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母親

 説教が終わったあと、死んだ魚のような目で盛大に腹の虫を鳴かせながら「昼まで寝る、おやすみ」とのそのそと自室に戻った娘の背を見送ったあと、全身から完全に力が抜けてしまった。

 何が一目見れば気付くだ、十七年も気付かなかったくせに。

 何一つ気付かなかったくせに。

 あの日のわたしの朝の星、わたしがこう生きる決意を固められたきっかけをくれた人、その人が、あの寂しげな顔で笑っていたあの人は、わたしが今まで散々嘘を吐き続けてきた、たった一人の自分の娘だった。

「なにも、なにも気づけなかった……!! あの子のこと、何一つ……!!」

 ハンターをやっていたことも、あんな大怪我を負っていたのも、あんなふうに思い詰めていたことも、何一つ。

 嘘を吐くだけついて、何もかもを誤魔化して、それでも愛しているからを免罪符にして、何も聞いてこないから完全に騙し切れていると愚かにも信じきって、何一つ気付いていなかった。

「わたし……わたし……おかあさん失格だ……」

 夫はわたしの手を握って、無言で首を横に振った。

 誰に否定してもらったとしても、それでもやっぱりわたしはダメな親だと思う。

 ハンターをやっていたこともこれまで何度か死にかけていたこともなんで教えてくれなかったのかと問い詰めたわたし達にあの子は「聞かれなかったし、わざわざ伝えるほどのヤバいことは何もなかったから」と。

 昔からそういう子だったのはわかっていた、あの子は自分がどうでもいいと思ったことは、何一つ話さない。

 たとえ死にかけたとしても、あの子がそれを『どうでもいいこと』だと思えばその時点で黙り込む。

 そして何よりもタチが悪いのが、あの子は嘘を吐かないのだ。

 ただ黙り込むだけ、誤魔化すことも取り繕うこともない、隠すことすらしない、何かあったとしても自然体で何事もないふうに見せてくる。

 わたし達が嘘吐きだとしたら、あの子はそれ以上の厄介な何かだ。

 いっそ嘘吐きであったのならいくらでも見破ったのに。

 いつの間にかまた泣いていたわたしの肩を、夫が抱きしめてくる。

 夫はあの子があんななのは仕方がない、自分達の子だからと少しだけ冗談っぽく言った。

 嘘吐き同士の間に生まれたのが嘘吐きよりもタチの悪い子供だというのは、道理にかなっていると。

 嘘吐きのほうが余程マシだったかもなという夫に無言で首を縦に振った。

 落ち着いた頃に、夫に本当のことは何一つ話さないつもりなのかと聞かれた。

 王城で全てをあの子にぶちまけることもできた。

 というか本当はそうしたかった。

 あの時に自分があの子の母であることを明かして、自分が王女であることを隠して普通のお母さんのふりをしていたことを明かして、あの場であの子が黙っていたことを普通の母親のように怒りたかった。

 それでもわたしはそうしなかった。

「あのひとが……嘘を吐くなら死ぬまで突き通せって言ったから……あのこが、この嘘は最後まで続いてほしいって、言ってたから……だから」

 きっとこれは間違っているのだと思う、本当のことを伝えるべきだとも思う。

 きっとあの再会の時が、わたしがあの子に自分の素性を明かせた最後の機会だったのだろう。

 それでも、わたしはこの嘘を突き通そうと思った。

 何かを察しつつこの嘘を幸せだと言ってくれたあの子のために、最後までこの嘘を貫き通すのが今のわたしにできるあの人への恩返しだと、そう思った。

 いつかきっと後悔するだろう、それでも今のわたしにできることはこれだけだ。

 いつかそれができなくなるその日まで、わたしはあの子の全てを()で塗り固めて、騙し続けよう。

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