バレたアート。
ん?
なんか変だ。気持ちが悪い。
アートをエクサイトから遠ざけた後、それとなくアートの事を見守っている。
夜なんかは東さん達が近くにいるのでお任せしていて幼稚園が終わってから夕方帰宅するまで神の世界にいる間はなるべく見守っている。
得意ではない同時進行だがアートの為だから仕方ない。
アートは私達と居た次の日、幼稚園が終わると王様と一緒に居た。
ビリンさんに聞いたら「トキタマが父さんにもアートを慰める話をして、励ます係に立候補たらしいぜ」と言っていたのでまあ助かる。
それからは日増しに周りに人が増えていく。
これは王様も手を出しているようで時空お姉さん、ナースお姉さん、先輩お姉さんに複製神さんと隠匿神さんがアートの話し相手や遊び相手をしてくれている。
このメンバーは私からもアートの事をお願いした面子なので感謝しかない。
そして遂には広い家に住んでいる戦神の家に皆で上がり込んでしまった。
その日以来お魚さんがお魚料理をおやつに持ってきてお手玉なんかで遊んでいるのが見えていた。
そしてエクサイトだ。
あの日以降、ジェイド達はグリアに行って不死のスゥを痛めつけ倒して絶望感を与える事で不死を打ち破って殺していた。
殺すタイミングでジルツァークはモビトゥーイと二役を演じて聖剣を折っていた。
次にレドアに向かったジェイド達は沼地に隠された聖鎧を取りに向かって毒使い、毒のエムソーを毒で追い詰めて倒していた。
恐らくエムソーは毒の精製と解毒薬の精製に特化した亜人と言う事で毒のエムソーなのだろう。まさか毒を喰らって苦しむとは思わなかった。
ジルツァークは聖鎧の隠し場所に毒の魔物を配置していたのでその毒で聖鎧がダメになっていた。ジェイド達は聖剣と聖鎧を直す為にエルフの街に向かう話になり人間界を抜けて上層界を目指す事になった。
だが地理的に聖女の監視塔に寄ることになる。
まずここで最初の違和感を覚えた。
現聖女をしているフランの様子が以前と違うのだ。
イヤにジェイドに懐いていた。
ミリオン達がカナリーと同い年だからと驚くジェイドに見解を言っていた。
なんだこれ?
それにしてもそんなに心変わりをするのかな?
聖女の仕事が辛くてカナリーみたいにジェイドを支えにしたの?
とりあえず今はジルツァークがこちらの1日とエクサイトの1日を同じにしているので私は夕方で見る事をやめて帰宅する。
それに今考えなければならないのはどうやってエクサイトを救うかだ。
メガネの行動が宣言通りなら間も無くタカドラは神格を得る。
そうしたらタカドラを神に据えてジルツァークを丸裸にしてしまってもいいかもしれない。
今私が気をつけなければならない事は介入に気付いたジルツァークが激昂して世界を手放す事だ。
半神半人の身体で神の座につく事は出来ない。
他の誰かに神の座について貰うしかないが誰に頼めると言うのだろうか。
神の世界からエクサイトを破壊しようとすれば説得をすることも力尽くで我慢させる事も出来る。
「ジルツァークに気づかれないようにエクサイトに入ってタカドラを0と1の間に置いてあっという間に神化させようかなぁ」
そんな事を呟きながら家に帰る。
そして翌朝、普段なら夜中のエクサイトをライブラリで見てから仕事をしたり今日のエクサイトを見たりして、午後にはアートの事を見守ったりしているがこの日はジョマ達とサードの打ち合わせがあってエクサイトを見たのは少しの時間でジェイド達は壁にある穴のそばで野宿の用意をしていた。
日没で消えるジルツァークの設定やシナリオを知らないジェイド達は、夜はモビトゥーイの時間と信じていて夜はなるべく野宿をしてしまう。
サードではイベントで魔物の大移動「百鬼夜行」を行うとして少し強化した魔物達をシィアからケィまで何日もかけて練り歩かせる事にした。
帰り道もエクサイトを見れば良かったと思ったのは後になってからだった。
**********
翌日、ジェイド達を見ると五将軍の1人、大軍のセウソイと戦っていた。
早い時間から戦闘になっていたようで私が見た時はセレストとミリオンが穴の中に逃げ込んでいてジェイドがセウソイと戦っている所だった。
