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 目が覚めると、見たこともないような麗人が心配そうに私を見ていたので、ここは天国だと確信した。


「ああ、私は死んだのですね…。ショック死かしら…」

「いえいえ。ここは現実世界、ドラゴニア王国の医務室ですよ。目を覚まされてよかった」

 そう、微笑んで告げたその麗人は、自らをドラゴニアの医師、ヨエルと名乗った。



 ヨエル様が教えてくれたところによると、すでに歓迎の宴は始まっており、ミリヤム王女はそちらに参加しているらしい。

「あなたの側を離れがたいご様子でしたよ」と言われ、大変申し訳ない気持ちになる。

 姫様の心の潤いとしてやってきたはずが、逆に私が姫様の心をかき乱してしまっている。

「あなたのことをくれぐれも頼む、と王子から任されましたので、どうかこの私に付き合ってここで身体を休めてくださると助かります」

 落ち込んでいる私を慰めてくれたのだろう。

 そう茶目っ気たっぷりに片目を瞑って言われると、なんだかくすぐったくなってしまい、二人でしばらくくすくすと笑った。

「ありがとうございます、ヨエル様。着いて早々、ドラゴニアの方々にご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」

「いえいえ、元はといえばこちらの不手際ですから。それに、元々私は本日の宴に参加しない予定だったので、逆にあなたとここで出会えて役得というものです」

 さらりとそんなことを言われると照れてしまう。

 恐らく真っ赤になっているであろう私を気にせずにこにこと見ていた彼は、それから少し眉を下げた。

「ヴァルナル殿のことは申し訳ありません。彼も悪気があったわけではないとは思うのですが…」

「たしか結界の張り忘れ…とおっしゃってた気がするのですが…。祖国の者から竜人族の方が結界を張る能力をお持ち、というのは聞いていたのですが、それはその方の伴侶や大切な方に限定される能力ではないのですか?」

 人族には馴染みがないが、竜人族を始めとした他の種族にはそれぞれ固有の能力があるという。

 竜人族には、結界能力。

 主に戦いの際に自身を保護し、自らの家族が待つ家を保護するのに使われる。

 家庭を大切にする竜人らしい能力だと思ったものだ。

 ヨエル様はそんな私の話に頷き、同意を示した。

「ええ。たしかに、竜人族は自らの気配か色濃く残るところにしか結界を施せません。ただ、逆にいえば自らの周辺であれば、どなたにでも結界を施すことはできるのです。特に、今回のように他種族の方を背中に乗せるとき、結界を張るのは常識です」

