7.全力で逃げたいんだが....
アルフォンスは王族の生まれだが、生まれる前からすでに王弟殿下であるギルフォード叔父様が次の王位を継承する事が確定していた。王位を継承する必要がない為、服の着替えや掃除、洗濯等の身の回りの事に加えて、馬術や剣術もある程度こなせる。
6年前に亡くなった母が元々、他国の貴族であったらしく、文化も違うのか全て自分の事は自分で出来るように教えられてきた。
今はスチュアートが用意した服を着替え終わり、王城の大広間の扉の前に立っていた。
「ふぅ。いつもの事だが、緊張するな」
「おぼっちゃまは素敵ですよ。自信をお持ち下さい」
「ありがとう。では行くか」
スチュアートが扉を開けると今夜の夜会の会場である大広間からは大きな拍手が沸き起こった。
俺はイーリス貴族の礼を皆の前ですると。奥の席に座っていた、この国の王であるお父様と次期国王の叔父様が立ち上がり話し始めた。
「アルフォンスよ。立派になったな。皆も知っての通り今日は我が息子アルフォンスの洗礼の儀が行われた。私はこの日が来るのを楽しみにしていた」
「よっ!アルフォンス!おめでとうっ!大きくなったな!」
「アルバート陛下、ギルフォード王弟殿下もったいなきお言葉、ありがとうございます。皆様もお集まり頂きありがとうございます」
「では、この場にいる皆もこの夜会を楽しむと良い」
お父様の一声で、夜会が始まるのを今か今かと待っていた貴族たちは料理に手をつけ始めた。
お父様と叔父様の近くに用意されていた、椅子に座ると、お父様は柔らかな笑顔から一変して真剣な眼差しになる。叔父様は少しだけ不安そうな顔をしている。何かあるのだろうか?
「今夜は、お前に渡すものがある」
使用人が台車を引いてきた。
台車の上には銀で造られた小さなメダルのようなペンダントが置かれていた。
「陛下、このペンダントは一体何なのでしょうか?」
「お前の母の形見のメダリオンだ。早く手に取ってみてくれ」
お母様の形見のメダリオン....。朧げな記憶の中で確かに幼い頃、お母様が身につけていたような気がする。
メダリオンを手に取ってみる。
「お父様ありがとうございます。大切にいたします」
「ふむ。そのメダリオンは、とても高価な物だ。お前が肌身離さずに持っているよう心がけるのだぞ」
「はい」
お父様と叔父様に笑顔が戻る。お母様の形見を渡した事で肩の荷が降りたのだろう。
叔父様が今日、俺がこの夜会に来たくなかった最大の理由を口に出した。
「ところで今日の洗礼の儀だが、ジョブとスキルは本人の口から聞きたくてな。教えてくれないか?」
いよいよ、俺が予想していた最も嫌なイベントが始まろうとした時だった。慌ただしい音が広場に響いた。
「俺の方が」「私の方が」
「「絶対に先に渡すっ!」」
俺はギョッとした。
俺の異母兄であるクラウス・リデル=イーリスと従姉のディーナ・リデル=イーリスが汗だくで扉を開けたのだ。
異母兄である、お兄様はいつも事あるごとに、嫌味と自慢話をしてくる。従姉のお姉さまは俺に女装をさせる変態だ。一体俺に何の恨みがあるのか。二人がまだ、王城に暮らしている時は毎日のように、俺の離宮まで押しかけて嫌がらせ紛いの事をしてきて、ストレスで胃に穴が空きそうだった。
俺はお父様と叔父様に縋るような目でみつめると、二人とも揃って眉間に皺を寄せて親指を押し当てていた。
叔父様がお姉様に話しかけている。その間に逃げたいが、夜会の主役だ。逃げる訳にはいかない。
「ディーナ.....お前に任せた北の領土の土砂崩れの件はどうした?」
「お父様、ご心配には及びませんわ。今日の朝までに復旧作業と物資確保は全て終わらせて来ましたから!」
「そっ、そうか。それはご苦労だった.....」
次はお父様がお兄様に話しかけている。全力で逃げたいんだが.....逃げる訳にはいかない。
「クラウス.....隣国のドラゴン討伐の要請はどうしたのだ?」
「父上、ご心配には及びません。今日の朝、私が単独で仕留めて来ました。隣国の王がまた挨拶に来るそうです」
「そっ、そうか.....大儀であった....」
お兄様とお姉様がズンズンと俺の方向に向かって歩いてきた。イーリス貴族はその迫力に気圧されて次々と道を開けていく。
道を開けるなぁ!!と叫び出したい思いをぐっと堪える。
冷や汗が背中から溢れ出てくる。俺はこれから、二人に何をされるのか.....怖くて堪らない。