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「私のためだと言うなら言えば良かった。後からこうして責められる私の気持ちにもなって欲しい」
「説明はしておりましたよ? 押し付けがましく余計な事をと疎ましく思われているようで、いつからかやめました。都合の悪い事を忘れてしまうのはあまり良い行いではありませんね。いえ、ある意味では人の上に立つ者に向いているのでしょうか? ふふ。かつての私はお礼のためにしているとアルベルト様に思われるくらいなら余計なお世話と思われていていいと考えていたので、おあいこですわね。そうした、おおらかで自分の信じたものをまっすぐ見ているアルベルト殿下をエレオノーラは好きだったそうですから」
思いとどまってくれとわざと怒らせるようなことを言ってみたが効果は無かった。
疎ましく思っていたと、確かに実際自分が感じていた事を言い当てられてそこに反論はできなくなる。ただ、疎ましく思っていたし、そう言ったこともあるけれど、本当に消えて欲しかったわけではない。変わらないと確信しているからこそ口にしていた不満だった。
「エレオノーラ……お願い、アビーを傷つけないで……私の大好きなアビーに酷いことを言わないで……!」
強い拘束をされていなかった、いやできなかったノーラが走り出て私の前に立ちはだかって両手を広げた。私に向けているのは背中だが、その声で涙が滲んでいる事が分かる。その幼いエレオノーラの心が私を守ろうとしていると、その事実に私も涙が浮かびそうになった。
「……元はと言えば! お前が意地汚く残ってさっさと消えないからでしょう? 良い加減にしなさい、貴女のせいでわたくしは大変迷惑しているの」
「やだ……! 私がアビーを大好きだって気持ちがなくなるなんて、やだぁ!」
「どうして消えてくれないのかしら。いらない子、なんて邪魔なの。恋なんてしなければ良かった、忌々しい」
「やだぁっ」
エレオノーラが私への恋心の存在自体を否定する言葉を口にするたび私自身が刃物で刺されているかのような錯覚を感じた。
私を好きだと言う気持ちを、こんなものいらなかったとエレオノーラに言われて。こうなって初めて、私は身勝手にも「そんな事を言わないでくれ」と願ってしまう。
「ねぇ、アルベルト殿下はお帰りよ。玄関までお見送りしてちょうだい」
私の心を突き刺す言葉を口にしていた、そのままの笑顔で一切表情は変わらない。「この話は終わりだ」と遠回しに言われても動こうとしない私の体に触れることができずに、公爵家の警備達は顔を見合わせている。
「そう。でしたらわたくしが部屋に戻りますので。殿下も気が済みましたら城にお帰りください」
「待ってくれエレオノーラ……! 話を、」
「今のわたくしにはアルベルト殿下とお話しすることはありませんので」
「お願いエレオノーラ……やめて……お願い……アビーとちゃんとお話しして……! エレオノーラ!」
ノーラの腕を掴んで、引きずって部屋を出ていくエレオノーラに私の言葉は届かない。婚約者とはいえ令嬢の体を掴んで止めるわけにもいかず。それは公爵家の警備の者たちも同じだった。
ここにユリウスかガストル夫人がいれば羽交い締めにしてでも止めてもらえるのだが……!
後から何と非難されようと、いっそ彼女の腕を掴んで止めようかと決心するのが一拍遅れた。エレオノーラは公爵家のプライベートフロアへと引っ込んでしまう。ユリウスの部屋には入ったことがあるが、人の目がある場所で流石にそこまでの無作法をして良いのかと逡巡してしまった。
なぜここで躊躇してしまったのか。女性の部屋だからと言い訳などせずに、ノーラが、エレオノーラが大切ならば彼女を一人にするべきではなかったのに。
背後についてきていたはずの、エレオノーラの専属侍女のミチルを呼ぶために立ち止まって振り返る。エレオノーラが廊下の先の扉の中に消えたすぐ後だった。そう、ほんの少しの時間だけだったのに。ノーラの悲鳴が響いた。
「いやぁあああああ!!」
「ノーラ!!」
ここまで来てやっと心が決まった私はグレッグと警備二人の心配そうな視線を振り切ると、エレオノーラの部屋の中に駆け込んだ。最悪の光景、腹部に突き立てられた刃物に手を添えて、ノーラが仰向けに倒れている。手紙を送り合おうと子供の頃の私が贈った、私と揃いのペーパーナイフだった。
「アビー……」
「ノーラ……ノーラ、どうして……エレオノーラ、どうしてこんな真似を?! 君の心だろう?!」
「まぁ、そんな怖い顔をなさらないで。いらないから処分したまでですわ。それに相手は生き物ですらありませんのよ。ホラ、ご覧になって。血も流れていませんもの」
エレオノーラが示した先のノーラの体からは、確かにペーパーナイフが刺さっているのに血が滲んですらいない。魔女の魔法だとは理解している。だからといって、エレオノーラと同じ姿をした少女を傷つけていい理由も正当性も私にはわからない。
「アビー、……アビー。忘れないで……私は貴方が大好きなの。アビーが善き王様になれるのなら、悪口を言われるのなんてへっちゃらだったわ。私強いのよ」
「……ノーラ、」
「だからアビー、私を」
痛みを堪えて、涙が滲んだ瞳で笑顔を浮かべる小さいノーラ。膝をついて身をかがめて、頬に手を添えようとした私の目の前に刃物が振り下ろされる。何かを告げようとした幼いノーラの口は、次の言葉を紡ぐ前にひしゃげてしまった。