エクサイトに関わる千歳とアート。
「わかったわよ」
私は出勤してすぐに地球の神様の所に行く。
「早いな千歳」
「ジルツァークが何の神かわかった気がするから言わせて」
「流石は千歳だな。言ってくれ」
「ジルツァークは努力の神、もしくは可能性の神じゃない?」
昨日ビリンさんと話した中でわかった事を言う。
「…惜しいな。近いし別の側面で見れば正解とも言える」
「じゃあ正解は何?」
惜しいって正解じゃないの?
「ここまで答えに近付いたのなら言っても問題ないだろう。
ジルツァークは人に共感できる神。共感神だ」
「共感の神?」
「そうだ。私は昨日、ジルツァークは人の為になれる神だと伝えた。
努力や可能性だけではない。
苦労をする事で人の立場に立って人の苦労に共感し寄り添える神」
「それであんなに人に頼られたいんだ…。その為に本能を満たしたくて世界の創造をする」
「そうだ」
そう言われると昨日の努力の神よりもすんなりと受け付けられる。
苦労を分かち合いたい共感したいと思えるから人が離れていくのが嫌で敵を用意するのか…。
「それ、何でジルツァークに教えてあげないの?」
「ただ言われて何になる?壁にぶつかった時に知るからこそ意味がある」
…成る程ね。
それで壁にぶつかる日を何年も待っていたと言う訳ね。
「千歳の用事は終わりか?」
「後は神の世界でアートにアーティファクトを作るわ。効果は残酷表現の緩和。子供向け番組くらいの残酷表現になるようにするから」
もう考えはまとまっている。後は作るだけだ。
「素晴らしいな。それでこの先の事は考えているか?」
「簡単にならね。
私はこのアーティファクトが出来てもアートが申し出るまでは教えない。
地球の神様と同じ。先に言っても意味がないわ」
「わかった。仮にアートが私を頼った時には千歳を呼ぶ事にしよう」
私は神の世界にある東さんの家に向かいながらトキタマ君にも同じ話をする。
トキタマ君は「了解です」と言って飛んで行った。
まあ王様と話をするのだろう。
東さんの家でアーティファクトを作った私はサッとエクサイトを見てみると今日のジルツァークは楽しそうにジェイド達と歩いている。
今はこちらの1日と向こうの1日は時間軸が同じだからある程度は閲覧で事が済む。
アートが申し出るまでに6日かかった。
多分アートはアートで悩んだのだろう。
それでも地球の神様に「エクサイトのことを知りたいの」とキチンと言った。
そして私が呼ばれた。
「アート」
「千歳…」
アートは怒られると思ったのだろう。
物凄い困った顔で私を見る。
「そんな顔しないの。千歳はアートを待っていたよ」
「え?」
「エクサイトが見たいんだよね?」
「うん」
「じゃあ約束して」
「約束?」
「そうだよ約束。1つは手を出さない事。もう1つは大人のいない所でエクサイトを見ない事」
「なんで?」
「手を出さないのはエクサイトがジルツァークの世界だからだよ。ガーデンにメガネが手出ししてきたらどう思う?」
「嫌だよ。そっか…」
「そうだよ。後エクサイトは怖い世界だから必ず大人の人と見るの。大人の人がダメだって言ったらやめる事。その約束が守れなきゃ見てはダメ。守れる?」
「…うん」
「よし、じゃあアートには千歳が作ったアーティファクトをあげるね」
私はそう言って伊達メガネを渡す。
「メガネ?」
「そうだよ。これは「表現の緩和」これをかければアートがエクサイトを見ても怖くないよ」
アートはうれしそうにお礼を言うとメガネをかける。
真っ赤で厚い縁のメガネがアートによく似合う。
「似合う?」
アートはポーズをつけて私を見る。
「アート、あんたは可愛いねぇ」
「良かった。じゃあエクサイトに行こうよ!」
アートは褒められて嬉しそうにしている。
「その前に練習。行くよ」
私はアートを連れて瞬間移動をする。
**********
前もってこの世界の神に許可は取ってある。本人も「構わない」と言ってくれているので気兼ねなく神の領域に踏み込む。
「ここ、コピーガーデン?」
アートはひと目でコピーガーデンと認識する。
造りはゼロガーデンと全く一緒だから潜在的に理解したのだろう。
「そうだよ。コピーテッドは呼ばないでライブラリ参照を教えるからね。
エクサイトだと思って実践しなさい」
「うん」
「ライブラリ参照」
私の声で一冊の本が出てくる。
そしてそれをしまう。
「アートもやって」
「うん。ライブラリ参照」
だが本は出ない。
「あれ?」
「あ、そうだね。アート、この部屋に世界の記録がある事を意識して、部屋に出してもらう事を考えて」
「うん。ライブラリ参照…出たよ!」
今度はキチンと出た。
「アート、一度「表現の緩和」をつけないで本を開いてみて」
「うわ…字が小さいし読めないよ…。…は、りり…に…れました?」
「うん。「表現の緩和」をつけてみて」
