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異性愛同性愛という言葉が頻繁に出てきますのでご注意ください。
何から話そうか、と晴さんが言葉を選んでいる様子を見つつ、私は何も状況を把握出来ずにいた。
それは佐倉さんも同じようで、首をかしげていったいどうしたと晴さんを見やる。
それもそうだ、私だって初対面でアホっぽい人認定をしていた晴さんがこんな真剣に言いよどむ様子に、これから話される内容への微かな不安を覚えているのだ、佐倉さんはもっとだろう。
「よし、OK悩んでも仕方ないな。とりあえずちょっと桜瀬さんに質問」
晴さんはやっと話がまとまったのか、意を決したように口を開く。しかし、神妙な顔つきでその口から飛び出したのは、意図が全く見えない私への質問だった。
「まずそもそもとして、桜瀬さんの住んでいた世界、地球だっけ。そこでは男と女が結婚して子供を産んで幸せに暮らすのが普通で、男同士で付き合ったりするのはわりと、うん、禁忌の目で見られることも多いって聞いたんだけど。この認識は正しい?」
「は?」
「えっうん、だから私たちみたいにBLが好きな人間もひっそりと一般人の目にはなるべく触れない程度に活動している人が多いわけだし」
男女で付き合うのが普通か?なんて質問、普通に生きていたらされるようなもんじゃない。
何を当然のことを……と思いながら考える。そうだ、ここは曲がりなりにも異世界。さっき晴さんも言ってたじゃないか、決定的な違いがあると。
考えられる可能性としては、いやいやそんなどこぞのBLファンタジーじゃあるまいしそんな腐女子に優しい世界があるわけなかろう。
だがしかし、頭をフル回転させながら幾重の可能性を考えても、たどり着く結論はやっぱりこれしかなくて。
「もしかして、この世界には同性愛とかそういうのに対する偏見が一切なかったりとかする……?」
同性愛者も異性愛者も共存してハッピーハッピーな世界。そんな世界があるのだろうか?少なくとも、地球ではありえないことだ。表面上は取り繕えていたかもしれないが、それでも見えない部分で腐った根っこみたいに常にどこかに存在していた同性愛者への偏見。学校の老教授も道端を歩いているお姉さんも、その心のどこかに批判的な気持ちをもっていた。もちろん私や仲間達のように偏見のない人たちもいたけれど、それでも偏見を持つ人の数ははゼロじゃないどころか大きな割合を占めていた。
それがこの世界にはないのだろうか?
そんなちょっとした希望のようなものを感じていた私の気持ちを悟ったのか、心底申し訳なさそうに、少しだけ悔しそうな顔をして私の考えを否定した。
「違う、そうじゃない逆なんだ」
「晴、それじゃあ桜瀬さんは……」
「あぁ、多分俺たちと同じ。……ねぇ桜瀬さん。桜瀬さんの恋愛対象は男だよね?もちろん」
ぽかんと口を開けて呆然としていた佐倉さんがちらりと私を見る。晴さんも伏せていた顔をあげ、さらに謎が深まるばかりの質問を投げかけてきた。
その様子に私は更に混乱を極めているんだが、一体何がどうなっている。
「私は特に偏見とかないですけど、私自身は男の子が好きですよ」
「そうだよね、うん。ショックを受けないでほしいんだけど、この世界はね……俺達が白い目で見られる側なんだよ」
……俺達が、異性愛者が迫害される世界なんだ。
「えっ?ん?えっと、異性愛者が迫害?えっ、何でですか?」
イマイチ実感の湧かない私がなんでどうして?と問いかける姿に、彼らは何を思ったのだろうか。
彼らの世界と私の世界の常識、それが180度違うものなのだとしたら。異性愛者が迫害されるのだとしたら。
迫害されるのは誰だ。……私だ。
だけど、どうしたって納得なんてできなかった。
たった一文にまとめられてしまえる衝撃の事実に、私は正直それが及ぼす私への影響だとか、そういったことにまで頭が回らなかった。
アニメの中の設定を眺めているような。夢物語の小説を読んでいるような。そんな、空想上の世界を語られているようにしか思えなかったんだ。