「何この展開?」
慌ててジェイド達のライブラリを見ると先ほどの「ん?なんか変だ気持ちが悪い」になる。
確かにジェイドは常日頃から亜人を復讐の対象として亜人なら何をするか、こんな亜人がいるかも知れないと考えているので待ち伏せに対処できたとしてもおかしい事はない。
だが、うまくいきすぎている。
言い換えればライブラリも目の前で起きた状況も綺麗すぎるのだ。
まるで待ち伏せがある事を聞き及んでいたようなスムーズさ。
それがなんだか気持ち悪い。
今はそう言っても戦闘になっているのなら見守るのが正解だ。
ジェイドを見ているとセウソイに「奴隷の首輪」を着けて亜人を殺させている。
手際が良い。
五将軍との戦いを見ているとどうするつもりか前々から決めていたように感じる。
そして戦闘が終わるとエルフのヘルケヴィーオがジェイド達を迎えにくる。
これがまたタイミングが良くて違和感を加速させる。
本来ジルツァークは戦闘終了後からエルフの街を目指す事を反対していた。
穴からエルフの街までは普通に歩いてジェイド達の足なら5時間と言った感じだ。
エクサイトでは日没の時間になる。
ジルツァークの設定上、日没=姿を消す必要がある。
そして日没後にエルフの街へ行かれるという事はワイトの二の舞になる可能性がある。
ジルツァークはワイトがエルフの街に滞在しなければ最初の計画は成功していたと信じている。
そこにタイミングよく迎えにくるヘルケヴィーオ。
ジルツァークもヘルケヴィーオの登場に驚いて訝しむ。
ヘルケヴィーオは亜人の夜行がうるさいから気になったと告げるがなんかそんな話ではない気がする。
ヘルケヴィーオを嫌がるジルツァークの態度に疑問を持ったジェイド達はヘルケヴィーオがメガネの創った命でジルツァークが創った命ではない事の説明を受ける。
その後はジルツァークとヘルケヴィーオのやり取りをジェイドが上手くまとめてエルフの街を目指し進み始めた。
「絶対何か変」
直感が何かあると教えてくれる。
ライブラリをもう一度見てみたが私が見ていない聖女の監視塔の夜から今朝までの部分に違和感はない。
変わったこととしてはフランがジェイドと寝ると言ってカナリーのベッドに押し込められるとフランの「寝て」という言葉であっという間に眠ってしまった事とセレストは聖女を授かるための小屋で一晩中ずっと村の女性達の悩みを聞いてあげていた事くらいだろう。
明け方、怖い夢を見たと起きたフランをジェイドが優しく介抱したがこれもおかしい事は何もない。
だが何か引っかかるのだ。
仕方ない。
私は東さんに「ごめん、少し席を外すから緊急時だけ呼んで」と言う。
「どうしたんだい?」
「エクサイトに行ってくる。何か気になるの」
私からこういう事を言うのは珍しいので東さんが驚いている。
「わざわざ行くのかい?ライブラリは見た?どうなんだい?」
「普通なんだけど綺麗すぎると言うか違和感があるのに何事もない感じなの」
「…ライブラリは何を見ているんだい?」
「ノーマルのライブラリ。1日の流れの奴だよ」
東さんがうんうんと頷きながら嬉しそうに私の話を聞く。
きっと今の私にはいい勉強なんだろう。
私は半神半人として寿命を迎えて死ぬつもりだ。
それでも東さんは私に最後まで神としての指南をしようとしてくれている。
「具体的に怪しい箇所はどこだい?」
「個人的に体の勇者をしているジェイドとエルフのヘルケヴィーオについてかな。
なんかスムーズに事が運びすぎているの。
ジルツァークに反論を与えないようにうまく誘導している感じ。
でもヘルケヴィーオもジェイドもさっきまで面識はないの」
「…嫌かもしれないが個人単位でライブラリ参照してはどうだい?」
「…嫌なんだよね。東さんも知っているよね?」
「でも多分それは僕の想像通りなら全体のライブラリ参照では出てこないよ」
そう言われて私は悩む。
個人のライブラリ参照にはいい事があまりない。
6年前にファーストガーデンで私を助けてくれた人が病気だった事を知って病名を知る為に病歴のライブラリ参照は行った。
だが今必要なのは病歴ではない。
