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10月31日

十月三十一日土曜日。

八重の意識が戻った事を知らされた『言ノ葉』『京子』『信吾』の三人は扉の前で一呼吸の後に病室の扉を開け、その『大見 八重』と対面した。

いつも通りの表情に、いつも通りの動きに、いつも通りの変わらぬ体温を感じさせる『大見八重』に一先ず安堵する三人だったが、次に八重が発した言葉は三人が望んだ言葉では無かった。

「あれ?硯さんに荒木さん?え!何で!?わざわざお見舞いに来てくれたの!?」

落ち着きのない、目線に挙動不審な声音。

あの『大見八重』ではない、この『大見八重』は三人が二年時のクラスで、半年の付き合いのある『大見八重』で間違いない。

『硯言ノ葉』は、彼の姿を間違える筈が無い。

そう、何度もやり直しをした『硯言ノ葉』だけは彼の姿を決して間違いない筈だった……

「八重くん……私の事覚えてるかな?」

不器用に作った言ノ葉の笑顔に、京子は思わず顔を背けたが言ノ葉はそれでも今目の前にいる『大見八重』に、もう一度確かめずにはいられなかった。

「八重くん……お願い。……もう一度、私の名前を呼んでみて?」

きっと何かの冗談だ。

彼のジョークは何時だって笑えないのだから、きっとこれも笑えないジョークの続き……

「ねえ、八重くん……」

震えた声音に、濡れた瞳は今にも泣きそうな言ノ葉の言葉に八重は、心配げな表情を浮べ八重の口元が言葉を紡ぐ……

「どうしたの?硯さん」

言ノ葉から乾いた笑いが漏れて、痛々しげに二人はその様子を見つめていた。

「私、なにか八重を怒らせるような事しちゃったかな……ほら、いつも通り私のこと呼んでさ……」

「どうしたの硯さん?俺の方こそ、なにかしたかな?」

鬼気迫る言ノ葉の表情は誰が見ても冷静を欠いている。

「違うじゃん、八重くん。いつもみたいに私のこと……ちゃんと呼んでよ……」

「硯さん、どうしたの?具合でも悪いの?」

八重がそう問いかけた直後、シーツを握っていた言ノ葉の手の震えは確かなものとなり、俯き垂れた前髪の隙間から雫が数滴溢れ出ていた。

「もう……もう、やめるさね。八重が……困ってるじゃないかい」

八重の発した『硯』という言葉の意味に言ノ葉と京子は泣き、信吾は混乱する八重を安心させる為に笑ってみせた。

呼び名だけで、

その声音だけで、

彼がもうこの場に居ないのだと突き付けられるには十分だった。

年相応の彼の姿は、あるべき場所にある。

だから、二人の募る感情は今の『大見八重』に向けるには間違っているのかもしれない。

それでも、二人の感情が間違っていると知っていても、二人の涙は次から次へと溢れ出し止まってはくれなかった。

病室で泣き続ける言ノ葉と京子を見かねた信吾は、二人が落ち着くまで病室から追い出した。

信吾は八重の傍らに腰を落ち着け、病室の外に出て行った二人の代わりにたわいもない話に花を咲かせる。

「ねえ、信吾?あの二人なんで泣いてたの?俺何かしたかな?」

「……いや、大丈夫だぜ八重、お前は何も心配すんな。お前はなんも悪くねえんだから……今はさ、ゆっくり休んで……さ」

「信吾?なんで泣いてるんだ?」

「泣いてねえよ……仮に俺が泣いてたとしても、お前が無事で泣いてんだよ……」

諦めきれない気持ちがあるのは信吾も同じだ。

だが、此方が本来の『大見八重』である事は間違いない。

此処で泣いては、今の大見八重を否定する事になってしまうだろう。

それはきっと、アノ『大見八重』が最も望まない事だろう。

「お前はずっと……俺の友達だからさ、何も心配すんなよ」

最初こそ問題があった面会は、それ以外は滞り無く終わり、最後の部屋を出て行く帰り際、三人は『大見八重』の両親にバッタリと出くわした。

その帰り際、三人は思いもよらぬ話を八重の両親から聞かされる事になる。

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