「うん。あ!幼稚園の絵本と同じになったよ!」
アートが嬉しそうにライブラリを見る。
「読んでみて」
「うん!」
アートは適当に本を開いて書いてあったページを読む。
「てっどはりりおにおこられました。
「てっど!だめでしょ!なんでまりおんさんのおねがいばかりきくの?」
「だが、かあさんが」
「だがじゃないの!もうばつでてっどにはあかちゃんはなし!さんねんかんはおあずけです!」
「なに!?」てっどはこまってしまいました。
りりおになんかいもごめんなさいというけどゆるしてもらえません」
ああ、一昨年の奴か…。
一昨年テッドは神になるべく、神と言う事を隠して旅人のふりをして街を歩いたりして人々の悩みに寄り添っている。
その中でマリオンさんのお願いを聞きすぎてそれがバレてりぃちゃんから滅茶苦茶怒られていた。…マリオンさんのお願いは際限がないから聞いちゃダメと教えたけど一緒に二の村に住んでいる事もあるしテッドには断れないだろうなぁ…。
そして3年間は赤ん坊を意識した子作りを禁止と言われて随分と落ち込んでいた。
私とりぃちゃんのハッキリとした違いはりぃちゃんはNOと言ったらNOなのだ。
そして私はアートの視点で今の部分を見届けると「表現の緩和」に手直しをしたくなる。
「アート、少し直すよ」
「え?何処が?文字も読めたし絵も描いてあったよ?」
「来年は7歳でもう小学生だからもう少しお姉さん向けの絵本にしてあげるよ」
そう言って「表現の緩和」に手を出して変更を加える。
「アート、もう一度今の部分見てみて」
「あ、なんかかわった!カタカナと漢字もある!漢字の横にひらがながついてる!赤ちゃんってこういう字なんだね!」
小学生の教科書を意識して変更した。
これならアートの勉強にもなるだろう。
アートが大人っぽくなった本に喜んで小躍りをしている。
だが私の主観なのかアートの感覚なのかイラストが面白いな。それに可愛らしいからこれならエクサイトを見ても問題ないでしょう。
「千歳、読むよ!
「テッドはリリオに怒られました。
「テッド!ダメでしょ!何でマリオンさんのお願いばかり聞くの?」
「だが母さんが」
「だがじゃないの!もう罰でテッドには赤ちゃんは無し!3年間はお預けです!
「何!?」テッドは困ってしまいました。
リリオに何回もごめんなさいと言うけど許してもらえません」
「お、いい感じだね。アートは音読が上手だね」
「えへへ。ありがとう」
「いやいや。とりあえずそれでエクサイトに行こうか」
「うん」
そうしてアートはライブラリを使ってエクサイトの歴史を読み進めていく。
私はジルツァークを気にしながらジェイド達の旅を見守る。
ジェイドは自分の身体に施された体の勇者としての力が不十分で夜になると人間によってやられた拷問で負った傷が浮かび上がって傷だらけになってしまう。
それを気にしていたがセレスト達とセレストの妹のリアンの言葉で立ち直っていた。
不十分…本当にジルツァークが失念をしていたのかこれすらジルツァークの計画なのかは怪しい所だ。
そのジェイド達はジルツァークの指示で「聖女の監視塔」を目指していた。
アートは何とか読み終わっていた。
途中、傷だらけのジェイドの描写を心配したのだが「表現の緩和」がいい仕事をしてくれてそんなに気にならないデザインになっていた。
「監視塔に何があるのかな?」
「明日だからまた明日来よう」
**********
アートは気持ちが大きくなっていた。
エクサイトの歴史を追った事で事態は理解した。
千歳には何か目的があって自分と一緒に世界を見ている事をアートは理解出来た。
だがこれは実際に問題のある状況だ。
アートが見ているエクアサイトは「表現の緩和」のお陰でかなりマイルドになった世界だがアートにはそれの真意が伝わらずに余裕だと思っていた。
実際、ジェイドの戦い方はかなり残酷だ。
そもそもジェイドはジルツァークのマッチポンプで復讐者に仕立てられていて、怒りと恨みを全て亜人に向けていた。
ジェイド自身も多少の怪我なんて何も気にしない。
鋼鉄の棍棒で頭を殴られても超再生してしまうが実際に閲覧している千歳は目を背けたくなる映像だ。
だがアートの中では幼稚園で読んだ桃太郎と何も違わない。
「桃太郎は鬼をやっつけた」と同じで「ジェイドは亜人をやっつけた」
そうとしか書かれない。
イラストも鋼鉄の棍棒を持ったジェイドと攻撃を喰らって泣いている亜人でしかない。
ジェイドが囚われていた防人の街での戦闘だが千歳が閲覧したライブラリでは…
―――――――――――――――――――
「お前ら全部皆殺しだ。かかってこい!!」
ジェイドは笑いながら目に映る全てを殴っていく。
殴って殴って殴り続ける。
後ろからの不意打ち、横からの攻撃…、正面からの斬撃。その全てを無視してひたすら棍棒を振るい続ける。