記憶や考えの部分だ。
**********
長く神をしている東さんはテレビの向こう側の出来事の様に捉えられるが私はまだそれは出来ない。
共に管理しているサードの中で調停神チィトとしてどうしても人の為に仕事としてライブラリを見る事があるが、それこそ食の好みから好きな人の事、思い出したくない事、知られたくない事まで見れてしまうのだ。
「東さんも一緒にみてくれる?」
「いいよ。じゃあエクサイトではなくここで見ようか。異種属だが同じ女性のヘルケヴィーオと同種族だが異性のジェイドはどちらにするんだい?」
「…ジェイドかな。あの世界のエルフ達って悪い人ではないんだけど恋愛とかの感覚が私とズレていて変に感化しそうで怖いの」
「…そうだね。おそらくあの創造神に恋や愛の気持ちがわからないから作る際に落とし込められて…伝えられていないんだろうね。
じゃあジェイドにしよう。
僕の後を着いておいで。千歳ならこのやり方がいいと思うよ?」
そう言って東さんは遠距離で呼び出したジェイドのライブラリに触れると「フィルター、概要のみで時系列にピックアップ」と言う。
私が違和感を覚えたジェイドのライブラリを見ることになった。
個人のライブラリはなるべく見たくないので東さんに一緒に見て貰うようにお願いをする。
東さんは私の為にジェイドのライブラリにフィルターをかけてくれた。
「千歳、この作業をしてからジェイドの年表を見てご覧。いつの年表を見るんだい?」
「最初の違和感は2日前、聖女の監視塔に泊まった時だからその日にする。
[聖女の監視塔に到着]
フランから熱烈な歓迎をうけた。
理由がわからない。
セレストがカドと出かけている間にアプリ、フラン、ミリオンと泊まる場所の話になる。
俺はフランと同室になるらしい。
フランの圧力が凄いのは何故だ?
ミリオンはアプリと同室とフランが言う。
セレストは村の中央にある小屋に泊まればいいと言う話になったがあの小屋は聖女を授かる為に不特定多数の人間が子作りに励む小屋らしくアプリが困惑したがお粗末だが男の中の男のセレストなら問題ない。
セレストは小屋で泊まる事を聞いて驚いているが奴なら問題ない。
フランの懐き方が半端ではない。
エルムを思い出して悪い気はしないが困惑してしまう。
フランがベッドに案内してくれて「寝て」と言うと寝てしまった。
夢の中でフランが現れて俺たちの旅が失敗すると言う。
その為にジル…ジルツァークではない女神が助けてくれると言っていた。
その為にフランが聖女の力を行使してくれた。
聖女の力は命を削る力。
報いねばならない。
あった…これだ。
「東さん…」
「成る程、全体のライブラリ参照なら夢の中までは書き出されないからよく考えられているね。どうする千歳?この先も見ていくかい?」
「うん」
私はそう言って続きを読み始める。
[穴の目前で野営]
眠る俺の前に真っ赤な服で真っ赤な髪色の幼女が現れた。
彼女は自身をイロドリと名乗った。
そして俺達の旅がこのままだと失敗に終わる事なんかを伝えてくる。
だがいきなり言われて信用出来るものではない。
そんな俺にイロドリはいくつかの事を伝えてきた。
その通りになれば信じられるだろうかと言ってくる。
確かにそうなれば信用に値するのかも知れない。
穴の向こうに亜人共が待ち伏せている事、その後エルフが迎えにくる事。
そして否定をするジルをうまく宥めて上層界に長期滞在をする事。
そんな事を言われた。
「赤い髪の女神か…」
東さんが困った顔で私を見る。
「東さん、一緒に行動する?」
私は東さんの意見を聞く。
「いや、千歳に任せてもいいかい?流石に僕とジョマが出て行くには早すぎると思うんだ」
「そうだね。きっと神の世界の皆が手を出しているから現行犯逮捕をしてから追い詰める。
東さん達は私の追体験で追ってよ。
それにどうやったんだろう?私もそれとなく見ているんだけど完璧に騙されてる」
「多分、視覚神の能力を逆手に取った方法と同じだよ。僕達は「何事もない」「日常の風景」を見させられているんだ」
…そう言われて納得をする。
誰だそんな腹立つ事をしでかしたのは?
