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御伽輪  作者: 幸田裸蟲
怨恨タワー
2/2

フィロソフィア

 1



 とても霧深い山奥の奥の奥・・・見えましたね、あれが怨恨タワー。末期の酒です。最後のペプシを飲み干すのです。――これは儀式、ジュリエットは考えてしまいました。──「わたしは魔法にかけられてしまう。」過去2回、薄々感じながらジュリエットはそれでも何かを堪えてしまっていたのでした。──「これはドグマと呼ばれるものに違いない。」──そう、ドグマです。


 ──過去から未来、

 琴線からあの世、

 心の帳。


 入口にはこう書かれています。扉の右下の隅に書かれているのです──そう、その辺り。ジュリエットは空のペットボトルをその前に置いてマッチを取出し、おまじないをかける。・・・──「お前、キレてるだろう?」──マッチの火が侵略を始め、柄の中ほどでふっと吹き消す・・・。


 ──さあ、始まりです。純粋形相を目指す・・・。







 2



 リュックの中身を調べてあれとあれとこれとこれ、ランプは入口を開けてすぐのところ、花瓶に生けられている。銅板で出来た雛罌粟の中、殆ど届かない光の中でジュリエットは明かりを造ります。辺りにはシューベルトのピアノソナタ、また彼は弾いているのです。それは19番だと彼に教わりました。9歳になるジュリエット、お母さんの耳はどこへ行ってしまったのでしょう?


 ──いいか、よく聴け、

 この塔には魔法使いがいる

 ・・・――空耳のことだ。


 階段を上り始めると彼が地下から追いかけてくる。ジュリエットは気にせず階段を上って行きます。彼の仮面がピカリと光るのが少しだけ見えました。一階は猛火に包まれているに違いない・・・彼は全く平気で階段を上がってきます・・・──追いつかれてはいけませんね?


 ──足を踏み外してはいけません、テンポよく・・・。







 3



 真赤な絨毯が薄らと眼に映る。灰色の石畳の上に綺麗にそれは敷かれています。木の扉が一つ、二つ・・・そう、ない扉に入るのです。ない扉を選んで要するに広間をまっすぐ歩くと、通路を抜けて、そう、運命の便器の前・・・一つ、二つ、三つ、便器はあるのです。──今日はどれかな?ジュリエットは中身を確認するのです・・・黄色い猫目石を見つけました。腰かけてみて。


 ──鹿爪らしいことを言うなよ、おい。

 お母さんは気に病んでいるだけなんだ。

 世迷言はお前の耳にある・・・わけだから。


 この前聴いたのと同じ台詞を耳にしました。すると──「ワアーッ!」声の主もよく知っています。後ろの扉がバタンと倒れてない扉ができました。向こうには階段が見える・・・ジュリエットは立ち上がり、待つべきか留まるべきか?・・・この前は4階まで行けたのですね。


 ──取り敢えず向かうことにします・・・4階までは。







 4



 3階はのっぺらぼう、木の扉はすべて閉じられていて便器もありません。赤い絨毯が向こうへ一直線に敷かれています。広間の天井には髪飾りがぶら下がっています──数え切れないほど、それはある。ゆっくりと進んで絨毯の終りまで。暫く待っていると髪飾りが一つ落ちるはず・・・彼より先に拾わないと。そして扉がバタンと倒れたら、一目散に。


 ──ルールってのはなあ、姉ちゃん、

 そう簡単に変わらないぜ・・・。

 ──まあ、遅れるなってわけで・・・。


 同じ台詞でした。耳を澄ますと先ほどの曲の第2楽章が聴こえてきました。彼は地下へと帰ったのでしょうか?──そんなことは決してない。彼は追いかけてくる。猛火の中、脚のない彼・・・そういえば名前を訊いたことがありませんでした。――誰なのかな?


