二話 鳴らねえスマホはただの板だ
「残念、転生者はゴブリンに見間違えられて掃討作戦の巻き添えになりました。
冒険はここで終わり。
次回作にご期待ください!」
「なんてつまらない冗談言ってないで、この状況を解決してください、女神様。」
雲一つない空は薄い青色。
ふかふかの雲の地面に、穢れのない泉。
華美ではないが雅やかな天蓋がついた、風のような手触りで穢れのない月色のシーツをかけたふかふかのベッドは、「輸入品」。
そこに仰向けになって腰の下にクッションを敷いて背中を反らして、両腕を頭上に放り投げているのは、だらしなく口を開けている女神。
翼はない。
見上げる先で銀の装飾がなされた装丁の厚い本を左手に開いて抱える、褐色白髪碧眼の背の低い少女。
身に着けているのは女神のドレスと同じ生地、それを左肩から袈裟に巻く。
口元に表情はないが、女神に向ける細めた視線が雄弁に語る。
「想定外の異世界人を転生させるなんて、つまり「とらっく」をまとめて転生させるようなもの。
その上対処もせずに放置するということは」
「あーもうわかってるっつーの!」
目をぎゅっと閉じ、両手で両耳を塞ぐその姿に女神としての威厳は微塵もない。
格好はそのまま横に回転し、女神は自分の胸をベッドとの間で潰しながらうつ伏せになり、クッションを引き寄せ縦にして鎖骨を乗せる。
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせ、少女を見つめ返す。
「私だって悪いと思ってるのよ?
だからきっちんと彼の望みを叶えたチートスキルを授けてあげたんだから。
大サービスよ大サービス。
外れスキルじゃないどころか、本人の希望を汲んだスキルの授与なんて。」
そこまで言って、女神は口角を上げる。
「……その上で彼が道半ばで力尽きたとしても、それは私のせいじゃないわよねえ?」
悪意ではない、しかし女神らしからぬ絡み付くような言い方に、少女は表情を変えない。
間があってから、少女は目を閉じ小さく息を吐く。
「ええはい、女神様のせいではなくまた女神様の書記官である私のせいでもありません。」
そこまで言ってから瞼を開き、無表情の視線は女神に向いている。
ほんの少し、視線が鋭さを得る。
「それで、彼の観測記録は」
「知らな~い。」
女神はクッションを抱えて腰を上げ、…腰から浮き上がり、ふよふよとまるで見えない巨大ななにかに摘ままれているかのように泉へと移動していく。
クッションを泉の上に投げ、それは空中で浮遊して止まり、ドレスを脱いで足元に落とす。
ふわりゆらりと高度を下げて、クッションを途中で捕まえてから泉へと体を沈め、クッションを顎の下に敷いて泉の縁でうつ伏せになる。
右肘を立てて、女神は右手を頭の横でひらひらと振った。
「私はこの世界を面白、こほん、より良く導くのに忙しいのです。
貴女がやっておいて。
それが書記官の仕事でしょう?」
「まあそう来るとは思っていましたが。」
少女、女神の書記官は細く溜め息を吐いた。
何もないそこで立ち尽くす。
周囲には森、細く昇る白煙も見える。
「いって……」
痛みが遅れて全身にやってきて、肥後武雄は顔を歪める。
手の爪がいくつか割れ、剥がれかけ、剥がれている。
左の脇腹は呼吸のたびに痛む。
泥だらけの胸部には、学生服を失い破れたTシャツの下に細かい切り傷。
靴も靴下もどこかに消えて、もともと体型に合ってなかったズボンも脱げてしまっている。
泥だらけのTシャツトランクス姿で振り返った先に、焦げたゴブリンの死体。
下っ腹だけぽっこりと膨れた、自分と似たような体型のゴブリンの死体。
