第八話 身支度
朝になると少年は目を覚まし布団から立ち上がった。
周囲には誰もいなかったので少年は身支度ついでに家を見て回る事にした。台所、居間、井戸、物置、トイレ、洗面所など家の中を見て回ったが誰も居ない。その辺に落ちていた服を拾い自分の寝汗でベトベトになった服と交換する。盥の中に服を放り込んだ後、お腹が空いていたので台所で片付けられず放置されていたいつの物か分からないパンにジャムを付けて食べた。その後歯を磨く為に洗面所に向かい顔をゆすいだ後歯ブラシを口に咥えながら少年は歩き回る。
「誰もいない。」
「もう出かけたのかな?」
「なら、急がないと。」
洗面所に戻ると口の中に溜まった唾を吐き出し井戸から汲まれたと思われる口を水でゆすいだ。
「よし行くか!!」
少年は気合を入れて家の扉から出た。目指すは家のすぐ前にある迷宮だ。しかし、一歩足を踏み出したすぐ後に自分の道具袋が腰についていない事に気が付いた。
「えーっと。」
「あれどこ行ったあれ。」
あの道具袋が無ければ…。正確に言うと中に入っている槌が無ければ剪定士として一切働けなくなってしまう。
「無くしたって言ったら面倒臭そうだなぁ。」
「もう一回探すか。」
少年は家の中に引き返し、家の中の色々な物をひっくり返しながら道具袋を探す。服の下に無いか、隙間に隠れていないかなど念入りに探したが見つからない。
「無いなぁ。」
「どうしようかなぁ。」
暫くそうやって悩んでいたが、どうしようも無いと気が付いたのか少年は顔を上げ取りあえず迷宮の元へ行くことにした。迷宮に行けば多分師匠は居るだろうし、話せば解決するだろうという魂胆だった。
「さて、いるかな?」
迷宮の足元ではいつでも人々が騒いでいる。夜に探索を行った探索者達が一杯の酒と仲間達との語らいを求めて酒場を目指す人、中で手に入れた宝を換金する為に足早に急ぐ人、大怪我をして迷宮から病院に担ぎ込まれる人、その隣では派手な葬式が行われていたりもする。迷宮に潜る者達がいろいろな目的を持ってごった返すそれがこの場所だ。
その人々の隙間を縫うように少年は迷宮を目指すが当然正規の入り口には入らない。正規の入り口から離れると少しずつ人の声が小さくなっていく。迷宮の入り口から丁度反対側に来た時に少年は迷宮の壁を叩き迷宮に対して合図を送った。すると小さな足場が迷宮の丸みを帯びた壁に沿って飛び出してくる。少年はその様子に驚きもせずに二段飛ばしで足場を駆け上がっていく。