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2階はホテルみたいな感じの部屋割りで、私の部屋は206号室だった。

ルームナンバーの下には人によっては自分の名前を書いたプレートをかけているようで、かわいくデコられたものからシンプルなものまで多種多様だ。

佐倉さんの部屋らしきところには木でできた丸い板に白い字で『Sakura』と記してあった。やっぱり三文字生まれで佐倉なんて名字だとローマ字にしてもかっこいいな、下駄箱でもちょっと思ったけど。彼自身もそれを自覚して気に入っているのだろうな、自分の名のローマ字。


「はい、ここが206号室。中に多分荷物とか届いてると思うんだよね、今朝業者が入ってたから。19時に夕飯の時間だから、それまでにある程度荷解き済ませてリビング降りておいで」


「はい!今日は何から何まで本当にありがとうございました。午前中いっぱい潰させてしまって本当に申し訳なかったです」


廊下に備え付けられていた時計を確認すると、時刻は午後1時。正午もとうにすぎた時間まで私に付き合わせてしまったのかと申し訳なさが募る。


「あーいいよいいよ気にしなくて、礼も謝罪も晴に要求する予定だから安心して」


「あっ、晴さんご愁傷さまです」


この短時間で晴さんが佐倉さんに普段どんな扱いを受けているのかがなんとなく察知できて、不憫だなぁと思ったけれど。それと同時にきっと佐倉さんがこんな態度をとる原因は確実に晴さんの方なんだろうなと容易に想像ができたので、私は心の中でどんまいと呟いた。


「それじゃあ今日は本当にありがとうございました!また夕飯の時、どうぞよろしくお願いします!」


「うん、じゃあまたリビングで」


ぺこぺこと効果音が付きそうなほど頭を下げ、ひらひらと手を振りながら立ち去る佐倉さんと別れた私は、ふぅと一息付きながら部屋を見渡した。

入ってすぐに小さな廊下があって、一番奥には10畳ほどの部屋が一つ。フローリングはワックスが塗りたてなのかつやつやと輝いていて、埃一つないほどに綺麗だった。こんなに綺麗で大きな部屋、一人暮らしの自費負担だったら住めなかったなぁなんて考えながらその部屋の片隅に積まれていたダンボールの横に腰を下ろす。箱を開けてちらりと中身を確認して、これが神様からの授けものなんだろうなと理解する。

布団とか入ってるかな?さすがにフローリングでごろ寝はきついし、なかったら買いに行かないとかな。というか、置いておいてくれたっていう生活費はいかほどのものなのか、それ次第で今後の身の振り方も決めなくちゃいけないし、確実にバイト先は探して稼がないと生きていけないよね。

その部屋の中にある扉はクローゼットのようで、洋服はここに仕舞えとばかりにハンガーまでもが用意されている。

共用のキッチンがあるからコンロとかはないものの、洗面所やお風呂が付いていることにも気がついて、そういえば大浴場とかはなかったなぁと思いいたる。

ユニットバスじゃないお風呂が一部屋ごとに付いているなんてどんな贅沢なんだろう。私が元々暮らす予定だったワンルームマンションよりもよほど快適そうじゃないか。

これでも私は立派な乙女、可愛い入浴剤や半身浴は大好きだから、嬉しいななんてはしゃぎながら浴室を覗いていると、隣の部屋から突然雄叫びのような声が聞こえてきた。


『いよっしゃああああああああーーーー!!!』


「、は?」


ガタタンッという何かが転げ落ちるような音も同時に聞こえてきて、何事だ?と肩がビクッと跳ねる。

私はなぜかVIP待遇の角部屋だから、唯一のお隣さんは206号室……そう、あの部屋にかかっていたネームプレートから察するに多分あの雄叫びをあげた人間の正体は、晴さんである。

今日何度名前を聞いたかわからない、けれど会ったことはない隣人の叫び声に動揺することもなくさてさてそろそろと荷解きを始められるほど図太い神経を持っていなかった私は、入居の挨拶も兼ねて隣室を尋ねることを即座に決め、飛び出すようにドアを開け放った。

正直パニクっていたんだろう。それもそうだ、引越し初日に隣の部屋で奇声をあげられるなんて経験、そうそうするもんじゃないのだから。


コンコンコン、と205号室のドアをノックする。

いないということはないにせよ、もし何か中でトラブルでも起きていたら対応出来ないのも無理はない。ごめんなさい、と小さく謝りながら、私はドアノブを回してゆっくりと引いた。

幸か不幸か鍵は何故か空いていて、不法侵入だなぁこれ、なんて思いながらも入ってしまったもんはしょうがない。


「あのー!すみません!勝手にお邪魔してごめんなさい!大丈夫ですか?!」


さすがにいくら心配だったからと言っても何も声をかけずに入るのは忍びなくて、声を張り上げて自分の存在を示しながら進んでいくと、奥の部屋からなぜか佐倉さんが現れた。


「ごめんね桜瀬さん、荷解き邪魔するくらいの大声出すバカがいて。って晴、あーもうちょっとそこ座って待ってろ、今冷やせるやつもってくるから。桜瀬さん、ちょっとこっち来て座ってて貰っていい?」


