5.帰還したんだが?
イーリス王国には、白を基調にした大きな城がある。その城の名前は実に分かり易いイーリス城だ。城にいる門番の騎士達は同僚と建国祭のパレードに出られなかった事に愚痴をこぼしあっていた。
イーリス城の門の手前で、マルガとユリウスの二人に別れを告げる。「二人とも今日はありがとう」と礼を告げると照れ臭そうにして帰っていった。
俺は、城の門の前に来るとニコニコと笑う門番の騎士達が話しかけてきた。
「こんにちは〜。お祭り楽しかったですか?」
「ああ。とても有意義な1日だった。門と橋を頼む」
「おおー!それはとても良かったですね!」
「はい〜!かしこまりました〜」
騎士二人が城門に繋がれたロープを引っ張ると石でできた大きな門が開く。騎士が合図を送ると堀の向こう側にいる騎士が堀に橋をかけてくれる。
いつ見ても驚く。騎士の末端の門番でさえも、数百キロもありそうな石の門を二人で開けてしまうのだ。
「ご苦労だった。皆で分けると良い」
「「ありがとうございますっ!!」」
俺は二人の騎士に礼として金を渡した。騎士二人は恭しくそれを受け取ると礼を述べた。警備に配備されている門番や警備の騎士達は建国祭に行ってないのだからな。いつもより少し多めにしておいた。
どうせ、毎月もらう小遣いは俺が一人じゃ使い切れない程あるのだからな.....。
橋を渡り、少し坂になっている城の敷地内の道を歩く。本来なら王族や貴族は広大な城の敷地内を馬車で移動するのだが、俺はそれを毎回丁重に断っている。
この道は自然が豊かで歩くと楽しいのだ。
整えられた花壇にしゃがんで、毎日の日課である花の観察をする。
花壇には、この国の国花であり、その別名を「虹の花」と呼ばれるアイリスの球根が植えられている。まだ、葉と小さな蕾のままで花が咲く準備を進めているようだった。開花までは、あとひと月だ。花が咲くのがとても楽しみだ。
アイリスの花の咲き姿は凛と伸びていて高貴で、色鮮やかな紫色の大きな花弁が特徴的だ。光の当たり具合で虹色に光る花は美しく神々しささえ感じられる。俺の母はこの花がとても好きだった....。
しばらくアイリスの蕾の観察をしてから俺は、帰路についた。
白い外壁には細かな模様が施されていて、城内には豪華絢爛な調度品の数々が飾られたイーリス城....ではなく、その敷地内にある森の中の小さな離宮に住んでいた。
離宮と言ってもボロボロの廃城といった感じである。昔は城としても使われていたが、今はもう使われなくなった。ここで、母と二人で暮らしていた。今は母がいないので数人の使用人がいるだけだ。
騎士の末端の者からは、俺はイーリス城の敷地内の離宮を与えられた由緒ある名門貴族の子どもという設定で話が通っている。本来なら口を聞くことも難しい王族が門番の騎士とフレンドリーに話していたのは、その設定が理由だ。俺も、変に畏られても困るので、有難かったりもする。
俺は離宮の前まで来ると大声で叫んだ。
「おおーい。戻ったぞー」
シーン.....。
あれ。誰も出てこない。まったく。使用人達は何をやっているんだ。仮にもこの城の城主だぞ。
「おおーい!戻ったぞーーー!!」
「お帰りなさいませ。おぼっちゃま」
「うわっ!!」
離宮の中からでは無く、俺の後ろにいつの間にか立っていたのは執事のスチュアートだった。
まったく。心臓に悪い爺やだ。
「もう。驚かせるなよー!」
「おぼっちゃまのご帰還を爺やは首を長くして待っておりましたぞ。昼食の準備はもう出来ております」
「スチュアート!俺の事おぼっちゃまって言うの。もう、やめてくれないか。洗礼の儀を受けたんだから、今日から立派な大人なんだ!」
「私は王家にお仕えしてから早50年。おぼっちゃまがお腹にいる頃から王家にお仕えをしているので御座います。私めにとっては、どんなに大きくなってもおぼっちゃまは、おぼっちゃまなのでございます!」
「まぁ良いや。昼食の用意を頼む」
「かしこまりました。今すぐご用意致します。次のお出かけの際は、この爺やにお伝えして頂きたいですね」
スチュアートの小言を受け流しながら俺は離宮の中へと入っていった。