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第十一話



東の果てに朝の大霊が生まれ、大地を踏みしめながらフツクニへと至る。


港を近くに持つフツクニは海運が盛んであり、大小さまざまな船が沖合を通る姿は遠目にも見える。港からは大八車に載せた荷物がやってきて、ひっきりなしに大路を行き交っている。


現場に向かって駆けていく大工、市場に集まる料理人、袈裟を着た僧侶らしき人物は列をなして歩き、寺子屋に子供を送り迎えする母親の姿も見える。


独特の光景もある。色鮮やかなステンド加工の窓ガラスをロバに乗せて運んでいる者。店の前にマネキンを並べて着物を着せている呉服屋。パルパシア風の焼き菓子をガラスケースに並べて売っている店もある。

ユーヤの世界の過去の光景とも少し違う、この世界ならではの歴史を感じさせる眺めだった。


「すごい人だな……朝のヤオガミはこんなに賑やかなのか」


大通りはたっぷり八間(約14メーキ)の広さを保ち、何百人もの人間が往来している。そして城に近づくにつれ、紋付袴の侍たちが増えていく。


大路道行おおじみちゆきという法がござる。なるべく裏通りや近道を使ってはならない、まっすぐに大通りに出てから目的地に向かうべきという法にござるな。そのためこのように賑やかなのでござる」

「血管の走行みたいだな。大通りを広く取って人の流れをコントロールしているのか……」


ベニクギは赤い着物の上に紫の羽織を着て、頭には深めの菅笠をかぶっている。長身のベニクギであるからそんな姿でもひときわ美々しく見えるが、朝の賑わいの中では衆目を集めるほどではない。


「まず白桜の城へ向かうでござるか。ならば柵明さくみょう門……つまり裏口の見張りに口を利くでござるが」

「いや、その前に双王と合流しないと……宿で待ってるはずだ、たぶん」


「おい、これ本当なのか」

「2日後だってさ、こりゃ大変だぞ」

「誰か読んでくれよ、俺あ読めねんだよ」


大通りの辻にて人だかりができている。かなりの数であり、荷車などが大きく迂回して渋滞になっている。


「何の騒ぎだろう」

「あれは高札こうさつにござる。新しい法令などを周知するための立て札でござるが、あれは丹塗にぬりのうるし化粧げしょう、もっとも重要とされる札にござるが……」


20メーキほど距離はあるが、ベニクギは目を凝らして文面を読む。


明後日みょうごにち……夜四の刻(21時)より白桜城にて雷問御前試合を執り行う。勝者には金四船関しせんかんを与え、4000金扶持ぶちの身分に取り立てるものである……何と」

「四船関というのは?」

「ヤオガミでの重量の単位でござるが、金地金きんじがねにすれば、およそ30億ディスケット」


群衆のざわめきには戸惑いの響きもあった。その数字があまりに非現実的なためだろう。なにかの間違いではないか、本当に黄金で支払われるのか、さまざまな言葉が行き交う。


(30億……この世界は金がやや豊富のようだが、グラム3000円ほどと見積もったなら、100キロ、だと……)


「続きがござる……なお予選は明後日、昼四の刻(朝の7時)より執り行う。広く一般よりの参加を許す。知恵に覚えのあるものは参加されたし……」


ベニクギが鋭く振り向く、ユーヤがよろめいたのを察したからだ。


「ユーヤどの、あちらの軒先へ」


そこは飲食店のようだった。道端に長椅子を出して飲み物を提供している。ベニクギは店主に一言だけ注文を告げ、ひさしで影になっている席にユーヤを連れて行く。


「このような事態が……しかしなぜ御前試合など。クマザネ殿の指示なのでござろうか」

「僕のせいだ」


内臓に針でも刺さっているのかと思うほど、沈痛のにじむ声。


「僕の注意が足りなかった。もっとひそかに入国するべきだったんだ。この国に来てクマザネ氏に会ってしまったために向こうを刺激してしまった。御前試合は……この事態はクマザネ氏が何らかの先手を打ったということだ」

