誘拐された悪役令嬢ヒロインですが、ヒーローが助けに来ません!!
ガタンゴトンと、私を乗せたみすぼらしい馬車……というか馬に牽かれた荷台が鬱蒼と生い茂る木々の隙間を縫うように、険しい山道を無理矢理進んでいく。
片側は崖だ。落ちれば皆仲良くお陀仏だ。
しかし、私を乗せるのに、この馬車はない。あり得ない。目的地についた頃には、尻が痛くて仕方ないだろう。この小説の主人公なのだから、もうちょっと丁寧に扱って貰えないものだろうか。……無理か。こんな山道ルートの誘拐に豪華な馬車を使ったらそれこそ目立って仕方ないし、そもそもフカフカのシート付きの馬車で行われる誘拐なんて聞いた事ない。
まぁ、どうせ今行われている誘拐なんて形だけのものだ。颯爽とヒーローである婚約者の第一王子がどこからともなく現れて、私が色んな意味でヤられる前にこの誘拐を計画した悪党共々やっつけてくれるに違いないのだから。
だから、私は泣きもしないし暴れもしないし震えもしない。
無駄に痛い思いはしたくないし、大人しく縛られた。余りの従順さに猿轡や目隠しはやめといてやろうと言われたわ。
大抵のヒロインは、傷物になる前にヒーローが助ける。そうじゃなきゃ、作者が読者から非難受けるからね。
だから、何処に向かっているのかも聞かないし、余計な事は話さない。
今私に必要なのは、ひたすらこの尻の痛さに耐える事だろう。
イテテテテテテー
ううむ、まさかこの小説を書いた作者様も、ヒロインがこんな事で悩むとか思ってないだろうな。
この際クッションでも何でも良いから、ヒロインのお尻の痛みに気付いてくれないだろうか。結構切実!!
***
さて皆さんごきげんよう、私は現在絶賛エタっ……停滞中の、とあるWeb小説の悪役令嬢ヒロインです。
何故そう断言出来るかと言うと、私がこの小説のイチ読者であり、ファンだったからだ。
つい最近Web小説の存在を知った私は、所謂悪役令嬢ヒロインというテンプレがいたく気に入って、悪役令嬢とタグのついている小説だったらどんな話であろうが読み漁っていた。
読み漁った結果、なんというか……自分の目が肥えてしまった。
前は悪役令嬢というだけで楽しく読めた筈なのに、アホ王子との婚約破棄にヒロインざまぁに誘拐に……ひたすら展開が読める様になってしまった後では、以前とは違って楽しく読める文体なら読むけれども、ノリの合わない文体はそっ閉じUターンするまでに成長?した。
それでも、この小説「悪役令嬢ですが、空気になります」は王道テンプレをなぞるように書かれたものであるのに、会話やストーリーのテンポよし、世界観よし、背景描写よし、ちょっとした逆ハーレムよしって感じで私のツボを押さえた作品となっていた。
一週間に一回の更新が待ち遠しく、更新日は仕事が終わらず残業中であってもこっそり読んで、たった五千字にどっぷり浸かって鋭気を養っていた訳ですよ。
それがね、エ……停滞しました。
いや、作者様にも色々あると思う。本当に。
ただ、病気じゃなきゃ良いなと心配しつつ、たまに感想欄に「続き楽しみにしてます」と入力しては、負荷になるかしらと消す日々。
結局「楽しく拝読させて頂いてます」にとどめておいて、それでももっと細かい感想の方が創作意欲沸くかな?いやいやプレッシャーになったら元も子もない!と悩みつつ送信ボタンを押せたのが更新停滞してから1ヶ月後。
で、その後にやっと作者様の活動報告が動いたっぽいから慌てて更新キター!と思って飛べば、「新作投稿します」の文字。
いやね、わかるよ!?わからないけど、わかるよ!?