 ──恐れずに待つことにします。宝は眼の前・・・。







 5



 ぼんやりとして眠くなってしまい、うつらうつらとしていると・・・どうしたことでしょう、あの曲が歪んで聴こえるのです。ジュリエットはふと我に返り、ランプの明かりの照らす先・・・そう、赤い絨毯、精緻な刺繍・・・見当たるのです。ランプを床に置いてジュリエットは覗きます。・・・──「何かの物語ではないか?」などと・・・。──するとピカリと向こう。


 ──準備はいいかい?

 エトセトラは向こう岸に追いやれ。

 一つを狙え。


 また同じ台詞です。階段はもう火の海でしょう。きっとこの前と同じ髪飾りが落ちるのです。2回ともそうだったのです。――でも今回は?ジュリエットはふと思いました。この場所から動いたら・・・?そう、前回と同じく。そして目掛ける先はその辺り──右側の、その辺り・・・。


 ──過去から未来はよく見える。でもどうしよう・・・?







 6



 昨日よりひどい雨が降っているようです。洪水のような音が聴こえます。中々彼が上がってこない・・・不思議な時間が過ぎて行きます──嘘?と、パン!と音がして髪飾りが一つ落ち彼がするすると、黒いマントが動いていきます。──急いで駆けて髪飾りを取り、尖った彼の指先が髪を掠めて大急ぎで──「ワアー!」の聴こえるところ──そう、その扉。少し遅れています。


 ──粋がるなよ、姉ちゃん、

 弱いものは弱くて強い。

 俺より強いものはどこにもいない──そういうわけだ。


 魔法使いは言うのです──過去から未来?バタンと扉が倒れました。――もうすぐ火の海になる、この階は。──「もう戻れない。」ジュリエットは独言を呟きました。理由はよく分かりません・・・その台詞は3回目です。何を言っている・・・?


 ──出かけましょうね、過去から未来・・・。







 7



 ぐるぐると階段を上ると途中で老婆が階段を転がり落ちてくる。ジュリエットは知っているのです。手すりのない階段を上って行くと窓が一つ、この前は蒼空でした。今日は雨がザアザアと降っている・・・どうしようもなく不安になってきます。同じ手順で組み上がっているのでしょう。台詞は同じものばかり。蜂蜜の壺の描かれた窓、それは絵です。老婆が下でドスンと壁に・・・。


 ──そいつはまあ、孤児ってやつだ。

 まあ、気にすんな、姉ちゃん、

 誰だってそのようになる・・・。


 立ち止まります。気が塞ぐのです。老婆はゴロゴロ──そう、また転がってきました。──「孤児さま、ご機嫌麗しく。孤児さま、お気に召すままに・・・。」仰向けに寝そべった老婆は言います。そしてまた後ろ向きのでんぐり返しを繰り返す・・・彼と同じく脚はついていません。


 ──上りましょうね、孤児さま・・・。







 8



 皺くちゃの尖った鼻の仮面をつけた老婆は去って行きます。彼の仮面はつるつるでピカピカで光のよう。──孤児?花弁か涙のような眼尻の模様、とても薄い唇、暗黒の眼・・・ヴェニスの仮面?走馬灯のように過って行くのは何故か母親の思い出、意地汚い生き物だとジュリエットは思っていたのでした。──「先細る奇怪な妖怪、つまらない奴。」と・・・。


 ──まあ、権力を持たない奴に用はない。

 意気地のない奴らというわけで、

 つるむだけ──案山子のようだが・・・。


 手強いというわけです──数は力か?ジュリエットは恨みの塊になる自分に気づきます。──マネーは力?裂くには力が要るようでした。──このように物思いに耽りながら階段を上り終えると次の階、老婆は去り、扉はまたすべて閉じられている・・・。