「ユーヤどの、まさかそのような……」

「こんな大規模な御前試合なんか例がないんだろう? それが僕のせいでいはずがない・・・・・・。だけど分かったこともある。この国にどんな陰謀があるか分からないが、それは完遂されようとしている。御前試合でこちらの調査を撹乱し、その間にすべてを成し遂げてしまう気なんだ」

「……まさか」


あまりにも、何もかもを自分のせいだと考えすぎる。

ベニクギは衝動的に叱責の言葉が出そうになったが、しかしまったく的外れとも断言できないし、あなたのせいとは限らないなどと、そんな上っ面な言葉でこの男はどうにもならないだろう。

ややあって、出てきたのはこんな言葉だ。


「……ユーヤどの、そなたが気に病むことではない。この国に陰謀がもしあるとして、ここまで事態に気づかなかった拙者にまずもって責任がある。それに、逆を言えば追い詰められているのはクマザネ殿の方とも言える。御前試合で撹乱を図る必要があったのでござる。ならば我らにも勝ちの目はある、そうでござろう」

「あ、ああ……そうだな」


自分で自分を落ち着けようとして、ユーヤは短い呼吸を何度も繰り返していた。


(陰謀……そんなものが本当にあるのでござるか?)


(一体どのような? クマザネ殿は天下に手をかけたる御仁。まだ若く人望もある、何かを焦る必要など無いはず)


(そして陰謀の奥に妖精の鏡が、あの忌み物が関係していると……)


「あの王子が」


ユーヤは、ソフトボール大の鉄球を吐き出すように、渾身の力を込めてその言葉を吐き出す。冷えた茶がそばに来ていることにも気づいていない。


「接触した可能性はないのか……。クマザネ氏に」

「……ユーヤどの」


ベニクギは、破裂しそうな爆弾に触れるように、そっとユーヤの肩に手を置いた。


その存在がユーヤの中で大きなものであること、名を呼ぶこともできぬほどの脅威であることをベニクギは察する。

あの王子はクイズ戦士としての強さ、策士として権謀術数を張り巡らす技よりも、なお対峙した人間をすくみ上がらせる力があったのだと。


「接触はござらぬ……。かの王子はヤオガミに渡ったことは一度もなく、クマザネ氏も大陸に渡ったことはない。あの王子に影響を受けた可能性はないと考えるでござる」

「だが……個人的に書簡のやり取りぐらいはあったのかも。映像を記録できる妖精を使えば、まるでその場にいるかのように影響を」

「ユーヤどの、落ち着くでござる。すべての事態の裏にあの王子がいるなどというのはそれこそ危険な妄想。ただ幻想に怯えているに過ぎぬ。そもそも、ヤオガミの鏡はすでにシュネスで一度奪われかけている。あれが王子のたくらみの残滓だとするなら、なぜヤオガミでもう一度陰謀を張らねばならぬ。あまりにも理屈が通らぬでござる」

「う……そう、か、そうだな……」


ユーヤは深く息を吸って落ち着くかに見えた。落ち着きを取り戻したと、そのように見せているだけかも知れないが。


(……げに恐ろしきは、かの王子でござるな)


(この世界から去ってもなお、その影が消えぬ)


(いや、まるでユーヤどのの背中にぴたりと張り付いて、どんどんとその濃さを増すかのような……)


「民間から広く参加者をつのるらしいが……いるのかな、民間にも達人が」


ユーヤが半ば強引に話題を変える。ベニクギもそちらに調子を合わせた。


「何人か噂には聞いてござる。雷問の強者つわものとして知られたシラナミが破れた、そのことと無関係ではござらぬな」

「あの忍者……ウズミとか言ったか、彼らも参加するのかな」

「ふむ……」


ベニクギはやおら立ち上がり、ユーヤを連れて大通りから離れる。菅笠を被っているとはいえベニクギのような女武者は目立つ存在だが、誰もそれどころではないようだ。みな声高に大会について話している。その中には侍たちの集まりもある。