長編書いてたら、そりゃ飽きたりするよね。先の展開に詰まったりするともさ。
応援したい気持ちと、続き書いとくれよという正直な気持ちがイチ読者の中で葛藤する訳ですよ。
この物語の続きを書けるのはあなたしかいないんですよー、と。
以来私は、聖女というテンプレを書きたくなった作者様の新作が日々更新されていくのを目に入れつつ、早く悪役令嬢の続きを更新してくれないだろうかと夜な夜な泣いていた。
それが、一年続いた。
正直、パワハラセクハラモラハラ当たり前の仕事は、生きていく為だけにしているものであり、やりがいが、という熱い気持ちはとうにない。
週一の楽しみは作者様都合によりなくなり、その作品に変わる楽しい作品を検索する毎日。
因みに、聖女テンプレをまた途中でやめた作者様は、私の勝手な期待を裏切り、モフモフ幼女テンプレを書き始め、更に男性向けのもう遅いテンプレを執筆されている最中。立派なエタr……連載中作品を増殖されている。
そんな訳で一向に悪役令嬢ヒロインのターンが来ない日々が過ぎ去り、私はやるせなさを胸に抱えたままだった。
私の好きな「悪役令嬢ですが、空気になります」は、「君みたいな存在感が薄い女性は、僕の相手に相応しくないっ」と、モブアホ王子から婚約破棄されるシーンで始まる。いてもいなくても変わらない私の様だと感じて気になった。
でも実は、悪役令嬢ヒロインは実家の家業が理由で暗殺者に狙われる事が多く、極限まで気配を消す様な訓練を小さな頃から叩き込まれていた。必要性から手に入れた空気になる能力で、モブアホ王子が婚約破棄をしたいのになかなか悪役令嬢ヒロインが見つけられない、というところもギャグがきいていて面白かった。因みに見つけられない王子は最終的に、仕方なく柱を指差して宣言する。そんな王子の前に、ススス、と悪役令嬢ヒロインが現れてあげて面子を保ってあげるのだ。
存在を消す事が出来る悪役令嬢ヒロインは、もれなく美人だ。
王子が婚約破棄したのを良いことに、幼なじみの男や王子の護衛騎士、更にはその能力に興味を示した魔術師など沢山の男性達が代わる代わる近付いてくる。
それを毎回、悪役令嬢は華麗にスルーするのだ。
しかし、そんな悪役令嬢の能力が効かない暗殺者がとうとう現れて誘拐され……というところで物語は停滞している。
気になる。誰が助けに来るのか。真のヒーローは誰なのか。
本当はこっそりモブアホ王子を想っていた悪役令嬢ヒロインの心を溶かすのは誰なのか!!続きはよ!はよ下さいっっ!!
***
……って思っていた筈でした。
気付いたら、いきなりヴェルサイユ宮殿みたいなところに突っ立っていた。所謂壁の花ポジション。
周りのきらびやかな衣装を身に纏った人達に驚き、これは何だ、と慌てふためいて宮殿から抜け出そうとした時だ。
金髪碧眼のイケメン王子が柱に向かって「君みたいな存在感が薄い女性は、僕の相手に相応しくないっ」と叫んだのは。
あのWeb小説の王子みたいだな、とつい間近に近付いてそのご尊顔を存分に見させて頂いた。
しかしふと、周りの人々がそのイケメンを哀愁漂う憐憫の眼差しで見ていたのに気付く。私はキョロキョロと、いる筈の悪役令嬢ヒロインを探した。ただ、よく考えれば見つかる訳がないのだ。彼女は空気になれるのだから。
だから、仕方なく私がススス、と王子の指先の先に立ち塞がった。これで、王子が私を悪役令嬢に仕立て上げられれば、ストーリーは進むかもしれないから。
すると漸くストーリーは進んでくれて、後に、自分自身が本当に悪役令嬢ヒロインになっていた事に気付いたのである。
そんな訳で、私はWeb小説を忠実に再現するべく、自分の立ち振舞いに気をつけていた。
何故かヒロインやヒーロー候補であるイケメン達の名前は違っていたけど、ストーリーの流れからすると間違いなく私の好きな「悪役令嬢は空気~」である。このまま私が悪役令嬢を演じれば、私があれほどにまで気になっていた小説の続きがわかるかもしれない!その一心で、私は悪役令嬢ヒロイン役を頑張った。
しかし、何かにつけて全年齢対象の小説とは思えないR的な要素がそのヒーロー達と、ハプニングと称してちょいちょい挿入されるのは首を捻るばかりだ。
うーん?やはり小説に書かれてない部分は様々なハラハラハプニングが実はあったという事なのだろうか?
それとも、作者様が非公開にしていた部分だったり?