槍が身体を貫こうが剣が深々と突き刺さろうがそれは再生する肉に皮膚に押し戻され弾かれて抜けていき次の瞬間に怪我は治る。
ジェイドはそんな些末な事を気に留める必要は無い。
死ねないのだから痛みはあるが有効活用をする。
「惜しかったな!次は殺せるかもしれないな!殺してみろ!俺を殺してみろ!!」
そう言いながら次々と敵を倒していく。
―――――――――――――――――――
こう書かれている。
映像を見れば鋼鉄の棍棒で殴られて身体の中身をぶちまけている亜人達が居る。
だがアートの視点では「ジェイドは亜人達をやっつけた」の一言なのだ。
この日、ジェイドは聖女の監視塔で運命の出会いを果たす。
間もなく命が尽きるカナリーと言う聖女がジェイドに会って謝罪をしたいと言っていた。
聖女は人間界と上層界の間に壁を作る使命を持っていて命を削って壁の維持をしていたのだ。
だが壁にトンネル状の穴が開いている。
この穴が無いと壁が崩壊するとカナリーが説明していた。
カナリーはこの穴の為に亜人が人間界を襲いジェイドの故郷を滅ぼして4年もの間ジェイドを拷問で心身ともに痛めつけたと思い込んでいて謝罪をしたいと言っていた。
この日は事態のターニングポイントだったと思う。
現に千歳は聖女の監視塔で聖女に選ばれた女性も選ばれなかった女性もとんでもない使命を持っていて目をそむけたくなった。
出来る事なら今すぐエクサイトに赴いて全てを解決したくなった程だ。
聖女に選ばれれば壁の維持で聖女になって10年で寿命が尽きる。
聖女に選ばれない女性は短命の聖女を失わないために、次の聖女を産み続けなければならない。
3人の女性を産むまで望まない出産をしなければならなかった。
カナリーは間もなく命が尽きる。
カナリーの妹のフランが次の聖女になった。
そしてカナリーの姉のアプリは聖女を産むために村の男を受け入れていた。
正直耐えられない。
だが「表現の緩和」があるアートにはこの部分がマイルドになっていた。
聖女のカナリーは世界の為に命を燃やして壁を張っています。
カナリーの妹のフランは次の聖女です。
カナリーのお姉ちゃんのアプリは次の聖女を産んでくれます。
こう書かれていた。
ここにある葛藤なんかはかかれない。
イラストも3人がガッツポーズで頑張っている風のイラストだった。
この日、千歳は尊い物を見た。
ジェイドの夜になると浮かび上がる傷をカナリーが聖女の力、最後の命を振り絞って除去していた。
その事をジェイドに伝えるためにカナリーは祈り続けていた。
信じている女神ジルツァークと自分自身の身体にジェイドの傷が浮かび上がる夜まで生きたいと祈っていた。
その祈りが通じた時…
「良かった…、頑張れたわ…私、頑張った!………」
カナリーは心の底から嬉しそうに声を震わせて泣きながら喜んだ。
「この…言葉を言いたくて…、身体に…ジルツァーク様に…祈ったの………」
そう言って弱々しかったカナリーはジェイドを見て「ふふ…、ジェイド様…、傷なんてありませんよ」と力強い声で言って旅立っていった。
カナリーはジェイドから傷を除去する事で心の傷を取り除くきっかけを作っていた。
同じ女性として尊敬してしまうほどだ。
だがアートの方ではここまでの重厚さも無い。
死ぬ時にカナリーがジェイドの為に最後の命で傷を取ったとしか書いていない。
…千歳は後悔していた。
「表現の緩和」が悪いアーティファクトだとは思わない。
だがアートをエクサイトに関わらせたことは良くなかったと思い後悔していた。
**********
「ジョマ、東さん…今いいかな?」
私はエクサイトから戻ると神の世界に東さんとジョマを呼ぶ。
もう夜になるのであまり長く引き止められない。
アートの事はトキタマ君にお願いをした。
「どうしたんだい?」
「千歳様?」
私の顔つきを見て東さんとジョマは心配してくれる。
「ごめんなさい。私間違えちゃっていたよ。
エクサイトは関わるべきじゃなかった。
ううん。
アートを関わらせるべきじゃなかったよ」
思ったままを口にする。
そう、関わらせるべきではなかった。
「アートはご機嫌でしたよ?」
「千歳が凄くいいアーティファクトをくれたって家でも嬉しそうに言っていたよ?」
アートからしたらそうなるだろう。
だがそうではない。
「「表現の緩和」自体は悪くなかったと思う。
でもあのアーティファクトは命を軽んじる。
目を背けたくなるような戦いも一言「やっつけた」で終わってしまうの」
「それで千歳は何を思ってどうしたいんだい?」
「出来るならここでアートには諦めさせたい。
エクサイトの行き着く先はきっと滅びの世界だから諦めさせたいの。
滅びを絵本調で簡潔に「エクサイトは滅びました」で済ましていい世界じゃないの」
だがその時背後から声がした。
「アートは諦めないさ」
「え?王様?」
「トキタマに呼ばれたから来たんだ。ずっと見ていたよ。