 ──どうしよう?この前はここで終わった。







 9



 ところで前回、どうなったのでしょう?──この階を駆け回った挙句、彼の胸に飛び込んだのでした。恐ろしい火の手に包まれ、彼の仮面は何度も光り、彼はすべてを焼き尽くすかのようでした──そう、彼一人を除いて。そこでジュリエットは矢庭に駆け出し彼の胸へと。──「やんちゃだな、姫・・・。」力のない彼のマントをつかみながら、ジュリエットは火のように燃えていたのです・・・。


 ──そ・れ・で、

 どうしようなあ、姫君。

 説教くさい教師になれよ・・・。


 また同じ憂き目に遭うのでしょうか?――説教くさい教師?誰に教えるのでしょうか?──と、いうところで持っていた金とダイヤの髪飾りが、幾つもの金の髪の毛になり、掌をすり抜けて消えていきます。前回と同じです。──本当は欲しかったのに、前回と同じように・・・。


 ──それでどうしましょう、姫君?彼はずるい・・・。







 10



 天馬が一匹、向こうの回廊を駆けて行きます。この塔は幾つもの塔を含む・・・ジュリエットはそのうちの一つにいるわけです。全部を見るには時間がかかる。ジュリエットにそのつもりはありませんでした。吹き抜け、地下の音楽堂をこの階から見下ろすことができます。座席はすべて除けられている。そこにはピアノが一つ、譜面やワインのグラスやボトルが辺りに散らばっている・・・。


 ──戸惑いは道標の雨だな?

 指をさしても濡れるのが雨、

 嫉妬は軽んずべからずだ・・・。


 こんがりと焼けた肉の塊、フルーツの山、ボンボンの山・・・金貨や宝石も山と積まれています。寝椅子もあります。奔放な暮らしを彼は愉しんでいるようです・・・面白そうな人ですね?──このようにして前回も時間は過ぎました。――そして天馬が嘶きます・・・。


 ──早くしましょう、お姫、時間は涙より少ない・・・。







 11



 その人はカオスです・・・創意工夫がないと死んでしまう、そういう類の人でしょう。荒々しさの欠片もない。ジュリエットには何となく分かっていました。その人とシンクロしているのです・・・そして今も、彼がどこかにいる。――すると、──「ワァー!」扉はもう倒れてしまいました。それは前回と同じ、それからどうなったでしょう・・・そう、憶えている。


 ――姫君、お前は馬だ。

 お馬さんになれる。

 乗るばかりの道具じゃないよなあ・・・?


 ――姫君?そう、そう言った。今気づきました。だからしかし、さてどうしよう・・・前回はこの階をかなり調べたのです、天馬に追いかけられながら・・・ふむ、それでよかったのかな?ともあれジュリエット、暫く思案しています。そのうち天馬がやってくる・・・馬がね。


 ・・・――どうでしょう、ドグマ、やってみたらどうです・・・?







 12



 天馬が顔を出しました。向こう側の塔からやってきたのです。走っているのにひどくゆっくり、スローモーションなのでしょうか?ともあれ今回、ジュリエットにはアイデアがあるのです。手すりに手をかけ吹き抜け、暗闇の天を拝んで夢見の心地、ジュリエットはそして眼を瞑り、少しばかり祈ったでしょうか・・・?――そう、すると身に少し衝撃が走りました。


 ――お前はそんなところだろう。

 いつも何かを気に病み、

 狂っている。


 天馬は彼女の身体に当たって消えてしまったようです。一瞬だけ風がびゅうびゅうと吹きました。天馬が来た道、そちらへは行ったことがありません。それでジュリエット、一つの気まぐれでしょう、そちらへ向かうことにします。――扉は幾つあるかな?すべては台なし。


 ――扉はないものでなければなりません、いつも通り・・・。







 13



 一つ、左手に通路、そこを折れ、次は右、もう一つ・・・どこまでもいけそうな気がする。彼が歩くと足の底、火の海が広がり、すべては台なしになってしまいます。彼の足はないのです。――足の形を見ましたか?彼はどうも人間らしい。裸足で歩いて端ない男です。──野蛮人、哲学者がそうなら現世はこうなる。また一つ左に折れる。