(薄汚いゴブリンめ。)
思い返す、呪詛。
自然とうなだれていき、途中違和感に気付いて体を起こ、そうとして脇腹が傷んで動きを止め、中途半端に前に傾いた格好のまま右手を額の上に当てる。
髪の感触がない。
左手も上げて、側頭部には残っている髪が前額部から頭頂部にかけて失われていることを再確認し、脱力して肩を落とす。
「なんで、生きてるんだ?」
脱力したまま、なにに気兼ねするとこなく思考を言葉にする。
更に思い返す、女教師の嫌悪を隠しきれなかった表情。
更に思い返す、フェンスから離れた瞬間の浮遊感。
気持ち悪さに思わず右手で心臓の上を掴む。
すがるものを探して周囲を見渡す。
そこは焼け野原。
泥上の地面にまばらに生えていた植物は、ほとんどが焼けてなくなり炭だけ残す。
そこかしこに転がる、ゴブリンの死体と原始的な武器。
現実にはあり得ない生物、見たことのない世界。
この現状を示す言葉を、肥後武雄はネットで知っている。
「……異世界転生……」
呟く。
そして肥後武雄の心は動かない。
虚無に笑う。虚無を笑う。
明確に何かを憎むように口元を引きつらせて。
「……死んだ方がマシだったん」
リィン♪
聞き覚えがあって聞きなれない音で言葉を詰まらせ肩を跳ねさせ、脇腹が痛んで呻きながら背を丸める。
あざとい人の声のように作られた電子音は、おそらくこの世界にはそぐわない。
痛みに怯えながら周囲を見回す。
視線を下げ、自分が先ほど這い出てきたばかりのゴブリンの死体とゴブリンの死体の間から顔を覗かせているそれを見つけた。
手の平大で黒光りする、四角い板状のそれを。
脳裏にはそれの名前が浮かんでいる。
命の危機を感じた時のように心臓が高鳴る。
痛みか何かに怯えながら、それに向かって右手を伸ばす。
怯えた手つきでそれを掴み、馴染みのない硬さに指の力が入らないながらも落とさないように持ち上げる。
厚さは1cm程度、横幅は片手で握れる程度、縦の長さは指を伸ばした手の平程度。
表裏はわからないが、一面が黒くもう一面と側面は濃紺色。
幅の広い方の側面には銀色のボタンがいくつか。
恐る恐る左手の人差し指をそれの黒い表面へと近付けて、
「[ダイジョウブカ!?]」
「っ!?!?!?」
不意に声をかけられ飛び跳ねる。
咄嗟にそれを腰の後ろに腕を回して隠し、声がした方向に顔を向ける。
槍を杖替わりについて右足を引きずって歩く、暗い緑色の肌の、四角い顔のゴブリンがそこにいた。
感情のない縦長の瞳孔、唇の隙間から覗く不揃いな牙。
肥後武雄は動けない。
顔を引きつらせて、後ずさろうにも足が言うことを聞かない。
(怪我してるなら逃げれるか?!
でも槍を投げられたら?
俺、今走れるのか?ゴブリンの仲間がいたら?どこに逃げる?ここはどこなんだよ?!)
思考は四方八方に走り回り、答えも出口もない。
「[オイ!]」
再び声をかけられ肩が跳ねる。
視線と意識をゴブリンへと向け、ゴブリンが眉間に皺を寄せて目を細めているのに気付いた。
口元が歪み、牙が剥かれていく。
もはや視線も意識も動かせない。
―――意識の端に、ノイズ。
ゴブリンが一歩近付いてくる。
「[オマエ、ココラノ ごぶりん ジャナイナ?]」
「ッ?!」
喉元に刃が近付いてくる感覚。
ゴブリンが槍を持ち上げる。
全身から溢れ出す脂汗、一気に体の表面が冷える。
「お、俺は、」
「[たにノごぶりんカ?]」
肥後武雄の言葉を聞かず、ゴブリンが問いかけてくる。
一瞬、言葉の意味が理解できない。
ゴブリンは眉間から力を抜いて口元を緩めた。
「[マダ イキテイルヤツ イタカ。
ケガ シテルナ?