チトセ、君はどうしたい?ただ言って諦めさせるの?別の考えもあるだろ?」
「…」
王様には見破られている。
言葉に困っている私をよそに王様はジョマを見る。
ジョマはキョトンとしている。
「ジョマはもっとしっかりしなよ」
「え?」
「昔のジョマなら今のチトセの行動はイライラしただろ?」
王様がジョマを見て遠慮なんかしないで言う。
「親が必要以上に手を貸すなんてジョマは嫌だろ?」
「…」
かつてジョマはそれが嫌で東さんのやり方を非難していた。
だが母になって考えが変わったのだろう。今は非難していないどころかジョマの方が甘い感じがする。
「それにここがチトセの限界だよ」
「はぁ?何よそれ?私は」
突然悪く言われた私が反応をする。
「言い方が悪かったよ。ここが親でない者の限界だよ。チトセはあくまでやれて姉までさ」
「…」
何も言い返せない。
自分自身でも今が限界に近いと思っている。
「チトセ、君の考えをもう一度言って」
「…私はアートにエクサイトに関わる事を諦めさせたい」
「なぜ?」
「重い世界で今のままならハッピーエンドに程遠い世界だから。まだ6歳のアートには早いよ」
「そう。それでアートが諦めなかったら?」
「「表現の緩和」を無効化した中でアートにエクサイトを見せたい」
「そこで終わり?」
「その後はきっと怖い夢を見るから一緒に眠ってあげたい」
私はここまで考えていた。
「まったくチトセは言いたい事を後に回すのは相変わらずだなぁ。キチンとそれを言えばいいのに。神様?ジョマ?」
王様が呆れ口調で言う。
これは言い返せない。
「…僕は千歳に任せるよ。まだ早いけどアートも女神だからね」
「…そんな、京太郎?」
東さんの考えにジョマが驚いた顔をする。
東さんは私の考えを許してくれた。
「ジョマ、千歳もキヨロスもアートを困らせたいんじゃないよ。
アートの為を思ってエクサイトを見せてくれたしエクサイトに触れさせたくないと思ってくれた。
そして今もこうして悩んでくれている。
僕たち親もそれを受け入れよう」
東さんの決して引かない顔。
この顔の…考えを尊重している時の東さんは揺るがない。
ジョマは納得のいかない顔でため息をつくとこちらを見る。
「…千歳様。アートをよろしくお願いします」
「ジョマ…ごめんね」
「千歳、謝る事はないよ」
「東さん、ありがとう」
「チトセ、僕には?」
「言う気なくなった」
私がジョマに謝罪と東さんにお礼を言うと王様が催促してくるが催促の段階で言う気は無くなった。
「酷くない?」
王様が嬉しそうな反応を示す。
まったく、この人も相変わらずだ。
**********
私はアートに諦めさせる為に少し準備をする。
アートは東さん達が一度連れて帰ってくれた。
神の世界でナースお姉さん達に声をかけてビリンさんの所には会いに行った。
ナースお姉さん達は「そうだね。皆辛いけどそれがいいと思うよ。大怪我してからじゃ遅いわよ」と言ってくれた。
ビリンさんも「おう。アートは俺達で守るんだろ?チトセがアートとぶつかる日は俺が頑張るから安心しろよ。後は今晩の件もOKだぜ」と言ってから私を抱きしめてくれた。
「ごめんね」
「バカ、また自分を追い込んでるな?そんな必要ないだろ?先に俺にもエクサイトの情報をくれよ」
私はビリンさんにキスをする。
昔からキスをしながら追体験をするようにしているからだ。
ジルツァークの作り出した世界。
ジェイド達の戦い。
カナリーの願い。
そんな物を見せる。
唇を離すとビリンさんが少し悲しげで神妙な顔つきになる。
「確かに簡単に見ていい世界じゃないな。
チトセは間違ってないさ。
アートはまだまだお子様だからわからないんだろ?
教えてやるのも大人の責任さ」
「うん…。ありがとう」
どうしても優しい声と顔つきで肯定されると泣きそうになる。
その事すらわかっているのだろう、少しモジモジとした後でため息をひとつついて微笑むと…「ったく、そこまで思い詰める前に俺を呼べよな?」と言ってくれたので「ビリンさんのクセに」と返す。
そう言われていつもみたいに「酷え」と言って笑う。
その変わる事のない笑顔に私は少し癒された。
ジョマと東さんには夕飯前にアートと話して、その後で夕飯を食べてから3人で眠る話をする。
土曜日の夕飯に家に居ないのは申し訳ないのでお父さん達に説明をしたら事情を理解してくれて送り出してくれた。
顔つきが険しくなっているのだろう。心配そうにお父さんが「抱え込むなよな。千歳は間違ってない。京子の事もキヨロスの奴じゃないが俺たち親の方がいい事もある。そんな顔するな。親になりたきゃビリンに頼め」と言って笑ってくれた。
そう、緊張で顔つきが険しくなってしまっていると思う。
私はこれから大好きなアートに注意をしなければいけなくなる。
きっと泣かれるだろう。
もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。
そう思うと心配でどうしても顔が険しくなってしまうのだ。
「アート」
迎えに行った私は玄関でアートを呼ぶ。
「千歳?」
アートが驚いた声で家の中から私の元に駆けてくる。
「千歳様」
その後ろからジョマが来てくれて私を見ると頷いてくれる。
心の声で「エクサイトを見ました。見た事で千歳様の言いたい事はわかりました。でもまだ心からアートをお願いしますって言えません。ごめんなさい」と言われる。
私も「その通りだよ。ごめんね。私が良くなかったよ」と謝る。
「いえ、千歳様は悪くありません」
「ううん。ごめんね。やりすぎちゃったらフォロー頼んで良いかな?」
「はい」と言うジョマの悲しげで優しい声が私を更に申し訳ない気持ちにさせる。
一瞬の事なのに空気を察したアートが心配そうにこちらを見る。
「千歳?」
「何でもないよ。今日は千歳とお話ししてお泊りしよう」
「本当?」
まだ何も知らないアートはお泊りと聞いてご機嫌だ。
その顔がまた私を追い込んでいく。
「アート、じゃあトイレに行ってお片付けをしてきなさい」
ジョマに言われて明るく返事をしたアートがリビングに走って行く。
「千歳様、どちらに行かれるんですか?」
「エテにする。女将さんにはさっき少しだけ事情を説明したの。アートにピッタリの夕飯を用意してくれるって」
「ありがとうございます」
「ううん。明日の朝まで2泊してくるよ。2日目はセカンドのセンターシティでプールにするよ」
「お待たせー」
アートがお泊まりセットを持って東さんと現れる。
「済まないね千歳」
東さんの顔と声はとても優しい。
自分の考えや行動が許される気になる。
「ううん。行ってくるね」
私はアートと手を繋ぐとエテに行く。
エテではビリンさんが既に準備万端で待っていてくれた。
「ビリン!」
「おう」
「いひひ、ビリンと千歳とお泊まりだ!」
ニコニコ顔のアートを見ると今も心が痛い。
私の顔を見たビリンさんが手を握ってくれて神如き力で「自信を持て、俺がいる」と言ってくれた。
今日の部屋は話し合いが出来る様に離れにしてくれた。
この部屋はカーイさん達が一晩中営んでも声も何も漏れないようになっている。
普段だったら思い出したりイメージをしてしまって赤面してしまうが今日は赤くなることは無かった。
「わ、初めて来たよ。すごい綺麗な所だね」
アートは着席して部屋を隅々まで見て驚く。
「だな。すげぇよな」
ビリンさんが口数の少ない私の為に場を盛り上げてくれる。
少ししたと所で私は意を決して「アート、今日は大事な話があるの」と言う。
**********
「話?」
アートがキョトンとした顔で私を見る。
「うん。アート、エクサイトを見るのはもうやめよう」
私は直球勝負でアートに言う。
「え?…なんで?」
アートは賢い子だ。
理由もなく「わかったよ」とは言わない。
「このままだとエクサイトは滅びの道を進むと思う。アートはそれを我慢出来ないよね?」
「…」
「それにねアート、「表現の緩和」で随分と軽くなっているけどエクサイトは重い世界なの。まだ6歳のアートに見せたくないの」
「平気だよ〜。千歳のくれたアーティファクトがあるからアートは耐えられるよ〜」
アートは何もわかっていない顔で明るく答える。
そうじゃない。
そうじゃないの。
「アート、ジェイドの戦いはかなり野蛮なの。棍棒で殴られた亜人達は苦しんでるの。
アートが読んだライブラリみたいに「ジェイドが亜人をやっつけた」みたいな話じゃ無いんだよ」
私は必死になって伝える。
何とか納得をしてもらいたい。
「平気だよ」
「ちゃんと見たいよ」
「大丈夫だよ」
だがアートは私が何を言っても平気だと言う。
正直イラついている自分が居る。
余裕がない。
気長に話を合わせられない。
埒があかない。
可哀想だが一気に押し通す。
「それならこれでも!?
これでも平気って言える!?」
私はアートの脳内に直接ジェイドの戦いを映像化して入れる。
聖女の監視塔で亜人を迎え撃ったジェイドはエア・ウォールと言う魔法で亜人達を閉じ込めて窒息死を狙っていた。
その時の亜人達の絶望の表情と辛そうな仕草を見せる。
これは同時にビリンさんにも見せている。
「や…やだ…なにこれ?」
アートは真っ青で首を振る。
目を瞑っても脳内に叩きつけたイメージは消えない。
そしてカナリーの願いも見せた。
夕日が差し込む中、塔の最上階で2人きりのジェイドとカナリー。
目前に迫る死になんとか耐えて祈りを捧げて日没まで耐えきったカナリーの顔。
嬉しそうに喜び流す涙。
そしてそのまま息絶える姿。
その全てに報いる方法がわからない。報いる相手がもう居ないと泣くジェイド。
そう言ったものを見せるとアートは泣いていた。
「アート、これでもまだマシな映像だよ?