「ムカ」と言うと東さんが「すまないね千歳。よろしく頼むよ」そう言って手で謝ってくれる。
私はムカムカしながらアートの幼稚園が終わる時間を待つ。
**********
アートを見ていると幼稚園が終わり同時進行をしているジョマが待つ家に入ったところで「遊んでくるね」と言って神の世界に移動をしてくる。
そう言ってそそくさと戦神の家まで行くと戦神が「よく来た」と言ってアートを迎え入れる。
その後は示し合わせたように時空お姉さんとナースお姉さん、複製神さんに隠匿神さん。王様の順番で戦神の家に現れる。
覗きの神の支払い中の黒さんと先輩お姉さんはキリが悪かったのか少し遅れてやってきた。
そして最後にはお魚さんが「今日のおやつはさつま揚げだゼーッ」と言って揚げたてのさつま揚げを持ってやってきた。
「アート、今日は何して遊ぼうか?」
「すごろくー!」
アートがニコニコとはしゃぐ姿が見える。
だがもうダミーやフェイクだとわかっていれば打ち崩しようはいくらでもある。
「神如き力。看破の力」
私が力を使うと目に見えていた映像は消える。
これでこの映像がダミーやフェイクであった事が証明された。
新たに見えた映像だと皆がテーブルでさつま揚げを片手に戦神の淹れたお茶を飲みながらアートと打ち合わせをしている。
「アート、エクサイトはどうだい?」
そう言われたアートが「表現の緩和」を取り出すと「んー、ジェイドがヘルケヴィーオと合流してくれたよ!」と言う。
あの子いつの間に遠距離のライブラリ参照なんてものにしたの?
この前はライブラリ参照も知らなかったのにこの成長速度は凄い。
「よし、ここまでは順調だね。
今晩の予定はフランに成功を伝えてジェイドにこれで信用する気になったかの確認。後はタカドラの神通力の最終確認だね」
黒さんが嬉しそうに言っている所で一瞬王様と目が合うと王様はニヤっと笑う。
野朗、気付いたな。
「アート、ジェイドの戦いは見たかい?チトセのアーティファクトより僕の方が戦いもそれなりに見れて便利だろ?」
「急にどうしたのキヨおじちゃん?」
アートは王様の意図に気付かない。
それよりも「表現の緩和」を王様も作ったの?
それも私のモノにうわ被せてより良くしたの?
私が見たのに気付いてワザと言う辺りが憎らしい。
この話で察しのいい時空お姉さんが一瞬こっちを見て黒さんとも目が合う。
「戦神、お茶ってまだある?」
「黒魔王?おかわりか?すぐに淹れよう」
戦神が立ち上がってお湯を沸かしに行く。
「友情神、さつま揚げのおかわりってある?無ければ複製神に複製して貰うけど…」
「これで全部だゼーッ」
「どうしたんだい時空神?」
くそっ、来いって事か…。
私は諦めて戦神の家に瞬間移動で入る。
「やあ、遅かったね」
「でもよく気付いたね」
黒さんと王様が嬉しそうに言う。
「ほら千歳はこっちにおいで」
時空お姉さんが少し詰めてくれる。
私は座ると戦神が震える手でお茶を持ってきてくれる。
「ありがとう戦神」
今度は複製神さんが真っ青な顔でさつま揚げを置いてくれる。
「複製神さんもありがとう」
お礼を言っただけなのに複製神さんは「あ…ああ」と震える声で返事をする。
「アート?」
私が向かいに座るアートの名前を呼ぶと下を見て私を見ようとしないアートがビクッとする。
「チトセは怖いなぁ。皆が怯えているよ?」
「とりあえず真っ赤な髪色で笑顔はやめなよ」
そう、私は苛立ちから髪は真っ赤で顔は笑顔だ。
「うるさいバカ2人は黙って。アート、お手」
アートは何のことかわからずに手を出してくる。私はアートの手を取って強制的に追体験をする。真名を知っていて力の源の私は問題なく追体験が出来る。
「何アンタ?私に注意された日の夜中には王様に誘われてたの?」
「…」
アートは黙って何も言わない。
「バカアート」と言うとようやく諦めて「ごめんなさい」と言う。