バタバタと私に謝りながらも晴さんを叱っている様子の佐倉さんは、私の目を見て部屋を指さしながらごめんと謝りながら慌ただしく私の横をすり抜けて外へ出ていった。


「えっと、お邪魔します……?」


今日という1日で絶賛株価急上昇中の佐倉さんがいたということは、あの叫び声も私が気にするようなものではなかったのだろうと分かったけれど。待っててと言われたのに部屋に戻るのも悪いような気がして、会話から推測するに多分晴さんがいるのであろう部屋の中へとお邪魔した。


「えっとはじめまして、俺晴って言います。よろし、あっうわっ!」


緊張しつつもドアを開いておよそ3秒後、この部屋の主であり中にいると予想していた通りの人物を視認したのとほぼ同時に、その人は私の視界から一瞬にして消え去った。正確に言うと、盛大にこけた。


「あの、大丈夫ですか?」


少女漫画とかならここで私が押し倒されるような形になるのかもしれないけど、残念ながら(決してそれを求めていた訳では無いが)私の体にはかすりもせず、彼は私の立っている地点から3,40cmほど先にカエルのような姿で倒れている。

多分大丈夫じゃない。


「だいじょばない。初対面で女の子に恥ずかしいとこ見られるとか最悪だ。ごめんほんと散らかってるし、そのせいで盛大に転ぶし、最悪の出会いを演出してしまった……しかも俺今ジャージじゃん、ごめんちょっと待ってて40秒で着替えてくる……!」


予想通り、当然のごとく大丈夫じゃなかったらしい彼は、恥ずかしさのあまり何をとち狂ったのか、むくりと起き上がりそのまま洗面所の方へすたすたと歩き、スパーンっと音を立てて扉を閉めた。

いや40秒じゃ無理だろ!なんてツッコミを入れるスキすら与えてもらえず、置いてきぼりにされた私は呆気に取られる。


「あの!私気にしないんで全然大丈夫ですよ!」


「俺が気にするの!女の子の前ではいつでもかっこいい晴さんでいたいわけなんでリアルに3分で着替えるからちょっとだけまってて!」


流石に初対面の家主が別室で着替えているというおかしな状況に耐えられず声を張り上げると、少しくぐもったような晴さんの必死な声が聞こえてくる。なぜ私たちは壁一枚挟んで会話しているのだろう。

正直衝撃的な出会いすぎて服とか目に入っていなかった上に多分あれ普通にコンビニとか行けちゃう感じのオシャレジャージだったんだけど、彼の中ではわざわざ着替えなきゃいけないほどダサい格好だったんだろうか?うわぁ、部屋着で会いたくないタイプの人間だ。あっでもこれから毎日顔を合わせるのか、もう無理だ、これは部屋着センスを磨いても疲れるだけだ諦めて恥を晒した方が良い。

というか、これ佐倉さんに見られたら確実に雷落ちると思うんだけど晴さんほんとに3分で着替え終わるかな。


「晴さん!初対面でこんなこというの申し訳ないんですが!この状況多分佐倉さんに知られたら怒られると思うんですけど大丈夫ですか!」


「大丈夫、もう既に見ちゃったから安心して。あとただいま、ごめんね佐倉さんもうちょっと待っててくれる?」


あっこれあかんヤツや。

噂をすればなんとやら、安心なんて到底出来ない声色に晴さん生きて……と無性にエールを贈りたくなった。


「幸彦に見られるのは流石にまずいって俺も分かってる、ってなんでもう帰って……!」


そんなエールが届いたのかどうかは分からないけれど、晴さんは本当に3分たたないくらいの時間で洗面所から飛び出てきた。が、それとほぼ同時に恐怖で引きつったような声を上げる。

佐倉さんの声量では中には声が届かなかったのか、晴さんはもう既に部屋にいるだなんて思わなかったんだろう、物の見事に顔を青くして苦い表情を見せていた。晴さんの心の声を代弁するならば、「やっちまった」だろうか。


「幸彦まって!ごめん悪かったから!」


「謝るのは俺にじゃなくて彼女にだろこのアホ!何でいきなり着替えだしてるんだよマイペースにも程があるだろうが!」


「いやほらだってさっきの服お前も見ただろ?!ジャージ!寝間着!そのままの状態で初対面の女子に会えって言うのか!」


「初対面の女子を放置して着替えに走る方が何百倍も大問題だし、女子がどうので着替えるとか普段ジャージ姿のお前見てる文乃に刺されるぞ」


「文乃は初対面で男と間違えてグーパン食らわされるイベント起こしたから吹っ切れてんだよ……!」


あっ晴さん私と同じことやらかしてたんだ。しかもグーパン。よかった私女の子に生まれて……男だったら容赦なしか……。って、何もよくないわ、やっぱ男だって間違われるの嫌だよね後でもう1回ちゃんと謝ろう。

