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しばらく進んでいくにつれて道は歩きづらくなり、絵に描いたような獣道を前にして歩みが止まる。
これはこの先に進んだ方が危ないのではないだろうか?ここは引き返して元いたところから違う道を選択し直すべきか……いやでももしかしたらこの先に街があるかもしれないし、ここでもし引き返してこの道が正解だったらそれこそ最悪なのでは……?
ぐるぐると悩みながらなんでこんな目に、と口にしたくなる文句を飲み込んで俯き加減に力なくため息をついた私の後ろから、バタバタと誰か人間が駆けるような音が聞こえた気がした。
最初は風の音と間違うくらいに小さかったその音は徐々に大きさを増し、流石に誰かいるということに気がつく。
もし人が通るのならば、助けを求めないと……!
うっかりすると遭難してしまいそうな獣道を前に立ちすくみ心が折れかけていた私が藁にもすがる思いで後ろを振り返ると、遠くから人影がこちらに向かって来るのがわかった。
キャップを深く被っているため顔は認識出来ないが多分男性。男にしては少し長めな、かと言ってロン毛と呼べるほどの長さはない黒髪を揺らしながらの猛ダッシュ。
なんか、こんなに急いでる人を呼び止めるのちょっと申し訳ないんだけど、悪いお兄さん許してくれ!
「すみません!ちょっと止まってください!」
「……っ!」
両手を広げて精一杯の声を張り上げて止まってくれと頼むと、勢いよくこちらに向かって走ってきていた男性がスピードを緩めながら自然な動作で私の目の前で静止した。それはまるで私の元に行くことが目的だったかのように、至って自然な動作に見えた。
「桜瀬…冬華さん、で合って、る?」
「え、なんで私の……っ!」
息を呑む、とはこの事か。私は衝撃のあまり、質問を最後まで口にすることすらできずに口をつぐんだ。
先程までのダッシュがさすがに効いたのか、息を切らしている男性が私の名前を口にしたことにも驚いた。しかしそれ以上に私は、暑さゆえかそのキャップをはずした彼の姿に度肝を抜かれ、頭が真っ白になってしまったんだ。
なんだこの超絶イケメンは……ッ!
「よかった、迎えの場所に行ったら誰もいないしでビックリしたよ。君に何かあったら晴にシバかれるところだった。」
「迎えに……?」
私の短い人生史上最強に顔の整った男を前にした衝撃から抜けきることも出来ずに、耳に入ってきた言葉からかろうじで聞き取ることのできたワードを聞き返すと、彼は少し驚いたような顔をした。
「あー、もしかして何も聞いてなかった?」
「何もというか、今の状況も謎だらけと言いますか……」
「この世界の神様は相変わらず本当にいい加減だなぁ。まぁ多分時間指定できっちり俺が向かってればこんなすれ違いは起きなかったんだろうし、遅刻した俺の……というか突然俺に頼んできた晴の責任だな」
やれやれ、と言いたげな呆れ顔すらもカッコイイ。……じゃなくて、晴ってのは誰か人の名前なんだろうか?優しげな声音から推測するに、相当親しい友人か恋人だろうか?
つまりなんだ、神様は私のお迎えをその晴さんって人に頼んでいたと、多分この晴さんが神様の言ってた私の事情を伝えた人なんだろう。そしたらその人が何らかの理由で来れなくなって友人にその役目を頼んだのだけど、遅刻しちゃって私が勝手にふらついたせいで今に至ると……。
私のせいじゃないか!1割くらい。
迷子になった時にはその場から動かない方がいいってのは本当だったんだな。ふらふら動いてごめんねお兄さん。
それに遅刻云々より私に何も伝えないで行きやがったあの神様が8割方悪いから、神様のせいってことにしとこうよ、ね。
「私が勝手に動いたせいもあるっぽいですし、すみません。あれですよね、多分私が暮らす学生寮の方、とかですか?」
「そう、案内役頼まれてた晴。えっと、学生寮で一緒に暮らしてる友達なんだけど、そいつが所用で来れなくなっちゃってね。あいつ、その事めちゃくちゃギリギリになってから俺に頼んできてさ、何とか走れば間に合うかなって思ってたんだけど、遅れちゃってごめんね」
「いえいえお気になさらず!私は全然大丈夫ですから!」
歩きながら話そっか、と一足先に歩き始めた彼に追いつくように小走りで横に並ぶと、やはり呆れたような様子で友人に頼まれてきたのだと説明してくれた。
本当に仲がいいんだな、とちょっと微笑ましい気分になる。私も向こうの世界にいたころには同じように、寮ではないけれど遠い親戚で訳あって一緒に暮らす仲良しの親友がいたから、なんだかちょっと羨ましい。
もう会えないのか。お父さんもだけど、あいつにも謝らないとだな。いつか天国で会えたら、ちょっと土下座して謝ろう。
きっと私がいなくなった時、一番泣いてくれた2人だろうから。
「友人さんとは長い付き合いなんですか?随分気安い感じだったので。」
感慨深い気持ちに浸りながら歩いていると、初対面の者同士、どちらかが黙ればその状態が続いてしまうのは当然とばかりに痛いほどの沈黙が流れる。
目的に向かって歩いているわけだから空気が重いってほどではないけれど、せっかく同じ家の住民となる人とゆっくり話す時間がとれるのだからと、気になっていた疑問を素直に訪ねてみることにした。
「うーん、中学に入ってからだからかれこれ6年か。そう考えると長い付き合いかもしれない」
「あっ、もしかしてお二人共今年から大学生何ですか?年上かと思ってました。」
「実は同い年。付属の高校からずっとあの寮に住んでるから、あの寮に今年から入るのは君くらいだけどね」
「えっ、私1人って、大学の学生寮ですよね?そんなに小さいんですか?」
学生寮のある大学自体珍しいからなんとも言えないけど、大学の学生寮なんて言ったら地方から来た新入生が入ったりなんなりで毎年一定多数が入居するものだとばかり思っていた私としては、今年の入寮生が一人という事実に驚きを隠せない。
「学生寮って言ってもそれなりのボンボンか奨学生かしかいない筋金入りの私立大学の寮だからさ、サークルごとに所有してる物件を寮って言い張ってるだけなんだよね。俺達のサークルは一応文芸部。便宜上君にもそこに参加してもらうことになってるんだけど、神様がわざわざこのサークルを指定したってことは理由があるんだろうな。ここのサークル変わり者だらけで有名だし」
「変わり者だらけのサークルとか私がお呼ばれする理由がてんで想像出来ないのですが。私別に変人ってわけではないですよ?」
「まぁ変人も多いけど、取り扱ってるジャンルやら嗜好やらが変わってるって意味だから、その辺は寮についてからまとめて説明するよ」
そのサークルが心から大切なんだろうと一目でわかる優しい目をしながら彼が口にした変わり者だらけで有名なサークルという言葉。
その言葉の意味を、この時の私は1ミリも理解出来なかったけれど、この言葉の重みを後に痛いほど理解することとなる。
兎にも角にも私は、この世界のことも彼らのことも、ただひたすらに知らなすぎたのだ。
少しの疑問と不安を感じながら、再び訪れた沈黙の中しばらく歩き続けていると、森を抜けてすぐの所で隣からここだよと声をかけられる。
「ここが、学生寮。今日からここで暮らすんですね、私」
「そう、なんの捻りもなく『文芸寮』なんて呼ばれてるここが、俺達の家」
自然の中のログハウス、まさにそういった形状の建物を指さして、彼はようこそと小さく微笑んだ。