「ショックだよね、ごめん。でも本当のことなんだ。むしろ俺は、君の世界の常識の方が信じられない。同性愛者が迫害されていたのなんて、こっちの世界じゃもう数百年も前のことなんだから」
そう言って晴さんが語り始めた昔ばなしは、それこそが空想の産物のような、どこかの世界の。いや、そう、この地球とは別の場所に存在する異世界の。おとぎ話のような、嘘のようで本当の話だった。
*
昔々、神様はこの世界に『男』と『女』という性を持つ、二種類の人類を生み出しました。
男は女と交わることで子をなし、徐々に人類は栄えていきました。
男は女を愛し、女は男を愛すること。それは遺伝子によってプログラミングされている当然の常識でした。
異性愛者は同性愛者を異常だと罵り、同性愛者達はひどく傷つき自分の本来の好きな人を明かせないような、そんな世界が広がっていました。
そんなある日、突然この世界では、いきなり出生率が低下するという事件が起こりました。
何事かと調べてみると、それは新種のウイルスによって感染者が生殖機能を失うことが原因で起こっているということが分かりました。
そのウイルスは感染力が高く、次第に世界中の人に感染していき、やがてこの世界にはそのウイルスに感染していない人間はいなくなってしまいました。
人々は嘆きました。
愛する人と愛する子供を作れないことに。
人類がこのままでは絶滅してしまうという事実に。
絶望したのです。恐怖を覚えたのです。
しかし、少数の同性愛者達はその限りではありませんでした。
ざまぁみろと、思ってしまったのです。
これは神の采配なのだと。俺たちを私たちを、バカにしてきたヤツらに天罰が下ったのだと唱える人たちも現れました。
実際、本当にそうだったのかもしれません。
なぜならその後、奇跡とも呼べる出来事が起こったからです。
子どもを作ることの出来なくなった人類の中で、やがて一世代での進化を成し遂げる人間たちが出てきました。
ウイルスによって細胞が変えられてしまったのか、危機的な状況に我々人類が順応したのか、確かなことはわからないものの、その進化は各地の至るところで見られるようになってきました。
子どもが生まれたのです。
男女では出来なくなってしまったはずの子どもが、同性間でなら出来るようになったのです。
まるで魔法のように、両者が本気で作りたいと願えば、キス一つで子どもが出来ることが発見されました。
もちろん昔と同じように、確実にできる訳ではありません。
しかしその進化によって生まれた子どもたちもまた男女で子をなすことが出来ないものの、同性間でなら子どもを作ることが出来ました。
神の祝福、終末の奇跡。やがてそう呼ばれるようになったその進化は、人々の意識をも変えていきました。
なぜなら、本当に想い合っていないと子供ができない身体になってしまったのです。
たとえ進化したとて、子どもを作ることに成功したのは同性愛者ばかりでした。
異性愛者は子どもを作ることが出来ないままに、同性を愛せるものたちの割合は年々増加していきました。
きっと遺伝子が、子孫を残せるように意識にまで変化をもたらしたのでしょう。
かつて男女で愛し合うことが遺伝子によってプログラミングされていたように。
今この世界に存在する全ての人間には、同性を愛する遺伝子が確かに存在しているのだと人類は考えました。
だからこの世界では、子どもを作ることの出来ない異性愛者は白い目で見られるのです。
名実ともに愛し合う者達の結晶である子どもを作ることの出来ない彼らの愛は、この世界では愛とは認められないのです。
きっとその本能に、絶滅しかけた恐怖がインプットされているのでしょう。
だから拒絶する。子どもを生むことのない愛という存在を。
神に見捨てられた我々を。
*
「とまぁこんな成り行きで桜瀬さんとこの地球だっけ?でいう同性愛者への偏見は、こっちではそのまま異性愛者への偏見になってるってわけ。まぁ一昔前よりは風当たり弱くなってるけど、それでも隠してる人の方が多いよ」
私は絶句したまま動くことが出来なかった。
先程浮かべていたハッピーハッピーな世界やったー!なんて状況ではなかった。
それどころか、なんだこの世界えっ本気で言ってる?