アルケルカ?]」
よく聞くと、ゴブリンの声が二重に聞こえている。
ゴギャゴギャという人外の鳴き声と、まるで外人が話すような拙い日本語。
(日本語?)
ノイズが疑問として明確に象られる。
そして遅れて三つの思考。
「―――あ、ああ、なんとか逃げてきて、襲撃に巻き込まれた。」
肥後武雄は日本語でそう言った。
ゴブリンは頷いて、槍を持ち上げ切っ先で自分の後方を示す。
「[ツイテコイ。
クイモノ スコシ ノコッテル。]」
人外のまるでカエルのような声は、優しさを感じる。
ゴブリンは肥後武雄の返答を待たず、背を向けて槍をついて森へと歩き出す。
その背中を見つめ、肥後武雄は顔をしかめる。
視界の端に、転がる原始的な石の斧。
ゴブリンの動きは遅い。
息を、唾を飲み込む。
肥後武雄は左手を腰の後ろに隠したままゆっくりと足を進める。
逃げることも不意を突くこともせず、肥後武雄はゴブリンの後を追って森の奥に辿り着いていた。
そのうちに日が傾き、振り返った肥後武雄の目では森の中すら見通せない。
辿り着いたそこは、焼け落ちた集落。
二つの小川に挟まれた森の隙間、石と炭が積まれた小山がいくつか転がっている。
「[モドッタ。]」
ゴブリンが夕陽の影に声をかける。
のそりと炭が動いた、かと思わせて、背中を丸めていた背の低いゴブリンが体を起こしながら振り返る。
長く尖った耳は先が垂れ、髪のない頭皮から額にかけて皺が見える。
身長153センチメートルの肥後武雄と並べても、一回りは小さいだろう。
下っ腹が膨れたゴブリン特有の体形は同じだが、四肢が細く骨ばっている。
視線を肥後武雄に向けて、背の低いゴブリンが顔をしかめ牙を剥く。
「[ソイツ……もりノごぶりん ジャナイ。
たにノごぶりん カ?]」
背の低いゴブリンのしわがれた声に、四角い顔のゴブリンが頷く。
「[ソウダ、にんげんドモノ シュウゲキニ マキコマレタ。]」
背の低いゴブリンが視線を肥後武雄に向け、肥後武雄は声を出すのはやめて頷いておく。
じっと、目を細めて見てくる背の低いゴブリンに、肥後武雄は顔を背けたくなる、のをぐっと堪える。
ふっと、背の低いゴブリンが表情を緩める。
確かに人間の表情と比べれば感情は薄いが、それでも肥後武雄には背の低いゴブリンが精一杯安心させようとしていると感じられた。
「[ヨクキタ。
クイモノ オオクナイガ、クエ。]」
そう言って背の低いゴブリンは横を向き、瓦礫の中に手を突っ込んだ。
引き抜いて、近付きながら肥後武雄に差し出すのは、半分焦げて泥にまみれた魚。
それを右手で受け取り、見下ろし、それから肥後武雄は困ったように眉をひそめて背の低いゴブリンを見つめ返す。
「食べてもいいのか?」
対して背の低いゴブリンと四角い顔のゴブリンが揃って頷く。
『[クエ!]』
揃って答える。
もはや逃げ場はなくなって、肥後武雄は近くの岩に腰かけて、(尻の後ろに物を隠して)両手で魚を掴んでかぶりつく。
泥の味、砂の食感、炭の匂い。
それらを纏めてバリバリと噛み砕き、肥後武雄は表面だけが一部焦げ、中はほぼ生の魚を貪り食う。
ガツガツと貪り食う。
―――夜。
肥後武雄は森と河原の境界にいた。
草を潰した上で太めの枝を枕に仰向けになり、見上げる先には雲一つない星空。
ざあざあと、風と木の葉の音。
じいじいと、虫の声。
「……寝れねえ。」
肥後武雄は体を起こす。
―――魚を食べ終えた肥後武雄は、寝床として森と河原の境界を勧められた。
そして周囲には他のゴブリンの気配はない。
気配を探りながら、先程まで自分の体の下敷きにしていたそれを右手で拾う。