 空を飛ばない種族はあの風の強さに耐えられないから、必ず張るのだという。

「必ず…」

「ええ、必ず」

 最早怒りを通り越して脱力した。

 私のあの葛藤した5時間はなんだったのか。

 重いため息を吐くと、急に目の前のヨエル様が深く頭を下げてきて驚いた。

「竜人族を代表してお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした」

「顔をお上げくださいヨエル様!ヨエル様に謝っていただくことではありませんし、こうして丁寧に手当していただいているのですから…」

「ですが、一つ間違えば命に関わっていた可能性もあります。せっかくドラゴニアに来ていただいたのに、怖い思いをさせてしまって…申し訳ありませんでした」

 ああ、やはり死ぬと思ったのは過剰反応ではなかったのか。

 そう思って少し笑みがひきつるが、ヨエル様が悪くないことに違いはない。

 たしかにヴァルナル様はうっかり私を殺しかけたが、トビアス様を始めとした騎士の方々には非常に良くしてもらったし、今もヨエル様に付きっきりでみてもらっている。

「本当に、お気になさらないでください。それでも気になるのであれば…そうですね、ドラゴニアでおすすめの場所など教えていただけますか?」

 そう提案してみると、ヨエル様は一瞬きょとんとしたのちに、破顔した。

「ええ、もちろんです」


 ヨエル様は王都で生まれ育ったらしく、美味しいお菓子屋さんや、精巧なつくりの細工物を扱う小物屋さんなど、様々なおすすめのお店を教えてくれた。

 護衛等の問題もあるからいつ行けるかはわからないが、ミリヤム王女と外出する際の参考にさせてもらおう。

 語り口も穏やかで、男性が苦手なはずの私も思わずそのことを忘れて自然と聞き入ってしまう。

 気づいたときにはもう、夕方近くになっていた。

「もうこんな時間でしたね。話し込んでしまいました。あなたにはまだ休息が必要ですのに、申し訳ありません」

「いえいえ!楽しいお話をありがとうございました。来てから言うのも変ですけれど、ドラゴニア王国で過ごすのが楽しみなってきました」

 きっとドラゴニアへの最初の印象がこの上なく悪くなってしまった私を気遣ってくれたのだろうと思う。

 むしろ、忙しいであろう彼をこんな時間まで独占してしまって申し訳ない。

「夕食までもう少しお休みになりますか?」

「いえ…そろそろミリヤム王女にお会いしたいのですが…」

 ミリヤム王女は歓迎の宴の後、ドラゴニア王室の方々と晩餐会の予定だ。

 到着した当日なので正式な装いではなく、気軽に参加してほしい、という先方の申し出だったが、それでもそれなりの装いは必要になるし、アヴィリルから侍女が同行していない今、私が侍女の役目も兼任しなければならない。もちろんドラゴニアも侍女を用意してくれているが、アヴィリルから持参したドレスも装飾品も私しか把握していないのだから、私が指揮をとる必要がある。

 仮に王女の仕度に間に合わないにしても、心配してくれた王女に無事な姿を見せて少しでも安心してほしい。

「そうですね。目を覚まされた際に、騎士に言付けはしましたが、一度お会いした方が安心されるでしょう。晩餐会の前にどこかでお会いできないか、騎士経由で確認してみます」

「ありがとうございます」

 ほっと胸をなでおろしたところで、扉を叩く音がした。

 ヨエル様の「どうぞ」という言葉とともに入ってきたのは、琥珀色の髪と瞳の騎士と、赤茶色の髪にエメラルドのような緑色の瞳をした騎士。琥珀色はトビアス様だが、もう一人は誰だろう。

「お、目が覚めたんだな」

「本当によかった…」

 一方は飄々と、もう一方からは心底安堵したように告げられる。

「えっと…」

 騎士服を着ているので、騎士様ではあるのだろうけれど、誰だか思い出せない。なんとなく見覚えはあるような気はするのだが。

「ヴァルナル殿、トビアス殿、ちょうどいいところにいらっしゃいました。アヴィリルの王女殿下はもう自室に?」

「いや、我々はドラゴニアに到着した段階で護衛から外れましたので…。ただ、予定通りであれば、これから自室に戻られるはずです」

 そう答えたのはトビアス様。

 それでは、この隣の方が、ヴァルナル様。

 私を乗せてくれた、ヴァルナル様。

 あの、ヴァルナル様。

「ソフィア嬢!?大丈夫なのですか!?」

 いろいろ思い出してしまってくらっときた私に、慌てたように声をかけてくれるトビアス様。

 それに対し、赤茶の短い髪をがしがしと掻いたヴァルナル様は、気まずげに明るい瞳をうろうろと揺らしながら、言った。

「あー、なんか悪かったな」


 なんか


 悪かったな


 偏見と思い込みはよくない。

 よくないのだが、これは絶対あれだ。

 理由はよくわからないけれど異国の王女と自国の王子に叱られ、同僚たちからも白い目で見られたからまあよくわからないけれどとりあえず謝っておくか、みたいな。

 そんな、雰囲気が、滲み、出ている…!