今にも泣きそうな暗い顔でこちらを見てくる。
周りの皆はアートが泣いたら私を止めようとしている。
「まあ始めちゃったならやり抜くしかないからやり切りなさいよね」
「え?いいの?」
驚いた顔のアートがこっちを見る。
「仕方ないでしょ?もう…ちゃんと戦神達にお礼は言った?」
「うん!」
「皆もごめんなさい。後はありがとう」
私も保護者に近い立場として皆に謝罪とお礼を言う。
「ほらね。チトセなら感謝するって言った通りだったろ?」
「それにしてもよく見破ったね」
王様と黒さんは満足そうに話し始める。
「痕跡が無いのが気になるくらい綺麗でスムーズ過ぎたのよ。それで違和感を覚えたの」
思った通りの事を伝えると思い当たる節があるのか皆が納得をする。
「リリオに似た感じ方か…。そこからよくここまで来られたね」
「チトセは個人のライブラリ参照を嫌うからもう少し先だと思っていたよ」
「ライブラリ参照のやり方を東さんに教えてもらったのよ」
東さんの名前を出すとアートは「え?パパ…」と言ってみるみる顔が青ざめて行く。
「一応私預かりだから怒られないと思うけど、帰ったらごめんなさいを言いなさい」
「はい……」
アートは東さんに知られた事で震えている。
「やっぱりチトセは怖いなぁ」
「そんなだから戦神や複製神は恐れ慄いていたんだよ」
…今のは東さんに怯えているのであって私に怯えているのではないのに何を言うんだ何を?
**********
「それで?アートの計画ってどうなってるの?」
「え?」
戦神に淹れて貰ったお茶を飲みながらアートに聞く。
アートは突然のことに聞き返してくる。
「この人数で集まってエクサイトを救うのなら計画くらい考えるわよね?」
「うん」
「言いなさい。大体同じになると思うけど一度キチンと言葉にして」
そうしてアートの計画を聞くと私の考えよりもエクサイトに女神として関わっていくものだった。
「そこまで踏み込むの?」
「チトセの考えはどうだったんだい?」
驚く私の横で王様が聞いてくる。
「私は神化したタカドラにエクサイトを任せてジルツァークを丸裸にして対等になった所でこっちに呼び出して話し合い」
「それだと甘いと思うよ」
黒さんがアートの横で甘いと言う。
「えぇ?」
「ジルツァークの人質はエクサイトだけじゃないよね」
「う…」
「チトセならわかるだろ?」
王様と黒さんが続けざまに言ってくる。
そう、ジルツァークの人質はエクサイトだけではない。
それは知っている。
「うん」
「それに亜人界に意識を向けたかい?」
「まだ見てない」
「見た方がいいよ」
そう言われた私は意識を亜人界に飛ばす。
やられた。
そう出たか…。
「見たね。亜人達がジェイド達に歓迎ムードだったでしょ?」
「これだと間違いなく亜人達の命を人質にしてくるよ」
そう、絶対に仲良くして情が移った所で「仲良くなった亜人を殺せるの?」って迫る奴だ。
「うん。ジルツァークはロクな事考えないね。でも亜人達って…」
「うん。ジルツァークの命と繋がっている」
そう、ジルツァークは亜人を強い種にする為に人間と変えたモノ、変わってしまったモノが何個かある。
首から顔にかけての模様
尖った耳
性欲、繁殖の消失
ジルツァークの命令に従う事
そして…
ジルツァークと命を繋げる事
性欲、繁殖の消失とジルツァークの命令に従う事はジルツァークが願ったモノではない。
痩せた大地で生きていけるように願った結果不足していて勝手に出来上がっていた。
その事を知ったのは人間のセッティングを地球の神様に教えて貰いに行った時だった。
地球の神様がジルツァークに亜人達の命はジルツァークと直結していると教えていた。
「後は治癒神に教えて貰ったジェイドの問題点がある。
ジルツァークはエクサイト、亜人、ジェイドの3つを使って交渉してくる」
王様が忌々しい言い方をする。
ジェイド?何があるの?