音を気にして、水を飲みに来たという言い訳のために、肥後武雄は小川のそばに来た。
きょろきょろと周囲を見回して、星明りで見る範囲には誰もいなくて、肥後武雄は近くにあった平たい石に膝をついて四つん這いになる。
体で隠した位置で、それを包んでいた木の葉を広げて石の上に置く。
溜息、は静かに細く吐き出して、恐る恐る右手の人差し指を表面へと伸ばす。
その指先が黒い表面に触れる。
「…………?」
指先で黒い表面を叩く。
何度も叩く。
しかし何も始まらず現れず動かない。
顔をしかめてそれを持ち上げ、裏返す。
側面を見て、細長い銀色のボタンがあるのを思い出す。
さらに回し、反対側の側面にも似たようなボタンがあるのを確認する。
右手でそれを握り、左手人差し指で(便宜上黒い一面を表面として)左側面のボタンを押し込む。
反応はない。
更に二度押し込み、三度目は長く押し込んでみるが反応はない。
肥後武雄は唇を尖らせる。
それを握る右手の親指は、それの右側面のボタンに触れている。
そのまま親指でボタンを押し込む。
反応はない。
更に二度押し込み、三度目は長く押し込んでみると、先程まで星空を映しているだけだった表面に黒い光が灯る。
ぽぽん♪
「あっ?!」
楽しげな電子音に慌てて左手をかぶせる。
両手でそれを、ーーーただの硬質な板ではない、スマートフォンを挟んで背を丸め、肥後武雄は周囲を見回す。
気配はない。
恐る恐る左手をよけて、画面が水色の光を灯しているのを見た。
生まれて初めてまともに見るスマートフォン、スマホの画面。
そこには三つの、丸みを帯びた正方形のアイコンが並んでいた。
一つは、緑の地色に白い吹き出しのようなマーク、吹き出しの中に緑色の「L I E N」の文字。
一つは、周囲三方が赤・黄色・緑に塗り分けられ、中心に青い丸。
一つは、灰の地色に白い歯車のマーク。
胸が高鳴る。
口元が緩み、ずっと自分を苛んでいた痛みが薄れる気がする。
左手の人差し指で、緑色のアイコンに触れる。
その瞬間アイコンが画面いっぱいに拡大、途中画面のほとんどが白く変わる。
画面上部には紺色の帯に
「トーク」「友だち 0」「グループ 0」
という文字が並び、画面の八割が白く、何も書いてない。
友だちという文字を指先で触れても、画面はなにも変わらない。
グループという文字を指先で触れても、画面はなにも変わらない。
口元が、緩む。
「……ははっ。」
笑う。
まるで水気のない乾ききった笑いに、涙も出ない。
死ぬほど、死を先伸ばしにしようとするほど欲したそれが、ひどく薄っぺらに思える。
そこでなぜか「トーク」の文字に目が止まる。
そこを指先で触れる。
白い画面に即座に現れる薄墨色の人型のアイコンと、その右に太字で「管理者」、太字の下に「連絡事項。」の文字。
純粋な人間の気配に引き寄せられるように左手の指先で文字に触れる。
画面の下から飛び出すように、複数の吹き出しが表示される。
全ての吹き出しの左側に、灰色の人型のアイコン。
「初めまして。管理者代行です。」
「貴方は元の世界で死に至り、この世界に転生しました。」
「転生した際に、貴方の死に際の願い二つを聞き入れました。」
「一つはその「魔法のスマートフォン」。」
「ただし我々はそれをよく知らないため貴方が望んでいた「LIEN」なるものと、「インターネットブラウザ」なる機能しかありません。」
「動力は貴方の生命力から分け与えられるため、貴方が生きている限りは永久に動き続けるでしょう。」
「操作方法については設定から確認してください。」