 けれど謝ってくれている騎士様にそのようなことを言えるはずもなく。もやもやしている気持ちを察知してくれたヨエル様が助け舟をだしてくれた。

「ヴァルナル殿。本当にわかっていらっしゃるのですか?ソフィア殿は怪我をしていてもおかしくなかったのですよ?」

「いや、わかってる。まさかそんなに人族の女が脆弱だと思わなくて…」

「ヴァルナル!お前な…」


 ぜいじゃく。


 いや、そうだけれども。

 竜人族に比べれば人族の身体能力は低いし、さらに私は身体を鍛えているわけでもない貴族令嬢だけれども。

 けれど、問題の本質はそこではないと思うのだけれども!


「あんたも身体がきつかった時点でちゃんと言ってくれてれば」

「………ました」

「あ?」


 もう、我慢ができなかった。

 俯けていた顔をばっと上げ、恩義も嗜みも全て捨て去ってヴァルナル様を睨みつける。


「言いました!!!!!」

 突然の私の大声に、部屋にいた3人が気圧されたように仰け反る気配を感じたが、もうかまっていられない。

「私、ちゃんとお伝えしました!息が吸えないのも下ろしてほしいのも死にそうなのも!ですが、ヴァルナル様は私の声など全然耳に入っていなかったではないですか!」

「い、いや…風にかき消されてな…まさかそんなことを言っているとは」

「ソフィア嬢、本当に申し訳ない。何かあったら申し出てほしいと言ったのは私なのに、そこまで思い至らず…」

 私よりもはるかに立派な体躯の男性2人がおろおろしているのを見て、逆に落ち着いてきた。

 言いたいことはもう言ってしまったし。

「いえ、もういいです…。覚悟が足りなかったのは私ですし、あのような空の上で下ろしてほしいなどと言うのも愚かでした」

 咄嗟にああ言ってしまったが、実際に下ろされていたら困ったのは私だ。


「ソフィア嬢はお優しいですね。私はそうは思いませんが」

「ソフィア!本当に目を覚ましたのね!よかった…」

「アウグスト様、ミリヤム王女」

 入ってきた二人を見て、ベッドの私以外の3人は一斉に礼をとる。

 体勢的に礼をとれず、おろおろしている私に「楽にしていてください」とアウグスト様は微笑みかけてくれたが、騎士たちに視線を戻したとき、その表情は再び険しいものとなっていた。

「他国からの客人に対して結界を張るのは常識だ。ソフィア嬢に跡の残る傷の1つでもあろうものなら、責任問題だぞ。わかっているのか」

「はっ」

 先ほどまで謝罪をしつつもゆるい雰囲気があったヴァルナル様も、さすがに表情が固い。

「処罰も検討したが…ソフィア嬢はそれを望んでいないようだ。違うかな?」

「は、はい。ドラゴニアには無事に着くことができましたし、私にも落ち度があってのことですので」

 急に話をふられて驚いたが、ミリヤム王女が手を握ってくれているので、なんとか落ち着いて答えられた。

 ヴァルナル様に憤りを感じたのは確かだが、そんなに大事にするつもりは一切なかった。

 ただもうちょっと気持ちを込めて謝って欲しかっただけで。

「君に落ち度はないと思うけどね。まあ、いいだろう。彼女の温情に感謝して、今後も励むように」

「はっ。ソフィア嬢にも、感謝いたします」

 そう言ってくれたのはやはりトビアス様。彼は本当にただのとばっちりだし逆に申し訳ないと思う。

 ヴァルナル様も無言で頭を下げてくれる。


「それじゃあこの話はここまで。大事なことを言っていなかった」

 先ほどと打って変わって明るい表情になったアウグスト様が私に言った。

「ドラゴニア王国へ、ようこそ。歓迎するよ」

「はい…ありがとうございます」

 王子の言葉に、心がじんわりと温かくなる。

 ドラゴニア王国に行き着く前にすでに帰りたくなっていた私だが、なんとか1年やっていけそうな気がした。


 

 



 その後アウグスト王子はすぐに席を外してしまったが、残ったミリヤム王女から話を聞くに、王宮内の案内が終わり、晩餐会の仕度をする前に私の様子を見にやってきてくれたらしい。