「え?ナースお姉さん?」
「ジェイドを見ていて気付いたのよ。ジェイドの体の勇者としてのジルツァークの加護は異常よ。
調停神チィトとして千歳がサードにあの祝福を作れる?
ゼロガーデンにアーティファクトを作るなら問題点はどんなものにする?」
ナースお姉さんがやや怖い顔で聞いてくる。
千歳としてではなく女神チィトに聞いている。
「ジェイドの体の勇者の加護…、即死すら無効化する肉体の修復。疲労も何も無い身体。
発動条件は生への執着」
「しかも常時発動しているのよ?」
そうだ、常駐型で恒常的に機能をする能力…。
「名前は「神の加護」「生への執着」にしたとして級は間違いなくS級になる。
問題点は寿命…、怪我の度合いに応じて命を削るアーティファクトにする?ダメ、問題点が甘過ぎる。持っているだけで寿命が削られていくくらいにしないと…」
「そう、それをジルツァークは実現してジェイドに備え付けているの」
そう考えると確かに異常だ。
あの再生能力は異常だ。
「千歳ならわかるわよね?ジェイドの魂を見てご覧なさい」
先輩お姉さんに言われた私はジェイドの魂を見る。
寿命、魂の総量なんかはキチンとある。
ジェイドはキチンとお爺ちゃんになって死んでいける。
だが決定的に違う事があった。
「傷だらけ…」
「そう、ジェイドの魂は度重なるダメージでボロボロになっているのよ。
あの状況でも生きているのはジルツァークの加護が優先されているから。
でも仮に加護を外されたらどうなる?」
加護を外す。
そんな物は決まっている。
今は言うなれば支払いをツケにしてもらっている状態だ。
一気に催促されれば破産してしまう。
「最悪即死する」
「そうよ、まあこの問題はジェイドだけじゃないわよ」
「セレストやミリオンも加護を外されたらそれまでだわ」
ナースお姉さんの後を追うように先輩お姉さんも意見を言う。
その通りだ、敵中で加護を外されて丸裸にされたり、戦闘中魔法や剣技を発動するタイミングで加護を外されればほぼ助からないだろう。
「チトセも見ただろ?一子相伝みたいなフリをしているけどジルツァークの勇者の力はジルツァークが選んだ人間に使用権を与えているだけだ」
「うん」
「そもそもジルツァークの加護で与えられた魔法も剣技もアーイさんの「奇跡の首飾り」に近い」
アーイさん、ゼロガーデンに住む西の国のお妃様、S級アーティファクト「奇跡の首飾り」を授かった人。
「奇跡の首飾り」自体はショートカット機能を持った端末に過ぎない。
瞬間的に効果と問題点を知る他のアーティファクトを再現する。誤作動を防ぐ為に詳しく効果と問題点を知らないとアーティファクトの再現は不能だが知ってさえ居れば魂を削る王様の使う「革命の剣」すら魂を削らずに30日間の昏睡で済む。
「加護を外されると何も出来なくなる」
「そうだ、ミリオンは魔法の基礎も知らないただの姫になり、セレストは多少剣の知識があっても剣の重さに振り回されるようになる」
「その段階でジルツァークに迫られたらどうなる?」
「…死ねばワイトのように事実を捻じ曲げられるし生きていてもジルツァークの傀儡になる」
「そうだ。だから僕達はアートと計画をした、エルフの剣技や魔法なんかはジルツァークの剣技や魔法と基礎は同じだ」
「だから長期滞在をさせるのね」
「そして上層界の栄養のある食事でジェイドの傷を治す」
ここまで黙って聞いていたアートは「それには手が足りなかったからタカドラとヘルケヴィーオとワタブシを頼ったの」と口を開く。
「了解したよ。アート、ここまでやったんだからやり切りなさい」
皆のお陰で間違った方向には進んでいなかった事が私を安心させる。
「チトセは今晩来る?」
「今日はやめとく。きっとジョマがヤキモキしてるから話し相手になってくる」
アートの方が心配ならジョマを後回しにする事も考えていたが皆が居てくれるのならアートの事は後でいい。
今はジョマの方を優先させる。
間違いなく傷ついて凹んでいると思う。