「金4000扶持ぶちといえば大名格だぞ。本当にやるのか」

「噂だとかなりバラエティに富んだルールでやるとか……これは番狂わせもあるか、いや、むしろ拙者が……」

「元服しておれば誰でも良いのか、で、ではうちの息子も」

「おい、そなたの息子はまだ8歳だろう」

「い、いやうちの息子は年に2回トシを取るから」


上から下まで、城門にて槍を構える見張り番までが噂話に興じている。大陸とは文化の違う国だと聞いているが、イベントに浮つく気性は割と共通しているらしい。


「ナナビキどのが」


その単語に、つと耳が引き寄せられる。


「ああ、出るという噂だ、すでに国境くにざかいを越えているとか」

「ひそかに城を出入りしていると聞いているが、やはり友誼ゆうぎを結んだのか?」

「まあ良いことだ。これで事実上、ヤオガミの統一に王手が……」


そのような言葉が無数の喧騒に飲まれていく。

フツクニはクイズの熱に飲まれようとしていた。そこで生まれる無数の言葉の中に、仮に真珠のように有益なものがあったとしても、もはや誰にも見つけることあたわず――。





「こらユーヤ! おぬしなぜ戻らんかった!」


予想通りと言うべきか、ユゼ王女は宿の玄関まで出てきて怒鳴る。


「ああ……ごめん、あとで説明するけどちょっとトラブルがあって」

「なんじゃベニクギの屋敷に泊まったのか、朝帰りとは流石じゃのう」

「何が流石なんだ」


奥からユギも出てきて、立ち位置でもあるのかぴたりと肩を寄せて並ぶ。


ベニクギはといえば自分は王族ではないからと、宿の使用人たちの屋敷にいた。双王にあまり会いたくないのかも知れないが。


あおあお。二人ともヤオガミふうの着物を着ていたが、なぜか裾丈が膝上ぐらいしかなく、しかも襟元が少しはだけている。

誰も襟を直しに来ないのを少し奇妙に思っていると、奥からパルパシア側のメイドが出てきた。何度か見ている三つ編みのメイドである。かなり飲んでいるのか、頭を抱えながら歩いている。


「あまりに帰って来ぬから宴会しながら待つしかなかったぞ」

「そうじゃそうじゃ、パルパシアから持ってきたワインも山ほど空けてもうたわ」

「それを僕のせいにされても」


パルパシア側のメイドはプロ意識というべきか、よろめきながら二人の着付けを直した。ユーヤの目の前でやるのはどうかと思ったが、周りに人が居るのかどうか分かっていないらしい。