考えてもわからない事は早々に考える事を放棄し、私はいよいよあのエタる直前の誘拐イベントまでこぎつけたのである。
ヤッター!!やっとここまできました!!ありがとう作者様!!
そんな訳で尻の痛さを我慢しつつ、真のヒーローの登場を待つ私。
別の意味で心臓をドキドキさせて、ドナドナされる私。
馬車は、そのままドナドナし続け、怪しさ満点のお屋敷に到着したらしい。……あれ?ヒーローは??
乱暴に荷台の布地を開けた、名前のなさそうな雑魚キャラ1が「……あれ、人質は?」と間抜けな声をあげる。
流石空気な悪役令嬢、荷台の隅に行っただけで気配を消したらしい。
「どけ」
その雑魚キャラ1を押し退け、「真っ黒」と形容される以外何者でもない背の高い男が、目敏く私を見付けて目を見開いた。
「……何故、彼女を縛り上げている?」
「え?あ、」
雑魚キャラ1の首が飛んだ。
ひぃぃぃぃ!!!
文では見ても、リアルで見た事ないんですよ、しかも気絶したいのに出来ないっっ!!
「丁重に扱えと言った筈だ。……何故、私の用意した馬車を使わなかった」
「あ、あの馬車じゃ目立ち過ぎますよ……!!」
そう言った雑魚キャラ2の首が……ああああ……
力業で捩じ伏せ、内輪揉めにすらさせなかったその男はガタガタ震える私をひょいと抱き上げる。
……ち、ちびってないよね!?ちびってたら殺されるっっ!!
何故ならこいつはヒーローじゃない。「悪役令嬢の能力が効かない暗殺者」であり、むしろ敵なのだ。
真っ黒な衣装に身を包む暗殺者は「軽いな」と言いながら私を屋敷内へと運んで行く。
……えーと、ヒーローは!?まだ来ないの!?
どこまで粘らせるんだ、作者様~~!!と恨めしく思いながら、そうか、ヒロインの命か貞操の危機ってところでヒーロー候補達が一気に攻め込んでくる流れかな?と思い直す。
出来たらこの怖い暗殺者からは一刻も早く逃げたいけど、気配を消す以外何の取り柄もない悪役令嬢なんて、逃げたらあっさり斬られてしまうだろう。……いや、逃げないとヒーロー達による奪還イベントが起こらないとか!?そんな、起こるかどうかわからないイベントに命を掛けるなんて嫌だっっ!!
「ここがあなたの部屋だ」
意外にも、暗殺者は私を優しくベッドへ座らせた。
「痛っ……」
スプリングがきいたベッドなのに、長時間酷使された尻は悲鳴をあげる。
「……大丈夫か?何処が痛い?」
暗殺者は、私を縛り上げていた紐をナイフでスパッと切りながら私に問う。
そそそそのナイフの切れ味最高ですねねね今何か聞きましたかかか!?
私がガクブルしていると、暗殺者は私の前に跪いて私の赤くなった手首を大切な赤子の頬を撫でるかの様な手付きで撫でた。
!?!?!?
赤面すべきか蒼白を保つべきか悩む状況。
いやいや、目の前のこの男は暗殺者だ。赤面はおかしいだろう。この手でさっき、誘拐犯を二人も……あ、駄目だ。思い出しちゃ駄目なやつ。
「……あの」
「何だ」
「ひとまず、トイレ貸して下さい」
長時間の誘拐、これ切実でした。
***
トイレから出ると、暗殺者は腕組みをして私を待っていた。
女性のトイレを待つなんて、なんてデリカシーのない人なんでしょう!そんなだと、いつかヒーローにコテンパンにやられちゃうんだからね。
……コテンパンって、もう死語かな?
どうでも良い事をツラツラ考えながら、私は暗殺者を無視して廊下を歩く。暗殺者は、私の後を音もなく着いてきた。
コワイワー
自分が殺されたと気付かないうちに胴体と首がさよならしてそうで怖い。しかし、私はこのWeb小説のヒロインだ。流石にその仕打ちはないだろう。主人公の死にネタは、余程上手く書かないと我ら読者陣からマイナス評価で終わる恐れがある。どれ程途中過程が面白かろうと……いや、面白い程非難轟々なんである。
流石の作者様も、それは避ける筈。いやもう避けて下さい。お願いします!!
