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 ヨエル様が案内してくれた私の部屋は、ミリヤム王女の隣に用意されていた。

 部屋に入ってぐるりと一周見回しただけでわかる。家具も調度品もすべて一級品だ。アヴィリル王国のものよりも、柔らかな木の質感を活かした、明るい色の家具が多い。カーテンやテーブルクロスなども淡い色合いのものが多く、華美ではないが、女性らしい華やかな雰囲気の部屋だ。

 竜人族は女性であっても、人族より大柄のはずだが、椅子もテーブルも私が使いやすいサイズであることに若干の違和感を覚えつつ、侍女の手によってすでに運び込まれ、仕舞われた荷物の確認をする。

 昼用、夜用の正式なドレスや実習用の簡易なドレスが用途ごとにきれいに納められ、私が取りやすいように配置されている。

 整えてくれたであろうドラゴニアの侍女に感動していると、「コンコン」と部屋を叩く音が聞こえた。

「はい?」

「失礼いたします。私、ソフィア様の側仕えを任されました、カロラと申します。ご挨拶をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい、お願いします」

「失礼いたします」

 そうして入ってきたのは、侍女の制服を身にまとった長身の美しい女性。

 人族の男性と比べても長身の部類に入りそうだが、それでも女性らしい華奢な印象が残る。

 彼女は優雅に礼をすると、にこりと笑った。

「無事に回復されたとのこと、お喜び申し上げます。誠に勝手ですが、お持ちいただいた荷物は先に納めさせていただきました」

「ええ、今確認させていただきました。ありがとうございます。それと…カロラ様は私の世話をしてくださるのですか?ミリヤム王女ではなく?」

 王室に仕える侍女であれば、ある程度の貴族令嬢であるはず。下手すると私とほぼ身分的には一緒なのではないだろうか。

 そもそも、ドラゴニア王国では、私が王女の侍女のような立場になると思っていたから、自身の世話に正式な侍女が付けられるなんて思いもしなかった。

 そう不思議に思い、問いかけるが、彼女は緩く頭を振る。

「いいえ。ミリヤム王女には別の侍女たちが付けられております。ソフィア様の身の回りのお世話は私が申し付けられておりますので、どうぞお気軽にカロラとお呼びください」

 そう再びお辞儀をする彼女は洗練されていて、なんとも呼び捨てにしづらい雰囲気ではあるが、ドラゴニアはアヴィリルとはまた違う身分体系なのかもしれないし、ここは従っておこう。

「わかりました。カロラ、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ。お仕えできて光栄でございます」

 そうにっこりと微笑んでくれる彼女の美貌が眩しい。

 竜人族は美形しかいないのかしら。

 ここまで付き添ってもらったヨエル様を振り返りながらそんなことを考えた。

「?どうなさいました?」

「いいえ…。なんでも…」

「そうですか?」とにこりと笑ったヨエル様は、私の代わりに持ってくれた花瓶を傍のテーブルに置く。ヨエル様がわざわざ私に付き添ってくれたのは、道がわからないのと合わせて、(多分)ヴァルナル様持ってきてくれたであろう、ぎゅうぎゅうの花を持ってくるのを手伝ってくれたのだった。

「さて、カロラもきたことですし、私はそろそろ失礼しますね」

「ヨエル様、ここまで付き添っていただいて、ありがとうございました」

 今まで看病してもらったことへの感謝の気持ちも込めて、深く礼をすると、再びにこりと笑ってくれる。

「いえいえ。カロラ、この花を頼みます」

「かしこまりました」

 私の手には余るそれを、カロラは苦にした様子もなく抱える。

 それを確認したヨエル様は「それでは」と一礼して扉を開けた。

「またお会いしましょうね。…今度は医務室以外で」

 去り際、そういたずらっぽく笑いながら振り返って告げられたその言葉に、頬が熱くなるのを感じた。


 ぱたぱたと手で熱くなった頬を扇いでいると、カロラから話しかけられる。

「ソフィア様、1つの花瓶には余るようでしたので、3つに分けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