 ――それはそうと、姫君、

 記憶は適当に料理して、

 そのうち食べちまえよな。


 どういう理論家でしょう?お花畑のような花瓶、それが幾つも見える、通路の両脇。その向こう、扉のないあれです。稲妻が一つ、外に出ればひどい雨、益々ひどくなっていく。風が吹いて横殴りの雨、ジュリエットには効きません。向こうから匂いがする・・・。


 ――階段を上りましょう。今回はやったではありませんか。







 14



 ぐるぐる巻きの階段を上ると広間に出ました。細長い広間、同じくらい細長い食卓、中央に燭台が一つ、お料理が一つ。――挑戦的?どうしてジュリエットはそう思うのでしょう?お腹が空いたのに食べない人はへそ曲がり、それは病気ではありませんか?――笑い、お料理の前、ジュリエットは少し笑いました。蕪とお肉のスープ、ライ麦入りのパン、水、ペプシ。


 ――それはそれ、

 生きられない奴がいる。

 お前もそうか?


 リュックを肩から降ろして隣の席に、腰かけてお料理を頂きましょう。ふと見ると窓枠はすべて蝶々のようです。翅は黒い縁取り、赤、青、黄色、緑にオレンジ、紫色もある。皆一休みしているようです。無数の翅がゆっくり動く・・・そう、それよりお食事です。


 ――スプーンを取ってスープを一口、美味しいですね。







 15



 暫く食事を採っていると眼の前、大きな窓の向こう、大爆発が起きました。ジュリエットはパンの最後の一欠片を持って唖然、向こうで爆発、闇夜にオレンジ色の光、めらめらと燃えてそれは夜空に滞留しているようです。暫くすると爆発の左右、一直線に火の橋が延びていきます。窓から窓、あちらにもこちらにも。・・・――一体、何が起きているのでしょう?


 ――世の中は光だ。

 光と闇、

 どちらも真理だ。


 それは掌の上のお話、彼の声を聴きながらジュリエットは少し考えてしまいました。──仮面の彼は頭がいい?ジュリエットは最後のパンをゆっくりと噛み、水を一口・・・すると窓枠の蝶々が一匹、また一匹、夜空へと飛び立っていきます。皆どこかへ行ってしまう・・・。


 ――さて、お食事は終わりのようです・・・。







 16



 新しい太陽は惶々と夜空に輝いています。無数の蝶々がそれを目掛けて飛んでいきます。――愚かなのか?塔の外、ジュリエットはまた出ました。隣の塔に繋がる石の橋、雨はもう止んでいます。ジュリエットは逆さまなのか、爆発に飛び込む蝶々を見ても物怖じしない――不思議、暫くそれを見ていました。――ジュリエットは逆さま?


 ――お話は東から、

 西へと向かい、

 そこに留まる。


 お話は情緒から・・・ということでしょうか?ジュリエット、機嫌をよくしないといけません。お金持ちは貴族である必要がありません。でも物を持ったらよく考えないと・・・おや、それは何でしょう?石橋の終わり、新しい入口の手前、にんにく製の人間・・・。


 ――まるで首吊り屍体です。どうしましょう・・・?







 17



 悪趣味だと思われました。それで矢庭にそれを取ったのです。すると、――「ワァー!」当たったようでした。どこかで扉が倒れたのです。そのまま新しい塔に入ると何か賑やか、ダンスホールでもあるのでしょうか?暫く通路を道なりに行く・・・すると明るいところに出ました。誰かがパーティをやっているようです。――どうしよう?