祈りながら、私は与えられた部屋に入る。当然の様に暗殺者も入ってきた。……はいはい、見張るのは勝手ですが、逃げませんよー。そろそろヒーロー達が助けに来てくれる……筈、です。……よね??
それにしても、豪華な部屋だ。私はぐるりと部屋を見回した。どうやら暗殺業は儲かるらしい。そりゃそうか。自分の命が掛かっているもんなぁ。
自分の部屋の三倍はある部屋のベッドに座ると、またお尻が痛む。
眉間に皺を寄せたのは一瞬なのに、暗殺者はしっかりと私の様子を観察していたらしい。
「……痛いのは臀部か?うつ伏せになってはどうだ」
「……はい」
ころりと、これまた豪華なベッドにうつ伏せる。
私がうつ伏せると同時に、スカートの裾がサラリと重力に逆らった。空気の様にふんわりシフォンスカート……ではない。むんずと握られ、持ち上げられたのだ。
ぎゃあああ!!変態っ!!
「……っっ、何を、なさっているのでしょうか?」
危ない、変態呼びしそうになった。私の首、まだくっついてるね?
よし、OKOK!
「武器など隠し持ってはございま「……確かに赤いな。冷やすか」
おお。この暗殺者、意外と紳士だ。さっき、私をお姫様抱っこした事といい、ベッドに下ろした様子といい、女性には優しい人なんだろうか?
「ありがとうございます、助かります」
何が悲しゅうて、誘拐の一味だか根源だかに御礼を言わなくてはならないのか。私はスカートをぐいと自分の腕全体で下ろしながら、それでも御礼を言う。冷やすものプリーズ。
「おい、冷やす物を持って来い」
「はい」
部屋の外にいたらしいメイドさんに、暗殺者は命じる。そして私に向き直って言った。
「痛い思いをさせてすまなかった」
……あれ?この人本当に暗殺者??何だかよくわからない状況になってきたけど、実は私、この人と一度だけ対面した事があるのだ。
あれはとある暑苦しい夜に、ベッドじゃなくて革貼りのひんやりソファの上で、誰もいないからとかなりの薄着ではしたなくだらしなくゴロゴロしていた時の事。
音もなく開いた窓から入ってきたのがこの暗殺者だ。
冷たい空気を感じた瞬間、私は気配を消した。空気になって、じっとソファと同化する。男の後ろには、やけに大きな月。そして、彼はベッドにいない私を探すかの様に、スッと視線を移動させて部屋を見回した。ソファに視線が留まり、私の背中に冷や汗が流れる。長い様な短い様な時間、しばらくじぃ、と眺めた男は、私が部屋にいないと判断したのか、何もせずに部屋を後にした。
間違いなくあの暗殺者はこの人だったと思うんだけど。
この人はしばらく視線が合った気がして生きた心地がしなかったのでよく覚えている。まぁ、殺されずに済んでいるのだから、きっと気付かなったのだろうけど。
「お持ち致しました」
先程廊下にいたメイドさんが、氷水を張ったボウルにタオルを入れたまま現れて、ベッドの脇へ歩み寄る。
「きゃ……!」
その時、何故か躓くメイドさん。暗殺者は俊敏な動きで、宙を舞ったボウルを中の冷水とタオルごと両手で受け止めた、と同時にメイドさんを足で支える。
私はポカーンと口を開けたまま、まるで見事な曲芸を見た様な気がして思わず拍手。
拍手じゃないでしょ、何やってんの自分!いやでもつい。
暗殺者は全く動じず、そのまま流れる様な仕草でメイドさんを……蹴った!
蹴ったよこの人!!先程の「紳士」は却下で!!
「……私の妻にこんなものを掛ける気か。風邪をひいたらどうする」
「も、申し訳ございません……!!」
「もういい、下がれ」
ガタガタと震えながら謝るメイドさん。か、可哀想……!
……というか、何だか聞き捨てならない事言いませんでした?この暗殺者。
私の妻?つま?……妻ってあれ?奥さんの事?
「……」
いいや、聞き間違いか言い間違いだろう。
「ちょっと冷やすぞ」
「……っっ!!」
だーかーらー、いきなりスカート捲らないで下さいっ!!絶対デリカシーないわ、この人。
「じ、自分で出来ますので……」
「……」
私の訴えは軽くスルー。
これって、所謂貞操の危機なのでは?