エクサイトは危ない世界。ジェイドはもっと酷い攻撃をするし酷い拷問を受けているよ。
だからもうアートにエクサイトを見せたくないの」
私がそう言ってもアートは「わかった」とは言わずに俯いて泣いていた。
ビリンさんが「チトセ、言いたい事は伝えたんだろ?なら終わりな。アート、風呂入ろうぜ。チトセも風呂行ってスッキリしてこい」と言う。
お風呂に誘われたアートは驚いた顔でビリンさんを見ると「え?ビリンとお風呂?」と言う。ビリンさんは「おう、たまには2人きりも良いだろ?」と言って笑う。
「ビリンのエッチ」
「はぁぁぁ?アート酷え」
「仕方ない。アートが一緒に入ってあげるけどあんまりジロジロ見ないでよね」
「見ねえよ」
ビリンさんは呆れながらアートをお風呂に連れて行ってくれた。
私は女将さんに終わりましたと伝えてからお風呂に行く。女将さんが「お疲れ様でした」と労ってくれた。
「女神様、もういつお母さんになっても良いくらいですね」
「え?そうですか?私なんてまだまだですよ」
「いえ、女神様はキチンと神様のお嬢様に向き合われたじゃありませんか。並の人には出来ませんよ。人様のお子様を相手にする時なんて、ニコニコと笑って無責任に何でも肯定をしたり、もっとやれと焚きつけて楽しむ方が殆どです。しかし女神様はそれをしなかった。それは女神様が母親になられる心構えを無意識にしていると言う証左です」
「…ありがとうございます」
少し複雑だがこの女将さんに褒められて悪い気はしない。
「いえ、王子様も父になられる覚悟が出来上がっていらっしゃる。本当にめでたい事です。
王子様から今晩の夕飯についてご指示をいただきました。
ご指示からも伺えますが王子様は女神様やお嬢様の心に寄り添われた素敵な方ですね。
料理長もこんな楽しませ方があったのかと目からウロコでございましたよ」
「え?なにを言ったんだろ…今日はグロ映像見せちゃうからお肉とかはダメだって…」
「はい。問題御座いません。是非女神様もお夕飯をお楽しみにしてください。それではそれまでお風呂もお楽しみください」
そう言われた私は夕飯を気にしながらお風呂に行くとお風呂場からはアートとビリンさんの楽しげな声が聞こえてくる。
私の足音に気付いたのだろう。
「やっと来たねー」
「何やってたんだ?まさか自分だけ我慢できなくてお菓子食べたとかかもな」
とか聞こえてくる。
アートの機嫌は直っていてビリンさんがフォローしてくれた事が伺えて感謝しかない。
「千歳ー、夜ご飯の前にお菓子食べるのダメなんだよ」
壁の向こうから聞こえてくるのだがアートめ…なんとなく仕返ししていないか?
「はぁ!?食べてないし!」
「そう言って口の周りにカス付けてんじゃないのか?」
ビリンさんがわざと私をからかうように言ってくる。
アートも嬉しそうなので私もそれに付き合う。
「千歳は食いしん坊だなぁ〜」
「ムカ」
「わ!?千歳が怒った!?」
「アート!逃げるぞ!」
2人はバシャバシャと水音を立てて逃げて行く。
**********
「まあコレでアートの機嫌が直ってくれたらいいかな」
そう言ってしまった訳だが…
やりやがった。
誰の差し金だよ。
「アート!!」
「わぁぁぁぁっ!千歳が来たよビリン!」
私が離れに駆け込むとアートが笑いながらビリンさんに抱きつく。
「はぁ?アートは何やったんだよ?チトセの奴、髪の毛真っ赤だぞ?」
ビリンさんが驚いた顔で私を見ている。
よし、ビリンさんは無関係だな。
流石にこれにも関わっていたら後でお説教だったが違うのならいい。
「アート!私のパンツ返しなさいよ!」
まったく油断も隙もありゃあしない。
どうしてこうロクでもないイタズラをするんだ。
「え?アートはトイレに行くから先に戻っていてって言いながら女湯に忍び込んでチトセのパンツ盗んだのか?」
「盗んでないよ。交換してあげたの。ビリン、コレあげるよ」
そう言ってビリンさんは私が履いていた白のパンツを渡されて赤面してしまう。
「アンタがくれたパンツは返すわよ!」
そう言ってクマさんプリントのパンツを渡す。
よくこんなもん手に入ったな。
14の時に履いてた奴の大人サイズだぞコレ。
「クマさん可愛いね千歳〜」
私はアートを捕まえて軽く梅干しをしながら「誰に入れ知恵されたのよ!言いなさいよアート!」と言う。
「えぇ〜怒るよねぇ?」
「てか怒ってるよな」
ニヤニヤ笑いのアートに話を合わせるビリンさんがちょっとウザい。
「当たり前でしょ!」
「怒ってるよ?どうするのキヨおじちゃん?」
アートがこれみよがしに天井を見てまさかの名前を言う。
「王様!?」
「チトセがアートと仲直りしたがっていたからさ。僕がジョマに装飾を頼んだんだよ。
クマの下着はジョマの手作りだよ?」
シレっと王様の声が聞こえてくる。
そりゃあご心配をおかけしてどうもすみませんね。だがこのやり方はどうなんだ?