ジョマの名前を聞いてアートは「ママ…」と言ってしょんぼりしてしまう。
その顔を見た王様が「チトセにしか出来ない事だからよろしく頼むよ」と言ってくる。
**********
私は帰宅をするとお父さんとお母さんにエクサイトの状況を告げる。
「京子の奴、大人しいと思ったらコレか」
「ふふ、そんな所だと思ったわよ」
お父さんが呆れてお母さんは嬉しそうに笑う。
「千明?」
「お母さん?」
お父さんと私は何でお母さんが嬉しそうなのかわからずに顔を見てしまう。
「だって京子ちゃんは千歳から力を授かった子よ?これが昔の千歳なら私や常継さん、ルルさんやツネジロウさん、ツネノリに止められて従ったかしら?」
お母さんが10年前や6年前を思い出しながら懐かしそうに言う。
雲行きが一気に悪くなった私は「ぐっ…」と言ってしまう。
「確かにな、サードの時もあれだけ周りに止められても神化してコピーガーデンを救ったしな」
お父さんも思い出したように6年前の話を持ち出してくる。
「あれは…」
「まあ喉元過ぎれば熱さを忘れるだ」
お父さんがしみじみと言う訳だが喉元を過ぎればと言う話は散々神の世界でナースお姉さん達からも言われている。
確かに私はまたやるタイプだ。
私は面白くない気持ちのまま「またやるって思ってる…」と口にしたがお父さんの言い分は違っていた。
「そんな話じゃない」
「へ?」
「大変だったが無事に終わったんだ。
俺達も終わり良ければ全てよしでサードの件も良かったと思っているんだ。
今回の京子の行動も無事に終われば良かったなと思えるさ」
「そう言う事、折角千歳も振り回す立場から振り回される立場になったんだから頑張りなさい」
「うへぇ…。自分で動く方が楽かも」
「親ってそんなものよ。皆気を揉むのよ」
親って大変なんだなぁ。
初めてガーデンを知った14歳の夏の日、あの日の私は親がこんな事を考えている何て思わなかった。
「そんで、どうすんだ?今夜から夜中も京子に付き合うのか?付き合うなら東に残業代でも払わせるか?」
お父さんがケチツギの顔になって言う。
「別に残業代なんていらないよぉ。今晩はアートじゃなくてジョマと話してくるよ」
確実にジョマはおかしくなる。
そうならない為にも私はジョマのケアを優先する。
「あー、千歳よりもヤキモキするのが居たな」
「そうね、道子さんも心配よね。じゃあお風呂ついでにセカンドのセンターシティに行ってきなさい」
夕飯の片付けもそこそこに後はお母さんが「やっておくから行ってらっしゃい」と見送ってくれた。
東さんに聞くと夕飯も終わっていると言うのでお邪魔をする。
「お邪魔しまーす」
「千歳様」
玄関に来てくれたジョマは案の定暗い顔をしている。
「アートは?」
「まだ起きてます」
「その話は後にしようか」
「え?」
「ジョマがそんな顔をしてるならアートも辛いだろうからね」
「千歳様…」
私がリビングに行くとパジャマ姿のアートが暗い顔で起きていた。
早く寝てエクサイトに行きたいんだけどジョマが気になってしまっていると言う感じだ。
東さんはそれを少し困った顔で見ている。
私は東さんに挨拶をした後でアートを見る。
「アート」
「千歳」
私の名前を呼ぶアートは嬉しそうではない。困った顔で見てくる。
「しっかりやってきてよね!」
「え?」
ここでエクサイトの話をされると思っていなかったのだろう。
鳩が豆鉄砲を喰らった顔をしている。
そしてその顔も愛らしい。
「なに?自信ないの?私とジョマと東さんも付き添う?」
「いらないよ!」
急にムキになったアートが声を張る。
「ならなんでそんな顔をしているのよ?」
「パパとママが…」
まあ、言いにくいよね。
ここは先読みしながら誘導をしてあげる。
「内緒にしていた事は謝ったんでしょ?」
「うん」
「怒られたの?」
「ううん」
「ならなに?」
「パパとママが悲しい顔をしたから…」
だよねー。アートは優しい子だから我慢できないよね。
「したから?」