「叶えた願いのもう一つは、肉体を環境に適応させ生存を可能にする「環境適応能力」。」
(次の人生があるんなら、次はあいつみたいに楽に生きられる人生がいい。)
「言語の相互理解もそれに付随します。」
「この世界で即座に犬死する程度の運動能力の貴方も、ここで生活しているだけで充分な能力が身についていくことでしょう。」
「管理者からの連絡事項は以上です。
この通信に対する質問等は受け付けません。
不明点は設定からご確認ください。」
「それでは、よき第二の人生を。」
ーーー以下管理者権限により通信が拒否されていますーーー
「……こんなものを望んでいたわけじゃない。」
肩を落として、ぼやく。
画面の下端、左向きのVの字型矢印を指先で触れ、画面の八割が白く戻る。
もう一度触れてアイコン三つだけの水色の画面に戻す。
いつの間にか、身体も心も冷えきっていた。
ある種の確信をもって、四色のアイコンに触れる。
アイコンが画面いっぱいに拡大、途中画面のほとんどが白く変わる。
上に大きく「ゐちゃんねる」の見出し。
その下に「ゴブリンスレ」の文字。
更にその下には、解読不能どころか見たこともない文字?絵?マーク?記号?の羅列。
興味半分怖いもの見たさ半分で、ゴブリンスレ、のすぐ下の羅列を指先で叩く。
表示されるのはやはり解読不能の羅列。
「けど、スレなんだよな。」
0001から始まる連番、解読不能が挟まって、「ID」の表示。
画面を左矢印で戻し、ゴブリンスレを指で叩く。
構造は同じ、しかし日本語の表記がある。
「くさい」
「背が低い」
「毛はない」
「耳は長く尖っている」
「ほとんどの個体が痩せている」
「腹だけ膨れている個体が多い」
「凶暴」「ほかのモンスターに比べて強くない」
「知能は低い」「簡単な武器なら作れる」
「群れで狩りをする」「魔力はほぼない」
「森、洞窟等に隠れ住む性質」
「雄しか生まれない」
「人間の女をさらって犯して繁殖する」
「穢らわしい」「絶滅すればいいのに」
「昨夜、✕✕✕(解読不能)地方の✕✕の森のゴブリンは討伐されたらしい」
肥後武雄は表情を強張らせる。
それからふっと、口元を緩める。
「たいして変わんねえじゃん。」
歯車マークのアイコンから開いた設定画面には、スマホの基本操作が書いてあった。
ひとまず音が鳴らないように設定して、あとはほとんど操作できないと理解する。
一つ、ステータスという項目があった。
それを開いたところ、
「肥後 武雄 15歳 LV1
スキル 「魔法のスマホ」
「環境適応能力」」
とだけ書かれていた。
この世界のこと、自分がなぜ転生したのか、自分はこれからなにをすべきか、そういった疑問への回答はなにもない。
諦めるのには慣れているので、スマホの右側面の電源ボタンを押し込んで画面を消す。
翌朝、草の上で目を覚ます。
朝日に目を細め、肥後武雄は体を起こす。
(ねむ……)
右手の甲で目を擦る。
腕を降ろし、座ったままぼーっと前、森を見つめなにもしない。
大きくあくびをして、軽く痛んだ左脇腹に左手を当てる。
ボロボロのTシャツを捲り、自分の体を見下ろす。
左脇腹はどす黒く変色している。
そのほか細かな傷痕がいくつかあるが、どれも塞がっている。
Tシャツを降ろし、手はそのままで動きを止めて、しばらくしてからTシャツを脱ぐ。
膨れた下っ腹と肉のない胸部を露にして、肥後武雄は枕代わりにしていた枝を持ち上げ、下に隠していたスマホを手に取る。
脱いだTシャツの中にスマホを入れて、折り畳んで帯状にする。
スマホを股関節の前に来るようにTシャツを腰に巻き、足りない長さはTシャツを引っ張って伸ばして対処し、端を結んで留める。
