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応接間の空気が、ふっと切り替わったのは、
与一郎が、湯飲みを持ったままぽつりと落とした、その一言だった。
与一郎「……“E”はさ、“Earth”じゃないよ」
絵里「え?」
真理「今、なんて?」
ゆり「Eって……PAKKOMANN-Eの、E……ですか?」
与一郎は、机の木目をぼんやりなぞりながら続けた。
与一郎「“Escape”のE。
――AからDまで全部、もう地球と月のまわりに来てて、
最後に切り離された“脱出カプセル”が、カシュガルに落ちたんだよ」
絵里「……ちょっと待ってください」
真理「それ、どこ情報です?」
ゆり「夢……ですよね、坊ちゃま」
与一郎「うん。夢。
でも、あの“知らない天井”と同じ種類の夢。
――あれ、本当に“別世界の記録”なんだと思う」
一瞬、三人とも黙り込んだ。
先に口火を切ったのは、意外にも絵里だった。
絵里「整理します!」
真理「はい、議事録モード入りましたね」
絵里「PAKKOMANN-E。
今まで『カシュガルにたまたま落ちた一隻の恒星船』だと、
帝国の公式史は説明してきた。
でも坊ちゃまの今の言い方だと――」
真理「“E船”は、五隻編成の『最後尾』。
A~Dは、とっくに地球圏に展開していた、と」
ゆり「じゃあ、カシュガルは“本隊”じゃなくて……」
与一郎「落伍者。
――か、わざと落とした“捨て駒”」
絵里「うわぁ、嫌な言い方ですけど、たぶんそうなんでしょうね」
真理は机の端にあったメモ用紙を引き寄せ、さらさらと書き始めた。
真理「仮説レベルでいいなら、こう整理できます」
・PAKKOMANN-A:月面基地/軌道プラットフォーム
・PAKKOMANN-B:地球低軌道かラグランジュ点の“中継ノード”
・PAKKOMANN-C:深海か地殻内部――“採取用ドリル”
・PAKKOMANN-D:PEB制御中枢、“兵器化ユニット”
・PAKKOMANN-E:A~Dを輸送してきた母船兼、脱出・バックアップカプセル
真理「Eだけが、重力井戸から出れずに落ちた。
だから帝国が真っ先に触れたのは、“本隊”じゃなくて“予備パーツ倉庫”」
ゆり「予備パーツ倉庫から“PEB”かっぱらって、D弾作ったってことですか……?」
絵里「……あ、それ、すごく筋が通りますね」
絵里の目がギラッと光る。
絵里「つまり!」
真理「嫌な“つまり”の予感しかしない」
絵里「帝国が独占していたPEBは、
“E船の燃料タンク”と“予備弾頭”にすぎなかった。
一方で、A~Dは――」
真理「まだどこかで稼働している可能性がある」
ゆり「……い、今も?」
与一郎「“PAKKOMANN本体”は、たぶんまだ一度も本気出してない。
あれは、地球の反応を見るための“軽いノック”だった」
ゆりの肩がぴくりと震える。
ゆり「か、カシュガルの落下で、
人類が全部“悪い方向”に動いちゃったの、
“向こう側”は全部、見てたってことですか」
真理「“未知のPEBを渡したとき、この文明は何をするか”という実験ですね。
結果:日本は反物質兵器を作り、
地球は第三次大戦を“条件付きで終わらせた”」
絵里「向こうの研究メモには、こう書かれてるかもしれませんね。
『実験結果:この星の猿は、
自分たちを守るためなら、
喜んで世界を吹き飛ばす準備を始める』」
与一郎「……A~Dの“意味”も、なんとなく見えた気がする」
真理「まだ出るんですか、坊ちゃまの夢ソース」
与一郎「Aは“Archive”。
――この星の全情報を集めるための倉庫。
Bは“Bridge”。
――軌道と地上を結ぶ、転送橋。
Cは“Collector”。
――物質とエネルギーを集める採取機。
Dは“Destroyer”。
――必要なら、この星ごと片づける“掃除機”」
ゆり「そ、それ……全部、もう配置済みってことですか……?」
与一郎「うん。“E”が来る前から」
真理は、しばらく黙ってから、静かに息を吐いた。
真理「……それだと、“終戦”の意味も変わりますね」
絵里「どういうことです?」
真理「我々は“PAKKOMANN-Eの残骸”からPEBを抜き出して、
『D兵器』を作った。
でも“向こう側のD”――Destroyerユニットは、
まだ起動していない可能性がある。
つまり、今の地球は、
・人類製のD兵器
・PAKKOMANN製のDユニット
この二重構造の上に立ってる、と」
ゆり「どっちが先に“間違って起動するか”っていう……」
与一郎「そう。“二重のトリガー”」
絵里「……帝国史の教科書に書いておきたいですね、その一文」
ゆりが、そっと与一郎の袖をつまんだ。
ゆり「でも、坊ちゃま。
なんで、今、それを思い出したんですか?」
与一郎「……今日、屋敷の庭でさ」
三人「?」
与一郎「空見てたら……
“E”って、五番目じゃない気がしたんだ。
本当は、“最後”って意味でもない。
“Emergency”でも“Escape”でもあるけど――
“Experiment”のEでもある」
真理「実験体」
与一郎「そう。
――“A~Dを配備した宇宙域で、
現地文明をどう改造できるか”っていう」
絵里「じゃあ、あのカシュガル落下は――」
ゆり「“PAKKOMANN側の、最初の一手”で……」
真理「“鴨志田家と日本帝国が、その実験に乗ってしまった”瞬間でもある、と」
少し重くなった空気を、
いつもの調子でぶった切ったのは、やっぱり絵里だった。
絵里「――よし!」
真理「……何が“よし”なんですか」
絵里「決まりです。
PAKKOMANN-A~Dの所在調査と、
“Destroyerユニット”への先制封じ込め作戦。
帝国公式には出せませんから――」
ゆり「鴨志田家、非公式秘密作戦ですか……?」
絵里「はい、“坊ちゃまのせいで”始めましょう!」
与一郎「最後の一言いらないと思うんだよね……」
真理「でも、方向性としては間違っていません。
“夢の断片”が真実なら、どのみち、いつかは触れざるを得ない。
それなら――」
ゆり「坊ちゃまが“意味”に気づいた、このタイミングが……
たぶん、始まりなんですね」
与一郎は、天井を見上げた。
知らない天井。けれど、もう完全に他人事とは思えない。
与一郎「……A~Dのこと、ちゃんと調べよう。
“Eの実験”を、
PAKKOMANNの望み通りには、
させないってことで」
絵里「了解しました、坊ちゃま。
――PAKKOMANN-A~D殲……いえ、
“観察・封じ込め作戦”開始、です!」
真理「最初の単語が本音すぎます」
ゆり「でも……坊ちゃまがそう言うなら、
私も、一緒に空を見ます」
地球と月のあいだに、
すでに静かに浮かんでいるかもしれない、A~Dを探すように。