 事前に話を聞いていたのか、室内にはすでに花瓶が用意されており、カロラは素早くそれに生けていく。

 医務室にいたときはぎゅうぎゅうで苦しそうに見えたが、今はゆとりを得て生き生きしているように見えた。

「ありがとうございます。…赤が基調となっていたのですね」

 ぎゅうぎゅうとなっていたときにはあまりよく見えなかったが、全体的に赤色が多い。

 医務室にはあまり合わない色合いだったが、この部屋には良い彩を添えてくれるだろう。

「ええ。…竜人族は自身の色を好みますから」

 私の侍女は、そう言って微笑んだ。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「ああ、ドラゴニアは身分制度があんまり強くないのよ。国を治めているのは王族だし、貴族もいるけれど、数はそれほど多くないから、王宮に仕える竜人も結構平民が多いみたいよ」

 私の疑問をあっさり解決してくれたのは、3日ぶりにまともに顔をあわせたミリヤム王女。


 部屋を案内してもらった後、すぐに隣の王女の部屋にお邪魔し、そのまま一緒に昼食をいただくことになった。

 再会したミリヤム王女は、私が完治したのを涙ぐみながら喜んでくれた。本当に、こんなに心配をおかけしてしまって申し訳ない。

 医務室ではアヴィリルと似通った味の、消化に良い料理を出してくれていたから、ドラゴニアらしい食事をとるのはこれが初めてだ。アヴィリルよりも素材の味を活かした、あっさりとした味わいのものが多く、病み上がりにはむしろありがたい。

 昼食をいただいた後、お茶を飲んで一息ついたところで、先ほどの疑問を思い出したのだ。


「貴族の数が少ない、というのは存じ上げておりましたが、身分制度もあまり強くないのですか?」

「ええ。竜人族は恋愛結婚でしょう?政略結婚なんてほぼないし、恋に落ちた相手の身分が違いすぎるからって障害にはならないみたい」

 その話はアウグスト様から聞いたというのだから、王族ですら例外ではないのだろう。

「なるほど」

 恐るべし恋愛至上主義。

 ちなみに竜人が大柄なのに私たちの部屋の家具のサイズがぴったりなのも、異種族の伴侶を迎える機会が多いかららしい。

 恐るべし恋愛至上主義。


 ミリヤム王女は午前中を座学、午後を王宮内の視察にあてている。

 はじめの1ヶ月程はそのような形で進め、それから徐々に興味のある分野の座学を増やし、視察場所も王都外へ広げる予定だった。

 そして、今日からは私もそれに同行する。


「昨日はね、ドラゴニア王室の方とお茶をしたの。王妃様や王子妃様、王女様たちとお会いしたのよ」

「まあ!それは素敵ですね」

 ドラゴニア王室の二人の王子のうち、第二王子のアウグスト様は独身だが、第一王子のシクステン様はすでにご結婚されている。第一王女もすでに嫁いでしまって王家にはいないが、第二、第三王女はまだ王宮に残られているはずだ。

「ええ。皆様とても優しくて、素敵な方たちだったわ。アヴィリルから持参したものをお渡しするのは、あなたが回復してから改めて機会を設けることになったから、楽しみにしていてね」