「ぐぎぎぎぎ…。遠距離で神如き力キャンセラー」
「え?チト…」
「ふん…久々に人間らしい生活しなさいよ!」
最後まで話させないで王様の神如き力を封じる。
「チトセ…」
「ほら、返してよ!」
私はビリンさんから下着を奪い返す。
「あれ?千歳って今パンツ履いてないの?」
「履いてるわよバカアート!家から呼び出したの」
「あ、そっか。じゃあこのパンツはアートが大人になったら履くよ」
「大人になっても履きたいなら履けば良いんじゃない?」
10年後、20年後が楽しみだ。
私は今日の事を忘れないでおこうと思った。
ビリンさんが頼んだ夕飯は凄かった。
部屋に用意されたお膳にはお箸とスプーンとフォークしかない。
そこに女将さんと中居さんがやってきた。
女将さんは生地を、中居さんはたくさんの具を持っていた。
「これ、ピザ?」
薄い円形の生地を見たアートが嬉しそうに聞く。
「はい。お嬢様、好きな具を選んでください。料理長が命をかけてご用意させて貰います」
「うわぁ!凄い!アートはね!エビがいいな!あとねシーチキンとねソーセージ!」
アートが嬉しそうに女将さんの前まで行って具を選別する。
「後玉ねぎも乗せてもらいなよ」
「うん!」
「何枚でもお召し上がりくださいね。毎回好きな具をご指定ください」
女将さんはそう言って指定した具を乗せたピザを持って帰って行った。
「ビリンさん凄い事考えたね」
「へへ。だろ?だがこれだけじゃないんだなぁ」
してやった顔のビリンさんがこれだけじゃないと言う。
「へ?」
そう言っていると今度は女将さんと別の中居さんが入ってくる。
流石にピザが焼けるには早すぎる。
「お嬢様、次はこちらをお選びください」
そう言って出されたのは女将の手には沢山の種類のパスタで中居さんは具を持っている。
「え?今度は好きな組み合わせでパスタですか?」
「はい。女神様は何になされますか?」
「アートはね!シーチキンとトマトの奴!」
「はい。かしこまりましたお嬢様。パスタはどうされますか?」
アートが我先にと女将さんの前で好きな具を選ぶ。
「わかんない!」
「はい。お任せでございますね」
「…じゃあ私はナスとトマトとベーコンと玉ねぎで細いパスタでお願いします。ビリンさんは?」
「俺はブロッコリーとアスパラとホタテで、パスタは…わかんないや。チトセ、お勧めは?」
「私ならその具には平べったいパスタかな」
「ではそれで」
「はい。それではお待ちください」
そう言って女将さんが戻って行く。
「どうだアート?楽しいか?」
「うん!凄いご飯だね!」
「へへ。だろ?だがこれだけじゃないんだなぁ」
これまたしてやった顔のビリンさんがこれだけじゃないと言う。
「まだあるの?」
「おうよ。デザートだけどな」
「楽しみだよ〜」
アートがニコニコのホクホクで飛び跳ねている。
「良かったねアート」
「うん!」
そしてパスタとピザを好きなだけ堪能したところでデザートの話になる。
女将さんがしっとり目の生地とふんわり目の生地を持ってきてくれる。
「お好きな生地にお好きなクリームとトッピングをご指定ください。
料理長が命がけで一つだけのケーキをご用意させていただきます」
「すごぉぉい!」
アートは大はしゃぎだ。
私はフルーツが山盛りのケーキにしてビリンさんはコーヒークリームとチョコレートのケーキ。
アートは悩みに悩んでイチゴとチョコレートのケーキにした。
**********
「美味しかったよぉ〜」
アートがお腹をさすりながら仰向けでニコニコしている。
「おう、良かったな」
「食べ過ぎてお腹痛いとかやめてよね」
私達はお茶を飲みながら仰向けのアートに話しかける。
「アート病気とかならないもん」
「あ…そうだ。アートも神なんだもんね」
神の体には病気はない。
一度なってしまった時に思ったが作り自体が違うのだ。
「チトセだって、なりにくいでしょ?」
「え?半神半人って病気になりにくいの?」
「でもならない訳じゃないよ」
「じゃあこの中で1番病気になりやすいのが俺でならないのがアートでその真ん中がチトセかよ」
「そうだね。ビリンも半神半人になる?それともチトセと神化して一緒に神の世界に住む?」
アートがとんでもない提案をする。
「仕方なくなるなら良いけど自分からはならないよ」
だがビリンさんは真面目なトーンで即答をする。
「えぇ、常継とおんなじこと言う〜」
「アート?ウチのお父さんにも言ったの?」
「うん。常継も「バカヤロウ。俺は人間で死んでいくんだよ。仕方ない出来事でなるならまだしも長生きなんかの為にはならないさ」って言ってたよ。
千明ママも「別にならないで良いかなー」だってさ」
まあ、私の周りで利己的になりたいという人は居ない。
皆私の苦労や苦悩を知っているからだ。
そんな話の後でもう一度お風呂に入る。
今回アートは私と入る。
脱衣所までは笑顔だったアートのテンションが徐々に落ち込んでいく。
少々気まずいのだ。
「千歳…さっきはごめんなさい」
「ううん、私こそ大きな声を出してごめんね」
お湯に入って謝り合う。
「アートが言うこと聞かないからだよね?約束だったのにごめんね。千歳はアートの事嫌いになっちゃったかな?」