「メイドさんかなり酔ってるぞ、大丈夫なのか」

「ちょっと船酔いも残っとるな。従業員用の屋敷で水でも貰ってくるがよい」

「うごひえぷ」


何と答えたのか誰も聞き取れなかったが、ともかくもどこかへ引っ込むメイドであった。


双王たちにあてがわれた宿舎へ移動。


石壁で囲まれた中にいくつかの離れが存在する宿だが、パルパシアのそれには周囲に酒瓶が散らばり、キャンプファイヤーの跡などもあって夜会服の男たちが倒れている。


「ベニクギが同行している、従業員用の屋敷にいるから、あとで挨拶でもしといてくれ」

「なんじゃ謹慎中ではないのか。割と自由なんじゃな」

「というか君たちは酔ってないのか?」

「ふふん、我ら双王をなめるでない。酒など水のようなもんじゃ」

「宴会など散歩のようなもんじゃし男どもの裸踊りも犬が寝ころぶ程度のもんじゃ」

「人生楽しくなさそう」


それはともかく、奥の部屋にて話し合う。どの部屋も腐った大学寮のような酒臭さがあった。


「というわけで……後でまた城に行ってみようかと思う。同時に調査も進めて……」

「ふうむ、どうも後手後手に回っておるな」

「うむ、向こうの対応のほうが早い。そんな地味なやり方ではどうにもならんじゃろう」


二人は互いにうなずき合う。双子なりにヤオガミのことについて考えているのだろうかと、ユーヤも少し感心して問いかける。


「確かに。僕が異邦人なことは言い訳にできないが、聞き取りだとか調査だとか、地味なやり方しか浮かばない。こちらも手を打つべきなんだが、なにかアイデアはないかな」

「ふふん、ようやく我らを頼りおったな」


ユゼは座ったままで背筋を思い切りそらす。


「ユーヤの心配事というのはつまり、最悪の事態のことじゃろ」

「あのお姫様だかお殿様だかが鏡のにえにされる、それを懸念しておるのじゃな」

「……ああ」


改めて。

そう明確に言われることは、ユーヤであっても身を固くする思いだった。


クマザネ氏は巨大な陰謀を画策している。そのために王子や王女を「量産」し、次々と鏡の生贄に捧げている……。


それは、恐ろしすぎる。


ユーヤは日陰者ではあっても無法者ではない。人命をないがしろにするような非道。人の世の倫理を踏み越えたような想像は、やはり簡単にできるものではない。


「あまり考えたくなかった……。まだ10にも満たないズシオウが鏡に捧げられるだなんて。しかも、鏡の濫用という話が本当なら、すでに何人も……」

「案ずるでない。我らはすでに解決策を導いておる」

「うむ、権謀術数の沼で遊び、この世の表も裏も知り尽くしたパルパシア王家なれば造作もないこと」

「打つべき手など一目瞭然じゃ」


どうもユーヤが来たら言おうと思っていたらしく、双子は肩をぴたりと合わせつつ流し目をよこす。


「その手というのは……?」

「それはのう」


少しの間。


「ズシオウをさらってしまえばよいのじゃ!」

「は……?」

「ああ」


と、銀髪のメイドがぽんと手を打った。


「それならとりあえず最悪の事態は回避できるじゃろ」

「次善の策として鏡を盗むという手もあるが、ズシオウの身につけてるものが「本体」である確証がないからのう」

「いや……そんなことしたら大変なことに」

「何も危害を加えるわけでなし、ちょっと船で国外に連れ出すだけじゃ」

「パルパシアに招待しても良いぞ。ズシオウを連れていきたい店がたくさん浮かぶのう」

「……」


連れ歩くことはともかく、ユーヤは奥歯をごりごりと噛みしめながらじっと考え、そして答える。


「……いや、ダメだ。それでは抜本的な解決にならないし、鏡のにえにされた人物が複数存在する可能性がある。それは今もだ・・・。ズシオウがこの国で唯一無二の王位継承権者とは限らないんだ」


かつて大陸の雄、ハイアード獅子王国でも起きていたこと。

あの国には表に出ていた王子の他に、記録にすら残されない王子が12人も存在していた。


「……しかしまずはズシオウの安全を確保することじゃろ」

「そうじゃそうじゃ、ズシオウが消えれば白桜城に何か動きがあるかも知れんし」

「? なんだか意外だな、君たちそんなにズシオウのこと心配してくれてたのか」

「う、うむ、まあ」

「いつぞやは共に戦った立場でもあるし、その、うん」

「……」


この双子が何かを言い淀んだり、冷や汗を浮かべることには目ざとく気づくようになった。


そういうときは、取り返しの付かない大惨事が進行している時だから。


「ちょっと様子がおかしいな……。何か隠してることでもあるのか」

「い、いや別に」


「あの、ユーヤさま」


つと、背後に座っていたメイドが手を挙げる。


「実は先ほどから、奥の間の方で妙な声が」


聞くやいなやがばりと立ち上がり、双子の間を抜けてふすまに手をかけんとして、そこに左右からしがみつくあおあお


「ちょ、ちょっと待てユーヤ。そこは我らの下着とかが!」

「読みかけのえっちな雑誌とかが!」

「今さらそんなこと気にする君らか!」

「ま、待つのじゃ、話せば分かる」

「わ、我らはよかれと思って」


そしてばーんと襖を開けば。


「んーっ! ふー!」



猿ぐつわをされてぐるぐるに縛られたズシオウがいたので、ユーヤは膝からくずおれた。


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[気になる点] 軍事力強化は妖精が居ないor居なくなった世界ありきだから、当たり前のように王子案件だと思ってたけどちがうのかな? [一言] 双王は手が早いな… 国際問題なっても最悪賠償金で済みそうだし…
[良い点] ╰(*´︶`*)╯♡ [気になる点] もちろん、続きです! [一言] 今話は、結びで声をあげて笑ってしまいました! 申すまでもなく、ご描写、ご筆致、キャラクター、プロット(現章だけでなく…
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