「はい!」

 今から楽しみでわくわくした気持ちが抑えられず、にやにやしてしまっていると、王女がふと顔を曇らせる。

「昨日は、そんな感じで華やかだったのだけれど…今日はもしかしたらあなたは好まないかもしれないわね」

「…はい?」


 そんな王女の言葉の意味がわかるのは、すぐのこと。


「ここは…」

「王国騎士たちの訓練所よ」


 野太い声が響き渡り、カンカンと硬い音が響き渡る。

 私が最も苦手とする空間がそこにあった。


 病み上がりでこれか、とくらりとしていると、「ソフィア嬢!」と呼びかけられた。

 呼びかけた騎士は見覚えのある琥珀色。

「トビアス様!」

 駆け寄ってきたトビアス様は、ミリヤム様に敬礼をすると、私に向かって穏やかに微笑んだ。

「回復されたとは聞いておりましたが、こうしてお元気な顔を見ることができてよかった」

「ご心配をおかけしました。それと、可愛らしいクッキーもありがとうございました」

 初日だけにとどまらず、その後も彼はお見舞いの品としてクッキーを持ってきてくれた。熱を出してからは口にするのは難しかったけれども、その気持ちが嬉しい。

 ヨエル様は「一回成功したからといってそのまま同じものを贈り続けるなんて…」と頭をかかえていたけれど、あれはどういう意味だったのかしら。

「喜んでいただけてよかったです」と、トビアス様はます笑みを深める。

 多少なりとも見覚えのある顔に安心し、気持ちが穏やかになったところで。

「トビアスー!!お前何をさぼっとるんだ!!!」

 唐突にトビアス様の背後から雷のような声が響き渡り、思わず飛び上がった。

 同じように飛び上がったトビアス様がばっと振り返ったので、私にも険しい顔をした巌のような男性が目に入った。先ほどの声はこの方のものだろう。

「イェルド団長!申し訳ありません!」

「お前を信用して今日の案内を任せようと考えたのに、弛んでいるぞ!そんなに余裕があるなら…」

「お話の途中に申し訳ありません、イェルド団長。彼の邪魔をしたのは私たちですの」

 そこでようやくミリヤム王女と私に気づいたのか、険しい顔が緩む。

 私もミリヤム王女も、人族の女性の中では決して身長が低い方ではないが、竜人族の方に比べると十分小柄だ。トビアス様の陰になって見えなかったのだろう。

「おっと、ミリヤム王女殿下。もういらっしゃっていたのですか。気付かず失礼いたしました」

「いいえ。予定よりも早く来てしまいましたものね。トビアス様には、このソフィアがお世話になりましたから、つい話し込んでしまいましたの」

「そうでしたか…。大変失礼いたしました。ソフィア嬢も、いきなり大きな声を上げてしまい、申し訳ない」

「い、いえ…」

 眉を下げて私を気にしてくれる彼はきっと厳しくも優しい人なのだろう。

 けれど、先ほどの大声がどうしても怖くて、がたがた震えてしまう。


 そんな私の震えを治めてくれたのは、私の手をぎゅっと握ってくれたミリヤム王女と、肩に置かれたがっしりとした温かな手。


「団長ー。圧がすごいんだから気をつけてもらわないと困りますよ」

「ヴァルナル。お前に言われたくないんだが…」

 後ろから聞こえてきた声の持ち主を見上げると、明るい緑色と目が合いそうになり、思わず目をそらしてしまった。

 気まずい相手のはずなのに、なぜかこの温かさに安心してしまう自分に戸惑う。

「じゃあ、団長が怖がらせた責任をとってこのまま俺が案内しますね」

「何がじゃあなんだ…。アウグスト殿下からソフィア嬢にあまり近づいてやるなと言われているだろう」

 そんなことを言われていたのか。

 私が小心者だからいけないのに、殿下にそこまで気を使わせてしまって申し訳ない。

「そうでしたっけ」

「そうでしたっけって…」

 先ほどの勢いはどこへいったのか、イェルド団長はがっくりと肩を落としている。

 恐るべしヴァルナル様。

 わかります、イェルド団長。私も彼に乗せてもらっているとき、あの会話が成り立たなかったときはそんな気持ちでした。


「そもそも、ミリヤム王女の視察はマックスとトビアスの担当だぞ」

「マックスが交代してほしいって言ってました」

 しれっと言うヴァルナル様に対し、遠くの方から「俺はそんなことを言っていない!」という悲痛な声が聞こえてきたような気がするが、彼は全く何も聞こえていないと言わんばかりの態度。

「お前な…。……はあ。申し訳ありませんが、ミリヤム王女殿下、ソフィア嬢。彼とトビアスに案内を任せたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

「そうですね…」

 ミリヤム王女が言い淀み、私をちらりと見る。

 それに、こくりと頷いてみせた。

 ヴァルナル様にいい思い出はないが、少なくとも彼は顔を知っているし、なぜだか怖くない。

「…問題ありませんわ。よろしくお願いします」

「それでは…トビアス、ヴァルナル、頼んだぞ」

「「はっ!」」


 きりっと敬礼をした様は先ほどと別人のようで、思わず顔を見上げてしまう。

 目が合ってしまってちょっとどきっとしたが、次の瞬間にやりと笑いかけられたので、やはり彼に頼むべきではなかったかもしれないと少し後悔した。


 ちょっとお花のお礼を言おうと思っただけなのに。





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