「ならないよぉ、アートこそ千歳を嫌いになった?」
「ならないよぉ〜。良かった。ビリンやキヨおじちゃんに大丈夫だから普段通りにしなって言われても怖かったんだよぉ〜」
アートがそう言うと泣きそうな顔になる。
「私だって嫌われるんじゃないかなって怖かったんだからね」
そう言うとアートが抱きついてきて肩に頬を乗せてもう一度「ごめんね」と言ってくる。
こんなに可愛いのに嫌えるわけがない。
「…ママとくっついた感触が違う。なんか物足りない」
「この野郎」
前言撤回、憎らしい。
ジョマは仕事中の人間[旧姓北海道子]の時は慎ましい体型だが神の世界やガーデンでジョマになるとけしからん体型になる。
モデルの理想系と言った体型だろう。
羨望の眼差しで見てしまうと「千歳様は神如き力で体型の修正くらい余裕ですよね?」と言ってくるが私は豊胸も痩身もしない。…と言うか出来ないし許されない。
多分体型制御は簡単な部類だ。
若返らせる年齢制御より楽チンだろうがルルお母さんやビリンさんのお母さんのリーンさんからは「裏切るなよ千歳」「仲間だよねチトセちゃん!」と釘を刺されているのでやれない。慎ましい連合が私を離さないのだ。
「千歳は別にいいの。物足りなくてもいいの」
「えぇ、いいの?アートはきっとママに似ておっきくなるよ」
この野郎…シレっと言いやがった。
アートは再度「いいの」と言う私をスルーして「ビリンは大きい方が好き?」と男湯に居るはずのビリンさんに向かって聞く。
「うぇ?なんの話だ?」
ビリンさんは聞こえていてもすっとぼけてくれる。
「胸の話だよぉ〜。ビリンはママ達みたいに大きい方が好き?」
「うーん…なんて質問をするんだアートは…。どっちでもチトセなら似合うだろうけど、俺はチトセなら何でもいいかな」
まあ、そう言うのはわかっていた。なので私は安心していられる。
「つまんない」
「つまるわよバカアート。ほら出るわよ!」
お風呂から出ると布団が敷かれていてアートが真ん中で私とビリンさんがアートを挟むような川の字になっている。
「わ、今回は大きな川の字だね」
「そうだね」
ビリンさんが戻ってきてさっさと眠りにつく。
アートは頑張って起きていたがそれは地球からセカンドに降りて感覚が狂っているだけで、普段なら眠っている時間だ。
夜中、アートは2回うなされて起きた。
「怖いよぉ」と言って抱きついて来た。私はアートが泣かないで良いように力強く抱きしめてあげた。
…認めたくはないが寝ているアートは抱き心地が違うのか何かを探す仕草をしていた。
そして翌日はセカンドのセンターシティでプールに入ってもう一度お泊りをしてから東さんの所に帰った。
ちなみに2泊目のお風呂でアートから「ジェイド達はどうなっちゃうのかな?」と聞かれた。
私は返事に困ったが「アートは皆幸せに過ごしたよ」って言われるのは嫌だよね?」と聞いた。
「うん。それは嘘だってわかるもん。そうなら千歳は見ちゃダメって言わないし」
「そうだね。エクサイトは多分滅びる。それこそジェイド達は大丈夫でもその子供やそのまた子供達はわからない」
「ジルツァークが何かするんだよね?」
「そうだよ。ジルツァークは人間と一緒に頑張って大変さを学んで皆でやって行きたいの。
だから今は亜人と言う敵がいるよね?」
「今は?」
「そうだよ。もしもジェイド達以上の人間が生まれたら今度は亜人みたいに敵にされるのはジェイド達になるの」
「ジェイドが敵になるの?」
「うん。良くてそれ。悪くて世界の創造に行き詰まったジルツァークはエクサイトを放棄する。神のいない世界は滅びるから…」
そう言いながら6年前の悲劇を思い出す。
超神と名乗った覗きの神に複製されて捨てられたコピーガーデン。
あの悲劇にエクサイトが見舞われると思うと冷静にはなれない。
「千歳は助けないで平気なの?」
「…」
「なんとか言ってよ」
「これが、ガーデンが滅びる世界でメガネが助けに来たら嫌だから言えないよ」
アートはそう言うと渋々我慢してくれた。
3日目の朝と言っても日本では次の朝だがアートを連れて帰る。
「ありがとうございました千歳様」
「ううん。ごめんねジョマ」
ジョマの顔は少し晴れやかだった。きっと見守ってくれていて納得したのだと思う。
「アート、楽しかったかい?」
「うん」
東さんがアートの頭に手を置いて聞いている。
「ありがとう千歳」
「ううん…そんな事ないよ」
私は挨拶を済ませると足早に帰る。
その足で地球の神様の所に行ってアートをエクサイトに関わらせなくした話をする。
「わかった。大半な仕事を頼んでしまったな」
「仕方ないよ。ジルツァークの事は定期的に見守りながら考えるよ」
地球の神様は再度「済まない」と言ってくれたのでその足で帰る。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「疲れたろ?」
私はリビングから聞こえる声に「うん」と答えながら家に入る。
「お帰りチトセ」
「へ?ビリンさん?」
「来ちゃった。チトセのモヤモヤを吹き飛ばしたくてさ」
「もぅ。ビリンさんのくせに」
正直嬉しかったので、この日はビリンさんの好きなご飯を用意してあげてのんびり過ごすことにした。