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◇ 東京・鴨志田家帝都屋敷 応接間
夕方。書類の山と湯気の出ている急須。
絵里「――というわけで、本日の帝都視察は大成功でした!」
真理「“成功”の定義を、いったんホワイトボードに書き出してから話しませんか」
ゆり「ぼ、坊ちゃまの名前、すごい出てましたよ。新聞社の人、門の前にいました」
与一郎「……あ、あのさ。なんで僕、玄関出ただけでフラッシュ浴びてたの」
絵里「坊ちゃま、それが“カリスマ”というやつです!」
真理「違います。あれは“スキャンダルの前置き”です」
与一郎「こわい日本語出たね」
絵里「いいですか、整理しますよ? 今日の成果は三つ!」
真理「勝手に議事進行始めた……」
ゆり「は、はいっ。メモとりますか?」
与一郎「え、僕も?」
絵里「坊ちゃまは“今日の被害者代表”ですから、聞いているだけで結構です」
与一郎「被害者って言ったね今」
絵里「成果その一。
『帝都保全省とのPAKKOMANN対策協力覚書』締結。
これで坊ちゃまのご威光、帝都レベルまで正式認定です!」
真理「“ご威光”という名の財政出血ですけどね」
ゆり「でも、保全省の人、最後は“鴨志田様がいてくださってよかった”って言ってましたよ」
与一郎「僕、一言も喋ってないんだけど……」
絵里「存在が語っていました! “財布”として!」
真理「言い方」
絵里「成果その二。
帝都の女子学生の間で、『謎の御曹司・与一さま』の噂が拡散中です!」
与一郎「待って、どこでそんなマーケティングしたの」
真理「校門前で、絵里さんがビラ撒いてました」
ゆり「“PAKKOMANNから日本と坊ちゃまを守る会・会員募集”って書いてありました」
与一郎「やめて本当にやめて」
絵里「大丈夫です坊ちゃま。あれは“帝都版・後援会”です」
真理「なお、全員の会費“予定”は、まだ未定です」
与一郎「予定なのか未定なのかはっきりしてほしい」
絵里「そして成果その三。
――首都警に、正式に顔を覚えられました!」
真理「それは“成果”じゃなくて“前科予備軍”です」
ゆり「あの、さっき門前で、首都警の人が“またあのメイドが”って言ってました」
与一郎「“また”って言ってたね。僕も聞いた」
絵里「ふふん。『鴨志田与一郎様の一の家臣・○○絵里』、首都警記録に登録完了、というわけです!」
真理「問題は、その肩書の後ろに“トラブルメーカー”ってメモが付いているかどうかですね」
ゆり「ぼ、坊ちゃまのために怒鳴り合ってましたもんね、あのビルの前で……」
与一郎「あれ、完全に“坊ちゃまのため”って顔して自分が一番楽しんでたよね?」
絵里「楽しんでなどいません。『職務上の正当な興奮』です」
真理「新概念やめてください」
与一郎「……でさ」
三人「?」
与一郎「僕の机の上の、この紙の束は、何?」
真理「ああ、それは帝都での“ご活躍”の証明です」
絵里「“帝都保全省PAKKOMANN対策特別協力金・ご負担予定明細書”でございます!」
与一郎「タイトルからして嫌な予感しかしないんだけど」
ゆり「数字、いっぱい並んでました。……見てたらお腹痛くなりました」
真理「桁数がPAKKOMANNの個体数みたいでしたね」
与一郎「そんなに!?」
絵里「大丈夫です坊ちゃま。人類がPAKKOMANNに食べられる総コストよりは、確実に安上がりです!」
真理「また出た、“比較対象が終末世界”な慰め方」
与一郎「……ねぇ、絵里」
絵里「はい、坊ちゃま!」
与一郎「正直に言っていい?」
絵里「もちろんです」
与一郎「……僕、もう、帝都に出たくない」
真理「正しい自己防衛本能です」
ゆり「じゃ、じゃあ、私たちが買い出しとか頑張りますから……坊ちゃまは屋敷でお昼寝を……」
絵里「ダメです」
三人「即答!?」
絵里「坊ちゃまは“象徴”なのです。
PAKKOMANN時代の日本に必要なのは――」
真理「兵器とインフラと食糧です」
絵里「と、“わかりやすい御曹司”です!」
与一郎「最後のいる?」
ゆり「いります!」
与一郎「ゆり!?」
ゆり「だって、坊ちゃまが前に立ってくれたら……皆、怖くても笑って頑張れる気がします」
真理「……まぁ、心理的な効果はありますね。
“全部あの家の財布でなんとかしてくれる”という幻想は、社会安定に寄与しますし」
与一郎「幻想って言ったよね?」
絵里「だから坊ちゃま」
静かに、一歩近づく。珍しく声が真面目だった。
絵里「困ったことは、全部、私たちに押しつけてください」
真理「その代わり、勝手に動きますけどね」
ゆり「ちょっと迷惑かけるかもですけど……守ります」
与一郎「……押しつけて、いいの?」
絵里「はい。“坊ちゃまのせい”という名の、最高級のご褒美ですから」
真理「帝都的には、すでにほぼ全部そうなってますし」
ゆり「新聞の見出しも、“坊ちゃまの決断”って……」
与一郎「僕なにも決断してない……」
絵里「してますよ」
与一郎「え?」
絵里「“ここにいる”って、決めてくださったじゃないですか」
一瞬だけ、部屋が静かになる。
真理「……そういうところだけ、たまに格好いいんですよね、絵里さん」
ゆり「い、今の、なんかズルいです」
与一郎「……なんか、負けた気がする」
絵里「では、本日の議題は以上です!」
ぱん、と手を叩く。
絵里「真理、予算の“現実的な削りどころ”をリストアップ。
ゆり、坊ちゃま護衛の新しい訓練メニューを考案。
坊ちゃまは――」
与一郎「僕は?」
絵里「“可愛い坊ちゃま”として、そのあたりを一周、散歩してきてください」
与一郎「それ、何の役に立つの?」
真理「“帝都における坊ちゃま可視性向上施策”ですね」
ゆり「はい! ついていきます!」
与一郎「結局、僕だけ何も分かってない気がする……」
絵里「それでいいんです、坊ちゃま」
にっこりと、いつもの“悪い笑顔”。
絵里「――全部、坊ちゃまのせいにできますから!」
真理「結論がひどい」
ゆり「でも、なんか安心します」
与一郎「安心していいのかなぁ……」
帝都の夕暮れの光が、東京鴨志田屋敷の窓から差し込んでいた。
今日もまた、日本とPAKKOMANNと、そして坊ちゃまのツケで世界は回っていく。