私の今世での最大の夢と言いますか前世での最大の後悔といいますか、えぇまぁイケメンの彼氏を作ることなわけですがそれが叶うわけもない世界に飛ばされてしまったとそういうことでいいのだろうか……!なんという!世知辛い!!
えってことは晴さんも佐倉さん恋愛対象は男??腐女子の私にはスゲェ優しい世界だけど!佐倉さんへの淡い恋心は散っていくしかないというのか……!
「えっと、この世界には、異性愛者はほとんどいないと、えっと、そういうことでよろしい?」
「うん、だからそうだな。地球ではBLを愛好する人たちを腐女子腐男子と解釈されているのかもしれないけれど、この世界ではHLを腐向けと呼ぶわけでして」
「えっと、じゃあさっきの自称腐男子発言はつまり……」
「俺はメインジャンルがHLだし、幸彦も公式本命だけど俺と推しが被ることもあるよって意味だな」
腐向けの概念までもが反転しているとかなんてこったい。
じゃあなんだあれか、オタクとしては生きやすいが乙女としては生きずらいそんな世界だとでも言うのか。
本当に実感がわかない。
「ちょっとビックリしましたけど、ショックとかは大丈夫です。ここで生きていくって、選んだのは私だし」
なんとかとりあえずは納得だけしよう色々思うところは一先ず飲み込んでおこう。
自分の選んだ道なのだ、どんな道であろうともきっと、死んでしまうより平気なはずだ。後悔しないように、強く生きようって決めたんだから。
そう結論づけて目の前の晴さんに大丈夫だと伝えると、彼は小さく破顔して、安心しろって言ってるみたいなキラキラの瞳で私に囁いた。
「ちなみに、俺らも一応異性愛者だから。感覚は多分違ってきちゃう部分あると思うけど、……俺は桜瀬さんの味方だから」
大丈夫。そう口にした晴さんに、なんだか胸が詰まるような気持ちになる。
私には理解してあげられない。地球で育った私にはまだ、理解してあげられないけれど。
それでも私はわかってしまったんだ。この人はきっと、辛い思いをしてきたんだって。
だからこそ、異世界からやってきた私の気持ちが少しでも楽になるように。それを口にしたんだって。
私にはその大丈夫の一言が、とても重たい気持ちの詰まったものに思えた。
そんな大きな思いやりに、なぜだか胸が苦しくなった。
その日は私の荷解きがあるってことでそのまま解散して部屋に戻った。
今日はもう疲れた。知らない世界にやって来て、その中でもさらに知らない世界を知って。精神的にもちょっと疲弊してしまったんだろう。
でもいいや、晴さんが『俺ら』って言ったように、佐倉さんは女の子が好き……なんだろうし。私の淡い恋は、まだきっとこのままで、好きになってもいいのだろうか。
顔が好みな優しい人、それだけで軽率に好きになるなんて単純すぎる思考回路に呆れる気持ちもあるけれど。
それでも微かに感じた恋なのだ。
こんな、何もかもが反転した世界にトリップして、そんな中で出会えたのだ。運命と勘違いして何が悪い。
女の子が好きなら、私のこと、好きになってくれないかな。
なーんてね。
そう言えば、晴さんには好きな人がいるらしい。
どんな人かはわからないけど、あの真っ直ぐに優しい晴さんだ、きっと大丈夫。
絶対に報われるはず。
そう思っていた私がまさか、晴さんの恋愛模様に巻き込まれるような形で関わることになるなんて、この時は微塵も思っていなかったんだ。