出でよドラゴン!……間違えた、ヒーロー!心の中で念じる。
「……」
ヒーローまで私の召喚をスルー。……いいけどさ、別にっ!
でも、先程から不埒な動きをする暗殺者の手、君は駄目だ。
一言だけでも文句を言おうと口を開いた瞬間、熱を持ったお尻にぴちゃり、と冷たいタオルが掛けられる。
「あっ」
驚き、私は妙な声をあげてしまった。
「……」
「……」
は、恥ずかしい。余計な事は言うまいと、しばらく心を無にして瞳を閉じる。すると、長旅の疲れか、それとも緊張の糸が切れたのか、私はそのまま眠ってしまった様だ。
……自分でも、いくら主人公だから大丈夫という妙な確信があったとしても、なんて図太い神経なのかと思いました、ハイ。
でも、ハピエンタグついてたので大丈夫って思うのが普通かと!!
***
やけにスースーして、目が覚めた。気付けば真夜中になっていたらしく、暗い中でも月明かりが目の前のイケメンを照らしていて凄く驚く。
「きゃ……!」
私は全裸で寝かされており、思わずシーツを手繰り寄せる。
私の声を聞くなり目の前のイケメンはパチリと目を見開き、「起きたか」と微笑んだ。
あ、このイケメンは暗殺者だったのか!
イケメンも裸で、真っ黒衣装着てないから声を聞くまで全然わからなかった。
「あ、あの……」
ヒーローはまだか!まだですか!ヒロインがピンチですよ!!
「……」
暗殺者もといイケメンが、そっと私の頬に手を添える。速まるな、私の鼓動よ。これはいくらイケメンであっても、敵である。
「あなたを初めて見た時、私はあなたに恋をした。それからというもの、あなたを手に入れる事だけを考えて……やっとここに連れて来られた。この屋敷からは逃げられない。もう、あなたは私のものだ」
……えーと?急な告白に脅しに俺の嫁宣言を一挙にされました?
「……ええ?」
「あなたが欲しい」
ストレート来ましたー!しかも、私が何の返事もしていないのに、イケメンは私の腰に腕を回して身体を密着させた。
「そんな、急に……!」
イケメンの熱が私にまで伝わってしまいそうで、距離を取るためにイケメンの胸を両手で押した。
「や、やめて下さい……っ」
「好きだ」
「わ、私を助ける為に、今頃皆……」
来てくれる筈。ですよね!?作者様っ!!
「誰もここまで来られない。それに、あなたが能力を使うだけで認知出来なくなる様な男達に……あなたを渡せる訳がない」
男の言葉に、ガン、と頭を殴られた様な衝撃が走る。
確かに……ヒーロー候補達は皆、私が気配を消せばその存在に気付く事はなかった。一人の例外なく。
──いても、いなくても同じ──
「私であれば、あなたを必ず見つけだす。何処にいても」
男の言葉に耳を貸してはいけないのに、その言葉は、台詞は、私の胸に優しく染み込んでいく。
「……っ、」
何か口にしなくては。そう思ったけど、開いた口は言葉を発する前に塞がれた。暗殺者のそれによって。
この人は、私を殺しに来た筈の暗殺者で、怖い人で、これからヒーローにコテンパンにやられちゃう予定の人で。
だから、そんな宝物を見る様な眼差しで見詰めないで欲しい。
どうか、私のものになってくれ──私は夜更けまでずっと耳元で懇願されて。途中から、もうこの場になだれ込んでくるかもしれないヒーロー候補の事など、頭の中からすっかり忘れ去り、私はただただ、目の前の人に翻弄されていた──
***
結局、ヒーロー達は現れなかった。
空気な悪役令嬢は、消えても誰も気にする事がなかったからだ。
代わりに、どんなに気配を消しても私を探しだす暗殺者に身も心もがんじがらめにされ、幸せな監禁生活を送る羽目になるとは思ってもいなかった。
そしてこの物語は、私の好きな「悪役令嬢ですが、空気になります」がエタった為に、続きを待ち望んだイチ読者がパク……インスパイアを受けて執筆した、「空気になった悪役令嬢は、暗殺者だけに溺愛される」というR指定の作品であった……という事実を知らないまま、私はメリバエンドへと誘われるのであった。
お読み頂き、ありがとうございました。