 王女の仕度はドラゴニアの侍女たちが手伝ってくれるとのことで、侍女たちに晩餐会のためのドレスの場所を教え、私は「今日はゆっくり休んで、明日から一緒に頑張りましょう」という王女の言葉に甘えて、そのまま今晩は医務室に滞在することにした。

 ヨエル様はやはり忙しい人のようだが、時間を見つけて私の様子をみてくれる。

 嵐のような時間が過ぎ、ほっとしたのか、夕食まで私もうとうととまどろんでいた。


「ソフィア嬢。起こしてしまってすみません。夕食の時間ですが、食べられそうですか?」

「軽いものでしたら…ありがとうございます」

 ベッドから下りようとすると、「そのままでいいですよ」と制される。

 特に熱もないとは思うが、なんとなくふらふらするのは事実なので、お言葉に甘えることにした。


 優しい味付けのスープに添えられているのは、竜を模したと思しき形のクッキー。

「まあ!可愛らしいクッキーですね」

「ああ、それはトビアス殿からのお詫びの品です。王都でも人気のお店のものですね」

「トビアス様が…」

 つくづく申し訳ない。彼には今度お礼をしなければ。

「あなたが喜んでいたと伝えておきますね」とヨエル様が優しく微笑んでくれた。





 明日から頑張ろう、と思って就寝した私だが、結局それから2日ほど、そのまま医務室に滞在することになった。

 異国に来た、というのは私の身体に思いがけないほど負荷をかけていたらしく、高熱が出たのだ。

 熱に浮かされながら、記憶にあるのは顔、顔、顔。

 一番目に入るのは心配そうなミリヤム王女と、定期的に様子を見に来てくれるヨエル様。

 それから、琥珀色。これは、まだ責任を感じていそうなトビアス様の色だ。

 結局まだ彼に「あなたのせいではないから気にしないで」と伝えられずにいる。

 あと、たまにちらつくエメラルドは熱に浮かされた幻覚だろう。

 だって、彼が様子を見に来るはずはない。

 脆弱な人族の娘のことなんて。



 ヨエル様が処方してくれた薬の効き目は絶大で、熱を出して2日目、突然ぱっと目が覚めると、身体が軽くなっていた。

「熱は完全に下がりましたね。今日からは医務室ではなく、自室で過ごせますよ」

 診察してくれたヨエル様も「完治」と太鼓判を押してくれる。

「本当にお世話になりました。なんとお礼を言ったらいいか…」

「気になさらないでください。回復して本当によかった」

 そうやって微笑むヨエル様に天使の輪が見えるのは私だけではないはずだ。

「よろしければ、この花も自室へ飾ってあげてくださいね」

 そうやって彼が指したのは花瓶にこれでもかとぎゅうぎゅうに詰め込まれた花たち。

 私が微睡みの中、たまに意識が覚醒する度に少しずつ増えていっており、気づいたらもう生けきれないほどになっていた。

「ええ、もちろん。トビアス様にお礼を言わなければなりませんね」

「トビアス殿に?ああ、クッキーの件ですか?」

「え?いえ、それもそうですが、このお花について…。…もしかして、これはヨエル様が持ってきてくださったんですか?」

「いえ…私ではなく…。そうか、何も言わずに置いてったのか」

「え?」

 声が小さくて聞き逃してしまった。

 だが、ヨエル様の反応をみるに、トビアス様でもヨエル様でもなさそうだ。

 ミリヤム王女であればこれほどたくさん生けないだろうし…それ以外にドラゴニアに知り合いなんて…。


 いや、もう一人知っている人がいた。


「もしかして、ヴァルナル様が?」

「…彼なりに、気にしていたようです」

 苦笑したヨエル様は、何度かすれ違ったため、彼が持ってきてくれていると知っていたらしい。

「今度、何でもいいので彼に一声をかけていただけるとありがたいです」と言ったヨエル様に曖昧に笑いかけ、私はドラゴニアに着いて以来、ずっとお世話になっていた医務室をあとにした。

 




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