴びでも覗こうと思って買ったんじゃろ。露天風呂とか」


途轍もない言いがかりとしか言いようがない。

だがそこはタチの悪いことに双王である。豪運が服を着て歩いている。


「な、ななな何の証拠があって」


図星だったのか、壁に背をつけて狼狽する男。


「タダとは言わん、これをやろう」


と、そっと差し出すのは銀メッキしたガラスの立方体。


「な、何ですかこれ」

「聞いて驚け、パルパシア製のアレな動画じゃ。ヤオガミではご禁制となっておるらしいのう」

「!! ま、まさか立体のやつ!」

「そうとも、夜の浜辺で……25前後の女たちが……の、で……」

「なっ……そ、そんなプレイが!?」

「腹ばいになって……それはもう泣きながら……何度も何度も……」


そして数分後、ユギとユゼは高層の一角にて望遠鏡を構える。


「ユゼよ、あれはウミガメの産卵のやつじゃろ」

「うむ、メイドが癒しを求めて見ておったやつじゃな。ウミガメって25歳ぐらいで産卵するらしいの」

「まあ覗きのために望遠鏡買うようなやつじゃ、ぜんぜん心は痛まんのう」


白桜城は大天守以外にもいくつかの小天守を持っている。ユゼは望遠鏡を動かしつつ他の天守を探す。クイズ的な知識としておおよそは分かっている。北西にある小天守が将軍のプライベートな建物である。


「いたぞ、クマザネどのじゃ、人と会っておる」

「しかしあれじゃな、藍映精インディジニアのポルノは確かにすごいが、すごすぎて現実を超えるとも言われる。そんなものに触れてしまっては人が本来持っておった創造性が枯れてしまうのではないか、開国というのはそういう凄いのが入ってきて文化が壊れてしまうという側面も」

「急に語り出してどうしたんじゃユギよ……」


クマザネ氏は小天守の最上階にいて、60がらみの老人と話をしている。小天守の雨戸は開け放たれて警戒するそぶりもない。


「ふむふむ、『ハイアード・キールサーフ社は順調に建造を進めている。そろそろ後金あときんの用意を願いたいとのことだが』」


唇を読んでつぶやく。読唇術ぐらいは当然のごとく身に着けているようだ。


「ハイアード・キールサーフ社か、王室の船も請け負う大会社じゃぞ。ハイアードと通じておるという読みは当たったかのう」

「『うむ、鉄鋼船が四隻で八船関であったな。黄金で用意すればよいか。それともヤオガミ国内の土地でもよいし、打診のあった通り佐治さじの金山の採掘権で払っても良い』」


目が疲れるのか、まばたきしながら言葉を続ける。


「ええと『老婆心ながら申し上げるが、海外の採掘会社を金山に入れてよろしいのか。どんな混乱があるか分からぬ』『ヤオガミはそれどころではなくなる。すべての港で外国船を受け入れるつもりだからな。外国人街も作るし、各国の大使館も作る。それと老中株を一つ売るつもりだ。すでに国際的に効力のある書類も用意している』『なんと……』」


聞いていた双子の片割れが腕組みをする。


「ほう……老中株というのはよく知らぬが、幕府の重役になれる権利みたいなことか。それを売るのか」

「『老中株を売ってどうなされる?』『ヤオガミはまだ海外事情に詳しいものが少ない。幕閣に外国人を入れて意見をまつりごとに取り入れようと思っている』『ふむ……いや、私などには理解が及ばぬほど大胆な改革、何と言っていいものやら……まあ私の取り分はすでに頂戴している、特段、お止め立てする理由はないが』」


ふう、とユギは望遠鏡を下ろす。


「飽きてきたのう」

「うむ」


ようはナナビキ相手に開国論議をしているわけである。それはすでに知っていることであるし、そもそもクマザネは双王の興味を引くタイプとは言いがたい。


いちおう藍映精インディジニアは回しているが、この距離での映像が役に立つかどうか。


「もう少し近くまで行くかの?」

「そんなに長く話さんじゃろ。残念ながら密会の証拠を押さえるのは無理じゃろうな」


ナナビキは退出していき、部屋にはクマザネだけが残る。


すると、部屋の中に黒い影が降りてくる。


「おや、あれは」


何となく姿勢を低くし、窓の木枠に望遠鏡を張り付かせる。肉眼で気づける距離ではないが、本能的な動きである。


「おお、あれは忍者というやつではないか、フツクニでいうウズミじゃな」

「顔を出しておるな、ちと老けておるがなかなか渋好みの色男」


それは話に聞いていたクロキバのようだ。片時も気を緩めないいかめしい空気、百度の戦いに耐えた具足のようである。


「『クマザネ様、会談のご予定は……以上でございます。異世界人の……戦いを観戦に行かれますか』『いや、良い。録画はしておるのだろう? あとで見させてもらう』『そうですな、一般人を……入れたことで城内も混乱しておりますし』」