というか、文乃さんに初対面で対女子の態度を取らなかったせいで吹っ切れたというのならば、私に対しても吹っ切れてくれないだろうか。私にもやらかしているじゃないか、盛大に恥ずかしいこと。


「晴さん、私との初対面もジャージ姿で滑って転んで散々な有様でしたし、もう私に対しても気にしなくていいんじゃないですかね。これから毎日ここで暮らしてくわけですし」


今でも脳裏で鮮やかに再生できそうなほど見事な転びっぷりだった晴さんの姿を思い出すとちょっと笑ってしまう。

しかし、そんな半笑いの私の言葉を聞いて、爆笑しだす佐倉さんと死にたいとうずくまり今にもすすり泣きそうな晴さんを見ていると、これ言っちゃあかんやつだったわ、と少し後悔した。特に晴さんにはトドメをさしてしまった感が否めないのでフォローしてあげたいんだけれど、フォローなんてものができるのかどうかは謎である。

一応言い訳しておくと、晴さんがひどく叱られているのを見てかわいそうに思って口にしただけで、私には決して悪意があった訳ではなかった。決して、面白半分で口にしたなどということは無い。断じて。


「はー、全く。でもこれでいい加減反省したろ?だから締め切り前になって焦るような進め方はやめろとなんども」


「いやそれはわかっているけどもだな!いざ書こうとなると筆が進まないというかむしろ読みたくなったり違うことしたくなったりと色々あってだな……ほら、あるじゃん?」


「印刷所の締切3日前までには必ず原稿をあげる俺に対しての質問か?それは」


「大変申し訳ありませんでした……」


晴さんが土下座する勢いで誤り倒しているのを見ながら、ふっと疑問が湧く。

締切、印刷所、原稿。等々、私が前世で密接に関わってきた単語が耳に入ってくる事に驚くとともに、いやいやまさかと首を降る。


「えっと、お二方は文字か何かを書く仕事でもなさってるんですか?あれ、いやでも同い年ですよね、私と」


「あーっと、俺らってかこの寮に住んでる奴らは全員そうなんだけど。多分君だけが神様のせいでイレギュラーなのかもしくは君もそうなのかはちょっと俺にはわからないんだけれど……えっとね」


「俺たち文芸部はさ、みんな同人活動を嗜んでるオタクの集まりなんだよね、実は。晴は文字専門で、俺はマンガやイラストでサークル活動してる」


「……え?」


文芸部とは違う意味で使われたのであろう『サークル』という言葉に思考が止まる。

同人って言った……?この人たち同人活動してるとかカミングアウトじみたこと言わなかったか……?いやいやまさかそんなこんな新天地で初めて会った人間が同志かもしれないだなんてそんな私の聞き間違いに決まっているじゃないか!あーびっくりした!


「ちなみに一番の性癖は……」


と、夢だよねアハハで流せるわけもなく。目をカッと開きながら爆弾発言をかます。


「美形クール系男子×平凡小動物系女子が最高に性癖に響きます尊い……って感じで生きてる腐男子だな、俺は」


「俺は一次創作より二次創作が主体な人間だからその時々でハマってるカプは違うけど、基本は公式カプに落ちることが多いかな。でも今は晴と同ジャンル同カプがメインだし、腐男子でもあるかな」



腐男子……?!?!

えっえっ腐男子?あの腐男子??

擬態がうまく誰にも知られずに、でもひっそりと腐女子の影で確かに存在するというあの伝説の腐男子……?晴さんと佐倉さんが??

あれ、でも晴さんの推しカプは男女カプ……?いや、でも自分では腐男子って言ってるしな。佐倉さんの発言もなんだかちょっと違和感があるような、……んん?


「えっと、お二方とも腐男子ってことは、あの、BLも食べられる感じの性癖だと認識してもよろしいのでしょうか……?」


「あはは、俺ら別に夢思考も入ってないし普通に大概なんでも……って、あっそっか……!そうだ桜瀬さんの世界は、あっちゃー忘れてたごめん!」


「え?ん?夢思考……?BLで腐男子が夢思考……?」


理解のしきれない言葉の端々から伝わる違和感に混乱をすくいあげるように、晴さんはごめんごめんと軽快に笑った。


「幸彦にも桜瀬さんの説明何もしないで迎えに行かせちゃったし、せっかくだから俺たちの住む世界がどんな所なのか、君の前にいた世界との決定的な違いは何なのか。まずはその説明から始めようか」


昔々あるところに。なんて子どもに昔ばなしを聞かせるようにして、晴さんに案内された椅子に腰掛けながら始まった地球と異世界のお話に、私は。そして何も聞かされていなかった佐倉さんも。ひどく驚き衝撃を受けることになる。


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