 ――やい、姫君、

 無理をするな。

 阿呆面をしていろ。


 それは嫌な台詞でした。虚栄の塊はピラミッド、彼らはお墓の中にいるのにとても陽気、それはとても不思議なことです。主催者はどうも王さまのようでした。階下、大きな広間で人々が踊っています。脇で談笑する人々もいます。――面白そう、お墓の中・・・。


 ――真理は隠し事が嫌い。そして敵を作る・・・。







 18



 王さまは俯き加減、玉座に腰かけたままです。人々は人形、男性は黒い服、女性は赤い服、床はチェス盤のように白と黒、そして生き物のように人々は踊る・・・不思議です。時々機械仕掛けのように笑い、すべては儀礼のようなのです。口ひげの人、メガネの人、多少の差異は認められます。でも大体皆、同じかな?――どうなっているの?


 ――薄気味悪いか?

 天気の悪い日は、

 天気のよい日ではない。


 ――勘違いをするなということ?ジュリエットは考えました。虚栄に真理はないようです──当然のことです。それで哲学者はどうなっているのでしょう?階下に大広間を見渡す回廊、ぐるりと周りを一望して、おや?誰かが向こうから歩いてくる・・・。


 ――それは何か、見覚えのある人・・・?







 19



 ジュリエットはジュリエットに逢いました。ふと掌の欲望、自殺したにんにく製の人間がまた金の髪の毛になって消えてしまいました。彼女は彼女の前にいます。――魔法?それはでも少しずつ輝きながら形を変え、幼女になってしまいます。――彼女は笑っている・・・とても無理な笑いです。幼女の彼女、ゆっくりと手を伸ばし、それは人さし指。


 ――粋がって、

 息巻いて、

 音を上げる。


 ジュリエットも一緒、二つの人さし指が先端を合わせ、すると――ドン!爆風がして大広間が火の海に――とんでもないことをしてしまった?すると彼女、幼女の彼女は不敵に笑っています――本当はしたかったこと?愉しげに身体を揺すり、クスクスと笑う。


 ――「ねえ、あなたとわたしのこと・・・。」幼い彼女、言いました・・・。







 20



 彼女は笑っています――イカサマが嫌い?ジュリエットは昔からこんなにわがままで真面目だったのでしょうか?昔のことはよく憶えていません。大広間では大勢の人が大わらわ、本当に火が燃え移ってしまって大変な火事、見ていると王さまの右腕がポロリ、おまけに首も。――「ワッ、ハッ、ハッ!」すると大火事なのに皆が笑い始めました。・・・――もう熱くない?


 ――「不気味でしょう?

 あなたとわたし、

 世界の真理をよく知っている。」


 皆、支配が大嫌いだということ?彼女は言いました。――すると淡い光が益々力を増し、そしてパッと華火のように彼女は飛び散ってしまいました。――王さまはもういない。皆、火事なのに大笑い、何が起きているのか少しも分からない。――真理・・・。


 それで階下はもう火の海です。彼はもうすぐ来ます・・・。







 21



 ない扉はすぐそこ、眼の前にあります。彼女が来たところでした。更に階段を上り、更に上り、更に上る・・・ちょっと長いみたい。――すると蒼空、それが見えます・・・終わった?ジュリエット、階段を上り終えて立ち往生、もうちょっと冒険したかった?でもどうも終わりみたい、もう階段はありません。ここは屋上、上は蒼空。


 ――一体、きっかけを間違えて、

 この塔に上ろうとしたら、

 お前はもう化け物だ。


 ――哲学者は化け物?人間ではないのでしょうか?――真理は人殺しの匂いがする・・・多くの者は欲しがっていないのかも知れません。安逸な夢の中にいたいのに、哲学者がそれを報せる理由は何?ジュリエットにはよく分かりません。


 屋上はかなり広々として、何か・・・それにしても何かあるようです。







 22



 透明な何か・・・?それは何でしょう?階段かも知れません。恐る恐る、何かしらしがらみ、疑わしさの塊で、それにしてもそういうことはしてはいけないのでしょうか?ジュリエットは少しずつそれへと近づく・・・そんなに恐ろしい?それはただの階段です。鶯が一羽、それに止まりました。ジュリエットは少し興ざめ、それは何か神々しいもの?