朝日の下、森に囲まれた小川の周り。
澄んだ空気と炭と瓦礫。
足元を気にしながら歩く肥後武雄はそこに来て、三匹のゴブリンを見つけた。
四角い顔のゴブリンと、背の低いゴブリン、それと初めて見るやや小太りの三角顔のゴブリン。
肥後武雄に気付いた背の低いゴブリンが視線を向ける。
「[オキタカ。
イタイカ?]」
他の二匹のゴブリンも肥後武雄を振り返り、胸が締め付けられる思いをしながらも足は止めず、肥後武雄は頷いて見せる。
「少しまだ痛いけど、大丈夫。」
(正直まだ怖い、けど環境に適応できてるっていうならたぶんゴブリンに紛れてられる。)
昨日よりTシャツ一枚分無防備になった肥後武雄の考えのとおり、三角顔のゴブリンもどこか優しげな表情を彼に向け、口を開いた。
「[メシ クエルカ?]」
そう言って体の陰になっていた右手を肥後武雄へと伸ばし、その手の上には齧った跡がある紫色の梨に似た果物。
視線を果物から三角顔のゴブリンへと戻す。
「いいのか?」
聞き返す、と同時に腹が鳴る。
三角顔のゴブリンは体ごと振り返り、焼けただれた左腕をだらりと下げて肥後武雄を見つめ、口元を緩め牙を剥いた。
「[クエ!
クッテ ゲンキ ダセ!]」
確実に自分よりも重傷な三角顔のゴブリンの言葉に、肥後武雄は果物を受けとる。
大きく口を開けて不揃いな歯で果物にかぶり付き、甘味と酸味と渋みに溢れる果汁が口いっぱいに広がる。
唇の端から垂れる果汁は左手で拭い、肥後武雄は笑う。
「優しいな、お前ら。」
対して三匹のゴブリンも笑う。
「[オマエ、 ヘンナコト イウ!]」
岩に腰掛け、噛めそうにないヘタだけ残して果物を完食する。
背の低いゴブリンがおかわりを寄越そうとしてきたが、それは遠慮した。
果汁がついた両手の指を順にねぶりながら、肥後武雄は思考する。
(これからどうする?)
「[コレカラ ドウスル?]」
同時に全く同じ質問を投げかけられ、反応が遅れる。
視線を質問の方、四角い顔のゴブリンに向ける。
他の二匹のゴブリンはいなくなっていて、槍を杖がわりにしている四角い顔のゴブリンが一匹で肥後武雄を見つめていた。
「[オマエ、コレカラ ドウスル?]」
問いかけられ、肥後武雄は思考を再開する。
自分のこれからを仮想する。
考えがまとまらないまま口を開く。
「……わからない。」
肥後武雄の答えに、四角い顔のゴブリンは笑う。
「[ユックリ シテイケ。]」
そう言って、四角い顔のゴブリンは槍を杖がわりにして肥後武雄に背を向けて森へと歩いていく。
残される肥後武雄は、孤独には慣れている。
周囲には誰もいない。
下を向いて、腰に巻いたTシャツを見下ろす。
右手を下半身へ伸ばし、
「[オイ!]」
「うぉう?!」
背後からの声に跳ね上がる。
気を付けのように両手を体の側面に沿え、岩に座ったまま後ろを振り返る。
振り返った先には背の低いゴブリン、と
「いぃ?!」
半裸の少女二人。
つまりは、おっぱいが四つ。
見てはいけないという理性、は性欲に呆気なく負けて、肥後武雄はそこを凝視する。
凝視していて、ようやくその肌が薄緑色であることに気が付く。
一点、正しくは四点に集中していた意識を広げ、三人を視界に納める。
背の低いゴブリンの左には、背の低いゴブリンよりほんの少しだけ背の高い、長い茶髪のメスのゴブリン。
初見でメスだと判断できるのは、お椀より僅かに小さいが張りのある胸、だけではない。
まず肌の色が今まで見てきたゴブリンより緑色が薄く、黄色みが濃い。
顔つきは、幼い。
