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テントウムシ

 その日は何もすることがなかった。だから彼は通りの向こうの喫茶店で時間をつぶしていたんだ。

そこはどうってことのない普通の喫茶店だったよ。彼は窓際の一角のテーブルを占領してコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいたんだ。窓際には観葉植物が置いてあった。彼は、ふと目を上げた。その時、その観葉植物に一匹のテントウ虫がとまっているのを見つけたんだ。赤いやつで、黒い点が、いくつもついてるやつだ。彼はすこし、意外でしばらく眺めていたんだ。その日は、彼は暇だったからね。

 そのテントウ虫はちょこちょこと歩き回ってたんだ。観葉植物の枝の上だった。覚えてるかなあ、テントウ虫ってやつは、なるだけ高いところまで上っていって、それ以上高く上れないと分かると羽を広げて飛び立つんだ。ちょうどそいつも、枝の高いほうへとちょこちょこと歩いていた。彼は、まあ、言ってみれば見とれていたんだね、その小さな昆虫に。

 でもテントウ虫の方はそんな彼にまったく気を遣う様子もなく高みへと上って行ったんだ。そして、ついに葉っぱの先にまで到達し、そこで少し迷っているように辺りを一回りするようにしたが、羽を広げた。次の瞬間には空中にパっと飛びだしたんだ。そいつは何を思ったのか、まっすぐに彼のほうへ向かって飛んだんだよ。

 それまで彼はテントウ虫が空中を飛べることを予測していなかったんだ。いや、無心になって眺めていた、と言ったほうがいいかもしれないな。

 とにかく、テントウ虫は、彼の方に向かって飛んできたんだ。彼は、ボーっとしてたものだから、ワンテンポ遅れるようにして顔をのけ反った。

 そして、その時見たんだ。

 テントウ虫の腹のカバーが外れて、中の機械が、精密で小さな機械がつまっているところを。彼は「あっ!」と思わず声をあげてしまった。店員がいぶかしげにこちらを振り返った。彼は、それに気がついて、それから、視線をそらしてうつむいたんだ、新聞を読むような振りをして。でも、彼は、もう新聞に書かれていることに興味を失っていた。あんな小さな、しかも精密なロボットの虫が存在するわけがない、と彼は思ったんだ。

 彼は、気になって仕方がなかった。彼の見間違いかもしれない。けれど、彼ははっきりとそれを見たような気がする。彼は、新聞をテーブルの上にもどすと、辺りを見回した。さっきのテントウ虫がその辺の床を這っていないかと、探した。

 そいつは、彼の足元にいたよ。じっとしているようだった。彼はさりげなくそいつを拾い上げた。裏を返してみた。

 彼は、それでも自分の目を疑った。

 紛れもなく、そのテントウ虫は機械仕掛けのロボットだった。彼は、それをそうっと、喫茶店の手拭きのペーパーに包んだ。その紙の中でテントウ虫は動いていたが、脱出することは出来そうになかった。

 彼は、それを上着のポケットにそうっとしまいこんだ。それから、立ち上がり、レジまで歩いて行った。そして、彼は店員に金を払い、店を出たんだ。それから、彼は、僕のアパートまでやってきて、一部始終を語ったんだ。僕は驚いたよ。それから、警察に電話した。もちろん、彼には催眠銃で、眠ってもらったよ。でも、まだたまにいるらしいね、生きた人間が。もう、ほとんど死滅したって思ってたのに。もう生きているのは、みんなアンドロイド達だけだと思っていたんだ、僕は。

 人間も、動物も、昆虫も、みんなアンドロイド達だけが生き残ったんだって思ってた。人間の生命力もたいしたものだ。知力のほうももう少し発達していれば、自らを滅ぼすこともなかっただろうに。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最後お、っと驚きました。 途中までどんな最後なんだろうと気になりつつ読み進めていき、なるほどそうなるのかと裏切られました。 よくできているなと思いました。
[良い点] ほのぼのしたタイトルと思いきや、いささかブラックなオチの展開が面白かったです。
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