第九話 高所恐怖症
小さな足場に乗って少年は迷宮を駆け上がる。迷宮の幹は真四角のブロックが積みあがったような構造をしておりほとんど隙間が無い。剪定士にとっては登るのも降りるのも迷宮からのサポートがあり簡単だが、探索者による迷宮のショートカットは迷宮が人力での破壊が不可能な事も合わさり非常に困難である。
幹を超えると今度は枝だ。慣れていなければ足が竦むほどの高さではあるが迷宮からの足場のサポートもあり、少年は足元を見ずに周りに視線を向けながら足早に登っていく。
「師匠何処かな?」
幹と枝の境目辺りで、少年の目は二人の人影を捉えた。少年はなぜ師匠以外にも人が居るのかと若干の違和感を覚えつつ足場から枝に飛び移り走って近づいていく。
「師匠、おはようございます。」
「おお、おはよう。」
「怪我は大丈夫なのか?」
少年は右腕を師匠に見せる。
「大丈夫です。」
「そうか。」
「なら良い。」
少年は下に視線を向ける。
「それで…。えーっと、すみません師匠これどう言う状況ですか?」
少年は膝を曲げ地面に座り込んでいる見覚えのある少女と目を合わせる。その目からは恐怖の感情しか感じられない。手には少年の物と思わしき槌があり、全力で握っているのかその手は真っ赤だ。これを無理やり取り上げるのは難しいだろう。
「新しく入った新人だ。お前が寝込んでいた時に弟子になりたいって言ってきたから認めた。お前を含めて俺の二人目の弟子って事になるな。」
「なるほど…。」
「でも、この様子は?」
「大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「槌を握った事で魔力の消失もあったが、それは本人の了解の上だし特に精神的にも肉体的にも問題無い。只…上に連れてきてから問題が発覚したんだが、どうやら高い所が苦手っぽいんだよな。」
「それ致命的では?」
「そうだなぁ。」
少年は師匠に色々と問い詰めたい気分ではあったが、それは少女の様子を見て後回しにする事にした。
「えっと、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです。助けてください。」
汗と涙グチョグチョになった顔をこちらに向けられ、少年は急いで降ろさないとまずいと直感した。
「分かりました。下りましょう。」
「立てます?」
「無理です。」
「足が動かない。」
「…。」
「どうしよう。」
「登ってくる時に下を見ちゃったようでな。俺も途中で大丈夫かどうか聞いたんだが問題無いの一点張りでな、ここまで来たら急に動けなくなっちゃったようでさっきからその状態だ。動かすにも動かせないから俺も困っているんだ。」
「そうですか。」
「でも、動かさないとまずいですよね。」
「そうだなぁ。」
「ここは剪定士以外来る事が出来ないから、探索者に応援を求める訳にもいかないし。当然こんな所に一人で放置する訳にもいかん。」
「どうしましょう。」
二人はそうやって暫く悩んでいた。
「しょうがない、おんぶして帰ろう。」
「大丈夫ですか?関わりの浅い師匠が急にその娘をおんぶしたら嫌われませんかね?」
「ちょっと待て、お前がやるんじゃないのか?」
「え、病み上がりですよ?」
少年は少女の状態を確認する。これをおんぶしたら服グッチョグチョになるだろうなと感じた。
「それじゃあ、師匠お願いします。」
「えぇ…。まあ、しょうがないか。」
そうして三人は迷宮から降りた。