目は大きく、瞳孔は縦長ではあるが雄のゴブリンに比べれば人間に近いため、結果猫のような印象を受ける。
鷲鼻ではあるが、鼻自体が小さく異形感は薄い。
ゴブリンらしからぬ毛髪は茶色で、癖はなく胸元に届くほどの長さ。
耳は雄のゴブリンに比べれば短いものの、髪から出る程度の長さで、先は尖っている。
腹は膨れているものの、肥後武雄や雄のゴブリンに比べれば大したものではない、あくまで幼児体形の範囲に収まる。
腰には衣服の成れの果てとみられる布を巻いていて、肩の後ろには弓が見えた。
もう一匹、背の低いゴブリンの右にそれよりも更に小さい、黒い短めの髪の雌のゴブリン。
胸は膨らみこそあるもののそれはあまりにも儚い、それでもそこに確かにある希望。
肌の色はもう一匹と同じように、雄のゴブリンと比べて緑が薄く、黄色みが濃い。
目は大きいが不機嫌そうに瞼が半ば落ちていて、瞳孔は縦長ではあるが猫のような印象を受ける程度に人間に近い。
鼻は小さく、口は半開きで小さいながらも尖った犬歯が覗いている。
ゴブリンらしからぬ毛髪は黒色で、毛先は上下左右に乱雑に跳ね、長さは耳を隠す程度。
耳は雄のゴブリンに比べれば短いものの、人と比べれば十分に長く、先は尖っている。
腹は膨れていて、肥後武雄や雄のゴブリンほどではないが幼児体形とは表現できない。
腰と股間に布を、褌のように巻いている。
雌のゴブリンの間で、背の低いゴブリンは顔をしかめていた。
「[オイ!キイテルカ?]」
「あ!な、なに?」
不機嫌そうな声に肥後武雄は慌てて視線を向けて聞き返す。
背の低いゴブリンは、無表情の茶髪のゴブリンと不機嫌そうに目を細めている黒髪のゴブリンの間で、口元を緩め牙を剥いた。
「[ナニカアッタラ、コノ にせもの タチニ イエ。]」
肥後武雄の反応を待たずに、背の低いゴブリンは背を向け離れていく。
「何か、何かって……」
肥後武雄は、去っていく背中に声をかけられない。
その肥後武雄をじっと見つめる、二匹の雌のゴブリン。
視線を定められず、肥後武雄は二匹の間の地面を見ることにした。
ただしちらちらと視線が二匹の顔や体にいったりきたりする。
「え、えっと……」
何か言おうとは思うものの、ここ数年間人間とまともに会話していない肥後武雄がゴブリン相手に気の効いた言葉をかけられるわけがない。
対する二匹は無言。
茶髪のゴブリンが不機嫌そうに口を開いた。
「[メズラシイナラ、ソウイエ。]」
「え?」
顔を上げ、(体を見ないように見ないように意識しながら)茶髪のゴブリンの顔を見つめる。
その隣の黒髪のゴブリンが両手を腰に当てた。
「[ミテロ ッテ、イワレタ!]」
「見てろ?・・・監視?」
(そりゃそうか。)
黒髪のゴブリンの言葉にすんなり納得する肥後武雄。
気付くと視線が下がっていて、慌てて背を向ける。
そのまま特に目的もなく歩き出す。
背後からついてくる足音と気配。
足を止め、同じく足を止めた気配を半端に振り返り、横を向いて肥後武雄は顔をしかめる。
「・・・ついてくるの?」
肥後武雄が見えない位置で、茶髪のゴブリンが頷き、黒髪のゴブリンが頷く。
『[ミテロ ッテ、イワレタ。]』
「……まあいいけど。」
肥後武雄は再び歩き出す。
肥後武雄はロリコンだった。
※注意!この物語はフィクションで実在するなんたらかんたらー
なろう系は読まず嫌い、異世界転生ものは漫画二つしか見たことない系黒猫の初異世界転生ものー
何のパクりとかは聞きませんーあーあー聞こえないー
あと誤字脱字あったらTwitterらへんで教えてくれると助かりますー。自分で気付いたらサイレント修正しますー