「悪い事をしたんだなって思ったの」
「それなら次からはキチンと相談しなさい」
「うん」
**********
アートの顔つきが暗い原因は両親が悲しんでいたからだったが次からはキチンと相談をすると言う話で落ち着いた。
「それにジョマは怒ってないよね。嬉しいもんね」
「え?」
「千歳様?」
ジョマもさっきのアートと同じ顔で驚いて私を見る。
「女神イロドリなんてジョマの装飾神に合わせて名乗るなんてアートも粋な所があるよね。
アートは一緒にスーパーに行った時に見かけたお弁当のポスターに書いてあった「彩」を見てイロドリにしたんでしょ?」
「うん。千歳がおしえてくれたからその名前にしたかったの」
アートは照れてモジモジしながらジョマの顔を見て言う。
「アート!」
ジョマは泣きそうな顔で喜んでいる。
「ほら、エクサイトが助かったらお肉弁当作ってあげるわよ。あのポスターみたいなお弁当が食べたいんでしょ?頑張りなさいよ」
「うん!」
ジョマの喜ぶ顔が見れたアートはいつものテンションになってくれる。
「アート?何故ママではなくて千歳様にお弁当を頼むの?」
「アート、ママはいつも一生懸命美味しいお弁当を作ってくれるよね?」
ジョマも東さんも困り顔でアートに聞く。
「…ママは好き嫌いしちゃダメってお野菜入れるから」
「アートは嫌いな食べ物無いでしょ?」
ジョマはお母さんの顔でアートに聞く。
だが違うんだジョマ。
そう言うんじゃないんだ。
「違うよジョマ、アートはお肉だけのお弁当が食べたいんだよ。好きとか嫌いじゃなくてただお肉だけの弁当が食べたいの。そう言う日だってあるんだよ。それにあんまり言うとお野菜の話が出てきたりするでしょ?
アートはジョマが気にするから言えないんだよ」
私がいつものジョマを支える調停神の顔で言う。
「そうなのアート?」
「うん。ママのお弁当も好きだけどお肉弁当をお願いしてもお野菜の事とか言われると思ったの」
「じゃあママが千歳様からお肉弁当の作り方を聞いて作ったら食べてくれる?」
「え!?ママも作ってくれるの!?やったー!!」
アートはもうニコニコだ。
アートはアートで大好きな両親と私の板挟みにこうして困る時もある…ってママも?
「アート?ママもって事は二個食べたいの?」
「うん!アートは千歳とママのお弁当を選べないよぉ〜」
くっ、可愛いじゃないか。
「ジョマ、じゃあメニューがかぶらないように打ち合わせして作ろうか」
「はい!よろしくお願いしますね千歳様!」
「よし、じゃあアートは歯磨きしたら眠りなさい。
エクサイトの事はよろしくね。
今日はなにをするのかちゃんと覚えてる?」
「うん!ジェイドにアートの言った通りになったでしょ?って言って、ヘルケヴィーオと話を合わせてもらって駐留してもらう話だよ。
後は勇者の力を奪われたときの話とそれに備えた修行の話。
リュウさんには神通力でジルツァークの加護を無効化する方法をおさらいして貰うよ」
よし、しっかりと覚えている。
まあ、向こうには皆が待機しているからおかしい時には修正してくれるだろう。
「それが出来ればバッチリだね。不安なら千歳とパパママも行こうか?」
「平気、キヨおじちゃん達も居るもん」
アートは背伸びをしたお姉さんの顔で平気と言う。
「んじゃよろしくね」
「え…うん」
そう言ったアートはもう一回だけ私達の顔を見てから眠りにつく。
「東さん」
「うん。夢の世界でキヨロス達がアートを迎えてくれたよ」
やはり東さんはアートが心配でバレないように追跡をしてくれている。
「じゃあジョマは私とお風呂行こうよ。アートの眠る時間に合わせたからお風呂に入ってないしお母さんからもジョマとお風呂に行ってきなさいって言われたんだよね」
「千明様が?」
「うん。いいよね東さん?」
「構わないよ。ジョマ、行っておいで。僕は陰ながらアートを応援しておくよ」
「京太郎…」
「ほらほら行こうよ」
私は困惑するジョマの手を取ってお風呂へ向かう。