クロキバのほうは忍者のためか、唇の動きが小さく読みにくい。推測を入れながら話す。

と、ふいに将軍が姿勢を崩す。全身から力を抜いてだらりと足を延ばしたのだ。肩衣かたぎぬを下ろしてふうと息をつく。


そして何か話し出す、すかさず唇を読まんとする。


「『やれやれ、改革者のふりも疲れるものだな』『心中お察しいたします』『わしが心を許せるのはお前だけだ、クロキバよ』」


「改革者のふり……じゃと?」


「『思えばお前とは5つの頃からの付き合いだな。お前は私の遊び相手であり、世話係であり、世界中を飛び回って私のためだけに働いてきてくれた』」


「なんじゃなんじゃ、衆道か、もしかして衆道が始まるのか」


「『もう少しだ、これが終わればお前には望むすべてをやる。前にも言ったように国屋敷を任せてもよい。大名に取り立ててもよい。もう少しだけ私のわがままに付き合ってくれ』『たとえ事が終わろうとも』」


忍者はそこで少し熱を込めるかのようだった。顔を上げて言う。


「『私は生涯、殿の刀でありたいと願っております』『うむ、ありがとう、クロキバよ』」


影が消える。

いったいいつ動いたのか、部屋を出たのかそれとも天井裏にでも消えたのか、望遠鏡で見ていても分からない早業で姿を消す。


「ふうむ、つまりクロキバとクマザネどのは長い付き合いなわけじゃな」

「まあそれが分かったからと言って、別段どうという事もないが……それと国屋敷を任せる話は遊郭でも聞いたのう。やはり間違いないのか」

「しかし改革者のふりとはどういう意味じゃろう。開国論は本気ではないのか?」

「ううむ、船は本当に発注しておるんじゃろ? ハイアード製の鉄鋼船など冗談では買えんぞ」


何が何だかわからない。

双子の頭上を通過するのはそんな言葉だ。


「では次はどうする?」

「決まっておろう、ナナビキ氏を追いかける」

「うむ、我もそう思っておった」


何だか息が合ってきた印象に、ユギとユゼは微笑を交わす。


「密約で買った鉄鋼船、予算はざっと八船関。60億ディスケットほどか」

「クマザネどのとナナビキ氏以外は知らぬカネじゃな。どこかでそっくり消えてしまっても表沙汰にできぬわけじゃのう」


その船か、あるいは購入のための資金を奪えないものか。


そこまで明確に思っていたわけではないが、双子は何だかそっちの方が面白く感じていた。花の匂いに引き付けられる蝶のごとく、面白そうな方へと流れていくのはパルパシア王家の本能か。


そして二人は意気揚々とその部屋を後にして。


当然と言うべきか、望遠鏡は置き忘れていった。





「皆の者、静粛に、ここは本来であれば白無粧しらぬじがみそぎを受け、元服の儀を行うための部屋であり……」


畳が渦を巻いている。


それは円形の間。一つ一つが専用に作られた畳が渦を描いて敷き詰められ、外周には衾絵ふすまえが並んでいる。総計九十六枚。あらゆる動物が極彩色で描かれている。


「へー、見事な襖絵だねえ。これがもしかして鋳野派いのうはの雲了さんの絶作かい」

「そうじゃぞ。「遊大陸ゆうたいりく動彩図どうさいず」ラクダ、ゾウ、トラ、ミョウテン、キンゴウワシ、ヤオガミにはいない動物ばかり。雲了が世界を回って見てきたものを描いた傑作。まさに国の宝じゃ」


円形の間を囲む極彩色の動物画、普段であればさぞや神秘的な空間であっただろうが、この時は300人以上の人間がひしめき、風情は遠ざかっている。

侍などは誰かが襖を押し倒しはせぬかと気が気ではない。


「では二回戦を執り行います。遠路はるばる参られたるはセレノウのユーヤどの、そして汨州べきしゅうより金毛塾きんもうじゅく、および富羊ふよう一刀流代表、カナナギどのです」


観客がざわめく。


「金毛塾の代表まで来てるのか。とんでもない金持ちばかりが集まる塾だろ?」

「ああ、確かラウ=カンの資本が入ってる塾だ。年に四か月は向こうに留学に出るとか」


「では、二回戦の試合形式を発表いたします」


司会者が中央に立ち、そしてユーヤと対戦相手はクイズ帽をかぶる。



「これより行いますは興行師、弥斗屋みとやの提案。その名もルール追加型クイズ、双戈そうか雷問儀らいもんぎにございます」



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― 新着の感想 ―
[良い点] この大会、某クイズユーチューバーの動画企画みたいな対戦で草 [一言] 双王は自由にされると状況勝手に引っ掻き回していきそう… それで最終的に一番いい所だけさらっていきそう…
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