 ――俺には追いつかれないようにしろ。

 俺は哲学者じゃない。

 ――道化だ。


 ――道化。その通りの衣装です。ジュリエットはずっと哲学者だと勘違い、彼の声がして、少し後ろを振り向くと彼――そしてまた火の海です。――「屋上にも来る。」ジュリエットは考えました。道化はどこへでも行く?――ジュリエット、どうしましょう?


 場所はもう一つしかないみたい・・・。







 23



 テンポよく、殆ど真四角のそれ、階段を上るとキンキンと音がする。――壊れる?そんなことはないでしょう。その階段はとても頑丈、少しも揺れません。純粋形相はこうなっているのでしょうか?――ジュリエットは高みまで来た?そう考えると彼のことが少し怖くなくなりました。彼は彼女を追いかけて一目散、逃げているわけではないけれど・・・。


 ――そうだろう?

 そこにいればいい。

 女は地の底を這いつくばるな。



 ――どうして?彼はどうしてそんなことを言うのでしょう?道化は教師なのでしょうか?哲学の教師は道化?――ふと、指先に彼、彼の指先に彼――ではない。彼の掌の上、二つの耳が見えます。水晶の耳、それがきっとお母さんの耳でしょう。


 彼女はするする、彼もするする、階段が消えてなくなるまで・・・。







 24



 それで神さまはもうすぐ?ジュリエットは昔から神さまを敬うよう躾けられてきましたが、耳が遠くなってしまったのか、それにしても道化の声は聞こえるし、彼は何だか面白いことを言う・・・如何にも耳が変わったのです。奇妙な声を昔は聞いたものだ。可笑しな空耳はそれ、道化の持ち物、道化はいつも何を教えていたのでしょう?


 ――お前の狙いは正しい。

 現世の殆どはメシの話題だ。

 お前は政治学をきちんと学べよ。


 哲学はいつも政治学だったかも知れません。――ジュリエット、大きな勘違いは山のよう、そしてお母さんの耳、それが眼の前にあります。薄蒼い水晶のつがいの耳、道化の掌の上、それは寝ています。辺りは火の海、階段はもう終わり、道化の仮面が近づいてくる・・・。


 でもこの階段は燃えていません――安心・・・。







 25



 もうこのお話はおしまいのようです。ジュリエットは教室の机の上、どうも寝ていたらしい。最後に彼の仮面、とてもよく笑っていたのを憶えています。スマイルマークのようににっこり、お母さんの耳を手に取ると辺りに数字の列、それが恐ろしい勢いで空に消え、そして塔も消えてしまいました。――数学をしろということ?いえ、道化は政治学をしろと言ったのです。


 ――よく憶えておきましょう。

 道化はさかしらで、

 すべてを壊す――それが希望。


 人間は殺戮をよくします。それにしても生活はそのようにしてばかりはいられない。そのような者は道化というより愚か者です。人間は解雇をよくします。でもそればかりでは企業の経営はできません。――希望、面白い希望が世の中にはある。


 面白いこと――それは破壊と殺戮・・・。







 26



 塔の跡地、そこはどこだったのでしょうか?粗末な板切れに――「あばよ。」そこには空のペプシのボトルと新しいペプシのそれ、ジュリエットの忘れ物でしょう。ジュリエットは二つともリュックに入れました。とても小高い丘の上?向こうには断崖絶壁も見えたような気がする。夢はそれにしてもすぐに忘れられてしまいます。人間の経理がそうさせるのでしょうか?


 ――夢の中、

 お前と二人、

 丘の上で夢を見た。


 ――さあ、お勉強です、ジュリエット、次は歴史を学ぶのですね。ジュリエットは17歳、9歳の彼女とそれより幼いいつのことだか分からない彼女、すべてはお友だちのようです。ノスタルジーが健康なら未来は病気、奇妙な保守は夢を見やすい。


 それでもう終わりです。――未来の保守、あなたは勉強しましょう。


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